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2022.12.16

【後編】世界の成り立ちを意識するために、アートが出来ることは? / 連載「作家のB面」Vol.9 加藤泉

Text / Moe Nishiyama
Photo / Kenji Chiga
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第9回目に登場するのは加藤泉さん。前編では現在、青山・ワタリウム美術館で開催中の個展『寄生するプラモデル』の4階で、ヴィンテージプラモデルの魅力を語ってくれた。後編ではアーティストの眼差しで見つめたプラモデルというマテリアルの可能性の話から始まります。

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【前編】めくるめくヴィンテージプラモデルの世界 / 連載「作家のB面」Vol.9 加藤泉

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プラモデル、石、ソフビ.......素材との対話から

会場2階には様々な素材を使用した《ジオラマシリーズ》が展示。 / photo:佐藤祐介

様々なフィールド上の彫刻作品にプラモデルが寄生する。 / photo:佐藤祐介

――加藤さんの作品において、置かれる状況や環境、たとえば台座や額縁など、作品一点ごとの設定も多様性に富んでいると思います。なかでも今回展示されていた《ジオラマシリーズ》の台座はとても特徴的でしたが、どのような意図であのような形に?

プラモデルにもワンシーンを再現する「ジオラマ」というジャンルがあるんです。そこから発想してワタリウム美術館の展示会場にグリッドをひき、9個ジオラマを作って展示をしたら絶対うまくいくだろうというビジョンがあって作りました。基本的に僕は作品に物語性を入れるのが嫌なので、今までまったく説明的な要素を取り入れてこなかったんです。ただ今回プラモデルの箱に絵を描いたとき、ああいった奥行きのある絵を本当に久しぶりに描いて。だいたい僕の作品は影もなければ3Dではない2D。《ジオラマシリーズ》で作っているのは単体というよりは世界。空間までを作っているとも言えるので、そういった意味でモノだけで完結する「彫刻」よりモノと世界観までを作品に落とし込む「絵」を描くことに近いかもしれません。

4階に展示された石の彫刻作品《Untitled》

――物語性や意図を入れないように作品を制作をされるというお話に対して、いわゆる石などの自然物である素材にペイントしたり、手を加えていく行為はどのような意味があるのでしょうか?

石の作品はおそらく5年ほど作り続けていますが、やはり未だに「これはこうです」と言い切れない感じがあって、絵なのか彫刻なのかもわからずに作っている感覚があります。石自体にもさまざまな種類があり、石一個一個にも、ものすごい情報量が詰まっているので、一回人が描いた絵の上に、僕が描き足しているような感覚ですね。その人が描いたものがこうなっているので、僕はこうしようかと思う、と相談しながら描いている。マテリアルの接し方に関してはほとんどそういった感じなので、どの石を選ぶかがとても重要になるんですね。石を選んで組み合わせを考えたところでほぼ8割くらい作品は完成なんですよ。

木彫りの彫刻作品《Untitled》に取り付けられたソフビ

――石自体が絵画的であるということは面白いですね。以前、すべすべしたところよりもザラザラしたところの方が情報の密度が高いというお話をされていたと思います。ソフビやプラモデルのようなツルツルとした素材はどのような感覚で見られているんでしょう?

あまりやりようがないなという感じです(笑)。石に絵を描くときの方が相談しているという感覚が強いですね。ソフビはたくさん作っていて今のところ今後やりようがない感じなので、最近フェードアウト気味です。飽きちゃうんですよね。ただ、結局造形の話なのですが、木彫の荒削りな感じと、プラモデルのツルッとした躯体的なものは全然情報の質が違うので、組み合わせればそれだけ情報量は増えるわけです。鑑賞する人たちもみんなマテリアルの違いは見ればわかっているから、異なるマテリアルが組み合わさることだけで説明せずとも十分取り入れられる情報が増えるともいえると思いますね。

 

つなぎ目は、彫刻を構成する一つの情報として

――今までにもさまざまな素材を扱われてきたと思うのですが、作り手の意図で自在に形に変容させられる木や石に対し、既製品であるプラモデル単体では一定の完成形が明確に存在すると前編でもお話しされていました。それらをどのように“寄生”させ、作品としているのでしょうか?

作品に組み合わせるのはほとんどが動物のプラモデルです。美術作品で扱うテーマとして、日頃誰もが見慣れている「人間」に対しては見る側の評価も厳しいのですが、「動物」はハードルが低いといいますか、おそらく誰が作ってもある程度は可愛く作ることができると思います。プラモデルの制作自体は僕でなくてもできると思っているので全てアシスタントに任せていますが、一方でいわゆるプラモデルの作り方には則らない変な作り方をしています。たとえばパーツごとのつなぎ目は消して綺麗に整えるのが一般的ですが、僕の作品ではつなぎ目を残すことでどこで分割されているのか、溶接の跡のように強調して残しています。

