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2023.02.17

アートに参加する意義って? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.12

Interview&Text / Mami Hidaka
Photo / Yuri Inoue
Illust / Wasabi Hinata

19世紀の画家、エドゥアール・マネの絵画に魅せられたことをきっかけに、現在までに2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。2022年2月からは大好きなフランスに留学中で、古典絵画から歴史的建築、現代アートまで、日常的にさまざまなカルチャーに触れているようです。

そんな和田さんと、Vol.10から3回にわたってお話しするテーマは「変わりゆく美術館」。1793年のパリのルーブル美術館の設立が近代美術館の始まりだとすると、美術館は、2023年の今日まで、世界情勢や人々の価値観とともに様々なアップデートを試みてきました。絵画や彫刻にかぎらず、映像作品やインスタレーション、参加型アートなどの多種多様な作品が展示されるようになり、時にはワークショップやディカッションを行う場として機能していることからも、美術館の大きな変化がわかります。

「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。 Vol.12も、前回に引き続きキュレーターの難波祐子(なんば・さちこ)さんをゲストに迎え、過去に難波さんがヴィジュアルアーツ部門を担当された「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」についてお話を伺います。障害を持つ人とアーティストが協働して創作・表現を試みたパラトリは、当事者と私たち鑑賞者、会場である美術館にどのような気付きを与えたのでしょうか。

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美術館は親子の居場所になりうる? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.11

  • #和田彩花 #連載

「パラトリ」がなくなる未来を願って

和田:これまでこども向けの展覧会は、大人の自分が行くところではないのかと勝手に判断していましたが、前回の「こどものにわ」のお話を聞いて今後は積極的に行きたくなりました。

難波:「こどものにわ」はこどもをターゲットにした展覧会ですが、きちんとクオリティが高い作品を揃え、現代美術の展覧会としても勝負できる展覧会だったと思います。

私がヴィジュアルアーツ部門のキュレーターを務めた2014年のヨコハマ・パラトリエンナーレ(以下パラトリ)は、「障害者と多様な分野のアーティストとの協働から生まれる現代アートの国際展」と謳われていますが、障害者 / 健常者の区別なく、現代美術を楽しんでもらえる国際展を目指しました。パラトリのディレクターである栗栖良依さんも、パラトリが始まる2014年の時点で、「最終的な目標はこのパラトリエンナーレがなくなることだ」とおっしゃっていました。

和田彩花さん、難波祐子さん(Photo by Kenichi Aikawa)

和田:つくる側と同じく、私たち見る側も「こども / 大人」「障害者 / 健常者」といった括りは気にせずにいろんなアートに触れていきたいです。栗栖さんや難波さんがおっしゃるように、トリエンナーレとパラトリエンナーレを分けずに一つの国際展として開催できるのが理想的ですよね。

難波:そうですね。「こどものにわ」やパラトリに限らず、現代美術の面白さは作家が生きていること、そして展覧会のためにアーティストと一緒に新しい作品を考え、共につくっていけることだと思います。その分、展覧会がオープンするまで、どんな作品が生まれるかわからず、楽しみな半分、不安も大きいのですが・・・。

和田:パラトリの参加アーティストは、目[mé]や真鍋大度さん、岩崎貴宏さんなど豪華な面々ですね。プロのアーティストと障害のある人のコラボレーションは、どのようなプロセスを踏んでどのような作品ができていったのかすごく気になります。

難波:パラトリは、アウトサイダー・アート(障害者などを含む従来の美術教育を受けていない人が作るアート)と言われる作品をただ展示するのではなく、プロのアーティストとのコラボレーションによって、障害を持っている人たちのいろんな能力を引き出すような参加型アートを中心に構成しました。

織りや編みの技術を使った作品を手がける井上唯さんの「whitescape」は、形状記憶できる特殊な糸を採用し、国籍や性別、年齢、障害の有無など関係なく誰でも簡単に編める手法で、約800名で一緒に大きな山を編んでいくというワークショップでした。

SLOW LABEL LAB×井上唯《whitescaper》ヨコハマパラトリエンナーレ2014での展示風景

難波:雑巾や衣服などの身近な日用品の生地から糸を引き出して精巧な作品をつくる岩崎貴宏さんとは、横浜市内にある織りを行う福祉作業所や特別支援学校までリサーチに行きました。通常福祉作業所などでは、織りの目がきちんと揃って加工しやすい布を織ることが推奨され、それがポーチやバッグに仕立てて流通させています。でも、岩崎さんは自由に織り目が飛び出てしまった布の方が、織る人の思いや個性が出ていて、面白いと。売り物にならないそれらの織物を使って、パラトリの会場となっている横浜の風景をつくってくださいました。

和田:福祉の世界ではルールからはみ出てしまったものも、アーティストが関わることで新しい価値が与えられるんですね。アーティストは、別の視点から世界を見せてくれる重要な存在だと感じます。

崎野真祐美×岩崎貴宏《Out of Disorder》(2014)

 

ルールをはみ出す個性に価値づけを

難波:目が揃った織物をつくることが求められるなど、福祉作業所は障害を持つ人が社会に適合するためにトレーニングを行う施設ですが、パラトリに関わったことで、社会の方が、障害を持つ人のニーズに合わせて変わっていかないといけないのではないか、と思うようになりました。

パラトリの参加作家の一人であるミハイル・カリキスさんは、特定の人が“disabled(「障害」の訳語。不能、能力が欠如しているの意)”なのではなく、私たちは皆“diffrently abled(異なる能力を持つ)”であると表現すべきではないかと指摘していましたが、とても的確な表現だと思います。それこそ目[mé]の《世界に溶けるドキュメント》は、自閉症や発達障害の人の世界の見方や能力について取材した作品でした。

和田:アーティストもある意味で社会の規範をはみ出し、新たな視点を与えてくれる存在なので、そういう意味で、アーティストと障害がある人に共通する創造の力を感じます。目[mé]が取材した自閉症や発達障害の人は、どのような世界観を持っていたのでしょうか?

