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2024.10.16

【後編】能から考えた、家族、国家、共同体 / 連載「作家のB面」Vol.27 渡辺志桜里

Photo / Sodai Yokoyama
Text / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。

今回はアーティストの渡辺志桜里さんが作品のモチーフにする「能」をテーマに話を聞いた。後編ではさらに渡辺さんの作品についてを深掘りしていく。

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【前編】現代アーティストが「能」の表現に辿り着いた理由 / 連載「作家のB面」Vol.27 渡辺志桜里

  • #連載 #渡辺志桜里

 

新しい異物━━芸能者と外来生物

──渡辺さんは能のどの部分に面白さを見出しているのでしょうか。

前編でも話しましたが、儀式的な側面はもちろんですが、芸能というものが単なるエンターテイメントではなくて、神事の一つでもあるという面白みです。芸能と神事と、スピリチュアリズム的なものが何か繋がったような感覚があるんです。

──さきほど能の歴史のお話を伺って、能がさまざまな地域の共同体を巡ったことにも興味が湧いているのかなと思ったのですが、そのあたりはいかがですか?

「芸能者」って、共同体にとっては来てほしいけど来てほしくない、両面ある存在だったと思います。新しい異物が入ってくることに対して、活性化する側面もあれば、よくない側面もあることにも興味がありました。そういう意味では、エコロジーのようなことも考えていて。「外来生物」という言葉がありますが、それは基本的にその地域の人々が、本来そこにいなかった生物に対して名指した言葉ですよね。でも、その土地に定着して繁殖してしまえば、それは生態系の一部になってしまう。

──外来種といえば、日本に持ち込まれた特定外来魚・ブルーギルをモチーフにした作品《堆肥国家》も制作されていますね。

あれは、多様な生物の生育・生息場所ともなっている皇居のお濠の生態系を調べて再現した作品です。いろんなものを採取したなかに、外来魚のブルーギルがいたんです。ブルーギルは「特定外来生物による生態系などに係る被害の防止に関する法律」により、“飼育・栽培、保管、運搬、販売・譲渡、輸入、野外に放つ事”が規制され、釣り場でも外来魚ボックスに棄てるなど、処理が勧められる魚です。しかし、歴史を遡るとこの魚は、1960年にシカゴ市長から現上皇に送られ、戦後の爆発的な人口増加を支えるタンパク源として期待された“プリンスフィッシュ”でした。今や爆発的に繁殖しているブルーギルですが、DNA解析によれば、送られた17匹のうち15匹が日本全国のブルーギルの始祖だという研究結果がでています。

ブルーギルを起点とした作品。「BLUE」(2024/SACS)の展示風景より 撮影:小川尚寛

──この作品は、共同体の都合で外来種として扱うことへの違和感のあらわれでもあるのでしょうか。

自分の中には両面あります。たとえば人間も生きなくてはいけないから、ネズミやゴキブリなど、害獣と呼ばれる生き物たちと戦うじゃないですか。それは正当だと思います。こちらも食べ物を取られたくないと思ってしまいますから。自然が豊かな場所にいけばその戦いはもっと熾烈です。雑草なんかもそうですよね。基本的に繁殖力が強いものにはみんな脅威を感じるから、余計にそうなんだと思います。ただ、無闇に殺すということに関してはちょっとどうだろうとは思います。種を特定して、悪いやつだから殺していいというロジックになるとよくないなとは思うんですよね。

──それこそ、外からくるものを排除して、もともとあるものを守りましょうというロジックになってしまうと、現状でいえば移民や難民問題などに適応されかねないとも思います。

そう思います。ただ、共生というのは本当に難しい。その言葉のなかには排除も往々に含まれてしまっていると思います。一緒に生きるために起こる争いについて、いろんな視点から考えられたらいいなと思います。

 

人間が神になる能と、神が人間になる「人間宣言」

──大丸松坂屋百貨店の次世代のアーティスト育成プロジェクト「Ladder Project(ラダー・プロジェクト)」でArt Collaboration Kyoto(ACK)に展示する予定の新作についても伺いたいです。

新作の能を制作し、それを映像作品に落とし込む作品を展示予定です。(取材時は)まだ撮影をしていない段階でのお話になるのですが、能を制作するにあたっては能楽師で下掛宝生流のワキ方である安田登さんと、観世流のシテ方の加藤慎吾さん、そしてコンセプト部分では情報学研究者のドミニク・チェンさんにご参加いただき、4人で行っています。『入間川』という狂言の演目を下敷きにしているのですが、4人で話し合いながら手を加えて作った新作となっています。

新作の制作風景より 撮影:安原杏子 a.k.a 青椒肉絲

──なぜ能で表現しようと思われたのでしょうか?

