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2024.05.10

音楽やアートは、心をチューニングしてくれる存在。ジャズとようかん・谷川義行が語るアートの持つパワー / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.23

Interview&Text / Yuuri Tomita
Photo / Daisuke Murakami
Edit / Quishin & Miki Osanai

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

今回お話を伺うのは、大分県で『湯布院 ジャズとようかん』というユニークな名前のショップを運営する谷川義行さん。「音楽やアートに触れるきっかけをつくりたい」という思いから、大好きな音楽を中心に据え、暮らしの中にあったらいいなと思う雑貨や作品を販売しています。ピアノの鍵盤を模したスイーツ「ジャズ羊羹」が看板商品で、雑誌やWEB媒体でも多数取り上げられています。

『湯布院 ジャズとようかん』の店内には、数多くのアート作品が並んでいます。「アート作品には周りを変える力がある」「目線が温かい作品が好き」という谷川さんに、アートへの想いを聞きました。

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  • #藤原さくら #連載

# はじめて手にしたアート
「フランス映画のポスターが、アートへの入口になった気がします」

はじめて手にしたアートは何か考えると、すごく曖昧なんです。ただ、記憶を呼び覚ましてみると、映画がアートへの入口になったような気がします。高校2年生のときにフランス映画にハマり、部屋に気に入ったポスターを飾っていました。

生まれ育った長崎はジャズの文化は盛んでしたが、海外の情報はほとんど入ってこなくて。映画を観るまで、ヨーロッパのことは何も知りませんでした。映画ってストーリーだけではなく、食文化や音楽などのカルチャーが詰まっていますよね。これまで触れてこなかった文化が飛び込んでくるのが刺激的で、どんどんフランス映画にハマっていきました。

映画のポスターで、強く印象に残っているのはフランス映画『ベティ・ブルー』。一目惚れしたポスターをどうしても手に入れたかったのに、長崎では上映されていなくて、福岡のミニシアターまで観にいきました。どこに惚れたのかは定かではありませんが、「手元に置いておきたい」と、日焼けしたりシワができたりするたびに何度も買い直したことを覚えています。

 

# インテリアやアートに興味をもったきっかけ
「アートがラフに溢れた環境で、意識せずとも触れていました」

僕が高校生の頃は今のようなインターネット社会ではなく、情報は人伝い。洋服屋の店員さんや美容師さんなど、人から新しいカルチャーをたくさん教えてもらっていました。レコード屋に足繁く通い、アングラ系の音楽も聞く、そんな10代を過ごしていましたね。

高校を卒業して大学でフランス語を専攻しはじめると、教授の手伝いで個展やアートイベントに関わるように。そこからアートにも興味が湧き、美術館やギャラリーにも自ら足を運ぶようになりました。

20代後半にカナダのモントリオールに長期滞在したのですが、そのときアートとの距離が一気に縮まりましたね。友人の自宅には必ずアート作品が飾られていたり、道端でもアートが売られていたり。日本よりもアートがもっとラフに日常に溢れていました。意識せずともアートに触れられる環境がそこにはあって、自分でも気に入った絵を買って部屋に飾るようになりました。

店主を務める『湯布院 ジャズとようかん』でも、音楽を中心に、気づいたら自然とアートに触れられるような空間づくりを意識しています。

大分のショップの様子

「音楽を聴きにきませんか」「アートを観にきませんか」と、ただ音楽を音楽、アートをアートとしてストレートに伝えても、もともと興味がない人には届きにくいんです。「思いかけず、あっけなく」をキャッチフレーズに、好きな音楽やアートと意識せずに出会える場所というのを大切にしています。

音楽やアートに対する敷居を下げ、興味がない人たちにも伝えていく。そのやり方を模索する中で辿り着いたのが、ピアノの鍵盤を模したお菓子「ジャズ羊羹」です。甘いものって、みなさん手に取りやすいですよね。日本だけでなく海外の人たちにも届けられるよう、羊羹というジャンルを選びました。

看板商品の「ジャズ羊羹」

お客様には「ピアノの姿をしているから、食べるときにも音楽を」という気持ちをきっかけに、僕が応援する音楽家やアーティストのことをどんどん知っていってほしい。「ジャズ羊羹」はお菓子というよりプラットフォームで、音楽を聴いたりアートを観たりするきっかけに過ぎないと考えています。

 

