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INTERVIEW

2025.10.15

「わからない」は自由の入り口。多彩なグレーを愛する絵本作家・長田真作が420ページの大作にぶつけた表現

Interview & Text / Miki Osanai
Photo / Daisuke Murakami
Edit / Quishin

2016年にデビューし、絵本作家としては異例の40冊を出版してきた長田真作さん。水墨画によるモノクロームの表現をベースに、「絵本」というものに独自の世界観をぶつけてきた長田さんが、2025年11月末頃に出版を予定しているのが、『影のような者たち』。なんと、420ページにもわたる超大作です。

2025年10月31日には、モデル・俳優でありアーティストとしても活躍するSUMIREさんとコラボレーションして、落ち葉が“こびと”になって冒険する物語『ほろほろもみじ』(303BOOKS)も出版。ARToVILLAではふたりの共著と、長田さんの新作の発売を記念して、2025年10月30日からArtglorieux GALLERY OF TOKYOで展覧会を開催することになりました。

展覧会で長田さんが展示・販売するのは、『影のような者たち』からインスパイアされて生まれたアクリルの絵画作品。本作について「今できる表現を全部出した」と明かす長田さんに、表現のコアとなってきた「わかる・わからないの間にあるファジーな世界」「そこに手を伸ばすことで感じられる自由」について、考えを聞きました。

今できる表現を全部出した『影のような者たち』

──2025年11月末頃に予定されている、『影のような者たち』(求龍堂刊)。制作に至った背景を、まずは聞かせてください。

2016年にデビューし、翌年には現代企画室から「カオス オペラ」シリーズという三部作を出版しました。その原画展に求龍堂の方が来られて、「一緒に絵本を」と声をかけていただいたのがきっかけです。

僕はもともと、子ども向けの表現をしたかったのではなく、表現の形態として絵本というものが自分に合っていたから、それを選んで続けてきました。なかでも「カオス オペラ」は自分のなかにある独特な世界観を表現した作品で、それを見た求龍堂が「尖った絵本をつくりたい」と言ってくれたので、そこから1、2年かけて原型をつくっていくことになったんです。

──『影のような者たち』の原点には、「カオス オペラ」があった。

そうですね。「カオス オペラ」は、僕のなかに潜んでる世界観を提示した感覚だったけど、そこからもっと、これまでの人生でどういうことを感じてきたのかや、世の中をどのように見てきたかなど、自分のことを深く掘り下げていきながら物語をつくっていきました。自分の精神の叙事詩的な意味合いが強い作品になっていると思います。

そうやってできた原型は、最初、64ページだったんです。最終的に420ページになっているけど、原型から一枚も削除していません。自分の中にある、今できる表現を全部出そうと思って制作しました。デビュー当時からずっと制作してきたので、足掛け8年くらいはかかっていますね。

『影のような者たち』より

──長田さんの作品は、テイストがさまざまですよね。長田さんが文、SUMIREさんが絵を担当した『ほろほろもみじ』は心が温まるファンタジーの世界で、一方の『影のような者たち』は、兵士たちが不思議な世界で凄惨な目に遭っていくさまが読み取れ、どこか不気味さも感じられます。

『影のような者たち』の原稿を見た方は、「よくこんなに違うものを同時につくれますね」といったことをおっしゃるのですが、僕からしたら全然違うことをやっている感覚はないんです。むしろ、すごく可愛らしいものだったりシュールなものだったり、ある種ナンセンスなものだったりといった、表面的には逆に感じられるものたちは、全部僕に内包されてる世界で。僕としては絵本という表現を使うことで、世界観のテリトリーを確認してるにすぎないんです。

わからないものに対して想像を巡らせるとき、自由を感じられる

──本作に込めた「表現」は、長田さんのどんな思考が反映されたものか気になります。原稿を読んだ感想としては、どういう時代設定なのか、どこの場所の話なのか、ハッキリと理解できないけれども、登場する兵士、その兵士らのように思われる影、ほかの生き物たちの言葉や動き、見ている景色などから、何かずっと問いかけられているような不思議な感覚もありました。

今、おっしゃったような、時代や場所などきっちりと設定されていないようなファジーな世界が、僕の表現の要素としてはすごくコアな部分で、大事にしていることです。だから僕としても今作については、あらすじを簡単に述べられるようなものではないし、そうしたつもりでもある。

僕のなかでは、「わかる」「わからない」というものがキーワードになっていて、「わからないもの」に対してわりと独特な感覚を持っているように自分では思うんですよね。「わからないから不安だ」とか、「わからないから不愉快だ」というふうには、あまり感じないんですよ。「わからない」に出会ったときにやって来るのは、「じゃあ、わかりたい」という好奇心のほうで。わかる・わからないの二元論の狭間を探りたいという気持ちがあって、そのわかりにくさをできるだけ多く放り込んだのが、この作品なんです。

──長田さんの好奇心を揺さぶる「わからないもの」は、たとえばどんなことですか?

