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2022.10.14

【前編】“水族館”“ベイブレード”“遊☆戯☆王”、遊びが教えてくれたこと / 連載「作家のB面」Vol.6 布施琳太郎

Text / Moe Nishiyama
Photo / Kaho Okazaki
Illustration / sigo_kun
Edit / Eisuke Onda

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第六回目に登場するのは布施琳太郎さん。製本印刷工場跡地で開催された展覧会「惑星ザムザ」や渋谷PARCOで開催された「新しい死体」など、現代の「展覧会」というフォーマットへの問いを起点に、情報技術や詩によってアナグラム化された変質する形態について思考するアーティスト。詩人、デザイナー、研究者、音楽家、批評家や匿名の人々などと協業することにより編まれる表現方法は絵画やテキストによる描写、インスタレーションなど多岐に渡ります。

そんな彼が今回取材場所に指定してきたのは東京湾を望む水族館「葛西臨海公園」。水槽の中の魚たちを見つめながら話すテーマは「遊び」です。水族館という遊び場の魅力や「ベイブレード」「遊☆戯☆王」といったおもちゃを今でも集めている理由など、前編では布施さんのB面に迫っていきます。

 

水族館の中で生まれる製作者と鑑賞者の“すれ違い”

――今回、お話を伺っている水族館、葛西臨海公園。一見すると作家活動や展示空間とはかけ離れているようにも感じるのですが、長らく好きな場所だと伺いました。こちらを指定された理由から教えてください。

実は中学校に進学するくらいまで、水族館は自分にとってとても怖い場所でした。どこも薄暗くて、水槽も綺麗な青というよりも黒々としている。水がすぐ隣。自分の視点と同じ高さに大量の水が存在している状況が理解できなかったですし、もし水槽が割れてしまったら死ぬのではないか?と。テーマパークにおけるある種の非現実が現実に存在している状況の気味の悪さが、自分にとっては恐怖だったのだと思います。だから、ディズニーランドなどは未だにとても怖いですね。非現実感があまりに高いクオリティで展開され続けていて一度訪れたきり、しばらくは悪夢を見ました(笑)。

――いつから水族館への恐怖を克服したのですか?

いつ頃からでしょう? 水族館が徐々に怖くなくなって、好きな場所になったのは。僕自身も水槽を使った作品を制作したりもしているのですが、水族館の歴史を辿ると、今に通ずる巨大水槽のガラス技術を使ったアクアリウムの源流は100年ほど前のパリ万博に遡ります。当時その技術をもってパリ・エッフェル塔のふもとにつくられた「トロカデロ水族館」は、空間の造形が洞窟を模しているように見えるんですね。それまで卓上の水槽だったところ、循環飼育装置の開発や大型で厚い水槽ガラスの製作が可能になり、当時難しいとされていた大型の壁水槽をつくることが実現したことで水槽の真っ直ぐな立面に対して天井と地面への繋ぎ目が岩のような造形で隠されている。人はどのようなかたちを求めて現代の「水族館」というかたちに繋がるに至ったのか気になりますね。

2022年に渋谷PARCOでの布施琳太郎個展『新しい死体』で展示された水槽の作品《明るい部屋》

――なぜそこまで水族館に惹かれたのでしょう?

水族館の面白さは、「トロカデロ水族館」をはじめ長い歴史の中で培われてきたガラス技術や科学技術を基盤に生物を安全に育て、水質を維持するための飼育員さんの絶え間ない努力と真面目な営みに対して、一方それとは無関係にデートコースとして楽しめてしまうギャップにあると思います。それに、水槽を見ている間って黙っていても喋っていてもいいじゃないですか。きれいだと思ったら「きれいだね」と、奇妙だと思ったら「ヘンだね」と言っていい。自分が創りたいのは、まさにそういったデートに使われるような展覧会です。本来制作者が意図した目的や思い、用途などから、鑑賞者は意に反した行動をとり、そこですれ違いが生まれてしまうという状態がすごく好きなんですよ。

葛西臨海公園水族館のアクアシアターを泳ぐ魚たち

ペンギンの生態系ゾーンでは泳ぐ姿も見れる

ここ葛西臨海公園はニュートラルに水槽が並んでいるところが魅力なのですが、もっとコンセプチュアルな水族館だと、たとえば大阪の「海遊館」が挙げられます。太螺旋状の空間を太平洋であると設定し、水族館の建築的な構造から「太平洋を螺旋状に下る」ことを無意識のうちに体験させられてしまう。スケールも想像力も大きい、そうした体験がギャラリーや美術館の外側のアートの文脈から離れたところで存在していることにアーティストとして悔しさを感じますし、アート側からも水族館に負けない想像力を作り出せたらなと思いますね。

 

遊びの哲学に気づかせてくれた漫画『遊☆戯☆王』

――今回のテーマに「遊び」という言葉を選ばれた理由も教えていただけますか?

