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2022.10.21

【後編】日本のクィアカルチャーとアートの繋がり/ 連載「作家のB面」Vol.7 森栄喜

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第七回目に登場するのは写真家の森栄喜さん。テーマは旧来的な社会規範から“逸脱する”とされてきたさまざまなジェンダー / セクシュアリティの人びとが築き上げてきた「クィアカルチャー」について。後編では日本におけるクィアとアートの関わりと、同カルチャーから影響を受けた森さん自身の作品について尋ねました。

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【前編】クィアたちの声を届けるカルチャーに触れて / 連載「作家のB面」Vol.7 森栄喜

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クィアカルチャーと日本社会の断絶

前編同様で大久保にあるloneliness booksで取材を行った

ーー日本のクィアカルチャーシーンについてはどう思いますか?

やはりアメリカやヨーロッパに比べ、盛り上がりのなさを感じています。カナイフユキさん(*1)など若い世代も活躍されてますが、セクシュアリティに関する創作物やコンテンポラリーアートの作家はまだ少ないように感じます。韓国や台湾など他のアジア諸国と比べても、日本はセクシュアリティを押し出したクィアな作品は少ないんじゃないでしょうか。ダムタイプの古橋悌二さんやハスラー・アキラさん、橋口亮輔さん、鷹野隆大さんなどのこれまでの流れは思い浮かびますが(*2)、そのあとはちょっと静かだなと思っていて。

*1……イラストレーターでコミック作家として活躍。個人的な生活者の目線と、政治的な出来事をクィアな視点で見つめた作品を発表している。今年の4月にはGALLERY X BY PARCOで個展を開催。コミック作品『LONG WAY HOME』などがある。
*2……クィアの視点を作品にして世界的に活躍する日本のアーティストたち。ダムタイプはさまざまなメディアパフォーマンスを行い、特に中心メンバーの古橋悌二はHIVの社会運動にも参加した。古橋の後輩に当たるアーティストがハスラー・アキラ。映画監督の橋口亮輔は『渚のシンドバッド』『恋人たち』などの映画でゲイ男性の暮らしを映してきた。写真家の鷹野隆大は主に男性のヌード作品を通して、さまざまなアイデンティティの「身体性」を表現してきた。

ーー森さん自身、日本のクィアカルチャーシーンにおける重要人物の一人ですが、その渦中からはあまり盛り上がりを実感されていないんですね。近年、美術館でもフェミニズムやクィアを切り口にした企画展などは増えている印象はあるのですが。

たしかにそういう流れはありますね。ちょっと僕が非観的すぎなのかな。でも、グループ展などに呼ばれてても、「森さんが入ることで、ジェンダーバランス、セクシュアリティバランスが良くなりました」みたいな扱われ方をしているように感じることもあって、ちょっとまだ表面的にしかできていない気もしています。

ーー森さんは同性婚や家族についての作品を発表されていますよね。結婚や家庭は本来よくある暮らしのモチーフではありますが、それが「政治的」として響いてしまう日本の現状に問題があるように感じます。ほかに作品づくりで悩まれることはありますか?

たとえば「この人と結婚や子育てができたらいいな。でもなんで日本だとできないんだろう?」というような、すごくシンプルなひとつの願望というか疑問を起点に、いつも作品をつくり始めます。でもつくっていく過程で、そもそもの婚姻制度上の不平等だったり、自分がいわゆる国や社会が描く理想的で規範的な家族像を本当に欲しているのかとか、そこからこぼれ落ちてしまう関係性は?など、いろいろ疑問が出てきます。ついつい作品を完成させることで答えを出したいって欲張ってしまい、散漫になったり詰め込みすぎたりで、制作がなかなか進まなかったりすることも多いです。

あとは、僕自身の中でゲイというセクシュアリティは大きなものではあるけど、アイデンティティの一部ですし、作品に参加してくれる人や観てくれる人も多層なアイデンティティをもちろん持ってて。誰かの共感や救いになるような表現でも、別の誰かをないがしろにしたり傷つけてしまうのではないかと思うことも多くなりました。

2017年に森さんが発表した写真集『Family Regained』より。森さん自身が友人、恋人、家族などさまざまな関係性の40組の中に入り撮影、それを赤くプリントしたシリーズ

ーー人種、性別、社会階級、性的指向など個人のアイデンティティが複雑に絡み合う「インターセクショナリティ(交差性)」の概念は、今ジェンダーを考える際にとても重要なことだと思います。“LGBT”とひとくくりにされても、白人のゲイ男性なのか、黒人のレズビアン女性なのかで抱えているものはまったく変わってきますから。たとえば森さん自身、アジア人のゲイ男性として表現する上で気をつけていることはありますか?

