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INTERVIEW
2025.07.30
奇妙礼太郎×高山都が語る、暗闇での体験や着物の世界が教えてくれた「アートの越境する力」
Photo / Madoka Akiyama
Edit / Quishin
「奇妙さんは夫婦共に大好きなアーティストで、結婚式で歌ってもらったのも大切な思い出です」
2024年7月に公開されたARToVILLAの記事で、ミュージシャン・奇妙礼太郎さんへの想いを明かしたのは、モデルとして活躍し衣食住にまつわる執筆活動もされる高山都さん。2025年6月、高山さん夫妻のアトリエに奇妙さんが訪れ、「それぞれが影響を受けたアート体験」をお話していただきました。
幼い頃から惹かれ続けてきた自動車、ダイアログ・イン・ザ・ダークでの視覚のない体験、手話に感じた「聞こえない世界」の豊かさ──。奇妙さんは、感受性を育む助けになってきたアートとの出会いを言葉にしてくれました。
一方、高山さんは、ピカソが晩年を過ごした南仏で触れた「作家の生き様」、そして、着物のつくり手の背景から自分の視点が更新されていった感覚を語ってくれました。
ふたりの語りから浮かび上がるのは、「歌う人」と「聴く人」、「見える人」と「見えない人」、「つくる人」と「使う人」——そんなふうに分かれていたはずの立場が、アートを通して交差し、新しい理解へとつながっていく可能性です。
日常の「何気ないこと」に向けられる誰かの視点が、自分の視点を増やしてくれる
──おふたりが会うのはいつぶりになりますか?
高山都(以下、高山):奇妙さんの、COTTON CLUBでのライブ以来ですね。
奇妙礼太郎(以下、奇妙):そうですね。半年前くらい(2025年1月開催)。
高山:よく(夫の)達郎くんと奇妙さんのライブに行っていて、帰り道では映画を観終わったあとみたいに感想を言い合うんです。あの日のライブは、何か、今まで私たちが行ったなかでも一番エモーショナルというか。「すごくのびのびと、気持ちよさそうに歌っていたよね」って、ふたりで話しました。
奇妙:たしかに、自分でもよかったなと思っていたので、何よりです。

高山:私は昔から、奇妙さんの長い音楽活動を、地味にずーっと追っていて。
奇妙:うれしい。ありがとうございます。
高山:ソロのご活動だけでなく、(2008年に結成された)トラベルスイング楽団や、(2013年に始動した)天才バンドもすごく好き。天才バンドの『天王寺ガール(2014)』は、私やん!(笑)って思いながら聴いていました。天王寺は私の地元にとても近いんです。
奇妙:僕も学生のとき、天王寺を通って通学したりしていました。
高山:ああ、そうなんですね。奇妙さんの目線みたいなものに共感しながら音楽を聴けることが多いのは、出身地が近いからというのもあるのかも。

高山:それから、やっぱり私、奇妙さんの全身を使って生きているようなナマっぽいところが好きで。音楽もアートのひとつだと思いますが、自分の弱い部分や強い部分、硬い部分や柔らかい部分みたいなものを、生きながら表現されているように感じます。奇妙さんがそうだって意味ではなく、私がそう感じるという話なんですけど。
朝に窓から見える景色から感じることだったり、猫と目があったり、道を歩いているカップルを見て思ったことだったり。そういう何気ないことに向けられる誰かの視点が、私はすごくおもしろくて。いろんなことに目を凝らして生きているつもりでも、見えていないことってたくさんあるんだと、気づかされるんですよね。
「存在に感謝」と語る、奇妙礼太郎にとっての車

吉川然さん、BRIDGE SHIP HOUSEさん、オカタオカさん、前田流星さんなど、音楽の仕事を通じて好きになった作家さんの作品を、たくさんテーブルに並べた奇妙さん
──今回は「影響を受けたアート体験」を聞いていきたいのですが、奇妙さんがさっそく、持ってきてくださったアイテムをテーブルに出してくれていますね。
高山:ずっと気になってました。特に、この可愛いミニカーたち。
奇妙:これは自分が好きなので持ってきました。1960年代とかの、昔のものです。ミニカーってきれいに保存されているもののほうが、価値があるんですけど、こういうボロボロのミニカーからは、「誰かがめっちゃ遊んでたんやな」ってわかる。僕はそれを見るのが好き。
高山:「いっぱい遊ばれたからここの色が落ちているのかな」とか「どんな国や地域を渡ってきたのかな」とか。そういうことに想いを馳せるだけで、けっこう遊べますよね。

