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2023.03.31

【後編】アーティストにとってのメンタルヘルスって? / 連載「作家のB面」Vol.12 市原えつこ

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Kaoru Mochida
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第12回目に登場するのは《未来SUSHI》や《デジタルシャーマン・プロジェクト》などユニークなメディアアートを手掛ける市原えつこさん。前編では市原さんにとってのサードプレイスである〈鳥貴族〉の話について。そして取材しながら飲んでいたメガハイがいい感じに回ってきたところで、後編はアーティストにとっての事務作業の苦労や、メンタルヘルスについての話に......。

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【前編】メディアアーティストが語る、とっておきのサードプレイス / 連載「作家のB面」Vol.12 市原えつこ

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心の逃げ場を作るためのライフハック

ーー鳥貴族に複数人で入店し、それぞれがソロで仕事をする「集団ソロ貴族」というのを行ったとも伺いました。どういう会だったのかお聞きしたいです。

もともと複数人で個人ワークをする「もくもく会」カルチャーが好きだったこともあり、自営業者が鳥貴族に集まってシラフでやりたくないデスクワークを各自やる会をしたらより仕事がはかどるのでは? という仮説をもとに行いました。普通の飲み会になってはいけないので、そうなったら罰ゲームを設定。まず前半は参加者で、普段は話せないような事業主同士のお悩みの共有を行いました。断りづらい案件の断り方とか、どういう基準で案件を受けているかとか。そしてその後、各自の仕事をスタートさせました。

ーーその話、興味があります。フリーランス同士だとしてもカフェなど普通の場所では聞きづらい話ですよね。それも聞けたのは場の雰囲気の巧妙さもあるように思います。

酒の席と会議室の中間みたいな感じでしたね。酒の席だったらもっとプライベートな話をするじゃないですか。ましてや会議室でするような具体的な商談や案件相談というわけでもなく、事業主としての全般的なよもやま相談ができたのは、いいバランス感でしたね。

ーー実際の各自の作業はどうでしたか?

事務作業への心理的ハードルが下がりつつも、目の前に人がいるので適度な緊張感が生まれてさらに作業に没入できました。時間の使い方はそれぞれで、新作のガントチャートを引く人、下半期の案件を整理する人、領収書を持ち込んで経費精算をする人など。普段見られない自営業者の事務作業をお互いに観察できるのも勉強になりました。

普段使用しているNotionを見せながら、「フリーランスになってから、仕事の断り方や仕事の閑散期の時間の使い方など、メンタルを整えるためのマニュアルを制作するようにしています」と市原さん

ーー鳥貴族ワークもそうですが、市原さんはさまざまなライフハックを見つけるのがうまいと感じました。最近発見したものはほかにありますか?

なるべく心の逃げ場を作れるような生存戦略を取ってきたところがあります。ずっと1つの世界に居続けるのがしんどくなってしまうんですよ。兼業作家をしていた会社員の時も作家活動が心の逃げ場になっていたし、逆に作家活動がうまくいかないときは会社の仕事が逃げ場になっていたと思います。そして現在、フリーランスで働いている身としては、どのお仕事を受けるかの判断は重要です。さまざまな失敗を経て、こういう条件のお仕事であれば受けるというルールをしっかり明文化してまとめています。さらにそのお仕事を受ける際のメリットとデメリットをそれぞれNotionなどのメモアプリに書き出して俯瞰してみることで、判断の精度が上がりました。これは個人的にはライフハックかもしれないです。今はオンラインの案件なども増えてきたので、アフターコロナ版として明文化した内容はさらに更新されています。

ーー事前の準備がすばらしいです。メンタルを安定させるためにほかにしていることはありますか?(*1)

一番効いたのはカフェイン断ちです。しんどいときはコーヒーやエナジードリンクなどを摂取しがちですが、それは逆効果。カフェイン断ちしている時期は睡眠の質が上がり、片頭痛が薄れ、気分の落ち込みも少なくなってきたように思います。つぎに発酵食品を摂取すること。トレンドの腸活はおすすめです。腸内環境を整えるとメンタル面もよくなってきますよ。あと、令和のポップソングはわりとメンタルを落としてくるような病む楽曲が多いので注意が必要です。そんなときはバブル時代のベタベタな昭和スナック歌謡を聴いたらメンタルが安定しました。「ザ・マイクハナサーズ」というグループがオススメです。

*1…….記述の他にもメンタルに関する記事は市原さんの『楽しいばかりじゃないフリーランスのメンタルの闇(と、その対処方法)』にも詳しい。

 

アーティストの事務作業って?

