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2025.10.08

「真っ白なキャンバスに絵を描くように、メイクする」メイクアップクリエイター・GYUTAEの「無いなら描けばいい」の原点 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.40

Interview&Text / Miki Osanai
Edit / Mai Mushiake & Quishin
Photo / Madoka Akiyama

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

お話を聞いたのは、メイクアップクリエイターのGYUTAEさん。性別や国籍を超えたメイクや、漫画やアニメの人気キャラクターになり切る再現性の高いメイクなどをSNSで公開し、整形級の変身メイクで注目される存在です。自身の全身脱毛症も明かすなど、赤裸々な想いも含め、コンプレックスやハンデと共生していく考え方が多くの支持を集めています。

無いなら描けばいい。そんなメッセージを発信するGYUTAEさんを支えてきたのが、子どもの頃から好きだった「模写」。絵を描くようにメイクをし、一番身近なアートにコスメを挙げるGYUTAEさんの、自由自在な表現にパワーを与えてきた体験とは? 影響を受けたアートの記憶とともに、「なりたい自分になるために自分を研究することの大切さ」についての言葉をお届けします。

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  • #井上三太 #連載

# はじめて手にしたアート
「小学4年生での陶芸体験は、画用紙に絵を描くのとは違った発見があった」

はじめて手にしたアートとして持ってきたのが、小学4年生のときにつくったうつわです。

自分でつくったものなので、アートと呼んでいいのかわからないけれど、「自分で何か物をつくった」と思えたのは、たぶんこれが最初でした。

小学生のとき林間学校のようなちょっと遠出するイベントに参加したのですが、行った先でみんなで陶芸体験をして、このうつわをつくりました。

僕はわりと、昔の思い出を断捨離するタイプなんですけど、これはずっと持っていて。たぶん、画用紙などの平面に描くのとは違う体験があったからなんですよね。昔から絵を描くのがすごく好きだったのですが、こういう立体的なものを触って、目の前に3Dとして現れたとき、平面に描いていたときにはなかった発見があった気がします。

絵は、僕のなかでは描きながらどういう完成形になるか想像しやすいものだったけれど、立体のものをつくるのははじめてだったので、つくっている途中に完成形を想像できなくて。だからこそ出来上がったときに、「こういうふうになるんだ」と楽しさを感じられたんです。

このうつわは今も使っていて、お漬物を入れたりしています。内側の色まできれいだなと感じていて、お気に入りです。


# アートに興味をもったきっかけ

「画用紙から顔にキャンバスが変わっても、昔から続けてきた“模写”が自分のメイクに活きている」

子どもの頃から絵を描くのが好きだった、という意味では、アートはわりと身近な存在だったかもしれません。

一番最初に参考にしたのは漫画で、子どもの頃はよくキャラクターを模写していました。そこから、自分の好きな服をモデルに着せたデザイン画を描くようになっていきました。服と人物を描いていたのは、元々はファッションデザイナーになりたかったから。

高校生ぐらいからはどんどん顔のパーツを描くようになりました。描いているうちに「人間の顔ってこう描くんだな」というのがわかっていき、画用紙という平面から自分の顔という立体的なものに、だんだんとキャンバスが変わっていったんです。

僕は、自分が10代の頃から全身脱毛症であることを公表していますが、眉毛やまつげが無いなら描けばいいと思えたのも、きっと模写が得意だったから。最初、眉毛やまつげがなくなってしまったときも、「平面に描けないものを立体では描けないだろう」と、理想とする眉毛の写真を見ながら紙に模写していました。昔から続けてきた模写が、今の自分のメイクに活きていると感じます。


# 思い入れのあるアート

「写真のようでありながら実在していないものをリアルに表現している作風に惹かれます」

僕が描いてきた絵って、一貫してモノクロなんです。それは自分が写実的な表現を好むからだと思います。

一番好きなアーティストは空山基さん。渋谷にあるギャラリー「NANZUKA」の方と知り合いになったのをきっかけに、空山さんを紹介していただいて。アトリエにうかがった際に、こちらの画集をいただきました。

女性の人体美と機械的なメタリックを融合させた「セクシーロボット」シリーズが世界的に知られていますが、メタル素材は周囲のモノによってツヤや影の入り方が決まるため、想像しづらいもの。それをリアルに描いていらっしゃるところに惹かれます。

写真のようでありながら実存しないものをリアルに表現している──そう感じられるものが好きで、友沢こたおさんの個展にも足を運んでいます。いつか購入させていただきたいなと夢見ています。

それから、2024年にお亡くなりになった田名網敬一さんも、心から尊敬するアーティストさん。

PRADAのイベントに行ったときにご本人とお会いすることができたのですが、「こんなメイクはじめて見た」と僕のメイクを褒めてくださって。田名網さんから、こちらの画集と版画の作品をいただきました。