──奇妙さんからは事前に「自動車が好き」という話も聞いています。
高山:自動車、いつから好きなんですか?
奇妙:小学生くらいのときかな。親戚のお兄さんが車好きで、仲良くなりたいから勉強しようと思って、本屋さんで車の説明が載ってる本を買ったのが、きっかけだと思います。それを読んでたら、だんだん車好きになっていって。
高山:じゃあもう本当に少年の頃から、車を見て「あれはなんとかっていう車なんだ」みたいなことを思ったり、言ったり。
奇妙:あー、言ってました。誰も聞いてないのに(笑)。もちろん自分で所有するのも楽しいことだと思うんですけど、僕の場合は自動車というもの自体が世の中にいっぱい走っているだけで、幸せな気持ちになれる。街で好きな車を見かけたりしたらそれだけですごくうれしい。存在に感謝するような感覚ですね。
高山:へえ、おもしろい。
奇妙:たとえば、スポーツカーってすごく速く走れますけど、それは車体を構成するパーツが、走るのに一番適した配置になっているから。後ろにたくさん荷物を積めるバンやワゴンとかはそうなっていない。だから、スポーツカーがふつうの交差点をふあーっと曲がるだけでもう、めっちゃ気持ちいいんですよ。全部が素直に動いている、ということなので。
高山:奇妙さんの話を聞きながら、自動車って、好きな人からすればただの乗り物じゃなくて作品なんだって思いました。それはつくり手にとってもそうですよね。ひとりでつくれるものではないけど、いろんな人が関わってつくり上げる、大きな作品。
奇妙:この自動車のオブジェも自分でつくったものです。

高山:かわいい。陶芸されたんですね。
奇妙:これはtetoさんっていうteto ceramics(テト セラミクス)を主宰する陶芸家の石井啓一さんの陶芸教室で作ったんです。
高山:えっ、イシくん⁉︎(笑)。石井啓一さんは、お友だちで。私たちの家にもたくさん作品があります。そっか、陶芸教室もされている作家さんですもんね。
──高山さんは、何がきっかけでご友人に?
高山:イシくんを知ったきっかけは、東日本大震災のすぐあとくらいに、カフェで白熊の箸置きが売られているのを目にしたことから。かわいいなって思ったんですけど、それだけじゃなくて、買うと震災で親御さんを亡くした子どもたちの支援になることを知って。なんて素晴らしい作家さんなんだろうって思ったんです。
そこからずっと、お名前だけ覚えていたんですけど。コロナ禍に友人からイシくんの作品をプレゼントしてもらったことをきっかけに、ご本人と私たち夫婦でご飯に行くようになったりなど、交流が始まりました。
「見える」イコール「完璧な理解」ではないと気づかせてくれた体験

高山さんのアトリエの一角
──奇妙さんからは、影響を受けたアート体験として「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(現在は、東京・竹芝のダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」で体験できる)を挙げていただいています。どんな体験だったのか教えてください。
奇妙:体験したのは5年、いや10年くらい前かも……けっこう前のことで。何かで見かけて、友だちと行ってみようという話になったんです。でっかい倉庫のなかに街のようなものがつくられているんですけど、そこは完全に光がなくて何も見えないんですよね。
案内してくれるのは、視覚に障がいのある方。その方はどこに何があるのか、どう進めばいいのか全部わかるので、僕らは頼りにして進むんですけど、自分たちは何も見えないからめっちゃ怖いんですよ。
高山:たしかに、怖そう。
奇妙:そう、ちょっと歩くだけでも。僕らは普段は見える側として暮らしているし、無意識のうちに見える人・見えない人って分けているんだけど、そういう空間に入ったらまったく立場が逆になるんですよね。それってすごいなって思って。
最近も、似たようなことがありました。混んでいる電車にいたんですけど、車内がすごくやかましかったんです。こっちのしゃべり声も何も聞こえへんみたいな感じだったんですけど、聴覚に不自由を抱えている4、5人くらいの方々が、手話でめっちゃ楽しそうにしゃべっていて。それが僕はすごく、カッコいいなと思ったんですよね。こういうのなんて言うんですかね。得意なことが違うだけって気もするし。

