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INTERVIEW
2024.10.23
「本物のアートであるかどうかは時間だけが決めてくれる」 / アートコレクター・高橋龍太郎 インタビュー
Text / Shiho Nakamura
Edit / Eisuke Onda
草間彌生、村上隆、会田誠、名和晃平……精神科医であり、アートコレクターでもある高橋龍太郎さんが所有する3500点を超えるアート作品は、質・量ともに日本最高峰のコレクションと言えるだろう。
現在、東京都現代美術館で開催中の「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(2024年8月3日〜11月10日)の会場内、選りすぐりの作品がずらりと並ぶ空間で、コレクションにまつわる、これまでとこれからを伺った。
草間彌生との出会い、コレクションのはじまり
――高橋さんがアートに興味を持ったのは、どのようなことがきっかけにあるのでしょうか。
高校生の頃から映画が好きで、映像作品を作ってみたいと思っていたんです。医学部に受かって愛知県から上京してきたけれど、実は父親には本音を隠していて、うまくいけば映像作家に近づけるぞ、って。ところが学生運動にのめり込んで退学して、結果的には映像を作る才能がないこともすぐにわかった。そんな折に草間彌生 の反戦を訴えるパフォーマンス映像の作品を見て、こんな“先発”がいるんだったら僕なんかが映画の道に行ってもしょうがないと思うほど衝撃を受けたんです。それでまた医学部に入り直して、医者になったというわけ。まあ、映像が好きだったのでもともとアートに対する親和性はすごく高かったんですよ。
――初めて作品を購入した際のエピソードを教えてください。
1979年、合田佐和子の個展で《グレタ・ガルボ》という小さな油彩画を購入しました。銀座のギャラリーなんかは、見るだけでしたがちょくちょく行っていて。その頃は研修医ですからお金もないし、苦労したこともありましたね。本格的に購入し始めたのは、1990年に蒲田にタカハシクリニックを開業したことがきっかけです。待合室にアートを少し飾ろうかなと考えて。ただ、その頃は予算も全然ないのでヨーロッパの作家の版画作品が主でした。
「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」展(東京都現代美術館、2024年)展示風景 撮影:森田兼次 ©YAYOI KUSAMA
――以後、日本の作家の作品を買うようになったのは?
その頃は、バブルが弾けたこともあって、多くのギャラリーはセカンダリービジネスをやっていたんです。草間や李禹煥(リ・ウファン) の小さな作品が山のように出回っていてね。それも破格の値段、下手すると今の100分の1ぐらいの値段で。100点近く購入したと思います。それで、セカンダリーで作品を買うのが良さそうだと思っていたのですが、1998年に草間さんの新作展がオオタファインアーツで開かれた。30年ぶりに油彩でネットを描くという原点に立ち返ったような作品でした。その時は「ついに草間さんの新作を手に入れた」という感覚でしたね。しかも草間さんに直接会うことができていろいろお話もできて、ものすごく祝福されたような気持ちになったのを覚えています。
――ある意味、草間さんの作品がコレクションの起点とも言えるのですね。
草間さんの存在は本当に大きくて、すっかり気持ちが高まってしまって。その頃、レントゲンクンストラウムの池内さんや小山登美夫ギャラリーの小山さん、シュウゴアーツの佐谷さんら当時の若手ギャラリストが率いる画廊は「ちびっこ画廊」と呼ばれていたんだけど、そんな方々から紹介してもらって若手作家の作品を次々に買うようになりました。会田誠さんの展覧会を初めて見たのもその時期ですね。
現代アートはかつてない希望の星ですよ
――高橋コレクションは日本の現代美術が中心となっていますが、日本人作家に焦点を当てた理由はさらにありますか?
海外の作家が日本で展示する際に代表作を持ってこられるわけではないはずだから、自分の場合は日本では国内の若手作家が全力をかけた作品を集めたほうが面白い。僕は若い頃シャイで作家と話すのもできないくらいだったんだけど、それでも作家本人やギャラリストを通じてやり取りできた方が、やはり深い関係ができるんじゃないかとも考えるようになりました。
――草間さんはじめ、影響を受けた作家が多くいらっしゃると思いますが、他にも思い入れのある作家を挙げることはできますか?