「人間は遊ぶ存在である」と説いたヨハン・ホイジンガによる書籍『ホモ・ルーデンス』をはじめ、人の営みとしての「遊び」は20世紀のフランスの哲学を中心に歴史的にもさまざまに論じられてきたテーマでもあります。僕自身は労働を基準にした近代以降の社会の中で「儀式」の一種でもある「遊び」の時間をどう残せるかを論じたフランスの哲学者、ジョルジュ・バタイユの思想に大きく影響を受けているのですが、コロナ禍の自粛期間中、そうした哲学書よりも本質を言い当てているのではと思うものを再発見してしまって......。それが漫画『遊☆戯☆王』(*1)なんです。

『遊☆戯☆王』というと一般的にはカードゲームで知られていますが、漫画の序盤では、いじめられっ子だった主人公の武藤遊戯が、古代エジプトより伝わる闇のアイテム「千年パズル」を解いたことを発端に心の中に別人格を宿し、悪人との1対1の「闇のゲーム」を通じて敗者に「罰ゲーム」を与える物語が描かれています。そして読み進めると、実は戦後の「遊び」の発展がストーリーに反映されていることがわかるんですね。たとえば漫画でも登場する「遊☆戯☆王カード」の原形になったのが、「マジック・ザ・ギャザリング」(*2)というトレーディングカードゲーム(TCG)なのですが、それらカードゲームの源流を辿ると、テーブルを囲んでみんなで喋りながら、与えられた言葉を互いに解釈し合う「テーブルトークRPG(TRPG)」に行き着きます。TRPGとは、自分は「勇者」、隣に座っている人は「魔法使い」として、その役を演じながらストーリーをプレイしていくゲームです。このTRPGを漫画『遊☆戯☆王』では学園編の「千年の敵」(*3)というボードゲームで戦う話の中で描いているんです。『遊☆戯☆王』の面白さとは、TRPGからTCGへの転回がフィクションとして描かれると同時に、現実に流通するカードゲームでもあるという二重性にあると思っています。

*1……『週刊少年ジャンプ』(集英社)で1996年から2004年まで連載されたバトル漫画。ひ弱でゲームが大好きな主人公の遊戯は、ひょんな事から手にした千年パズルを手にして闇遊戯という別人格が生まれて物語が始まる。カードゲーム、アニメ等さまざまなメディアミックスが展開され現在でも世界中で愛されている。
*2……世界中で4千万人を超えるプレイヤーとファンを持つトレーディングカードゲーム。プレインズウォーカーとよばれる魔法使いとなり、カードに書かれたクリーチャーと呪文を駆使して戦うゲーム。
*3……謎の転校生・獏良了と「モンスターワールド」というボードゲームで戦う話。この会では詳しくTRPGの解説が記載される。

――漫画『遊☆戯☆王』で遊びの源流としてのTRPGが描かれているところから「遊☆戯☆王」カードに至るにはどのような経緯があるのでしょう??

そうですね。TRPGでネックなのが、話がうまい人がいないと盛り上がらないという点なんです。ではどうしたら話がうまい人がいなくてもロールプレイを楽しめるか、というときに出てきた解答のひとつがトレーディングカードです。これは、ルールを厳密にすることで、解釈したり喋る負荷を減らして、別のかたちのゲームにしました。これが、『遊☆戯☆王』の作中で言うところの「マジック・アンド・ウィザーズ」であり、現実の「マジック・ザ・ギャザリング」になります。漫画『遊☆戯☆王』の「決闘者の王国編」は、まだTRPGとTCGの中間のような、目の前にあるカードの物語を想像して解釈しながら語り合うようなかたちでゲームが進行します。しかしその後の「バトルシティ編」では、解釈して語るというより実際のTCGに近いかたちでゲームが進行します。どこかで読んだのですが、「マジック・ザ・ギャザリング」を作った人がインタビューで、TCGは「プレイすることでルールが変化し続ける遊び」だと言っていました。語ることではなく、カードを出すことがゲームを展開させるという意味だと思いますが、漫画『遊☆戯☆王』は、そうしたTRPGからTCGへと変容していく「遊び」の歴史を物語で体現しているのが面白いなと。

 

一人遊びのためにベイブレードを魔改造!?

――今回の取材では布施さんのベイブレード(*4)も持参していただきましたが、いつごろからプレイされていたのでしょうか?

そうですね。実は今持っているベイブレードは全て二十歳以降、おもちゃ系のYouTuberを見るようになって購入したものがほとんどです。公式のパーツで組み替えることを「改造」と言うんですが、僕と同い年くらいのYouTuberの方たちにはベイブレードを買って「改造」するのに飽き足らず、3Dプリンターでオリジナルのかたちを作り、型どりしたものを鋳造して金属で作ったりして「魔改造」している人もいるんです。

*4……1997年からタカラトミーで販売している現代版のベイゴマ。2001年にアニメ『爆転シュート ベイブレード』の放送と共に、第一次ブームがはじまるが2005年に一度商品の販売が終了。2008年に販売が再開され再びブームとなり現在に至るまで新商品が作られ続けている

――では、この動画を見ていた布施さんも何か「魔改造」されたのでしょうか?