高山:今の奇妙さんのお話で、うちのおばあちゃんを思い出しました。耳が聞こえなかったんですけど、音のない世界で生きている方って何かひとつの五感が使えない分、ほかの感覚を使って物事を捉えようとするんだなって、おばあちゃんを見ていて思ったんです。それは聞く、ということだけでなく、見るということにも言えることだろうし。目だけじゃない部分で、見る。耳だけじゃない部分で聞く、みたいな。
奇妙:僕としては、視力があって「見えている」と思っていても、「完璧に理解しているわけでもないんやな」っていうのは、ダイアログ・イン・ザ・ダークや、そういったことを考えさせられる本を通じて思うようになったことですね。
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 (光文社新書)という本に、視力のある人が夜に月を見るとき、お皿のような平面的なものがペタって空に貼られているみたいに捉えているらしいんですよ。でも視力のない方はそうではなく、奥行きのある球体で月をイメージしている。
どっちが「月」というものを理解できているかと聞かれたら、それはやっぱり後者な気がするんですよね。ただその一方で、奥行きとか質感とか複雑な情報を単純化して次に思考を進めていくっていうのも能力のひとつだとも思う。だから、どっちがいい・悪いっていう話でもない。理解の仕方が一個じゃないのがいい、っていうことかも。
使う側のリスペクトが、クリエイションの循環を生む
──高山さんは、影響を受けたアート体験は?と聞かれて、何を思い浮かべますか?
高山:最近で言うと、昨年(2024年)11月に行った、南フランスでのこと。マティスやピカソが最後に住処にしたエリアに足を運んで、夏の間にピカソが滞在した建物だったピカソ美術館(アンティーブ)などに行ったんです。

ピカソ美術館(アンティーブ)での様子
高山:そういう場所で、「ピカソにとっての青はこの色だったんだ」とか「最後のパートナーはこういう方だったんだ」とか、見ていた景色や晩年の暮らしぶりを知るのがすごく楽しくて。やっぱり私は、作家さんの生き様を追っていくことが好きなんだなと思いました。
──海外で自分の「好き」を再認識したんですね。奇妙さんも、美術館には行かれますか?
奇妙:地方でのライブの合間とかに行くことはありますね。自分が当たり前だと思っていたことが違うふうに感じられたり、驚いたりできるのもうれしいことなので、そういう出会いがあったらいいなと思って、足を運んでいます。
高山:合間で行くのも、いいですね。

奇妙さんがライブの合間に行った、「安野モヨコ展」で購入した塗り絵セット
高山:それから、影響を受けたアート体験のもうひとつが、着物かな。
奇妙:着物。
高山:40歳から着物を着る習慣を始めたんです。有松絞りの産地である名古屋市の有松に訪れたり、つくり手の方のお話を聞かせていただいたりもしているんですけど、工程の部分まで知ったうえで纏ったとき、それはただ「着る」とは違う感覚になる。私は工芸や民藝が好きで、使って育てていくからこそ滲み出てくる美しさというものがあると思っているのですが、着物もそういうものなんだと思いました。
──「使うこと」への意識が、和装の世界を掘り下げることでより強まった?
高山:そうですね。有松では、着物を着る人が少なくなったことでつくり手が減っている状況を聞きました。そこから、つくり手と使い手はもっと相互の関係なのかなと思うようになりましたし、私自身、誇れる姿勢でものを選んで、作家さんを応援していきたいという気持ちが強まりました。

高山都さん 2024年のインタビューはこちら
高山:今って、本を一冊読まないとか、映画を一本丸々見ないとか、音楽も途中だけ聞くとか、そういうことも聞くけれど、ちょっともったいないなとも感じます。「古い」と思われるかもしれないけど、やっぱり受け取る側がちゃんと見て、聞いて、「大好き」って言えるって、すごく大切なことで。それがアーティストさんのパワーや新しい発想になるなど、いいクリエイション循環につながると思うんですよね。今日の奇妙さんの車のお話も、やっぱり好きなことだから、すごくイキイキしてたじゃないですか。
奇妙:楽しかったですね。
高山:そうなんですよ。聞いているほうも楽しかった。ぜひまた聞きたいです。

高山都さん 2024年のインタビューはこちら
Information
奇妙礼太郎 5th Album「オールウェイズ」
■発売日
2025年4月23日(水)
■価格
3,200円(税抜価格 3,520円)
■収録曲
1. 夢暴ダンス(映画『夢暴ダンス』主題歌)
2. スケベなSONG
3. 愛と性
4. Bye Bye Bluebird
5. ヤンキー BE MY BABY
6. marriage
7. オールウェイズ
8. こどもラジオ
9. ほどける
10. ダーリンマイベイビー
DOORS

奇妙礼太郎
ミュージシャン
大阪府出身。1998年より音楽活動開始。奇妙礼太郎トラベルスイング楽団、天才バンド、アニメーションズ等のバンドを経て、2017年ソロメジャーデビュー。ボーカリストとして多数のCM歌唱も担当するほか、写真展も実施するなど活動は多岐にわたる。2025年4月に「夢暴ダンス」(のん主演映画「私にふさわしいホテル」主題歌)を収録した、フルアルバム「オールウェイズ」をリリース。
DOORS

高山都
モデル
モデル、雑誌のコラム連載、商品のディレクションなど幅広く活動中。自然体なライフスタイルを発信するInstagramが人気。趣味は料理、ランニング、器集め、旅行、和装。昨年11月に4年ぶりの書籍『高山都、もの語り ひとりごと、ふたりごと』(宝島社)を出版。
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