- ARTICLES
- アーティスト 鈴木ひょっとこ 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.36
SERIES
2025.04.16
アーティスト 鈴木ひょっとこ 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.36
Edit / Eisuke Onda
独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動する、とに〜さんが、作家のアイデンティティに15問の質問で迫るシリーズ。今回は浮世絵の世界に現代の生活用品をモチーフとして描く、鈴木ひょっとこさんにお話を聞いた。
アーティスト 奥田雄太 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.35 はこちら!
今回の作家:鈴木ひょっとこ
東京都在住の画家。浮世絵に描かれたユーモア、風刺表現に影響を受け、時代と共に変化していく家電製品や飲食物といった人間に消費される生活用品をモチーフに、現代と昔とが融合し、アニメーションのような躍動感やストーリーを込めた「家電図」他、絵画作品を発表しています。2003年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科入学(三年次転学科) 。2007年、武蔵野美術大学造形学部映像学科アニメーション専攻卒業。 2013年、GEISAI#18 4位入賞。2019 年、illustration誌(玄光社) 第210回TheChoice 入選。2020年、illustration誌(玄光社) 第215回TheChoice 入選。2020年より個展、グループ展参加多数。2024年、「tagboat ART SHOW」大丸東京店、「Affordable Art Fair HongKong」香港会議展覧中心 (香港) 。2025年、個展「state of flux」tagboat。
《家電図 鯨食器洗ひ之図》
左《家電図 ウォシュレット》、右《家電図デジタルパーカッション》
《家電図ターンテーブル》
鈴木ひょっとこさんに質問です。(とに〜)
皆さまはNHK大河ドラマ『べらぼう』を観てますか? 自分は今、どハマり中で例年以上に浮世絵熱が高まっています。そんな中、この連載に登場してくれたのが、主に浮世絵をモチーフにした作品で大人気の画家、鈴木ひょっとこさん。浮世絵を題材にした現代作家は少なくないですが、浮世絵の世界と現代の日用品(主に家電)をユーモラスに融合させるのはおそらく彼女ただ一人でしょう。歌川広重の《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》の雨の表現をバーコードに見立てたり、葛飾北斎の《諸国滝廻り相州大山ろうべんの滝》の滝を巨大なビールサーバーに置き換えたり。そのウィットに富んだ発想はどうやって生まれているのか? 15の質問で迫ってみたいと思います。
Q01. 作家を目指したきっかけは?
小さい時から絵を描くのが好きでしたので、漠然とプロになりたいという気持ちを持って武蔵野美術大学に進学しました。

油絵学科に入学して絵を描き続けるも、アニメーションの実験映像作品に影響を受けて、3年時に映像学科アニメーション専攻に転科したひょっとこさん。「当時はチェコアニメが日本でも盛んに上映されていて、東欧系の作家のヤン・シュヴァンクマイエルですとか、カレル・ゼーマン、ユーリー・ノルシュテインに影響を受けました。日本だったら杉井ギサブロー監督のアニメ『銀河鉄道の夜』(1985)も好きでしたね。音楽を担当したのは細野晴臣。そういう変わったアニメに夢中になりました。静止した絵画ではなく、アニメのような時間の流れを表現したいと思って、アニメーターを志しました」

大学卒業後はアニメーターとしてテレビ番組の映像制作を行うも、「その会社はすごく良かったんですが、やっぱり自分の作品を作らないと作家にはなれないと思ったので退社しました」と。家電メーカーのデザイン部の派遣や、美術館の受付などで仕事をしながら、絵画、アニメ、彫刻、和雑貨、アニメーション、インスタレーションなどを制作。「模索してたんで、なんというか絵も含めていろんな表現をしましたね」
Q02. もしも作家になってなかったら、今何になっていたと思いますか?
美大生時代に人形劇の同好会をやっていたこともあるので、人形劇団員を志していたかもしれません。

2013年の「GEISAI#18」に出展したインスタレーション作品。人形の口を覗き込むとアニメーションが上映されている

そのアニメーションとは白雪姫の外見が変わっていく映像。「昔は豊満なおたふくのような女性が美人のイメージでしたが、飽食の時代になるとモデルのような痩せている方が美人とされるようになって。価値観が入れ替わることを風刺した作品です。実は人形の着物の柄がアニメの1コマ1コマになっています」
Q03. 作家名を“ひょっとこ”にした理由は何ですか?
ひょっとこのお面の造形が好きであるのはもちろんですが、ユーモアがあり和風であること、ひょっとこは「ヒョウトクス」という竈の神様に由来しているそうで縁起物の意味もあり、自分もそういう作風を目指したいと思ったからです。

ひょっとこさんの自宅兼アトリエの壁にかけられたひょっとこ
Q04. 青春時代、一番影響を受けたものは何ですか?
10代後半〜30歳頃までだとすると、一番というのは選び切れないですが、思い浮かぶのは、20代前半までは1970年代頃の音楽や漫画、人形劇、アートアニメや実験映像と呼ばれるジャンルの映像作品等です。かつて高円寺にあった昭和レトロ雑貨店「モリノ」に並ぶ、可愛い以外にも、良い意味で不可解な謎デザインの雑貨の数々にもとても刺激を受けました。ライブハウスにもよく行っていました。
20代後半からは浮世絵や絵巻の作品を特によく見たり、京成立石の居酒屋「たみちゃん」のすすめで盆踊りに夢中になりました。
(これは日本の民俗への興味が強まり、30代に神楽見たさに一時九州に移住したり、各地に観に行くようになったきっかけだったのだと思います)