木と石の彫刻に寄生する鳥のプラモデル。パーツのつなぎ目に白いボンドが残されている

――つなぎ目をあえて見せるということは、今回のプラモデル作品に限ったことではないのでしょうか? 制作過程を見えるように残すと、通常作品の世界観以上に作り手の存在感や手作り感が強くなりがちですが、加藤さんの作品をみるとある種フォルムとしてスッと腑に落ちるのが不思議だなと。

彫刻も結局、重量を軽くするために中身をくり抜いているんですが、切った跡はふつうの木彫家って目立たないように綺麗に直すんですよ。僕はそういった手術の後は切りっぱなし。ジョイントもわからないようにするのが一般的ですが、ここで繋いでいますとわかることが良いと思っているので、そのままにしています。とくに接着剤が不要でパチパチって組めてしまう今のプラモデルに比べ、ヴィンテージプラモデルは接着剤を使って組み立てるタイプ。ペンチを使ってパーツをぱちっと切ると断面が白くなり、視覚的にも固いものであるという質感が一眼でわかるし、成形色が鮮やかなのであえて着色しないようにしています。あの切りっぱなしの部分はその作品に必要で、ないとダメなんです。

 

更新されながら、世界は組み合わせでできている

――会場の壁面にも実物大の写真が貼られている全長7メートルの作品、フランスのノルマンディー地方、ル・アーヴル市の屋外で展示されている巨大なブロンズの彫刻作品《Untitled》は、元々木彫作品として作られたものだと聞きました。プラモデルの作品とスケールは異なりますが、素材や設置環境がコントロールができない状況において、実際に作品はどのように制作されたのでしょうか。

あの作品はル・アーヴルで行われる都市型芸術文化政策の一環として、芸術監督のジャン・ブレイズ氏に声をかけてもらい、コミッションワークとして制作したものです。もともとは19世紀に建てられた聖ヴァンサン=ド=ポール教会前広場のために、6メートルから7メートルほどで木彫作品を作ってほしいと頼まれたのですが、屋外に展示する作品でその規模の木彫作品を作ることは現実的ではありません。どうすれば良いだろうと考えて1メートルほどの模型を作ったら、それを拡大したブロンズ像を作れると言われたので、1メートルの木彫を作りました。作品の着彩は人に頼めないので、僕が色を塗るということを条件に、ドイツの工場で7mのブロンズ像に着彩して彫刻を完成させ、それをフランスに運び設置しました。設置場所が教会の前のパティオで、木々に囲まれた場所だったのですが、もう一つ先方の条件として伝えられていたのが、大きいけれど目立ちすぎず、その環境に馴染むようにしてほしいということ。そこで結果的に迷彩柄をイメージしたペインティングにしたんですが、実際に存在感はあるけれど、不思議とあまり目立たない。おそらく真っ白な彫刻だったらモニュメンタルでどーんとしてしまったと思うのですが、迷彩柄とはよくいったもので、冬に木が枯れたら目立つくらいで、環境に馴染むようによくできているんですね。

フランスのル・アーヴルで展示された全長7メートルの彫刻作品《Untitled》。 / photo:Tanguy Beurdeley / courtesy of the artist and Perrotin / ©︎2022 Izumi Kato

制作工程としては、立体に色を塗るというよりも絵画を描くのと同じ。計画してスケッチの通りに塗っていくのではなくて、ここを塗ったらここを塗ると移動しながら色を置いていくような感覚で制作しました。後で気がついたことですが、ちょうど設置された場所がクロード・モネの生まれたまちで、印象派に対するオマージュでもありますね。

――展示会場の構成もそうかなと思うのですが、コラージュ的というか、環境の中に紛れていて、ふだんは隣り合わないものたちが組み合わせられているけれど、組み合わせられるルールがあまり見たことがないような配列になっているなと感じます。

たとえば世界には石もあれば水も火も土もあり、人間の体だって骨や肉だったり細菌だったりいろいろなものが組み合わさってできている。それは至って普通のことなんですが、ふだんはあまり意識もしなければそういう世界の成り立ちに気がつくことがないですよね。そこに目を向けてもらい確認してもらうことも作品にできることなのではないかと思っています。それも美術の良いところかなと。

――さまざまなもので構成されている世界において、加藤さんが「人がた」というモチーフに向き合い続けている理由はなんなのでしょうか?

ずっと取り組んでいるように見えるかもしれないですが、僕としてはそんなに時間が長く経っている感じはなくて、ずっと細かく「人がた」をモデルチェンジしたり更新していたら、結果10年、20年経っていたという感覚。先ほどのソフビではないですが、やりようがなくなれば、「人がた」を描くこともやめると思います。より良い作品が他のものでできるのであれば、別に「人がた」である必要はない。たまたま続いてしまっているというか、「人がた」だけ残っているというか。前はお花をつけて描いてみたりもしていたんですが、知らないうちになくなっていて。いろいろな枝葉は伸びるんですが、僕の作品を樹に喩えるとすごく大きな樹に育っている感覚ではないんです。半分も育っているのかな? もっといけるんじゃないかなという感じですね。

ワタリウムの地下2階にあるオン・サンデーズでは加藤さんがドラムを担当するロックバンド・THE TETORAPOTZの展示も開催。これまでのライブのフライヤーやレコード、ライブ映像を展示(2023年1月15日まで)

――今回、プラモデルを制作している神藤政勝さん(株式会社ゴモラキック 代表)と作品を作られたり、他方、音楽のバンド「THE TETORAPOTZ」としても活動されています。作家として一人で作品制作をするだけではなく、コラボレーションする形で活動されているのはどのような感覚なのでしょうか?