ここで名前を挙げなかったからといって他の作家には変に思わないでほしいのですが、会田誠さん、鴻池朋子さん、加藤泉さん、鈴木ヒラクさん、水戸部七絵さんは僕のなかの概念を大きく変えてくれた作家だと思います。新しい視点を教えてもらったような気がしますね。
「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」展(東京都現代美術館、2024年)展示風景 撮影:森田兼次 左から:小谷元彦《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》2022年 | 鴻池朋子《皮緞帳》2015-2016年 | 青木美歌《Her songs are floating》2007年 | 弓指寛治《挽歌》2016年
「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」展(東京都現代美術館、2024年)展示風景 撮影:森田兼次 左から:奈良美智《Untitled》1999年 ©NARA Yoshitomo, courtesy of Yoshitomo Nara Foundation | 加藤泉《無題》2006年 Courtesy of the artist ©2006 Izumi Kato、《無題》2004年 Courtesy of the artist ©2004 Izumi Kato
――初期の頃から「コレクションを作る」という意識は持っていたのでしょうか。
いや、全然。コレクションと言ったら、松方コレクション(*)以外にイメージがないほどですから、とんでもない、おこがましいと思うくらい。2004年に、作品が500点を超える頃、神楽坂にアートスペースを開いて、僕がキュレーションした企画展を7、8回開催したんですが、2回目だったか草間作品を展示した時に、草間さんが来て、褒めてくれたんですよ。「こんなにいい作品をたくさん持っていっちゃうんですね」と、悔しがっているようなことを言ってくれて、すごく嬉しくなっちゃって。これはもしかしたらコレクションに値するのかなと思い始めるきっかけにはなりましたね。
* 実業家で美術蒐集家の松方幸次郎(1865~1950)が大正初期から昭和初期にかけて築いた美術品コレクション。1927年の金融恐慌によりコレクションは散逸し、その多くはヨーロッパへ。一部は火災などで失われたものの、第二次世界大戦後にフランス政府から日本へ寄贈・返還された。そのコレクションを展示するための美術館として誕生したのが国立西洋美術館(東京・上野)である。
――作品を購入する際に基準のようなものはあるのですか?
同じ作家でも買う作品と買わない作品があります。その基準を表現するとしたら、抜きん出ているものになっているかどうか。とてもアバウトな言い方ではあるのですが。
――高橋龍太郎コレクションのウェブサイトには、「コレクションを作ることができるかどうかは“目と運と熱”にかかっている」と記されていますが、以前は“目と運と金”と書かれていたそうですね。
言葉を変更したのは、もともと、お金が無い僕がお金を語る面白さがあると思って自虐的に語っていたんだけど、ソーシャルメディアなんかでまるで僕が大金持ちのように語られるようになっちゃったから。なかなか信じてもらえないけれど、決して大金持ちのコレクションではありません。僕は、ローンを組んでも楽しめる世界だと思っていますからね。勧めることはしませんけれど(笑)。
――ここ数年、現代アートに世間の注目が集まっていると感じますが、この傾向をどのように眺めていらっしゃいますか?
オークションなんかは極端な取引がされているから、要注意だと思います。特に日本のドメスティックなオークション。価値基準が現代アートの文脈とは少しズレていくことが多いような気がして少し心配ですね。世界のマーケットがそうであれば世界中の富裕層がそのように判断を下したと考えてもいいだろうけど。一方で、日本の現代アートのマーケット全体としての動きが世界に進出していかなければならない。中国にも韓国にも遅れをとって、日本は「わびさび」しかない国っていうんじゃ、あまりにも若い世代に申し訳ないです。世界に羽ばたいた草間さんのように、世界から評価される若手は日本にもたくさんいますから。現代アートはかつてない希望の星ですよ。
本当は床に平置きで展示していた作品だったが、作家の倉庫で壁に立てかけていたら絵の具がずり落ちてしまった。しかし、その姿も面白かったので、そのまま作品としてコレクションしたという。「本当はいろんな形の表現を持っているんだけど、ひたすら過剰主義というか、絵の具を積み上げることを10年以上もやっている。時代の批評性を厚塗りの画面で封じ込めるスピード感も徹底している。他にいない作家だと思います」 / 水戸部七絵《DEPTH》2017年 ©️MITOBE Nanae Photo: Okano Kei
次の時代に向けて、アートを残して
――最近は、若手のアートコレクターがメディアなどでフォーカスされることも増えました。これからコレクションしたいと考えている人にアドバイスがあればお願いします。