人間以外の視点でどう表現して、人間が認識できるかと考えたときに、能の表現が一番しっくりきたんです。これだったらできるんじゃないかみたいな予感があったんですね。

──コンセプトはどこから発想を?

映像作品としてアブストラクトなものを作ろうと思い、前々から興味があった「新日本建設に関する詔書」(昭和天皇の「人間宣言」)をベースに作品を作りたいと考えていました。

──「人間宣言」への興味というのは?

そうですね。私、皇居の近くで生まれ育ったんですよ。そういうことも影響があるかもしれません。前編でも触れた「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」でも「人間宣言」を題材にした作品を発表しているんですけど、それをさらに深めたような作品になればと思っています。

「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」(2022)の展示風景より(撮影:竹久直樹)。《囲炉裏(火)》の後ろには昭和天皇の「人間宣言」の一部が書かれている

神だからこそ保たれていたものを、一回人間にして、プライベートな身体をさらす「人間宣言」に興味があり、今回は能でそれを表現することができないかと試みているところです。能舞台は屋外だけでなく屋内の能楽堂となった現代でも、必ず舞台上には屋根がありますよね。私にとってそれは、国家のような大きな共同体を彷彿とさせるものなんです。そしてそもそも能は、面を用いる芸能でもあります。通常の演目では、面をつける役者は舞台に登場する前から面をつけています。ですが、『翁』という演目では、役者は舞台上で面をつけ、舞が終わると舞台上で面を外します。翁面はご神体とみなされており、役者は面をつけることで神格を得ます。人間が神になる能と、神が人間になる「人間宣言」、そこにも親和性を感じています。

──家族なり国家なり、共同体の単位を考えるときに生まれる疑問の先にたどり着いたのが天皇制だったということですね。共同体についての疑問が湧いたのは何かきっかけがあるんでしょうか?

わりとプライベートな話でいうと、うちが独特な家庭環境だったからかな。そんなこともあって、幼少期の頃から世間がよくいう「大事にしたい家族」ってなんだろうと思っていました。かつ、今では私も子どもが生まれて、でもパートナーとは籍を入れていない状況だったりする。

だからいまだに「家」とか「戸籍」ってよくわかっていなくて、それらに対して変だなと感じています。「家族」というコミュニティも、自分の家への反発は若い頃は結構ありました。当時は母親のことも苦手だったんですけど、今思うと自分の中にものすごいミソジニー的な部分があったのかなと思っています。

──今、渡辺さんが籍を入れていないのは、現状の法律婚、婚姻制度に対する違和感からきているものですか?

一番の理由は、面倒くさいから(笑)。手続きも面倒だし、特に理由があるわけではないんです。もちろん選択的夫婦別姓には賛成で、それは国として進めたほうが良いと思っていますが、法案が成立しても私は単に面倒くさいから、このままにするかもしれません。

──それはご自身が「家族」という単位を作ることへの反発だったりするのでしょうか。

それはあるかもしれません。なにかに所属するには勇気がいるので。

Information

Art Collaboration Kyoto(ACK) Special Program
「渡辺志桜里:supported by Daimaru Matsuzakaya Ladder Project」

■会場
Art Collaboration Kyoto (国立京都国際会館)
■日時
2024年11月1日(金)・2日(土)12:00–19:00、3日(日) 11:00~17:00
※最終入場は閉場の1時間前まで
※内覧会10月31日(木) は招待者と報道関係者のみ
※入場料は Art Collaboration Kyotoに準ずる
Ladder Project詳細はこちら
Art Collaboration Kyoto詳細はこちら


渡辺志桜里 宿/Syuku

■会場
資生堂ギャラリー (東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階)
■日時
2024年11月6日(水)~12月26日(木) 11:00~19:00(日曜・祝日は18:00まで)
詳細はこちら

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渡辺志桜里

アーティスト

1984 年東京都生まれ。2015 年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、17 年に同大学大学院を修了。 2020 年に渡邊慎二郎との 2 人展「Dyadic Stem」(The 5th Floor、東京)や「ノンヒューマン・コントロール」(TAV GALLERY、東京)、 2021 年 Chim↑Pom・卯城竜太キュレーションによる初個展「べべ」(WHITEHOUSE)で独自の世界観を表現した。

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