目[mé]《世界に溶ける》(2014)

難波:スライスチーズを山の形になるように食べては冷蔵庫にストックしている人や、競馬中継の落馬シーンだけを録画して集めている人など、魅力的なエピソードがたくさんありました。目[mé]のメンバーは、本人だけでなく、本人をよく知る家族や施設の人への聞き取り取材を行ったのですが、実際に彼らが普段創作するときのものの捉え方やこだわりの持ち方と通じることが多かったと聞いています。なので、パラトリでは、これらのエピソードに着想を得て、目[mé]が写真やドローイング、映像、模型などを制作して展示しました。

和田:山型にかじったスライスチーズのコレクター!想像するだけで面白いです。その人自身にしかわからないようなこだわりも大事な個性ですよね。

難波:あとは、「ソウル・ファミリー」というデフダンサーのグループにも参加してもらいました。メディアアーティストの真鍋大度さんらが、耳が不自由な彼らに向けて筋電センサーを使って音の信号を振動に変換することで音楽を体感できるデバイスを制作し、それを装着して実際に踊ってもらうというパフォーマンスです。

和田:いろんなメディアのアーティストに加えて、目や耳が不自由な人から精神障害を持つ人まで、さまざまな人が参加していたんですね。

難波:はい。コラボレーションで大変だったことは、障害の有無ではなく個性のぶつかり合いでした。ハッピーなコラボレーションというよりも、こだわりを譲れない者同士のガチの真剣勝負でした・・・!

SOUL FAMILY × 真鍋大度+石橋素+照岡正樹+堤修一《music for the deaf》 ヨコハマパラトリエンナーレ2014でのパフォーマンス風景

 

あらゆる不安を取り除き、美術館をひらきたい

和田:個性がぶつかり合いながらも創作を続けていくために、パラトリではどういった工夫をされていましたか?

難波:私自身は直接は関わっていないのですが、パフォーミングアーツ部門では、2014年のパラトリの際に海外からのゲストを招いて障害者も健常者も一緒に参加できるワークショップを行っていました。ただその際に、初めての試みということで参加者の募集に苦労するなど、ワークショップの現場でいろいろ難しい場面が生じました。その反省から、栗栖さんたちは、創作における不自由さを取り除く「アクセスコーディネーター」と「アカンパニスト」という新しい役割を持った人を作り出すことを考え出しました。身体に障害がある人はワークショップに行きたくてもなかなか行きづらいですし、自閉症や発達障害の人はワークショップに参加しても終始周りと同じテンポでコミュニケーションを取り続けるのが難しいのです。

そういった課題を解決するために、アクセスコーディネーターは、看護師や福祉の資格を持つ人などが本人がどのようなサポートを必要としているかを細かく聞き取り、安全な環境をコーディネートします。アカンパニストは、自閉症や発達障害の人がワークショップなどに参加したとき、演出振付家の話を傍でわかりやすく伝え直すこともあります。いろんな障害の人たちと共につくりあげたパラトリは、「何をどう伝えていくか」という仕組み作りから模索できた貴重な機会でした。

和田:美術館での展覧会やワークショップは「誰もが行ける場所」と認識していましたが、それは五感で感じられる健常者の自分の視点でしかないことに気付きました。すべての人に開かれるべき場所であるけども、工夫なしでは開いていけないですね。国籍や性別、年齢、障害の有無にかかわらず、すべての人が本当の意味で美術館に行きやすくなればいいなと思います。

難波:そうなってくれると本当に嬉しいですよね。そのためには、美術館や私のような企画側が意識していかないといけないと常に思っています。アーティストは、私たちの考えているちょっと先の世界を形にして見せてくれる人たちなので、心置きなく活動が実現できる環境を整えていきたいです。

和田:この3回を通して、美術館の変化や展覧会の背景、アートに参加する意義がとてもよくわかりました。素敵なお話をありがとうございました!

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連載『和田彩花のHow to become the DOORS』

アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。

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和田彩花

アイドル

アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。
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GUEST

難波祐子

キュレーター

弘前れんが倉庫美術館アジャンクト・キュレーター。東京藝術大学キュレーション教育研究センター特任准教授。東京都現代美術館を経て、国内外での展覧会企画に関わる。著書に『現代美術キュレーター・ハンドブック』『現代美術キュレーターという仕事』〔ともに青弓社〕など。企画した主な展覧会に「こどものにわ」(2010, 東京都現代美術館)、「呼吸する環礁:モルディブ-日本現代美術展」(2012, モルディブ国立美術館、マレ)、「坂本龍一:seeing sound, hearing time」〔2021, M WOODS Museum | 木木美術館、北京〕など。

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