世の中のほとんどのことですね。人間ってなんで存在しているのかもわからないし、そもそも存在そのものの定義とかもわからない。人間に対して強い興味があるけど、人間に重きを置いているわけでもなくて、ほかの生き物や自然、宇宙にも同じように、関心がある。

子どもが、この空の先に何があるんだろう?って疑問を持ったときに、大人は「オゾン層だ」って答えるかもしれないけど、子どもの興味の矢印はオゾン層、天体も超えた、今の物理学では届かない領域に何があるんだろうっていうことかもしれない。僕もそういったことをふと、考えるんですよね。イグアナや森の木は世界をどう見ているんだろう、とか、どこからどこまでが酸素なんだろうか、とか。そういうわからない世界を想像したりすると、その時間のなかで僕は、すごく自由を感じられるんです。

自分の目で捉えられる範囲を超えた世界を想像できるということが、人間の魅力だし、神秘的なことだなと思います。僕はそういった、えも言われぬ感覚を表現に落とし込むことで、昨日よりもほんの数ミリメートル、自分の想像力に手を伸ばせたような感覚になれる

水墨画の表現を支える「モノクロームはカラフル」という感覚

──長田さんの話を聞いていると、絵本というもの自体が、わかる・わからないの両方を携えた表現手法のように思えてきます。絵というのは言語化されていない感覚的なもので、文というのが私たちが理解できるロジックで……といったふうに考えられるのかなと。

そうですね。なぜ、絵だけじゃなくて文も書くのかと言うと、やっぱり自分が携えているこの感覚や世界観をしっかりと伝えたいという気持ちがあるからなんですよね。だから僕は、べつに、わからないものに囲まれることを推奨したいわけでもなくて。わかる・わからないのバランスが大事なんじゃないかと思っています。絵本という表現の形が自分に合っている理由も、そのバランスが5:5で取れるものだから。

『影のような者たち』より

ちょっと話がそれますけど、僕、『輝ける闇』『夏の闇』などが代表作として知られる小説家の開高健さんが好きなんです。開高さんは釣り師でもあり、世界中の釣りの体験を綴った釣行記も書かれているんですけど、「あの二毛作な感じ、いいなあ」と思っていて。開高さんじゃないけど、僕も、「これと、あれもやっている」みたいな状態に惹かれる。3つ、4つある人はもちろんすごいけど、僕にとってはふたつがちょうどいい。

男と女とか、光と影とか、交感神経と副交感神経とか……この世の中、「大きく分けるとふたつ」とされていることがほとんどだけど、実はその間にいっぱい、何かがある。繰り返しになるけど、そのファジーな感じが好きなんですよね。

そして、僕の絵が基本的に水墨画によるモノクロームの世界を基本としているのは、ほとんどのことが黒と白と、その間にある多彩なグレーで表現できると思っているからなんです。モノクロームってすごくカラフルだと思っています。

──グレーが多彩、カラフルだと言うのには、ハッとさせられます。たしかに物体の影の濃さも、時間帯や場所によって全然変わってくるものですよね。

それから、黒という色は、「渋い」「暗い」と捉えられがちだけど、僕はたまに、北欧で見るようなビビットカラーの家具やモチーフよりも明るくて、眩しいくらいに感じたりもする。人間の情感というのは複雑だなと思わされます。

『影のような者たち』より

絵画表現にも「絵本で培ったバランス感」が根底に流れている

──10月30日からは、GINZA SIX 5階のArtglorieux GALLERY OF TOKYOで、『影のような者たち』からインスパイアされた絵画作品が展示・販売されます。現在(2025年9月中旬)も制作中とのことですが、絵本との違いをどのように感じていますか?