自分は基本的に一人で回して遊ぶのですが、通常だと両手を使って一つのベイ(コマ)を打つので、一人で二つのコマを対戦させようとすると、時間差ができてしまう。そこで片手でベイを打てるようにしたいと思って、ミニ四駆などに使う部品をばらして、片手でスイッチをオンオフすると両手から二個のベイを打てる道具を自分でつくったこともありました。自分なりに工夫して遊ぶためには道具をある程度作らなくてはいけない瞬間が出てくるのってすごく面白いなと思いますね。

――ちなみに工具箱一杯のパーツをお持ちいただいていますが、これらを組み合わせることで具体的にはどのようなことができるのでしょうか?

ベイブレードは大きく3つのパーツでできているのですが、組み合わせ次第で重心や回転速度を変えることができ、数万、数百万の組み合わせが作れます。たとえば「イグニッションドライバー」というパーツは加速度センサーと小型のコンピュータが入っているので、ベイ自体が自分で今どのくらいの速度で回転しているのかを理解します。その上で、内部のモーターが回転することで、後半にかけて暴れるような動きや、右向きに回っているベイの軸先に左向きに回り、本来の慣性を無視して、いきなり左に向かって直線状にスーっとすべるように動いったりするんですね。アニメ上で見た動きのように、ベイが意思を持っているみたいに動くのでずっと見ていられます。

取材現場に布施さんが持ってきたベイブレードのパーツの数々

――「ベイブレード」も「遊☆戯☆王」と同じく対戦系の遊びですが、「戦わない」という選択をした場合、どのような「遊び」として捉えられているのでしょうか?

何が僕にとって「遊び」なのかを考えてみると、よりよく回るように頑張る、たんにベイを回すことが一番の「遊び」なのではないかと思います。こまは独りで楽しむと書いて「独楽(こま)」。日本だとベーゴマが親しまれているので、バトルホビーというイメージが強いかもしれないですが、人と戦うとたった5秒くらいで決着がついてしまう。昔は友人と対戦したこともありましたが、今は周囲に人がいないとき、独りでいるときにしか回しません。ただ回っているのをひとりで見ているだけの時間のほうが、本当の意味での「遊び」に近いような気がしますね。

後編に続きます

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【後編】「遊び」を通じて考えた、人間らしさってなんだろう? / 連載「作家のB面」Vol.6 布施琳太郎

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infomation

布施琳太郎参加展示
「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」

戦後のフランスで活躍した新しい人間性を探求したアーティスト、イブ・クラインの展示が現在開催中。イブ・クラインの作品を中心に同時代作家、さらに布施さんなど現代の作家を加えて、彼らの芸術に共通する「非物質性」というテーマを浮かび上がらせる展示となっている。

会期:2022年10月1日~2023年3月5日

会場:金沢21世紀美術館

住所:石川県金沢市広坂1-2-1

開館時間:10:00~18:00(金土~20:00)

休館日:月曜(10月10日、10月31日、1月2日、2023年1月9日は開場)、10月11日、11月1日、12月29日〜2023年1月1日、1月4日、10日

料金:一般 1400円 / 大学生 1000円 / 65歳以上 1100円 / 小中高生 500円

URLはこちら

ARTIST

布施琳太郎

アーティスト

1994年、東京生まれ。アーティスト。恋愛における沈黙、情報技術や詩によってアナグラム化された世界、そして洞窟壁画において変質する形態についての思考に基づいて、iPhone発売以降の都市で可能な「新しい孤独」を実践。絵画やテキストによる描写、展覧会や映像の編集などを、アーティスト、詩人、デザイナー、研究者、音楽家、批評家、匿名の人々などと協働して行っている。主な個展に「すべて最初のラブソング」(2021/東京・The 5th Floor)、「イヴの肉屋」(2022/東京・SNOW Contemporary)、参加企画展に「ニュー・フラットランド」(2021/東京・NTTインターコミュニケーションセンター[ICC])、「新しい成長の提起」(2021/東京藝術大学美術館)、「身体イメージの創造――感染症時代に考える伝承・医療・アート」(2022/大阪大学総合学術博物館)、キュレーターとしての展覧会企画に「iphone mural(iPhoneの洞窟壁画)」(2016/東京・BLOCK HOUSE)、「新しい孤独」(2017/東京・コ本や)、「ソラリスの酒場」(2018/横浜・The Cave・Bar333)、「The Walking Eye」(2019/横浜赤レンガ倉庫一号館)、「隔離式濃厚接触室」(2020/ウェブページ)、「沈黙のカテゴリー」(2021/名村造船所跡地[クリエイティブセンター大阪])、「惑星ザムザ」(2022/東京・小高製本工業跡地)などがある。

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