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2024.11.20
東京都庁にある関根伸夫のパブリックアートで「もの派」の見方を学べる / 連載「街中アート探訪記」Vol.34
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は彫刻における"もの派"の最重要人物のひとりである関根伸夫作品を観に東京都庁に来た。"もの派"の考えとはどういったものであるのか、さらに関根は日本のパブリックアート普及に大きな役割を果たした人物でもあることがわかった。この人なくてはこの連載もない張本人と邂逅し、まるで最終回のような回となった。
前回は金沢駅前の大きなやかんを堪能!
大北:東京都庁にパブリックアートがあるんですね。
塚田:さっき外国人観光客らしき方も見てましたね。都庁周辺には作品がけっこうあるんです。この作品もそもそも新庁舎ができる時に作られたというようなところで。
大北:そういえばこの連載で京都に行ったときに取り上げた京都の清水九兵衛さんの作品もこの辺りで見つけましたよ。
塚田:また写真撮ってる人が現れました。割と人気ですね。
関根伸夫《空の台座》1991年 @東京都庁
"もの派"とはなにか
塚田:やっと"もの派"ですよ。
大北:"もの派"と言われる作家なんですか。
塚田:はい。関根は1960年代後半から70年代前半の彫刻動向として歴史的に知られている"もの派"の代表的な作家のひとりです。
大北:美術の世界で"もの派"自体は聞いたことがあったんですが彫刻なんですね。
塚田:主に彫刻ですね。中にはドローイングとかを発表している作家もいて、関根伸夫も絵画を制作したりしてます。ただ彫刻作品を作っている方が多いというのはあります。で、彫刻なのでまず素材から考えないといけませんよね。木とか石とか、そこに最小限しか手を加えないで、ものを「そのもの」として提示するみたいなことが"もの派"なんですけど。といっても微妙に各作家がやってることがそれぞれ違うんで、統一的にこれだと定義するのはなかなか難しいんですけど。
大北:ものそのままで来るから"もの派"。わかりやすいですけど、なんもしないってことにならないですかね。
塚田:ただ加工を最小限に施すというのはあくまでも結果的な見え方であって、その先にある世界のありようみたいなもの、存在のありようを見せるってところを目標としては持ってるんですよ。だからこの作品を見て「全然加工してるじゃん」って思うかもしれないですけど、こういう作品も含みます。
大北:ものを通じて、その先にある世界を描こうとしている……? うーん。
地球そのものを彫刻作品にする
塚田:具体的に説明しましょうか。これもこの中に描かれている、彫刻されてるビル群がありますよね?
大北:あー、なんかあるなあとぼんやりしてましたが。
塚田:ビル群だったり山だったりがあります。これって360度カメラで撮ったみたいな感じに見えませんか?周辺にこの大地がぐるって取り囲まれるみたいな。それによって真ん中の穴が空を象徴しているんですよ。
大北:ああ~! 空を描こうとしているとも考えられるのか、なるほどなあ!
塚田:作品のタイトルも『空の台座』なんで、空の台座として大地があるんだよという視点を提示しているんですね。
大北:なるほど、それはたしかに世界のありようだ。まさに、ですね。
大北:360度カメラで主役が空だと言われて、納得できるような説得力がありますね。
塚田:スケールが大きいですよね。地球、つまり大地っていうのは空の台座なんだっていう発想。
大北:ですねえ。球体を台座って考えるのはなかなか思いつかないな。この周りにもボコボコしたものがあしらわれてます。
塚田:テクスチャーが意図的につけられてますね。
大北:こういうのも素材そのものを提示してるってことになるんですかね?
塚田:それは素材感を出すちょっとしたアクセント程度だとは思いますが、状況の提示の仕方はやっぱり"もの派"っぽいです。「この地上は空の台座なんだ」っていう切り取り方に、"もの派"の思想が流れ込んでいる。
大北:"もの派"の思想なんですか。
塚田:このビルだとか地面っていうのは空の台座だとして、地球全体を彫刻として捉える。世界はこんな構造ですと見せるのは、明らかに"もの派"的な発想です。
大北:なるほど。"もの派"はものそのものから世界の見方を提示するっていう話でしたよね。この場合"もの派"の”もの”は石ってことになるんですかね。
塚田:どうでしょう。関根の言葉でよく引用されてるものに「概念性や名詞性のホコリをはらってものを見る」みたいな言葉があるんですが。
大北:難しそうな言葉を残してますね。
塚田:この言葉自体は、概念にまとわりついた余分なもの、つまりホコリを取り除くことで世界の成り立ちをざくっと提示しようということなんです。
大北:石は「硬い」とか「石の上にも三年」とか色んなイメージを忘れて石を見るみたいなことかな?