音楽は完全に趣味ですね。大学のときまでドラムをやっていて、卒業してからはスパッとやめていたんですが、5年前くらいにバンドを始めました。身体を使うので気持ち良いですし、作家としての活動では作品が見られているだけで僕らが見られているわけではないので、ライブでお客さんが目の前にいるという状態も新鮮なんですよね。アートの場合は僕らが「イエイ!」と言っても、お客さんは「イエイ!」なんて言わないから、ちょっと寂しいなと思ったりしますけど。そういう感覚も面白いんですよね。絵は一人で描くのに対して、音楽は何人かで作るのが良いんだと思います。ずっと一人で絵を描いているので、たまに人と何かやらないと病気みたいになってしまう。息抜きにもなっていますし、絵などのストイックな仕事では補えないエネルギーはそちらに流していかないと。僕、なぜかエネルギーがあるので、なにか悪いことをしてしまいそうで。ふだんは出涸らし状態にするようにしています(笑)。

会場4階で展示される組み立て後の《オリジナル・プラスチックモデル》

――個人的にはプラモデルの形に落とし込まれた作品の今後の展開が気になります。今後の作品制作について考えられていることはありますか?

いま第二弾を作ることまでは決まっているんです。一度に出さず、第一弾、第二弾と順番に発売するのがプラモデルの流儀。《オリジナル・プラスチックモデル》はエディションをつけて作品として販売する予定です。展示してある箱の側面にもシリーズ予告の絵を描いていますが、第二弾は展示している作品の女の子バージョン。石は同じものを使い、パッケージとシールが女の子仕様になります。型を作ったので第三弾くらいまではいこうかなと。その先はイメージが湧かなければ作れないので、飽きたなと思ったところが終わりなんじゃないかなと。ワクワクしなくなるとモチベーションがなくなるんです。そうするとやめた方がいい。絵と同じですね。今回、神藤政勝さん(株式会社ゴモラキック・代表取締役社長)とコラボレーションしていますが、いつも、本当にたまたま知り合った人としか仕事をしていないんです。自分で調べて一緒に仕事しようとはたらきかけることが不自然だなと感じるので、自然な流れでできたらなと思っていますね。

infomation
展覧会『寄生するプラモデル』(ワタリウム美術館)

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現在、青山のワタリウム美術館で開催されている展覧会『寄生するプラモデル』ではプラモデルがまるで“寄生”するかの如く加藤さんの手掛ける彫刻作品と一体となり、2階から4階の空間を占拠する。ジオラマを模したシリーズや、作品に使用したプラモデルの箱の空間、加藤さん自身が製作したオリジナルプラモデルなどが展示される。

会期:2022年11月6日[日]- 2023年3月12日[日]
休館日:月曜日[1/9は開館] 、12/31-1/3
開館時間:11時より19時まで
入館料:大人 1,200円 / 大人ペア 2,000円 / 学生(25歳以下)・高校生・70歳以上の方・身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳お持ちの方、および介助者(1名様まで)1,000円 / 小・中学生 500円

会場:ワタリウム美術館
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-6  Tel:03-3402-3001
詳細はこちら

sideb-09_izumi-kato1-5《Untitled》2022 年,木、プラモデル、ソフトビニール、アクリル絵具、ステンレススチール / 9点組 (175×47×47 cm) / photo : 岡野圭  / ©︎2022 Izumi Kato

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ARTIST

加藤泉

アーティスト

1969年島根県生まれ。胎児、昆虫、子供、植物、人間などの中間を思わせる、原始的で匿名的な生命体を主なモチーフとして、有機的なフォルムを特徴とする油彩画や木彫を制作。近年はソフトビニールや石、そして布などを用いた立体作品、リトグラフなどにも取り組む。最近の主な個展として、Red Brick Art Museum(北京、2018 年)、Fundación Casa Wabi(ブエルト・エスコンディード、メキシコ 2019年)、原美術館 / ハラ ミュージアム アーク(東京 / 群馬、2館同時開催、2019年)、SCAD Museum or Art(サバンナ、米国、2021年)など。また2022年は「ハワイ・トリエンナーレ2022」(ホノルル、米国)、「UN ÉTÉ AU HAVRE」(ル・アーブル、フランス)、「REBORN ART FESTIVAL2022」(石巻、日本) に参加。

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