# 思い入れの強いアート
「目線が温かい人と、その眼差しからつくられる作品が好きなんです」

20代は福岡のブルーノートにも通っていたという谷川さん

『湯布院 ジャズとようかん』には、お気に入りのアート作品を数多く飾っています。

まずはTakanori Masutaniさんの水墨画の作品。これはダンデライオンとガーベラを描いた作品です。

Masutaniさんとは10年ほど前に知人の紹介で出会い、とにかく優しい人柄に惚れ込みました。作品にも人柄が滲み出ていて、温かくて繊細なタッチ。人も作品も大好きです。

続いて、Kazuhiro Nishiwakiさんの作品。描かれる表情には哀しみが内包されているように感じますが、存在としては美しい。全体から漂う憂いがすごくて、惹きつけられます。

Nishiwakiさんが描く作品は、感情が読み取れないのが魅力です。

僕は妄想するのが好きで、絵で切り取られた世界の外にある、周りの環境やシチュエーションを考えちゃうんです。近くにはどんなテーブルがあって、どんな明かりがあるんだろう、とか。一枚の絵から浮かんだ曲でプレイリストをつくることもよくあるのですが、Nishiwakiさんの絵は想像が膨らみやすいのでつくりがいがあります。

Tomohiro Nodaさんの、ピアノを弾いている絵もお気に入り。手の位置とか顔の角度とか、何もかもが最高にかっこいいですね。

彼との出会いはつい最近で、お互いを15年以上知る共通の知人が「絶対合うよ」とつないでくれました。実際に会ってみたら「もっと早く紹介してよ」と思わずにはいられないほど、人間としての根っこの部分がピッタリ合う感覚がありましたね。

僕は目線が温かい人が好きなんです。光が照らされていない隅の方にも、目を向けられるような。その温かい眼差しが、作品にも表れていると感じます。

 

# アートがもたらす価値
「アートは心の乱れを落ち着かせる、光であり道しるべです」

ピアノに書かれているのは、谷川さんがアラスカを旅したときに出会った慣用句「IT MADE MY DAY」をアレンジした「IT MADE YOUR DAY」の言葉。「大好きなものをそばに置くと、気分よく、いい一日を過ごせると思います。そのお手伝いをしたいんです」と谷川さん

楽器もそばに置いていたくて、お店にはアップライトピアノも飾っています。僕自身はピアノを弾けないけれど、ピアノは上手に弾けなくてもいい楽器だと思っています。

鍵盤に指を一本落とすだけで、気持ちいい音が体に響きます。弾けなくても心のままに指を動かして音を奏でたり、好きな音をただ連打したり。その音を聞くと、自分の心がチューニングされていく感覚があります。

忙しいとどうしても心が乱れてしまうこともあるので、心を落ち着かせる時間は大切です。僕は周りに影響されて生まれる「喜び」より、自分の内側から湧き上がる「悦び」のほうが、簡単には消えずに残り続けると思うんです。だから日々、内面を見つめることを意識しています。その作業を音楽は手助けしてくれますね。

アートは、音楽以上にチューニングの効果があるかもしれません。もちろん音楽が持つ力も最高ですが、それとはまた違う力がアートにはあります。アートは語らない、音がないからこそ雄弁で、パワーを感じるんです。

曲のように始まりも終わりもなく、動かず、静かに佇む。何も聞こえないところにメッセージが眠っていて、自分自身が本当はどうありたいのか、どんな未来をのぞんでいるのかを、問いかけられている気がします。

僕にとってのアートは光であり、道しるべ。自分の内面を思考していくことで、理想とする未来へと向かっていくことができます。

 

#アートと近づくために
「違和感があっても手元に置くと、アートに周りが近づいていく」

お店に訪れるお客さまが、店内でアート作品に触れたり、購入して家に飾ったりしていくと、どんどんお客さまの雰囲気が変わっていくことがあるんです。

「自分には似合わない」と思っていても、好きなアートを手元に置いておくと、暮らしやその人自身のほうがアートに近づいていくのかもしれません。量産品とは違う、人の手で丁寧につくられた物やアート作品には、周りを変える力があると思います。

最初はアートを部屋に飾ってみると、違和感があるかもしれません。でも、違和感がある状態から始めていいと思います。好きなもの、憧れるものを手元に置いておくと、それに似合う部屋や自分に変わっていく。その変化が楽しいはずです。

hajimeteart

 

DOORS

谷川義行

『湯布院 ジャズとようかん』店主

長崎県生まれ。2003年より音楽のイベンターとして活動し、2011年に『ジャズとようかん』の前身の店『CREEKS.』を大分県にオープン。熊本地震で閉店を余儀なくされるも、『ジャズとようかん』と名前を改め2016年に再出発。「音楽のある風景」を届けることを目指し、手仕事やものづくり、音楽愛に溢れた作家を紹介する。

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