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REPORT

2025.10.01

マンハッタンからプチトリップ、アートへの愛とこだわりでできたグラスハウスへ

Photo & Text / Kaori Komatsu

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の建築部門の初代ディレクターとしても有名な名建築家、フィリップ・ジョンソン。ジョンソンの最高傑作と言われるのが、1949年にコネチカット州のニューカナーンに自邸として建てられたグラスハウス(The Glass House)だ。広大な敷地に10の建築物が連なる、住居と趣味が一体化したグラスハウスを、ライターの小松香里がレポートする。

建築家、フィリップ・ジョンソンの最高傑作と謳われる「ガラスの家」

アメリカのモダニズムを代表する建築家、フィリップ・ジョンソン。アメリカ・オハイオ州に生まれ、ハーバード大学卒業後、ヨーロッパで古典建築や近代建築を学び、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の建築部門の初代ディレクターに就任。ジョンソンが手がけたニューヨーク・マンハッタンのAT&Tビル(現ソニープラザビル)はポストモダニズムの代表として高い評価を得ている。1979年に設立された建築のノーベル賞と言われるプリツカー賞の初代受賞者でもあるジョンソンの最高傑作と言われるのが、1949年にコネチカット州のニューカナーンに自邸として建てられたグラスハウス(The Glass House)だ。 

グランドセントラル駅からメトロノースに1時間ほど乗って、ニューカナーン駅に到着。グラスハウスのビジターセンターは駅から徒歩5分もかからない場所にある。そこからツアーのシャトルバスに乗車し、グラスハウスがある約19万平方メートルに及ぶ敷地に移動する。敷地内にはグラスハウスを含む10棟の建物が存在しており、庭園など見どころが多く、国定歴史建造物に指定されている。ツアーは4月中旬~12月中旬の期間(2025年は4月17日~12月15日)に開催されており、グラスハウスだけを見る1時間のツアー、グラスハウスとギャラリーを周る2時間のツアー、スタジオなども見られる2時間半のツアーなど、いくつか種類がある。筆者は6月上旬にグラスハウスとギャラリーを周るツアーに参加した。 

洗練されたグッズが並ぶギフトショップもあるビジターセンターからシャトルバスに乗り、広大な敷地の前に到着。まずは1977年に作られたEntrance Gateに出迎えられる。ゲートを抜けると、すっかり森の中だ。この日はあいにくの雨だったが、今は誰も住んでいない特徴的な建物が点在する敷地は秘密基地のよう。ジョンソンは長い時間をかけて少しずつこの敷地に建物を増やしていき、有名無名問わず、気に入った作品を購入すると敷地内のギャラリーにどんどん展示していったという。アートと自然を愛するジョンソンにとってはとても居心地のいい場所だったのだろう。 

車を降り、徒歩で一番の注目スポットとなるグラスハウスに向かう。なだらかな坂を降りていく途中で、巨大な丸いコンクリートの彫刻が目に入る。1960年代に起こったミニマル・アートのムーブメントの先駆的な作家であるドナルド・ジャッドの作品だ。ジャッドもまた、テキサス州の砂漠地帯であるマーファの130万平米以上におよぶ敷地に自身の作品を含む現代美術館、チナティ・ファンデーションやTHE BLOCKと呼ばれる住居兼スタジオであるラ・マンサナ・デ・チナティなどを設立しており、そちらもおすすめのアートスポットだ。 

美しい景色を取り入れるためのミニマな生活空間

すぐにグラスハウスに到着。ガラスで覆われたカーテンも一切ない360度外から見える設計だ。長さ55フィート、幅33フィート、床面積は1815平方フィートでそこまで大きくはない。家の中にはジョンソンが影響を受けた建築家、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした家具や、自身が設計したニューヨークにあるディヴィッド・H・コーク劇場にある彫刻の小型版であるエリー・ナデルマンによる「Two Circus Women」やモダンなキッチンなどが設置されてある。円形の小部屋がバスルームになっており、さすがにここは壁で覆われている。シャワースペースとトイレと洗面台があるだけというミニマルだ。クローゼットで仕切られたスペースにはシンプルなベッドルームがあり、ジョンソンは2005年、98歳の時にこのベッドで息を引き取ったという。 