ーーアーティストの作品制作の裏にある事務作業については知られていない部分が多いと思います。市原さんの場合、どのような内容が事務作業として思い浮かびますか?

まず企画書をつくることです。そしてタスク整理をして、スケジュールを組みます。それから予算調達をしないといけないので、助成金の申請をするぶ厚い企画書を作成したり。直近の作品だと、スポンサー様用の協賛資料もつくりました。ほかにも展示に関連した大量のメールのやり取りがあったり、海外の案件だと輸送ドキュメントを作成したり……。

ーー思った以上にたくさんのタスクがありますね。これは一般的なものなのでしょうか。

いや、アート系のキュレーターの方に自作の協賛資料をお見せしたら「広告代理店殺しですね」と言われました。私は他の方よりも一人でいろいろとしすぎている部分があるかもしれません。

ーーアーティストにはマネジメントが得意で社会性や調整力のある人から、社会に適応しづらい部分を持ちつつもアーティストとして一点突破している人までグラデーションがあると思います。市原さんはどちらのタイプでしょうか。

明らかに前者でしょうね。わりと全般的にプロデュースする方が得意な気がします。そうするといろんな人のお力をお借りすることになるので、気を遣うことも多いのですが。

ーーご自身は会社員時代の経験と比べて今のほうが向いていると思いますか?

会社員の頃も楽しかったですし、仕事とプライベートをしっかり切り替えられるところもよかったですが、のびのびできるので今の働き方が好きです。当然今はオンオフの切り替えが難しく、毎日なんとなく仕事はしているんですよね。それでも、すべて自己都合で決められるのはやはりいいなと思います。組織の方針にずっと従うのは苦手だったので。

ーー今後のことも伺いたいと思っています。東京藝術大学の大学院に行かれるとか。

もともと美大に行きたかったのですが、高校生の頃は経済的な理由などで断念していました。しかしちゃんと勉強したいという思いがずっとありました。さらに作家として仕事が成り立つようになった以降、 自分が資本主義やアテンションエコノミー(*2)に過剰適応しすぎていることも気になっていました。私は、企業や社会の要望に応えることに慣れすぎてしまっていたような気がしたんです。でも作家が社会と関わるのであれば、もっと別のやり方があるんじゃないかという思いが沸き立ってきて。現代美術を扱う先端芸術表現の専攻で学ぼうと思っています。

*2……インターネットが発達した時代において、「人々の関心・注目」という希少性こそが経済的価値を持つようになる、その実態を指摘した概念。

ーー大学院ではどのようなことをしてみたいですか?

今まではプロデュースやディレクションがメインで、いろいろな人を巻き込んだ作品をつくってきたのですが、大学院ではあえて黙々と一人でつくるようなこともしたいと思っています。実は直近の《未来SUSHI》ではさまざまな方のお力をお借りする傍らで、寿司をつくったり映像編集をしたり、一人での作業が多かったんです。コミュニケーションコストを下げて自分の世界観を突き詰める方に志向が向いているのかもしれません。

『六本木クロッシング2022』に出店した《未来SUSHI》。未来の食をテーマに、妄想と科学的論拠をミックスさせた架空の回転寿司屋を制作

ーー最後に、今興味を持っているテーマがあれば教えてください。

ずっと「デジタルシャーマニズム」というテーマで日本の民間信仰とテクノロジーの融合をメインに制作をしてきたのですが、最近は「食」が面白いと思い始めています。《未来SUSHI》もそうですし、コロナ禍では飛行機のエコノミー機内食のようなごはんを自作し、搭乗案内の動画を流しながら食べる《自宅フライト》という趣味にハマっていました。それをもう少し拡張して自分の妄想をつぎ込んだ食べ物である「変態食」をテーマにいろいろとできたらいいなと思っています。そのために大学院でいろんな表現を学びたいですね。写真、映像、インスタレーション……いろんなツールを組み合わせて、実験的にやってみたいです。

「トリキ、最高!」

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【後編】アーティストにとってのメンタルヘルスって? / 連載「作家のB面」Vol.12 市原えつこ

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市原えつこ

アーティスト

1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性と日本文化に対する独特のデザインから、国内外の新聞・テレビ・ラジオ・雑誌等、世界中の多様なメディアに取り上げられている。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》、100年後の社会までの未来の食をテーマに、架空の回転寿司屋を生み出したディストピアSF的な大型インスタレーション《未来SUSHI》等がある。

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