一番の違いは、当然ですが、文がないことですね。僕にとって、絵だけで世界観を表現していくというのは今回がはじめての試みで、描き始めてから「絵と文がセットになって物語として完成するという思考が自分の中に染み付いていた」と気づきました。そこから、文がなくても、絵画の一枚一枚の連なりで自分の中にあるひとつの世界観を示せるのではないかという思考になっていきました。

左《カタルシス》 2025年、右《モダン・リベレーション》 2025年

また、これまでの作品はすべて水墨画で描いてきたけど、絵画表現においてはアクリルで描いています。水墨画はぼかしやにじみなどが意図せず生まれることに魅力を感じているけれど、それがわかっているうえでアクリルで描くと、僕としては何か、文章表現に近いものを感じるんですよね。アクリルは当然ながらカラフルだし、よりストレートに表現できるので、僕としてはすごく理屈っぽく描いている感覚があります。

だから、やっている作業としては絵画表現なんだけど、絵本で培ったわかる・わからない、意識・無意識、直感・ロジックみたいなバランス性を、こっちでもちゃんと内包して制作している感覚があります。

左《残像なる未来》 2025年、右《結び目》 2025年

《風はどこへ》 2025年

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  • #長田真作 #SUMIRE

──長田さんのお話は「わかりにくいもの」に向き合う視点がいくつも増えていくような感覚になります。今の時代、映画や小説などをショート動画で飛ばし読みしたり、AIに思考や言葉を代替してもらうことに抵抗がない人たちも多く、「わからないものをわかろうとする欲求」が失われている気がしていたので、おもしろがっていいんだと思えたのはうれしい発見です。

僕の今日のお話は、今の時代の流れに対して、婉曲的に疑問を投げかけた部分もあるかもしれませんね。疑問というのは、とにかく早く理解したいとか、わからないものをわかったつもりになろうとするって、一体、誰の欲望なんだろう?ということなんですよ。

その欲求は、世論や消費者によって形成されているのかもしれないけど、ある種、影よりも得体の知れないもので。僕は、本質的には、わからないものや見たことがないものって、自分で体験するほうがおもしろいと思っています。だから子どもは、危険も省みずに行ったことのないところに行きたがったり、入れるかどうかわからない場所に入ろうとしたりするわけなので。

もちろん、強いストレスを感じる「わからない」には蓋をしてもいいけど、わからないことに手を伸ばすのは大変な作業というよりも、「探検なんだ」くらいの気分で捉えるのがいいなと思うんです。その答えを持っているのが、アートかもしれないし、映画や小説、はたまた絵本かもしれない。

今回の僕の作品も、「わからないものはつまらない」と捉えてしまえばそう見えてしまうかもしれないけど、自分の感覚や経験を重ねて読んでもらえると、表現が抽象的な分、僕が設置した装置以上のインパクトが発揮されるんじゃないかと期待しています。

Information

ARToVILLA主催企画 
長田真作×SUMIRE 出版記念展
ひかげ 絵と本と生まれる

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■会期
2025年10月30日(木)→11月5日(水)
営業時間:10:30~20:30 (初日ならびに最終日は18時閉場)

■場所
Artglorieux GALLERY OF TOKYO 
東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 5階

■入場料
無料 

展覧会詳細はこちら
Artglorieux GALLERY OF TOKYOのHPはこちら

取材協力

杉並区立中央図書館

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住所:〒167-0051 杉並区荻窪3丁目40番23号
施設の利用時間:
月曜日~土曜日 午前9時~午後8時
日曜日・祝日・12月29・30日 午前9:00~午後5:00
休館日:毎月第1・第3木曜日

詳細はこちら

DOORS

長田真作

絵本作家・アーティスト

1989年生まれ。広島県出身。2016年『あおいカエル』(リトルモア)で絵本作家デビュー。『タツノオトシゴ』(PHP 研究所)『かみをきってよ』(岩崎書店)を刊行。デビュー以来、絵本作家としては異例の30冊以上の作品を刊行。ドラマや映像作品など、ジャンルを超えて活動中。他に、ONE PIECE picture book『光と闇と』(集英社)『きみょうなこうしん』(現代企画室)『ごろごろごろ』『ざわざわざわ』(東急エージェンシー)『ほんとうの星』『そらごとの月』『まろやかな炎』(303 BOOKS)『赤い日』(汐文社)など。『光と闇と』『かみをきってよ』『タツノオトシゴ』『コビトカバ』は、海外で翻訳され出版。

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