家の真ん中あたりに置かれた風景画はニコラス・プッサンの17世紀の絵画《Burial of Phocion》。ニューヨーク近代美術館の初代館長であるアルフレッド・H・バー・ジュニアがこの邸宅のために選んだ絵だ。外の景色と繋がって見えるように置かれており、ジョンソンがグラスハウスから見える外の景色をいかに愛していたかが伝わってくる。どこから見ても美しい景色が広がっており、季節や時間帯や天気によって異なる表情が楽しめるだろう。とても贅沢な空間だ。デザイン重視で作った建築のため、実用性は高くなく、夏場は強い日差しが室内に差し込むため、暑さで住みづらかったそうだ。 

ニコラス・プッサン《Burial of Phocion》

個性的な建物たちは現代アートに彩られたギャラリー

グラスハウス付近の庭から池を見下ろすと、ロマンチックなムードが漂うThe Pavilion in the Pondが目に入る。グラスハウスの前に向かい合って建っているのはグラスハウスとほぼ同時期に立てられたBrick Houseだ。ゲストハウスとして使用されたのちにジョンソンとパートナーであるデイヴィッド・ホイットニーの隠れ家として使用されるようになった。シンプルなデザインのレンガの家に入ると、細長い廊下が奥へ続く。廊下に面するのは小さい丸窓のある書斎、窓のない寝室、バスルームなど。彫刻や絵画が飾られている。開放的なグラスハウスとは対照的にクローズドな雰囲気で、グラスハウスとはまた別のリラックスができる空間だったことがうかがえる。 

Brick House 

グラスハウスからBrick Houseを見て左の方にはプールも見える。丘に埋まったシェルターのような建物はPainting Gallery。中に入り、廊下を歩いた先には、巨大な空間が広がり、回転式の大きなパネルに作品が飾られている。フランク・ステラやロバート・ラウシェンバーグ、デイヴィッド・サール、シンディー・シャーマンなどの作品に加え、グラスハウスによく遊びに来た友人でもあるアンディ・ウォーホルがジョンソンを描いた作品も展示されていた。 

Painting Gallery

緑の並木道を歩いていくと真っ白な建物が見える。Sculpture Galleryだ。中に入ると壁や階段も真っ白。階段で彩られたギリシャの島々から着想を得たという。昔はらせん状の階段を下りて、下の階にある作品を間近で見ることができたようだが、私が訪れた時は階段にはロープが張られ、階下の作品は遠くから見下ろすようにして鑑賞するというスタイルだった。Painting Galleryにも展示されていたフランク・ステラの作品に加え、マイケル・ハイザー、ロバート・ラウシェンバーグ、ジョージ・シーガル、ジョン・チェンバレン、ロバート・モリスなどの彫刻が展示。形も色も質感もバラバラの彫刻が不思議な空間のあちこちに置かれていて、見ているだけでアミューズメントパークのような楽しさがある。天井から全面的に光が入る設計なので、晴れていれば光の入り方によって作品をまた新たな視点で楽しむことができるだろう。この建物はジョンソンの一番のお気に入りだったそうだ。 

Sculpture Gallery

こだわりとアートへの愛に貫かれた、住居と趣味が一体化したグラスハウス

ツアーの最後に訪れたのがDa Monstaだ。本来ビジターセンターにする予定で敷地入口のすぐ近くに立てられたが、周囲は閑静な住宅街のため、人が集まり賑やかになりやすいビジターセンターにすることを反対され、作品の展示スペースとなった。フランク・ステラが設計したドレスデンの美術館のデザインからヒントを得たという幾何学的な外観デザインの建物だが、中に入っても斜めの壁で構成された狭い空間となっている。Da Monstaの外から森の方に視線を向けると、イタリアのアルベロベッロの世界遺産に登録されているトゥルッリと呼ばれる建築物をモチーフにした書斎が目に入るのもまた楽しい。

Da Monsta

書斎

フィリップ・ジョンソンが、友人であるアンディー・ウォーホル、ジャスパー・ジョーンズ、リンカーン・カースティン、マース・カミングハムといった美術家や作家、自身のパートナーであるデビット・ホイットニーらと多くの時間を過ごしたグラスハウス。広大な敷地に興味を引く建物が点在するだけでなく、中に足を踏み入れるとさまざまなワクワクを感じた。フィリップ・ジョンソンのこだわりとアートへの愛に貫かれ、住居と趣味が一体化したグラスハウスは一見の価値があるスポットだ。 

※レポート内容は2025年6月取材時のものとなり、変更となっている場合がございます。 

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