デスク付近にあった個性的なフィギュアと雑貨。「好きなものが色々とあるんですけど、30代でハマった神楽は最高でした。舞手も観客も地元の人同士、夜通し演目をやるんです。お酒を呑みながらわいわい見るグルーヴ感が心地良くて。舞台に飾られた『ざぜち』という切り紙の紋様や舞手さんたちの衣装から日本的な美意識を吸収できた気もします」
Q05. 浮世絵をモチーフに選ぶようになったのはなぜですか?
アニメーションのようなストーリーと時間の流れのある絵画表現を模索するうちに、風刺やユーモアのある浮世絵や絵巻に影響を受けました。

「浮世絵は幼い頃からお茶漬けのパッケージで親しみがありましたが、いつから好きになったかと言われると、きっかけは思い出せません。そういえば学生時代、一度だけユーリー・ノルシュテインの授業を受けたことがあるのですが、その時の課題は浮世絵をカメラで撮影してアニメーションとしてみせること。その時の印象が残っているのかも」。作品は《家電図 電動歯ブラシ襲来》
Q06. 一番最初に描いた浮世絵モチーフ作品はどんなものですか?
《家電図 洗濯機》2011年頃の作品です。その頃はインバウンドで日本のお土産に家電製品を買っていく旅行者も多く、一方で古来の和風を象徴する浮世絵があり、これらの新旧の「日本らしさ」にギャップを感じており、これらを融合するというテーマで、洗濯機の水流が浮世絵の中でも特に有名な葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の波のようになっているという絵を描いたことが始まりです。

「家電メーカーで働いていたことも今に活きているのかもしれません。電化製品って日常的なものだと思うんですけど、メーカーで働くことで、エンジニアの努力を体感しました。製品から人の思いを感じるようになりました」《家電図 ドラム式洗濯機から錦鯉~落葉時雨~》
Q07. もっとも好きな浮世絵師は誰ですか?
すみません、それぞれの魅力が溢れておられるので、一人だけ、というのを選ぶことができませんが、強いて言いますと、歌川広重の突飛な構図の取り方、小人の可愛らしさ、歌川国芳の奇抜な発想、脈動感、葛飾北斎の精緻な描写力とダイナミックから静謐の描き分け、歌川広景の元祖浮世絵パロディのユーモア、に多々感動しています。

Q08. もし、江戸時代にタイムリープしたら、何をしたいですか?
もっとも好きな浮世絵師の答えに挙げたような、浮世絵の大師匠達にお会いしてみたいです。
Q09. モチーフとして特にお気に入りの家電があれば教えてください。
自分が好きなもの(水流、音楽、飲み物、香り)にまつわる家電を含む電化製品はよく絵に登場しています。洗濯機、ターンテーブル、シンセサイザー、ビールサーバー、アロマディフューザー等。

松尾清憲、鈴木慶一によるユニット・鈴木マツヲの1stアルバム『ONE HIT WONDER』のCDジャケットに起用されたひょっとこさんの作品《音の海辺に遊ぶ人々》
Q10. スイーツが登場する作品も多いですよね。料理や食材でなく、スイーツをモチーフにするのはなぜですか?
家電と同様に食べ物も人間に消費されるものですが、特に、スイーツがカラフルで作風にあうと思ったのもありますが、食べ物の中でも流行の動きもあったり、その時々の時代が投影されがちなものだからです。

「いっとき脚光を浴びて、やがて新しいものの登場と共に忘れられがちな家電や流行のスイーツに、消費している側である人間自身を投影しているのだと思います」《家電図 ソフトクリームサーバーから蛇達》
Q11. 好きなお笑いは?
装丁画や手ぬぐい絵柄を描かせていただいた林家彦いち師匠の落語会をきっかけに時々寄席にも行っています。レトロなところですと、ジャック・タチの映画のおとぼけな笑いも好きです。お笑いの世界もこれからもっと知りたいなと思っています。

TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』の林家彦いち師匠の出演コーナー『ネタおろし生落語「彦いち噺」』の内容をまとめた書籍『瞠目笑』(パイインターナショナル)。その装丁画をひょっとこさんが担当。作業デスクにはステッカーが貼られていた
Q12. アトリエの一番のこだわり or 自慢の作業道具など
特別な道具とかはあんまりないんですが、忙しいスケジュールでも見る度に和む、大好きな動物のミーアキャットのカレンダーを毎年新調して使っています。


