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2022.12.16

【前編】めくるめくヴィンテージプラモデルの世界 / 連載「作家のB面」Vol.9 加藤泉

Text / Moe Nishiyama
Photo / Kenji Chiga
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第9回目に登場するのは加藤泉さん。現在開催中の個展『寄生するプラモデル』の会場である、青山・ワタリウム美術館を訪れ、加藤さんのB面、“プラモデル”についてお話を伺う。聞くところによればコロナ禍に出会ったヴィンテージプラモデルが今回の作品群の発想にもつながったというが……。

9人目の作家
加藤泉

キャンバスに向かうこと、そして素材に触れる行為を通じて、植物や昆虫、胎児や人間、精霊など中間的で原始的、かつ定義不可能な生命体を思わせる絵画や彫刻を制作してきた芸術家。どこか畏怖の念を覚える非現実的な存在感の纏う作品のタイトルは、そのほとんどが「Untitled(無題)」であり、石や木といった自然物に加え、ソフトビニールやプラスチック製の人工物までマテリアルとの対話を通じ、その反応として顕れる。

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《Untitled》2015年、キャンバスに油彩 / 94 × 130.3 cm / photo : 渡邉郁弘 / courtesy of the artist / ©︎2015 Izumi Kato

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写真左:《Untitled》2009年,木、アクリル絵具、石、鉄 / 118×43×65 cm / photo : 渡邉郁弘 / courtesy of the artist / ©︎2009 Izumi Kato / 写真右:《Untitled》2017年,ソフトビニール、木 / 38×16×16 cm / photo : 岡野圭 / courtesy of the artist / ©︎2017 Izumi Kato

訪れた場所
展覧会『寄生するプラモデル』(ワタリウム美術館)

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「加藤泉―寄生するプラモデル」展覧会限定スペシャル ポスターリトグラフ、2022年、和紙にリトグラフ /  36×39.5 cm (image: 24×29.5 cm),ed.240 / photo : 岡野圭 / ©︎2022 Izumi Kato

現在、青山のワタリウム美術館で開催されている展覧会『寄生するプラモデル』ではプラモデルがまるで“寄生”するかの如く加藤さんの手掛ける彫刻作品と一体となり、2階から4階の空間を占拠。ジオラマを模したシリーズや、作品に使用したプラモデルの箱の空間、加藤さん自身が製作したオリジナルプラモデルなどが展示される。

会期:2022年11月6日[日]- 2023年3月12日[日]
休館日:月曜日[1/9は開館] 、12/31-1/3
開館時間:11時より19時まで
入館料:大人 1,200円 / 大人ペア 2,000円 / 学生(25歳以下)・高校生・70歳以上の方・身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳お持ちの方、および介助者(1名様まで)1,000円 / 小・中学生 500円

会場:ワタリウム美術館
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-6  Tel:03-3402-3001
詳細はこちら

 

 

ヴィンテージプラモデルの箱に名作あり?

プラモデルの箱が並べられた展示会場4階を案内する加藤さん

――『寄生するプラモデル』では文字通り、たくさんのプラモデルが彫刻上やフロアの至るところに点在しています。とくに展示会場4階には、そのパッケージが作品同様壁一面に展示されていますが、あらためてプラモデルを作品に取り入れられるようになったきっかけから教えてください。

コロナ禍で外に出られなかった時期、eBayやヤフオク!で古い動物のプラモデルを発見したのが始まりです。単純に物として、昔のプラモデルの箱ってかっこいいじゃないですか。集めているもののほとんどが1950年代から70年代に製造されたものですが、おそらく当時の箱絵を描いていたのは、画家や作家など腕に覚えのある人だと思うんですよ。こういうのが面白いのではと思って描いているような遊び心が垣間見えたり、構図もヘンテコだったり、絵の隅に自分のサインが入ってるものまであって、自由に楽しく作られている感じがある。

クワガタのプラモデル「THE STAG BEETLE」

このクワガタの箱は3階に展示されている彫刻作品に使用したものですが、実は絵とプラモデルが全然違います。実際に組み立ててみたら普通のクワガタだったけど、絵に描かれているものはみたことがない形をしていて、ちょっと普通じゃない(笑)。箱に描かれているイラストと中身が全く一致していないところが愛嬌があって可愛いんですよね。だから、レコードでいうジャケ買いみたいな感覚で集めていました。一つは作品に使いたいけれど一つはとっておきたいので、それぞれ二つずつ購入していて。家には展示されている箱の倍の量があるので、いくつ集めたかはわからないですね。

木彫作品の胸元にクワガタのプラモデル「THE STAG BEETLE」が寄生。《Untitled》2022 年,木、プラモデル、ソフトビニール、アクリル絵具、ステンレススチール / 164×40×85 cm / photo : 岡野圭 / ©︎2022 Izumi Kato