ついつい代弁者的に大きなテーマというか言葉を掲げようとしてしまいがちになるんですが、些細なことかもしれないですけど、やはり日々の生活で感じる愛おしさやあたたかさ、社会の中で自分自身が感じる疑問や怒りを作品にするしかないと思っています。つくる時は変にバランスを取ってしまったり、自分から少し遠いところにある「誰かの実感」も取り入れたくなってしまうんですけど、責任という意味でも、そこは気を付けなきゃいけないなと思っています。

 

クィアのための心地よい居場所

ーーでは日本で生まれたクィアカルチャーで森さんが影響を受けたものはありますか?

先ほども挙げたのですが、橋口亮輔さんの映画です。まだゲイがJUNE的(*3)な「耽美」なものであったり、ゲイブームでもてはやされていただけの時代の中で『二十才の微熱』『渚のシンドバッド!』『ハッシュ!』などの映画は本当に身近にいるような、等身大のゲイの姿が描かれていたと思います。この3作以降も結婚やミドルクライシスなど、それぞれの年代で監督の橋口さん自身が向かい合わずにはいられなかっただろうテーマで撮影されていて。作家としても背中を追いかけていきたい大きな存在ですね。あと日本のクィアカルチャーシーンで最近すごくいいなと思っているのは、loneliness booksや、映画や映像の作品を紹介しているnormal screen(*4)、コンテンポラリーアートギャラリーのKEN NAKAHASHI(*5)など、クィアな作品を扱う場所やイベント、上映会が増えてきたこと。

*3……1978年に創刊した女性向けの男性同性愛を描いてきた漫画誌『JUNE』。雑誌のテーマは「耽美」だった。
*4……ノーマルスクリーンはセクシュアル・アイデンティティを深く見つめた映像や映画を、国や時代を問わずに上映するシリーズ。
*5……森栄喜が所属するアートギャラリー。クィアな作品を数多く展示している。

ーーそれは「当事者にとって心地のよい場所」が増えたということですか?

そういう安心感もありますが、開かれている感じがいいですよね。どんな属性の人でも気軽に訪れられる場所やイベントであるということが、とても大事だと思います。

 

一つの差別はあらゆることに繋がる

ーー森さんは近年、写真や映像だけでなく、文章、パフォーマンスなどさまざまな手法で表現されていますよね。

今年、高松市美術館で発表した新作の《盗まれた傷たち|Stolen Scars》は、人の傷や痛み、弱さについてのサウンドインスタレーション作品で、たくさんの鐘音で構成されています。参加者にハンドベルとメモを送り、深く傷ついたある架空の少年に対して、何もできないけど、背中をさするようにベルを鳴らしてもらいました。性暴力や性被害のことも主題にしています。特に男性の性被害は男らしさの規範に縛られていて、被害者も相談しづらく理解されづらい現状の中で、とても見えにくくなってしまっています。ほとんどの人にとっては他人事だったり取るに足らないような、気づかずやり過ごしたいようなことかもしれませんが、少しでも知ってもらえる機会になればいいなとも思って。

サウンドインスタレーション《盗まれた傷たち|Stolen Scars》の展示風景。設置された5つのスピーカーからハンドベルの音が鳴る

ーーセクシュアルマイノリティをはじめとする多様性をテーマにしながらも、表現の幅が写真から広がったのには何か気持ちの変化があるんでしょうか。

写真は目の前にある事柄、事象をそのまま切り取って見せるのに適したメディアだと思っています。だから身近な友達や恋人、彼らとの日常の暮らしを捉えるのにぴったりでした。でも、先ほどの同性婚や結婚の話にも繋がってくるんですけど、家族がいたらとか、 子育てができていたらとか、それ以外の選択や関係性も含めて、今は現実ではない未来の光景を思い描いたときに、それらを表現するのに写真だけだと難しいなと感じることが多くなって。以降、インスタレーションだったりパフォーマンスだったりと、作品の主題によって一番適切だと思うメディアを選ぶようになりました。

