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2026.11.04
横浜のフルーツの木が底抜けに明るいのは韓国の歴史を踏まえると理解できる / 連載「街中アート探訪記」Vol.57
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは横浜のみなとみらい駅近くのチェ・ジョンファ作品。パッと見た瞬間に惹きつけられるフルーツという題材と色味。これをじっくり見ていくと、過剰とも言えるようなポップさの背景にある韓国の社会状況が見えてくる。
前回はミューザ川崎でフロリアン・クラールの彫刻作品を鑑賞!
みなとみらいの海に面したフルーツの木
大北:みなとみらい駅から海側に来た臨港パークという場所にやってきましたが、ありました。ここが正面ですね。チェ・ジョンファの《フルーツ・ツリー》。

チェ・ジョンファ 『フルーツ・ツリー』 2001 @臨港パーク
塚田:カラフルですね~。実際に見るとテカテカしてますね。
大北:今日は日差しの反射で直視できないくらいのテカテカさ。新しいものなんですか?
塚田:いや、全然新しくないですよ。2001年ですから25年前の作品ですね。塗り直しが行われているので新しく見えるんでしょう。
大北:屋外に置くものって色は数年で劣化していきますしね。
塚田:だからメンテナンスされたのでしょう。それで作品についてなんですが、横浜トリエンナーレってあるじゃないですか。これは元々第一回の横浜トリエンナーレ2001のために作られた作品なんです。
大北:3年に1回でもう25年なんだ。その後ここに?
塚田:寄託されたパターンですね。そういった作品はちょこちょこありますよね。直島の草間彌生の作品※も展覧会のための作品が恒久設置されたものです。
※草間彌生『南瓜』が「Open Air "94 "Out of Bounds" —海景の中の現代美術展—」で公開された後直島に恒久的に設置

塚田:フルーツ・ツリーと言いながら、スイカやとうもろこしもありますね。科学的には花が咲いた後にできる果実のことを「フルーツ」と呼ぶのでそういう捉え方ってことなんでしょう。
大北:スイカは野菜、農林水産省的な区分ですね(笑)。あ、でもこっちは大根ですか。
塚田:カブかな。ナスもある。
大北:生で食べないものも入ってきましたね。彩りで選んでるのかな。チェ・ジョンファさん、韓国のアーティストですね。

人々を惹きつける圧倒的なポップさ
塚田:横浜トリエンナーレの時はキャッチーな作品として親しまれたようですよ。大きくてカラフルだし。素材のおもしろさと視覚的なインパクトで、あまり現代美術に親しんでない人や子どもにも気に入られそうですよね。
大北:ですよねえ。子どもにもわかるのは強いなあ。
塚田:ちょうど位置的にも横浜駅から見える位置にあったらしく。これだけ目立つものだときっとトリエンナーレの認知アップにも貢献したでしょうね。
大北:親しみやすさというか、子どもが遊具だと思って寄ってきそう。ショッピングモールにある遊戯施設みたいな。
塚田:素材感によるところもありそうですね。この人は日常的にあるものを使い始めたことで韓国で注目されて出てきた作家なんですよ。
大北:へえ~、日常のものを作品に使った?
塚田:韓国国内の美術史の中で「新世代美術」っていう世代のくくりがあるんですけども、1961年生まれのチェは、それの代表的な一人っていう風に言われてるんですね。

軍事政権の韓国美術界にあった2つの潮流
大北:ほう~、他にはどういうものを作ってるんですか? 彫刻?
塚田:パブリックアートとか彫刻とかそんな感じですね。そもそも美術は社会の状況に影響されるところがありますけど、韓国は軍事的な独裁政権の時代が長かったじゃないですか。61年から87年まで。なので韓国の美術界には、背景としてあった軍事政権に抵抗するようにゲリラ的に路上などで展示、活動していた民衆美術(ミンジュン・アート)という運動と、政治とは切り離して純粋に美術を追求しようよっていう単色画(ダンセッカ)っていうミニマリズムに影響を受けた絵画の運動があったんです。
大北:へえ、政治状況と美術といえば、この連載では前にベルリンの壁が崩壊して文化が盛り上がった話が出てきましたね。大崎駅のドワーフ、インゲス・イデー回かな。
塚田:そうですね。そういった社会的な変動をきっかけとして、それまでの価値観ではあんまり認めづらかったものが認められるようになるっていうことはありますよね。
大北:単色画の方はどんなものなんですか?
塚田:東洋の思想をベースにしながら1つの色で画面を構成するみたいな感じのもので、見た目はミニマルアートみたいなんですけれども、ちょっと東洋的な要素も入ってる感じです。