――プラモデルというと、一般的には戦車や乗り物などの戦隊モノを中心としたスケールモデルや2次元世界のキャラクターを模したキャラクターモデルを思い浮かべますが、こんなにも動物のプラモデルがあるのは知りませんでした......。

動物のほかに、今回作品にも使っている透明な人体解剖プラモデルはニルヴァーナのカート・コバーンが集めていたことでも有名ですが、ほかにも心臓や内臓、虎の剥製に熊の剥製、おでん屋さんや風鈴屋さんまで、なぜこれをプラモデルにしようと思ったのだろうというイカれたものがたくさんあります。とくに集めている際に発見して面白かったのが、「RENWAL(レンウォール)」というアメリカのメーカーのプラモデルとそっくりな日本版があるということ。たとえば「RENWAL」の「THE VISIBLE COW」という商品は日本だと「乳牛の秘密」という名前で発売していたんです。他にも「THE VISIBLE HORSE」は「栄光の馬」。「THE VISIBLE DOG」は「忠実なる犬」と日本仕様に翻訳されていてとてもシュール。

犬の標本の「THE VISIBLE DOG」

日本で売られていた犬の標本「忠実なる犬」

「FRENCH POODLE」とプラモデルの箱と、それを使用して作った作品

人がたの木彫の横にプードルが寄生する

――今回のシリーズを制作する上で、むしろプラモデルのジャケから作品を発想するということもあったのでしょうか?

それもありますね。飛行機の作品は完全にプラモデルから発想したものです。飛行機のプラモをジャケ買いしていて、飛行機の彫刻作品が作れるなと思い立ちました。最初は買って作って満足していたのですが、ふだん木彫作品を作っているスタジオで作りかけの作品をみたときに、ここにプラモデルを引っ付けられるなと。作品にプラモデルを取り入れるようになったのはそこからですね。

飛行機のプラモデルを使用した彫刻作品。 / 《Untitled》2021 年,木、プラモデル、ソフトビニール、アクリル絵具、ステンレススチール / 148×135×76 cm / photo : 岡野圭 / ©︎2021 Izumi Kato

 

プラモデルは写経、絵画は対話

――そもそも、今回はプラモデルを作品として扱われていますが、もともと趣味として作られたりしていたのでしょうか?

作品に取り入れているものとは別に、僕が「プラモデル」としてホビーで作っているプラモデルは実は一種類で、横山宏さんという方が昔『ホビージャパン』という雑誌で連載していた「SF3D」というロボットのプラモデルなんです。今は「マシーネンクリーガー」と名前を変えて販売されていますが、楽しいので趣味としてはそれだけを作っています。

――プラモデルは一定の作り方がすでに決められているもの、ゴールが指定されているものでもあります。それを作家である加藤さんが再び作る、というのはどのような感覚なのでしょうか?

間違いなく答えがあり、完成することが約束されているプラモデルを作る行為は、自分にとっては「写経」のような感覚なんですね。一方、絵にはそういった答えが全くないんですよ。手応えも達成感もない。常に「過程」というか、明確な答えが見つからないので、ずっと探り続けている感じ。研究などに似ているかもしれないですが、一つわかるとわからないことが新たに現れるということの繰り返し。プラモデルは期待通りのものが絶対にできるというのが良いですよね。

展示会場4階にはプラモデルの箱からインスピレーションを受けた絵画作品《Untitled》も並ぶ

――完成があるプラモデルに対して絵には達成感がない、というのは意外ですね。今回多くの絵画作品も展示されていますが、強いていうなら一枚の絵としての完成はどこにあるのでしょう?

僕の意思というよりは、絵の方から「もうやめておけ」と言われる感じになるんです。それが今の僕にとっての「完成」ですね。「完成」というのを諦めているというか、無理だなという感覚に近いかもしれません。でもそれは調子が良い証拠というか、調子が悪いときは、絵はやめろと言っているのに、ずっと描いてしまうという状態になるんです。僕の方が強くなってしまうと、だいたいスランプに陥っている状況。そういうときは沼みたいに一枚の絵を描き続けてしまったりするんですよね。

――むしろ制作者は加藤さんじゃないとも言える?

いつも説明ができないから「宇宙から命令が来てる」とか言っちゃうんですけどね(笑)。自分でもわからないんですよ。結果的には僕がジャッジしているんですけれど、すごくやりたくてやっているのかというと、絵はこうなっているからここしかないじゃんということが結構あります。重ねたり取ったり、画面とのやりとりを繰り返していて、やめろと言われたところでやめるようにしています。でも、わからないからこそ続けられているとも言えますね。

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【後編】世界の成り立ちを意識するために、アートが出来ることは? / 連載「作家のB面」Vol.9 加藤泉

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石のプラモデルはオリジナル? コピー?