写真左上はお気に入りのカレンダー、右上はミーアキャットが髑髏になったひょっとこさんの作品《平清盛ミーアキャットを見ず》、下はひょっとこさんのパートナーでイラストレーターの田川秀樹さんが描いた作品
Q13. 職業病だなぁと思うことは?
家電や日常品に対して、例えば、家で使っているコーヒーメーカーが最後の一滴を入れた時に構造的にゴボッという音を立てるのですが、それが沢山のコーヒーを出し過ぎて、機械が疲れて咳をしているように思ったり、電子レンジがうまく稼働しない時、(最近綺麗に使ってないから)怒ってるんだな、など、勝手にものの性格や感情を想像しがちです。
Q14. 自分を家電に例えると何ですか?
頑張りすぎてある時急にぶっ倒れる、ということを時々やりがちですので、過熱防止機能が壊れているトースターでしょうか......。

「会社で働いていた頃に、『このパソコンもそろそろ買い替え時だな』と上役の方が話しているのを聞いて、私も機械達も同じコマなのだな、と 不思議と親近感が湧いていました」
Q15. 無人島に一つだけ家電を持って行けるとしたら何を持って行きますか?
懐中電灯機能付きラジオです。これで、寂しくなってもラジオで話や音楽を聞けるし、夜の灯りになるので締め切り前の徹夜の描画も安心してできそうです。これ自体がモチーフにもなりますね。


ひょっとこさんの作品はどれも、画面から楽しく賑やかな雰囲気が伝わってきますが。雑貨に民芸品にミーアキャットに、ひょっとこさんのアトリエの写真からも楽しく賑やかな雰囲気が伝わってきました。
そして、質問のご回答からは、家電愛・浮世絵愛がひしひしと伝わってきました。好きな浮世絵師の名で歌川広景(*)を挙げるなんて、マニアならではですね!僕も広景の『コロコロコミック』テイストのお笑いが好きです。
これからも新作を楽しみにしております。くれぐれもお身体には気を付けて。無人島ではさすがに仕事は休んでくださいませ(笑)。(とに〜)
*歌川広景・・・歌川広重の弟子。広重の《名所江戸百景》をパロディした《江戸名所道戯尽》シリーズが代表作
Information
tagboat Art Fair 2025
■会期
2025年4月19日 (土)~4月20日 (日) ※4月18日は招待制
■パブリックビュー
4月19日 (土) 11:00~19:00
4月20日 (日) 11:00~17:00
■会場
東京都立産業業貿易センター浜松町館 展示場2階
(東京都港区海岸1-7-1 東京ポートシティ竹芝)
■入場料
1,500円(入退場自由)
ARTIST

鈴木ひょっとこ
画家
東京都在住。浮世絵に描かれたユーモア、風刺表現に影響を受け、時代と共に変化していく家電製品や飲食物といった人間に消費される生活用品をモチーフに、現代と昔とが融合し、アニメーションのような躍動感やストーリーを込めた「家電図」他、絵画作品を発表しています。2003年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科入学(三年次転学科) 、2007年に武蔵野美術大学造形学部映像学科アニメーション専攻卒業 。2013年にGEISAI#18 4位入賞、2019年にillustration誌(玄光社) 第210回TheChoice 入選 、2020年にillustration誌(玄光社) 第215回TheChoice 入選、個展「COOL絵図」を名古屋松坂屋で開催。2021年に個展「ebullient」を森美術館ショップで開催。2022年に個展「春風モード」を石川画廊で開催、個展「Spin on」をtagboat / 阪急メンズ東京で開催。2023年に「ONE ART TAIPEI」JR東日本大飯店台北(台湾) 、「名画の旅 江戸から現代まで -リアルアート体験 美術館へ行こう-」足利市立美術館に参加、個展「彼方&release」を六本木ヒルズA/Dギャラリーで開催。2024年に「tagboat ART SHOW」大丸東京 、「Affordable Art Fair HongKong」香港会議展覧中心 (香港)に参加。 2025年に個展「state of flux」をtagboatで開催。
DOORS

アートテラー・とに~
アートテラー
1983年生まれ。元吉本興業のお笑い芸人。 芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、現在は、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動。 美術館での公式トークイベントでのガイドや美術講座の講師、アートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など、幅広く活動中。 アートブログ https://ameblo.jp/artony/ 《主な著書》 『ようこそ!西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ』(誠文堂新光社) 『名画たちのホンネ』(三笠書房)
新着記事 New articles
-
NEWS
2025.04.17
現代アーティスト・KOAZUKIが銀座で個展を開催 / 自分自身の「True Self」を探る新作に注目
-
SERIES
2025.04.16
アーティスト 鈴木ひょっとこ 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.36
-
SERIES
2025.04.16
大阪万博に行くならフンデルトヴァッサーを見てから / 連載「街中アート探訪記」Vol.39
-
SERIES
2025.04.09
意味だらけの世界には「余白」が必要。twililight店主・熊谷充紘の本から広がったアートの世界 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.34
-
INTERVIEW
2025.04.09
生命はすべてを手渡し、つないでいく。福岡伸一とAKI INOMATAが「火の鳥」から考える「人と生き物の関係」
-
NEWS
2025.04.09
アーティスト5名による作品展が銀座で開催 / 独自の芸術表現で、日常の一瞬が新たな輝きを放つ