開放感と資本主義的感性を持った新世代美術
大北:なるほど、水墨画とか単色ですよね。しかしその2つだけだと「韓国の美術はえらい偏ってるな」っていう印象があるんですけど。
塚田:もちろん他にも色々あったと思いますが、80年代とかはその2つが韓国美術の中心的な潮流だったんです。それが87年に軍事政権が終わって韓国が民主化する。独裁が終わって、民主的だったり資本主義的な感性を持った「新世代」の若者たちが出てました。いわゆる世代のラベリングですね。日本でも「団塊世代」とかあるじゃないですか。それで韓国の「新世代」というのは、大衆文化だったり趣味だったり個人主義的な消費傾向を示す若者たちのことを指します。
大北:じゃあその後のK-POPにも繋がるような感じかな。
塚田:直接的なつながりは分かりませんが文化的素地のひとつになっているかもしれませんね。
大北:若者文化がわーっと花開いていく時代の人なんですね。
塚田:チェら「新世代」の作家たちはそれまでの韓国国内のアートでは取り上げられてこなかったモチーフや素材を使って明るくてポップな作品を作り、民主化以降の韓国の現代美術シーンで注目を集めるわけです。大衆文化を感覚的に、遊戯的に表現に取り入れたんですね。
大北:反独裁、単色というのはどちらも禁欲的で暗く重いものになりそうですよね。
塚田:そうですね。その2つの大きな視点では抜け落ちていた「資本主義的な生活」を作品として取り上げたんです。ある種マーケット的な作品でもあるかもしれないですね。
大北:マーケット的かあ。市場を表すようなってことですか?

塚田:この作品においても、いろんな果物とか野菜が1つのところにまとめられているところって、スーパーマーケットだったりしますよね。
大北:なるほど、人々がほしがって手が伸びて値段がつけられる場所ですね、マーケット。資本主義をよく表すもの。フルーツって人間が自然界で最も引きつけられる甘みのあるものでもありますし。
塚田:そうですね、果物ですもんね。
大北:美味しいものとか、身体欲求に近いものが、ぎゅっとまとまってますね。原始人からしたら夢の木だよなあ。

塚田:確かにね。しかも人間は品種改良で相当甘くしてますしね。大きくして種もなくしたりとかして。
大北:欲望の結実でもあるのがフルーツかあ。…でも、それがこんなに集まると「馬鹿だなあ」みたいなことになりますよね。短絡的というか「俺の考えた」みたいなネットの定型句とかありますよね。
塚田:インターネット文化に直接接続するわけではありませんが、そういう遊戯的な感覚がチェ・ジョンファにあることは事実です。だからこんな目立つ、「子供でもワーッてなる」ような作品を自ら進んで作ってる。やっぱりそれは政治的なものに縛り付けられたりとか、純粋な美術を追い求めすぎちゃってわからなくなっちゃったりっていう韓国の先行する美術に対する反発でもある。
大北:なるほどなあ。先行した2つの運動を踏まえてなんですね。明るくなるほどに、前の暗さが際立つという…。

塚田:そうですね。チェの作品はプラスチックを連想させるような質感で、あえて安物っぽく、キッチュな見た目をしています。民主化する前の時代は軍事政権だけど経済成長もしていたので、そんな背景で育ったチェにとっては、こういった質感は工業製品として経済成長の象徴だったんじゃないでしょうか。
大北:最近プラスチック調べてたんですよ。日本だと1950年代にいろんな産業でまたたく間に置き換わっていったそうですね。
塚田:その時代を生きた人にとってはいろんなものがみるみるプラスチックになっていくという時代だったんでしょうね。
大北:彼はその後のプラスチックまみれのところからスタートしてるでしょうけど。
塚田:自分にとって工業製品は自然と対立するものではなくて「第二の自然」、もう一つの自然みたいなものだというような発言もチェはしてるんです。チェにとってプラスチックとは、豊かさの象徴であると同時に、高級化する現代美術へのアンチテーゼにもなっているともいわれています。
大北:福岡のニキ・ド・サンファル回では「今や現代の自然は、都市の廃棄物に存在する」みたいな考えが紹介されていましたよね。
塚田:ヌーヴォー・レアリスムですね。工業製品を1つの着地点にしてるという点では一緒ですね。
大北:フルーツばかりの木は「バカだなあ」と同時に皮肉に見えてきますよね。欲望すぎるっていうか。
塚田:そういうところもやっぱりあると思いますよ。日常的なものを高級品に見せるマーケットへの挑戦というか、美術市場への挑戦というか。

