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- 北海道のチーズ工房代表・西村聖子が語る、「おいしい食卓を囲む中でアートは必要なものです」 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.13
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2023.05.19
北海道のチーズ工房代表・西村聖子が語る、「おいしい食卓を囲む中でアートは必要なものです」 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.13
Photo / Takuma Kunieda
Edit / Eisuke Onda
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回取材に伺ったのは北海道。清らかな大自然が広がるこの地で、ナチュラルチーズを製造する「アンジュ・ド・フロマージュ」の代表・西村聖子さんにお話をお聞きしました。ご自宅はもちろん、チーズ工房にも、至るところに作品があります。その様子をみていると西村さんの生活にはアートはかけがえのないものだということが、伝わってきます。
西村さんは語ります。「おいしい食卓を囲む中でアートは必要なものです」と。これまでの暮らしを支えてくれたアートについて迫ります。
連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.12 / 柳亜矢子 編 はこちら!
# はじめて手にしたアート
「北海道出身の版画家・吉田康子さんのエッチングです」
もともと自宅には夫の買った美術作品がたくさんあったんです。早川義孝さんの版画や油絵などを食卓に飾っていました。でもその後、夫を亡くしてしまい、それから3年くらい経った時に自分からはじめて求めたのが、吉田康子さんという北海道出身の版画家によるエッチングでした。こちらは夫が早川さんの作品を購入していた東京の画商さんから紹介していただいた絵です。 色も好みなのと、私は音楽が好きなのでチェロが描かれていて「いいな」と思い購入したものです。私は音楽家の友達が多く、ちょうど昨日も仙台フィルハーモニー管弦楽団の特別演奏会に行ってきました。
吉田康子《musique un chanter trio ムズィーク アン シャンテ トリオ (三重奏)》
# アートに興味をもったきっかけ
「中学を卒業して、北海道立近代美術館にはじめて一人で訪れたんです」
中学校を卒業してから、どこか一人で出かけたいなと思っていて、美術館なら親の同伴なしに、一人でも行くことができたため、札幌にあった北海道立美術館(現 北海道立近代美術館)に通うようになりました。そこで、美術に触れたのが興味をもつきっかけになりました。マネや、横山大観を観た記憶があります。
当時の北海道立美術館は今ある場所ではなくて、北一条にありました。大正時代に建てられたクラシックな建物で、建設当時建材として盛んに使われていた札幌軟石で建てられていたかと思います。階段も石でコツコツと足音が響くような空間だったことが印象に残っています。北海道立美術館が移転した後この建物は北海道立三岸好太郎美術館になり、さらにその後しばらく閉まっていたようなんですが、最近リニューアルして、今は北菓楼というおかきやバウムクーヘンが有名なお菓子屋さんの店舗になっています。
そういうふうに美術にも親しんでいたので、娘が生まれた後も学校が休みのときに北海道立近代美術館や札幌芸術の森に連れて行ったりしていました。夏休みはスタンプラリーなどの催しもあるので、それに合わせて出かけたり。私は全然美術に詳しくないんですけれど、観るのは楽しいので今でも美術館やギャラリーに足を運んでいます。
でも振り返ってみると、美術に限らず芸術全般が私の生活のなかで身近な存在でした。音楽もそうですし、親族には草月流の生け花の先生をやっていた叔母が2人います。実はそうしたご縁もあり、流派の創始者である勅使河原蒼風の絵も持ってるんです。
# 思い入れの強いアート
「明るい気持ちになれる片山みやびさんの赤いハートと、応援したくなる斉藤幹男さんの作品」
片山みやび《空を見たころ》