田名網さんの作品からは、「ここまで自分の個性をぶつけられる人はいないんじゃないか」と思わされます。


# メイクとアートの共通点
「『無いものから自由自在に描く』というのが、メイクとアートのリンクする部分。コンプレックスもカバーできる」

GYUTAEさんの活動を応援する方からプレゼントされた、ご自身の顔が描かれた絵もお気に入りのひとつ

キャンバスを画用紙から顔に変えた話とつながりますが、メイクの全工程に共通しているのが、「顔を一旦、真っ白にすること」なんです。真っ白な画用紙にすることで、自由自在に顔をつくれる。無いものから描いているという意味で、アートとリンクする部分があると思います。

それによってコンプレックスもカバーできます。たとえば、僕は頬骨が張ってるのがコンプレックスだけど、メイクで光と影をコントロールして、ヘアスタイルを工夫することでカバーできる。メイクを研究するというのは、自分自身を研究することなんですよね。

今って、美容整形が身近にあるからこそ、将来のことも含めて、自分と向き合うことがすごく大切だと思う。「自分に何が似合うのか、自分はどうなりたいのか、まずはそれをわかっていることが大切」というのは、YouTubeでも、高校や大学の学祭などに呼んでいただくときにもよく話していることです。

特にこのSNS時代、周りの声に影響される人が多いなと感じていて。本当は顔が小さいのに「顔デカいってコメントされたから痩せなきゃ」とか、自分は青が好きなのに、「似合わないって言われたから、もう青い服を着ない」とか。たくさん聞くんですけど、すごくもったいない。

もちろん、パーソナルカラー診断や骨格診断を活用してもいいし、プロの意見を参考にするのはとても大事なことだけど、それで自分の選択肢を狭める必要はなくて。だからよく、「顔も名前も知らない人の言葉よりも、自分自身の言葉に従って生きてください」と僕は言いますし、自分自身も大切にしたいことです。


# 個性を大切にする生き方
「個性は一度失うと取り戻すのが大変だから、自分の言葉に従って生きたい」

社会的ベターよりも、自分の価値観や個性を軸にして生きてほしいという想いは、僕自身の経験からきています。

20歳くらいの頃、芸能事務所にスカウトされて、広島から上京して1年ほどレッスンを受けることになったんです。そこで「個性が強すぎる」と指摘され、メイクも髪も全部、無難なものにしたんですけど、結局「売り出すつもりはない」とハッキリ言われてしまって。残ったのは、夢を追いかけて東京で挫折した何もない21歳の男、だったんですよね。

結局、事務所は辞めたんですけど、もう一度昔のように好きな格好をしようと思っても、自分が何が好きでどうなりたいのかわからなくなっちゃって。その時の経験から、個性って一度失ってから取り戻すのはすごく大変だと気づいて、以降は失わないように心がけてきました。

また、僕の母は、元々は息子がメイクすることに対して否定的だったんです。でも僕がメイクを研究して活動の幅を広げていくうちに認めてくれるようになって、今はすごく仲良し。そういうことからも、自分の言葉に従って生きたほうが、その瞬間は遠回りに思えても、長期的に見ると物事が好転していくことが多いと思っています。


# アートのもたらす価値
「一番身近なアートはコスメ。自分にないものを発見をするために、アートに触れたい」

そのうえで、「じゃあその個性をどう活かしていけばいい?」と聞かれたら、やっぱり「インプットが大切」になってくると思います。

特に、僕のように日々アウトプットする活動をしていると、インプットがないと枯渇してしまう。だから美術館に行ったり、アートに触れる機会をつくったりしています。もちろんSNSも見るけど、その人の趣味嗜好に合わせてアルゴリズムされている部分もあるから、定期的にそこから離れて新しい発見に出会うことを大切にしたい。

自分にはなかった新しい発見ができて、それをどんな仕事でも活かせるというのが、アートのひとつの価値だと思います。

それから、コスメもアートとして捉えている部分が、僕はあるなって。

だって、これだけ世界中にコスメブランドがあるのに、どれひとつとしてパッケージが被っていないって、すごいことじゃないですか。それって、それぞれのブランドの世界観がパッケージに落とし込まれているからで、そのものがアートだと感じる。

デザインがお気に入りのコスメに、中国の「FLORASIS」が展開する彫刻リップや韓国の「RISKY」のリップ、「IPSA」の化粧水などを挙げたGYUTAEさん。写真はご自宅のメイク棚の一部

一色一色に彫刻が施された、FLORASISのアイシャドウパレット

だから僕にとっての一番身近なアートは、コスメ。話しながら、すごく身近にアートがあったんだって、改めて思いました。

 

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DOORS

GYUTAE

メイクアップクリエイター

SNSを中心に活動し、総フォロワー数は278万人を超える。メイクを通じてコンプレックスを強みに変える方法を発信し、多くの人々に希望とインスピレーションを与えている。性別や国籍、ジャンルを超えた変身メイクで注目を集め、中島美嘉のMVでメイクを担当するなど多方面で活躍中。2022年に「ベストスタイリングアワード2022」を受賞、2023年には「ネイルオブザイヤー」を受賞。同年には世界的コスメブランドM・A・Cのアジア太平洋地域出身の9人のインフルエンサーに日本人として初めて起用される。幻冬舎より初の著書『無いならメイクで描けばいい』を出版。2025年1月には初の写真集「FULL MOON」を出版。

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