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2022.06.17

インスタレーションやパフォーマンスアートってどんなもの? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.6

Interview&Text / Mami Hidaka
Edit / Moe Ishizawa
Photo / Yuri Inoue
Illust / Wasabi Hinata

19世紀の画家、エドゥアール・マネの絵画に魅せられたことをきっかけに、現在までに2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。現在は大好きなフランスに留学中で、古典絵画から歴史的建築、現代アートまで、日常的にさまざまなカルチャーに触れているようです。

そんな和田さんと、今回お話しするテーマは「インスタレーションやパフォーマンスアートってどんなもの?」。アートといえば、゙絵画など形あるものを思い浮かべることが多いですが、空間全体を作品とするインスタレーションや、アーティストが自らの身体を使って表現するパフォーマンスなど、その場でしか体感できないものも現代アートに含まれます。

そういった予測不可能なアート作品を前に、敷居の高さを感じてしまう人も多いのではないでしょうか? 私たちは、その「難しさ」「わからなさ」をどう楽しんでいくことができるでしょうか?

「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。第6回も前回に引き続き、現代アートや舞台芸術のプログラムを中心に、日英の通訳・翻訳を軸とした多彩な活動を展開されている「アート・トランスレーター」の田村かのこさんとの対談の様子をお届けします。

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『アートの「わからなさ」をどう楽しむ?』
和田彩花さんと田村かのこさんの前回の対談記事もぜひあわせてご覧ください。

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アートの「わからなさ」をどう楽しむ? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.5

  • #和田彩花 #連載

「パフォーマンスアート」に「パフォーミングアーツ」…今ここで楽しむアートの形

和田:この連載では、今まで形あるアートについての話が多かったので、そろそろパフォーマンスやインスタレーションといった形の定まらないアートにも触れたいと思っていたんです。かのこさんは、まさに現代アートや舞台芸術・演劇の現場を中心に関わられている印象なので、今日は色々と教えてほしいです!

田村:ありがとうございます。アートを見る視野を広げてみると、どこからどこまでが作品なのかわからないものや、「今ここ」でしか見られないようなものなど、さまざまな表現があって面白いですよね。

和田彩花さん、田村かのこさん

和田:まずパフォーマンスアートからいくと、「パフォーマンスアート」と「パフォーミングアーツ」という似たような言葉がありますよね。

田村:とても似ている言葉ですが、実は「パフォーマンスアート」は現代美術、「パフォーミングアーツ」は演劇の文脈から生まれたもので、それぞれに歴史があるんですよ。現代アートが美術館から飛び出すことが多いのと同じように、劇場空間にとらわれない演劇作品が増えるなど、演劇も多様化してきました。「パフォーミングアーツ」は、日本語では「舞台芸術」と訳されますが、私個人の解釈では「演劇」よりももっと多様なあり方を包括するものとして生まれた言葉だと思っています。

和田:では、「パフォーマンスアート」はどう捉えていますか?

田村:「パフォーマンスアート」は美術の文脈の中、絵画や彫刻、写真、映像作品などさまざまな表現方法が生まれる過程で、自分の身体を使う表現形態として出てきたものです。「パフォーマンスアート」と「パフォーミングアーツ」は重なる部分もたくさんあるので、はっきり区別することは難しいですが、鑑賞者としては気にせず楽しんでもいいと思います。

 

場所や時間の条件が揃って、はじめて成立するアート

田村:彩花さんは、絵画や彫刻を観るときと、パフォーマンスアートといった身体表現を観るときとで何か見方に違いはありますか?

和田:やっぱり場の雰囲気が大きく変わりますよね。そして演劇やパフォーマンスアート、インスタレーション作品は、「観る」よりも「体験している」という感覚が強くなるので、実は楽しみやすい作品の形態だと思っています。

2017年のReborn-Art フェスティバルに出展されていた、目[mé]のインスタレーション『repetition window』(2017年)はまさに体験型の作品でした。石巻の被災地エリアを舞台にした作品で、鑑賞者は、民家へ繋がる勝手口を開けて家屋の縁側のような部屋に入るのですが、その縁側が移動し始めて道路に出ていくんですよ。「移動する縁側」に乗って石巻の様々な場所を巡りながら、窓の向こうに被災地の復興のプロセスを見るという作品でした。トリックアートのようでありながら、とてもコンセプチュアルな作品で、初めての体験に驚きが強かったです。かのこさんはいかがですか?

田村:私はどんな作品でも一貫して、作家がなぜその作品をつくったのかということや、どこから作品の構想が始まり、どういったプロセスを経て、最終的にその表現になったのかということに興味があります。今、作品の形態が何万通りもある中で、作家はなぜその表現を選択したのかをよく考えます。

和田:パフォーマンスアートとパフォーミングアーツが混じりあって定義が揺れ動くように、インスタレーションも空間ごと一つの作品になっている場合もあれば、空間を構成する一つひとつを作品として数える場合もあり、定義はさまざまですよね。ジャンルの定義にとらわれずに、その場限りの体験を楽しむのが一番だと思っています。

田村:彩花さんが見た 目[mé]の作品も、石巻の風景なしでは成立しないような非常にサイトスペシフィック(その場所特有)な表現ですよね。「この町でこういうことがあったのでこれを表現したい」とか、この美術館だからこそできる作品とか、あらゆる場所や時間の条件が揃ってようやく成立する作品があります。いろいろな条件や偶然が重なって、奇跡のような瞬間が立ち上がるのを目撃するときは、とても感動します。

 

保存が難しいアートを、どう残していく?