これは片山みやびさんっていう京都在住の作家さんの作品です。主人が亡くなってから4年後に、娘を亡くしてるんですけれども、それから3年後に買ったものです。この作品は作家さんご本人がお子さんを産んだ後に描いた絵だそうで、すごく愛情が出ています。それが私はとても素敵だなと思い、初めて見たときは久しぶりに明るい気持ちになることができました。赤いハートがすごく可愛いなと思っています。
斉藤幹男さんも好きな作家さんです。斉藤さんは、札幌市内でサロン・ド・テ「パティスリー・アンジュ」を営んでいた時に、音楽事務所の方が小樽出身でニューヨーク在住のジャズピアニスト野瀬栄進さんを紹介いただき、野瀬さんからご紹介されました。その後も札幌市教育文化会館で倉本聰さんの演劇から着想された作品も拝見したのですが、それが希望にあふれていてとても良いなと思ったんですね。それからずっと仲良くさせてもらっています。斉藤さんはどこか応援したくなるような人なんですよね。それに私の経営しているチーズを作る農場と工房が黒松内町にあるんですけど、仕事を手伝ったりもしてくれるんです。農場長と年齢も近く、仲もいいみたいですね。むしろ私が応援してもらってると言ってもいいかもしれません(笑)。
西村さん(写真左)と美術家 斉藤幹男さん(写真右)
工房は離農した牛舎を自治体から借りて改修したんですけど、その際にホールを作りました。そこでコロナ前はコンサートや講演会を開いていたんですが、2階のバルコニーのスペースが空いていたので、斉藤さんの立体作品を置かせてもらっています。イベントの時には斉藤さんの映像作品を流して、コラボレーションさせてもらったこともありました。
チーズ工房で飾っている斉藤さんの作品《Ring a tail cat》
それと買ったものではないのですが、娘が描いた絵も大切な一枚です。これは彼女が小学校を卒業する直前に記念として先生と描いたものなんですが、娘はその後、卒業式を迎える前に12歳で亡くなってしまいました。絵は百貨店の美術担当の方にお願いして額装してもらい、今も自宅の玄関に飾っています。
西村さんの娘さんの作品
# アートと近づくために
「日常の中でホッとするもの、心が豊かになるものを飾ってみる」
西村さんが所有する斉藤さんの小さな作品たち
有名無名に関わらず、お好きなものを買うのが良いと思います。1つでも大事なものをっていうか。 私は先日結婚したお友達に絵をプレゼントしました。そしたら照明の色と合うからとトイレに飾っているそうです。そういうふうに日常の中でホッとするものというか、 心が豊かになるものがいいと思うんです。
だから難しかったり、怖かったりする絵は置かないようにしています。もちろん美術館やギャラリーでそういう作品に触れるのはいいんですが、夫がそういった絵に見られてご飯を食べるのを嫌っていたこともあって、優しい感じの絵とか、小さな飾り物みたいな、価格も手頃なものを買っています。
やっぱりこういうものってどんなに小さくても、見てもらうことに価値があると思うんです。だから仮に手放す時にも、ちゃんとしたところのオークションに出すことをおすすめしたいです。私は最初にオープンしたお菓子屋さんの店舗を閉めて、農場に移るときに、そういうアドバイスを百貨店の画商さんにしてもらいました。だから、そのタイミングでこれまで買ってきた絵を整理して、自分が大事だなと思うものだけ残しました。
斉藤さんの作品
# アートのもたらす価値
「おいしい食卓を囲む中で必要なものです」
西村さん宅の食卓には華やかな器とクロス、季節の花が並ぶ。その中に置かれている斉藤幹男の立体作品《ピノキオ》
私にとってアートは、おいしい食卓を囲む中で必要なものです。見慣れないものがあったりとか、目を引くものがあれば、お話のトーキンググッズになるというか、話題にできる。知らない人の作品でも、「これはどういう方の?」とか、「どうして置いてある?」のとかね。音楽もそうですよね。だから工房にホールを併設して、食をアートや音楽といっしょに楽しんでもらうような環境を作ったんです。この姿勢は札幌でお菓子屋さんを始めたころから変わりません。この時もお店に絵を飾っていました。
私は知らない人同士が一緒にご飯を食べて「おいしいね、楽しいね」と言い合える空間の大切さを、家族を亡くしたことで知りました。アートは食卓に飾ることで、人と繋がるきっかけをつくってくれる。 私はそういうふうにして美術関係の人だったり、音楽家やワイナリーの方々と関係を持って、長く交流を持ってきました。
Information
西村さんが経営するチーズ工場
〈アンジュ・ド・フロマージュ〉
公式HPはこちら
DOORS
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