展示されていた加藤さんと神藤政勝さん(株式会社ゴモラキック 代表)が製作したプラモデルのシリーズ

――以前、絵画はモノと世界観までを作品に落とし込むものであるのに対して、彫刻は自然の環境に配置されるので、世界観の設定まではすることができないというお話をされていたと思います。今回展示されている新作、石の彫刻をプラモデルにした《オリジナル・プラスチックモデル》という作品ではパッケージも含めた彫刻作品として展示されていますが、パッケージするという行為はある意味その世界までを綴じることに近いのかなと思います。どのような感覚で作品をパッケージ化したのでしょう?

端的にいうと新しい感覚ですね。自分にとっても新鮮というか、現在進行形で取り組んでいる仕事なので、自分でも理由や動機がはっきりと説明ができないんですね。なんとなく、これは面白いに決まっているという直感があり、あのプラモデルの作品自体は、いろいろな問題を孕んでいます。たとえばその辺に落ちているような石を「1/1」スケールでプラモデルにして量産しているということからは「オリジナルとは? コピーとは何か?」という問いが浮かびますし、組み立てずに保管しておいても僕の作品だけれど、それを誰が組み立てて作っても僕の作品になるんですよね。ヴィンテージのプラモデルには付録としてオリジナルのポスターがついていたりするのですが、この作品でもポスターと組み立て説明書を同封して、昔の絵描きが作っていたように中身をイメージさせられるよう箱も自分で作っています。

《オリジナル・プラスチックモデル》。箱を開けるとプラモデルのパーツ、組立説明書、仕上げのステッカーが同梱 / photo:岡野圭 / ©︎2022 Izumi Kato

――誰かの手によって持ち運ぶことが可能であることも面白いですよね。持ち運ばれる場所や置かれる環境、どういった時間をかけてそれが組み立てられるのかというようなプロセスも物語化されていく。

そうですね。結局あの作品自体がプラモデルなので、シールを貼るかどうかも、3つのパートに別れている石の配列、組み立て方も作る人次第なんですよね。色も好きに塗ることができるので、人によってカラフルな石になっても、もちろんいいわけです。それでも僕の作品であることに変わりはないのですが、一方で、それは厳密には僕の作品なのか、彼の作品なのか。何をもって作品といえるのか。そういった物理的なことだけではない思想的にも考えるべき問いが入れ子状になっているのが面白いかなと思っています。

左は今回のプラモデルの元となった加藤さんが拾った石。右はモノクロのシールを貼った《オリジナル・プラスチックモデル》

――現代はオマージュやコラージュなどが溢れている中でオリジナルがどれなのかがわからない時代だと思います。今回プラモデルを組み合わせられているのも、ある意味では過去に誰かによってデザインされたもの(プラモデル)が組み合わせられているとも捉えられると思うのですが、それがこの先どう発展していくのは気になります。

たとえば音楽でいえばオリジナリティがあるアナログ音源にあたるレコードがある一方、デジタル上ではサブスクでの配信サービスが同居しているように、物事が二極化していくのではないでしょうか。アートでいえば僕の作品もそうですし、世界もそう。そうした中で絵は限りなくオリジナルに近いものだと思うんですよね。同じ対象を描いても、描く人によって全員違うものになるので、おそらく絵はこれからもユニークなものであり続けると思います。人が手で作るものは基本的にオリジナルなものだと思いますが、では計画書や一定の作り方の通りに、人が手で作るものはどうなのかという問いをプラモデルの作品群は含んでいると思います。

後編に続きます

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加藤泉

アーティスト

1969年島根県生まれ。胎児、昆虫、子供、植物、人間などの中間を思わせる、原始的で匿名的な生命体を主なモチーフとして、有機的なフォルムを特徴とする油彩画や木彫を制作。近年はソフトビニールや石、そして布などを用いた立体作品、リトグラフなどにも取り組む。最近の主な個展として、Red Brick Art Museum(北京、2018 年)、Fundación Casa Wabi(ブエルト・エスコンディード、メキシコ 2019年)、原美術館 / ハラ ミュージアム アーク(東京 / 群馬、2館同時開催、2019年)、SCAD Museum or Art(サバンナ、米国、2021年)など。また2022年は「ハワイ・トリエンナーレ2022」(ホノルル、米国)、「UN ÉTÉ AU HAVRE」(ル・アーブル、フランス)、「REBORN ART FESTIVAL2022」(石巻、日本) に参加。

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