塚田:いえ、"もの派"の「もの」って純粋な物体、つまり客体のことを指すのではなくて「事柄」とか「状況」も含んだ広い意味なんですよね。
大北:ああ、この場合だと「都庁の間のスペースに置く」という事柄や状況がものにあたるのかもしれないですね、なるほどなあ。
塚田:ビルなどの再現的要素があるとはいえ、やはり"もの派"的な思想がこの作品にも息づいてると言えます。
日本の前衛芸術運動"もの派"
大北:"もの派"は世界的にも有名なんですか。
塚田:1980年代後半にフランスである程度まとまった形で展示されて、それ以降もちょこちょこ紹介されているので、世界的に知られています。あと同時代の世界的な動向とも関連付けて考えやすいんですよね。ミニマルアートとか、あるいはシュポール/シュルファスですね※。かなり大ざっぱな括りですが「ものと作者の行為を通じて造形を探求する」みたいなところが共通してるんです。
※60年代末のフランスで起こった芸術運動。絵画の物質的な要素や、当時の政治情勢に反応し芸術作品のありようを見直した。
塚田:作品の見た目もちょっと似ていたりするので、そういった世界的な文脈にも紐付けて考えられやすいし、日本という戦後発展していった国でどういった前衛芸術があったのかという関心もあるんじゃないでしょうか。その辺で世界的に知られていると。
大北:ちなみに関根伸夫の他に誰がいるんですか。
塚田:李禹煥(リ・ウーファン)もそうですよ。
大北:へえ、日本の作家なんですかね?
塚田:いや、韓国の人ですよ。でも日本に勉強しに来てた。
大北:やっぱり"もの派"自体は日本の芸術運動なんですか。
塚田:主義としてなにかの運動をやってたっていうことではなく、"もの派"というグループなんです。やってることの違いはあれどそれぞれ人間関係的にもが近かった。あくまでも"もの派"であって、"もの主義"ではありません。緩やかなグループみたいな認識です。他には菅木志雄さんとかですね。
塚田:下から観てもいいですね。空が映って作品のテーマを直観できるような気がします。
大北:彫刻作品はどこから観るかでまた印象が変わりますよね。
塚田:写真の撮りがいがある作品なんじゃないですか。
大北:背景も変わりますから。
塚田:そういう風にいろんな見え方で楽しめるっていうのは、彫刻としてよく考えられてるということでもありますね。
大北:丹下健三の建てた都庁が両端に見えて、間にあるここには何を置くのかとかも考えられてるんだろうなあ。パブリックアートを置く場所としてはいい場所ですね。
塚田:そうですね。第一庁舎と第二庁舎の間なんで人の行き来はけっこうありますね。職員数にしたって相当いるはずですし(※約14000人)
大北:ですね、さっきから人がバンバン通ってますし。
日本にパブリックアートを広めた関根伸夫
塚田:この関根伸夫はもう1つの顔があって、経営者なんですよ。こんなパブリックアートを作る会社を経営してたんです。
大北:へえ、そうなんですか。公園とかにあるやつだ。
塚田:そうです。環境美術研究所っていう会社をやってまして、2003年の資料によると全国で270か所ぐらいまで実績を積み上げています。公共の場に彫刻があった方がいいよねって関根が思ったきっかけは、起業する以前に滞在していたイタリアでした。現地では広場の中心に彫刻があり、それがシンボルとして存在感を持っていることに彼は気づくんです。
大北:ヨーロッパは広場の文化なんですよね。塔があったり。
塚田:そう。日本よりも圧倒的に彫刻の立ち位置が社会的に担保されているというか、シンボルとして当たり前のようにある。日本でもそんな状況が訪れることを目指して、組織として法人を作ったと。
大北:イタリアとか海外にも抽象的な彫刻が駅前とかに置かれてるんですかね。
塚田:どうなんでしょう。ただ海外においても抽象彫刻が定着する過程で、パブリックアートとして設置されることが普通にはなってきたんじゃないでしょうか。
大北:そっか、歴史的な彫刻とか宗教的な彫刻とかそもそもたくさんありそうですよね。
街にはどうして抽象彫刻があるのか
塚田:環境美術研究所は73年から活動してるわけなんですけど、当初はまだ裸婦像とかが多い時代だったから、公共彫刻にこういう抽象性のある作品を置かせてもらうための説得に苦労したそうです。関根伸夫自らちゃんとプレゼンとかもして。こういった彫刻をたくさん世界中に作ったと。
大北:いや、こういった作品が街に必要であることの説明ってめちゃくちゃ難しそうですよね。大変だなあ。
塚田:まちづくりや公共のアートの視点においても先駆者だったわけです。作品そのものも有名だし、非常に重要だけれども、環境美術研究所の活動があったからこそバブル期にも「彫刻のあるまちづくり」が流行って、パブリックアートがたくさん作られたわけですよ。
大北:ちょっと待ってくださいよ、我々が今この連載をやっているのは「こういう公共にある抽象彫刻を見て我々は何を思えばいいのか?」と思ったことが発端ですよね。それはこの関根伸夫が切り拓いた道だったってことですか!?
塚田:そうですそうです。
大北:うわ……そうだったのか!
塚田:大北さんの疑問の原因を作った張本人だ。
大北:この連載の始祖みたいな(笑)。
塚田:関根がいなければ連載も始まってなかったかもしれませんね。
大北:まるで最終回だ(笑)。「ごん、お前だったのか…」のごんぎつねみたいな気持ちですよ。
コントを書く大北(左)と美術評論家の塚田(右)がお送りしました
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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