チェ・ジョンファが求める「わかりやすさ」
大北:他の作品もこんな感じなんですか?
塚田:全然ちがう作品もありますよ。果物とかのモチーフじゃない作品もありますし、形はバラバラですね。既製品を使ったりするのもある。
大北:一貫してるのはもうコンセプトぐらいですかね。
塚田:コンセプトというか、取り組みは一貫してるなと思います。カラフルで、ぱっと見の分かりやすさをキープしつつ、でもその中にしっかり社会性を読み取れるような形で込めるっていう風な。実際、彼は「みんなが分かりやすいものをどんどん掘り下げていきたい」という思いもあってパブリックアートも積極的に手がけているようですね。
大北:へえ! それはこれもそうですね。読み取りやすいですよね。
塚田:その場では読み取れなくても印象に残る。
大北:そもそものところなんですけど、こうした美術作品においてはパッと見の分かりやすさって重要なんですかね。
塚田:ひとつの評価ポイントではありますね。展覧会を作る人側の視点で言うと、例えば芸術祭とかだと野外でも展示をしたりするので、街やいろんな人を巻き込みたいわけじゃないですか。そういう時に、こういう見た目で観客を惹きつけるような作品があるといいよね、となる場合もある。そうなるとチェ・ジョンファみたいにカラフルな作品が多い作家は力を発揮しやすいし、実際にチェは国際的に現代アートシーンで活躍しています。
大北:ラインナップ的にウケるやつも入れとこうみたいな。
塚田:それこそこの作品が展示されたのは第1回の横浜トリエンナーレですから。初めて開催される芸術祭ってゼロから認知を上げなきゃいけないじゃないですか。その意味でチェの作品はやっぱりよく機能した。だからこそ、こうやって場所を移しても展示されてるんじゃないかなと思います。
大北:なるほどな~。街や行政と一緒になってやるアートプロジェクトとして、そういう要請はありますよね。やっぱり大衆にウケて欲しいよな~って。
塚田:芸術祭の規模とかコンセプトによって、そういうものが全く求められない場合も全然あるんですけどね。

大北:作家における「わかりやすさ」の葛藤ってどんなんなんでしょうね。各作家それぞれなんでしょうけど。
塚田:チェ・ジョンファのこうしたスタンスはそのキャリアに関連付けて考えられるかもしれません。彼は普通に美術を学んでたんですけれども、1回インテリアデザインの会社に就職したんです。純粋なアーティストではなく、広くデザインの世界で実務経験を積んでいたんですね。
大北:へえー。サラリーマン的な。
塚田:そこでイベントとかカフェとか、ファッション関係のストアの運営とかプロデューサー的な仕事もしていたらしく。その経験が、人を巻き込むことの重要性に繋がってる可能性もあるんじゃないでしょうか。
大北:仕事としてお客さん呼んでた後、自分でも作り始めた。
塚田:研鑽を積んでた時代と、韓国が民主化するタイミングがちょうど合致して、自分の表現っていうものを見つけられたんじゃないかなと思います。

自ら動くアジアのアーティストたち
大北:この連載において韓国の作家は初めてですかね。美術全体でアジア圏はどうですか? 盛り上がってますか?
塚田:かつて中国が急成長している時はアートの市場もすごく大きかったんですよ。10年くらい前ですかね、中国に美術館がたくさんできてた時代を経て、今は定着をしていると言ってもいいですね。
大北:アジア作家も世界に広がってるんですか?
塚田:グローバルなマーケットで知られてるかっていうと、必ずしもそうじゃないですね。中心が西洋っていうのは動いてないけれども、一定のシェアが出来上がったのが21世紀以降で。それらが伸びて、ある程度のシェアを占めるようになったのが現在ですね。
大北:そうか、自国にマーケットがあることと西洋で評価されたり、消費されるかどうかは別か。
塚田:だから欧州や北米の美術館で展示をやったり芸術祭に呼ばれたりしないといけないんですよね。西洋から来てくれるわけではなくて、僕たちから行かないと。インタビューを読んでて面白かったのが、チェが90年代前半に活動し始めた頃は「一回日本を経由した方が世界に出ていきやすい」っていう状況があったんですって。
大北:あ~、あれだ。KリーグからJリーグ経由でヨーロッパ行きだ。
塚田:そんな感覚でしょうね。そういう流れがあったから、自分でイベントの企画をやる時に日本のアート関係者を呼んだんです。のちに森美術館の館長になる南條史生さんとかそういった方と交流して、後に自分を日本に呼んでもらうことによって活動の足がかりを得た。グローバルな活動の基盤を築くのってなかなか一足飛びにできるようなことじゃないんだなっていうのは感じますね。
大北:ちゃんと日本の鍵となる人物を呼んで。しっかりやる人なんですね~。マーケットも含む美術界でちゃんと関係性を築いてる。そんなチェさんらがマーケットらしさを表現してるのは、軍事政権があったから。明るく見えるほどに、歴史の暗さが際立つというわかりやすくも深みのある作品ですねこれ。すごい。

ユーモアの舞台を作る大北(左)と美術評論の塚田(右)でお送りしました
〈臨港パーク〉
横浜・みなとみらい地区に位置する臨港パークは、横浜港を一望できる開放感あふれる海辺の屋外スペース。パシフィコ横浜に隣接し、芝生広場、南口広場、潮入りの池などがあり、みなとみらい地区最大の緑地です。パーク内には広大な芝生広場や石畳の広場、海沿いの遊歩道などが整備されており、散策や休憩などに利用されています。また、イベントの会場としても活用されるなど、みなとみらい地区の代表的な公共空間のひとつです。
https://www.pacifico.co.jp/outdoor/rinko-park
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。京都精華大学非常勤講師。 写真 / 若林亮二
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