ーー2017年に発表した写真集『Family Regained』では、カップルや夫婦、単身者などさまざまな40組の生活に森さん自身も映り込み、疑似家族のようにもみえる写真を真っ赤な世界で表現していました。それが今の思いに至るきっかけだったのでしょうか。

そうかもしれないですね。『Family Regained』は、実際のカップルや家族の中に、彼らの普段着を着た僕が飛び込んで、家族の一員のように見せた作品です。よく見ると父親がふたりいる構成だったり、ぎこちなさがあったりもするんですが、いろんな家族像を見せることによって、違和感がなくなっていくような作品です。制作のアプローチもちょうどテイクとメイクの間というか、本当の現実に対して僕の願望が半分入ったような作品になっています。

でも制作当時は、実はちょっとつらかったんです。家族を演じる演劇として割り切れない部分もあって。当たり前ですけど、実際には僕は家族の一員でもなんでもなくて、撮影後は僕抜きでその家族が続いていきます。僕はどこへいっても異物で、まるで家族間を当て所なくさまよっているような気持ちになって。

だからというわけではないですが、同じタイトルで映像やパフォーマンス作品もつくりました。こちらは始めから他人同士でわいわいと試行錯誤しながら、いろんな家族像をつくり上げていく過程そのものを記録したものになりました。『Family Regained』シリーズ以降、先ほどの話にもつながりますが、完成とか答えというより、右往左往している制作過程も含めて差し出すような作品になってきていると思います。

映像作品《Family Regained | The Picnic (2017)》の一場面。真っ赤な衣装に身を包んだ家族のように見える三人(森と男性と子供)が、街中で偶然出会った人々にインスタントカメラを手渡し、記念写真を撮ってもらうパフォーマンス作品。2017年のFestival/Tokyoで上映

ーー創作では幸せなかたちをつくっているのに、現実はそうではない。その不条理さが切に伝わってきました。最後に今後の作品制作について伺いたいです。

昨年のちょうど11月に、デモで路上に寝転がって抗議している人々をチューリップに見立てて、ガラス板に描いた作品を制作しました。SNSなどで告知して、誰でもコンビニのネットワークプリントで無料でダウンロードできるようにしたら、本当にたくさんの方がプリントアウトしてくれて。特に明記はしなかったんですが、嫌悪を理由に殺害されたトラスジェンダーへの追悼と、その権利や尊厳をあらためて考えることを呼びかける「国際トランスジェンダー追悼の日」(11月20日)に何かしら行動したくて。今年も自分なりにできることを考えているところです。

森さんが描いたチューリップのドローイング《Die-in Tulips (2021)》

ーー特に近年トランスジェンダー女性に対する差別が激化している現状をみると、マジョリティ / マイノリティに関わらず、あらゆる人が連帯の意志を示す必要があるように思います。

ある側面から見るとみんながマイノリティだから、全ての人にとって他人事ではないし、なにひとつおろそかにできないですよね。ゲイやレズビアン差別にも直結しているし、もっと広く捉えるとあらゆる差別につながってくることだと思います。それらには「反対」の意志をしっかり示していきたいです。

bmen

 

ARTIST

森栄喜

アーティスト

1976年 石川県金沢市生まれ。パーソンズ美術大学写真学科卒業。サウンド・インスタレーション、パフォーマンス、写真や映像、詩など多様なメディアを用いて、周縁化された声や関係性を可視化し、既存の制度や規範に疑問を投げかける。主な展覧会に「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」(個展、KEN NAKAHSHI、2020年)、「フェミニズムズ/FEMINISMS」(グループ展、金沢21世紀美術館、2022年)、「高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.10 ここに境界線はない。/?」(グループ展、高松市美術館、2022年)など。14年に写真集「intimacy」で木村伊兵衛賞受賞。

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