お互いに幸せな時代だなと思いますね。ただ、アートって、みんなに受け入れられているから買おうと思い始めるとちょっと違ってきてしまうようなところがある。ある時代に受け入れられていたアート作品でも歴史に残っていないものはすごく多いんです。いわゆる“流行作家”ですね。やっぱり、他の人は誰も褒めてくれなくても、自分だけはこの作家のこの作品を大事にするということが一番大切。「みんなに受け入れてもらえました」というのは、アートではなく娯楽なのかもしれません。
現代アートとは、要は文脈づくり。極端に言えばヘタくそでも文脈にかなっていれば通用するものです。今の時代に評価されなくても、次の時代に残っていくものは沢山あります。ですから、本物のアートであるかどうかは時間だけが決めてくれるのではないでしょうか。
「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」展(東京都現代美術館、2024年)展示風景 撮影:森田兼次 左から:金氏徹平《Gray Puddle #13》2014年、《White Discharge(建物のようにつみあげたもの#21)》2012年 | SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUAD《rode work tokyo_spiral junction》2022年 | 国松希根太《GODDESS》2022年
――「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」展は日本の現代アーティスト115組の作品で構成され、これほどの点数がまとめて見られるのはとても貴重なことです。現在、高橋龍太郎コレクションには3500点を超える作品が収蔵されていますが、例えば若手作家のサポートや美術館が展覧会を企画する際に作品を貸し出すなど、社会貢献といった以前とは異なる機能や意図を持ちはじめているのではないでしょうか?
社会貢献という意識はまったくないんですよ。2000年代から現在までに国内外26カ所ほどでコレクション展が開かれましたが、僕自身も作品と一緒に旅ができるし、地方の人との交流も広がる。何より自分自身が楽しいという気持ちが強いですね。また、以前誰かがXに「高橋コレクションはインフラだ」というようなことを書いているのを見て、インフラになったのかと驚いたんだけど、これは一理あるのかもしれない。今の僕の心境としては、「個人が所有している」ということはあまり重要ではないと感じていて、コレクションという概念がどんどん薄れてる。いつかはコンテンツパッケージのようにしてどこかに収めてもらおうと考えています。美術館を作りたいと考えたこともなくはないけれど、僕はお金があったら作品を購入してしまうのでダメですね(笑)。一代で、終わりです。
――展覧会を通じて、作品の見え方が変わることはありますか?
もちろんあります。例えば、草間さんの作品をセカンダリーで購入していた時には彼女の作品ならなんでもという買い方をしていましたが、年代順に置いてみると、草間さんという作家の歴史を自分のなかで見直すこともできる。また、60~70年代の作品を並べることで、当時の自分自身が見えてくることもある。時を経ることで、作品と自分の歴史が照らし合う関係のようになる面白さがありますね。
――最後に、展覧会をより楽しむためにひとことお願いします。
キュレーターの方々が執筆してくれた図録や、展示室のキャプションをぜひ読んで見ていただけたらうれしいです。より理解が深まると思いますよ。
Information
日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション
高橋龍太郎コレクションは、現在まで3500点を超え、質・量ともに日本の現代美術の最も重要な蓄積として知られています。本展は、1946年生まれのひとりのコレクターの目が捉えた現代日本の姿を、時代に対する批評精神あふれる作家115組の代表作とともに辿ります。
会期:2024年8月3日(土)~ 11月10日(日)
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(11/4は開館)、11/5
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F、ホワイエ
公式サイトはこちら
GUEST
高橋龍太郎
精神科医、現代アートコレクター
1946年山形県に生まれ、小学校から高校卒業までを名古屋で過ごす。 東邦大学医学部を卒業後、慶應義塾大学精神神経科入局。国際協力事業団(現・国際協力機構)の医療専門家としてのペルー派遣などを経て、1990年東京・蒲田にタカハシクリニックを開設、院長となる。医療法人こころの会理事長。デイ・ケア、訪問介護を中心に地域精神医療に取り組むとともに、心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルス・ケアにも力を入れている。また、ニッポン放送ラジオ「テレフォン人生相談 」の解答者を20年続けている。 2020年、現代アートの振興、普及への多大な貢献を認められ、令和2年度文化庁長官表彰を受賞。 著書『現代美術コレクター』(講談社現代新書)『恋愛の作法』(ポプラ社) 他多数。
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