和田:パフォーマンスやインスタレーションは、その場しか成立しない唯一無二の風景や体験を楽しめるアートですよね。一回性が強く保存しづらいことについて、アーティストの皆さんはどう思っているんでしょう?

田村:多くのアーティストは、むしろその一回性に価値を置いているからこそパフォーマンスやインスタレーションを表現方法として選んでいると思います。でも、それをどう記録してあとに残すかという点は、とくにデジタル技術が急速に発展を続ける現在、難しい問題です。それに葛藤を抱えるアーティストも多いのではないでしょうか。

例えば記録映像を撮っても、VHSやビデオテープに録画していた昔の作品が、今の機器では再生できないということがよくあります。10年くらい前につくられた、まだそこまで古くない作品も、再生機器やソフト自体が生産終了になったり、新しいモデルに刷新されたりすることで壁にぶつかってしまうんです。

和田:MDに音楽を残していたけど、今ではもう誰もMDプレイヤーを持っていないといった話に近いですね。パフォーマンスアートも、多くの場合は記録映像を撮るし、美術館で記録映像が展示されることもありますが、その記録映像を作品と呼べるのかどうかもすごく重要なテーマだと思っています。

田村:私もそう思います。再現性の低い作品をどうアーカイブしていくかは、現代アートにとって本当に重要で面白い命題ですよね。

ナム・ジュン・パイクというブラウン管のテレビをたくさん使ったビデオ・アートの作家がいますが、彼の作品を当時のままブラウン管で展示することは今すごく難しくなっています。だからと言って、ブラウン管ではないテレビで作品を再現した場合、それはナム・ジュン・パイクの作品と言えるのかという難しさがあります。そういったデジタル技術とセットの作品をどう保存・再現するか、鑑賞者の立場からも一緒に考えていけると楽しいし面白いはずです。

 

目撃者になる=アートのプレイヤーの一員になる

和田:私は今フランス留学中なので、森美術館のChim↑Pom(*)の展示展には行けていませんが、展示全体の記録写真を見せてもらったときに「この展示は再現だ」と思ったんですよね。

例えばChim↑Pomが解体予定の歌舞伎町のビルでお披露目した、個展を兼ねた『また明日も観てくれるかな?』(2016年)というプロジェクトも、あのときあの場所だから成立した作品だと思うので、リアルタイムでの体験を数年越しに美術館で再現するのは当然難しい。展示スペースに2階建ての構造をつくるなどして、当時の体験を解像度高く再現しようとした彼らの意気込みと葛藤を感じました。

*2022年4月27日、Chim↑Pom from Smappa!Groupに改名

田村:私も森美術館のChim↑Pom展には同じ印象を持ちました。Chim↑Pomは鑑賞者を目撃者・共犯者にしてどんどん現場に巻き込んでいく力を持つアーティスト集団ですし、回顧展に向かない作品ばかりつくってきたので、今回の再現のプロセスには色々な試行錯誤があっただろうなと思いながら展示を観ました。

資料として展示されていた当時の新聞記事のほうが意外とリアルに感じられて、時事性の強いパフォーマンスやインスタレーションの再現の難しさを改めて感じましたね。リアルタイムの空気感を、当時の新聞や文章といった資料が補うこともあると思います。

和田:私たちがリアルタイムで体験できるものって実はすごく少ないですよね。だからこそ、なるべくその場そのときに観るようにしようと思いました。

田村:彩花さんがおっしゃる通り、その場でしか起こりえないものの目撃者になるということは、アートのプレイヤーの一員になるということでもあると思います。それは現代アートを鑑賞する醍醐味のひとつ。そもそも目撃者がいなければ、アートは成立しないですからね。

とはいえ、パフォーマンスやインスタレーションを見に行くことに敷居の高さを感じている人は少なくないと思います。展覧会は、会期中にアーティストトークや学芸員によるガイド、展覧会によってはパフォーマンスも含めたイベントが企画されることが多いので、まずはそういうものから観に行ってみるのが入りやすいかもしれません。

和田:私は美術館の公式アカウント以外にも、美術系のジャーナリストや編集者の方など、そういった情報を発信してくれる人をTwitterでたくさんフォローしています。あとはやっぱり美術館やギャラリーに行くたびに掲示板で講演やイベントを確認したり、フライヤーをたくさん家に持ち帰ったりしています。

田村:いいですね! 私もどうせ展示を観に行くなら、なるべく情報量が多い日に行きたいんです。イベントがある日とない日があるので、まずはある日を目がけて行ってみるのが、入口としておすすめです。

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連載『和田彩花のHow to become the DOORS』

アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。

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和田彩花

アイドル

アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。
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田村かのこ

アート・トランスレーター

アート専門の翻訳・通訳者の活動団体「Art Translators Collective」代表。人と文化と言葉の間に立つ媒介者として翻訳の可能性を探りながら、それぞれの場と内容に応じたクリエイティブな対話のあり方を提案している。札幌国際芸術祭2020ではコミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐ様々な施策を実践。非常勤講師を務める東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻では、アーティストのための英語とコミュニケーションの授業を担当している。アーティスト・イン・レジデンスPARADISE AIRメディエーター、NPO法人芸術公社所属。

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