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INTERVIEW

2022.06.17

居場所としてのアートホテルが地域にもたらすものとは?/ 「居場所のかたち」田中仁×新井まる対談

Text / Rui Minamoto
Photo / Ayaka Oi
Interview / Maru Arai

アートの新しい居場所として、アートホテルが次々に誕生している。中でも単なるアートホテルとして以上に、地域に新たなコミュニティとしての居場所としても機能しているのが「白井屋ホテル」だ。

館内には、〈スイミング・プール〉で知られるレアンドロ・エルリッヒのインスタレーション『Lighting Pipes』をはじめ、ローレンス・ウィナー、杉本博司、ライアン・ガンダーなどの作品が至る所に展示されている。

同ホテルは、取り壊しの危機に瀕していた、かつて創業300年を歴史を誇った「白井屋旅館」をリノベーションするかたちで2020年の末に開業。地域住民にとって馴染み深い跡地を、街の新たなコミュニティ拠点として生まれ変わらせたのが、アイウエアブランド「JINS」の代表・田中仁さんだ。

「アートデスティネーション」とも称される同ホテル。“アートの居場所”と、“訪れる人の居場所”とが重なる空間を創った田中さんに、DOORSでアートマガジン「ARTalk」代表の新井まるが話を聞いた。

©Katsumasa Tanaka

人との出会いが生んだ、アートデスティネーションホテル

新井:昨日から白井屋ホテルに滞在させていただきました。海外アーティストから地元作家の作品まで、施設の至るところでさまざまな現代アートを楽しめますがどこか一貫したトーンがあって、居心地が素晴らしかったです。

田中:ありがとうございます。正直、最初はこんな形態のホテルになるとは思っていませんでした。そもそも、地元である前橋を訪れる機会自体は多かったのですが、ビジネスホテルばかりで、自分が泊まりたいホテルがないのが不満でした。

でも、このホテルの再生プロジェクトを担うことになって、「どうせやるなら、自分が泊まりたいホテルをつくろう」と決めました。私にとって“居場所”とは、リラックスできて、自分らしくいられる場所ですが、そんなイメージです。

ここ(ラウンジ)は、4層吹き抜けの天井から自然光が降り注ぎ、たくさん設置されている植栽と相まって、室内ですが屋外のような、気持ちのよさがある空間になりました。

新井:そんな開放的な雰囲気の中で、館内の様々なアートを眺めるのは、美術館やギャラリーとは一味違った体験でした。そもそも、田中さんがアートがお好きだったことから、白井屋ホテルでも現代アートが重要なファクターになっているのでしょうか?

田中:いえ、もともと建築やデザインには関心がありましたが、アートはそこまで興味がなかったんですよ。転機となったのは、JINSのコーポレートアドバイザーとして就任いただいていた、アーティスティック・ディレクターの藤本幸三さんとの出会いです。

藤本さんと海外出張に行くと、空いた時間に、現代アートの美術館やギャラリーを一緒に巡るようになりました。最初は連れて行かれるがままでしたが、藤本さんが心から嬉しそうにアートに親しんでいる様子をみて、アートに何か特別なものがあることはおぼろげながら感じ始めました。

そうしているうちに、2014年からホテルプロジェクトが進んでいって。ホテルの全体設計を藤本壮介さん(*1)が引き受けてくださったり、JINSの仕事で交流のあったジャスパー・モリソンさんやミケーレ・デ・ルッキさんが、地域活性への想いに賛同してくれて、コラボレーション参加してくれたりと、徐々にプロジェクトメンバーの輪が広がっていきました。

レアンドロ・エルリッヒさんもその一人。彼とは森美術館での展示(*2)をやっているときに、日本橋の鮨屋で一緒に飯を食べたんです。そのとき、ホテルプロジェクトの話題になりました。すると、レアンドロが「俺は藤本壮介のファンだから、彼が建築するホテルはぜひ見てみたい。今週の日曜日は空いてるか?」と言うのです。週末には前橋にやってきました。

*1......日本を代表する建築家の1人。白井屋ホテルは「National Geographic Traveller Hotel Awards 2021」に入選
*2......「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」(2017年11月18日~ 2018年4月1日開催)

藤本壮介さんの建築と、レアンドロ・エルリッヒさんのパイプ作品が見事に調和している。

新井:すごいスピード感ですね!

田中:そうなんですよ。藤本さんの建築計画の初期段階、つまり、既存の建造物を残しながらもまったく新しいものを創造しようするプロセスを自分の目で見てくれました。そして、レアンドロの方から、ラウンジ全体に縦横に広がるパイプアートのアイデアを提案してくれたんです。それが実に面白くって、採用することにしました。

そうして導かれた館内の吹き抜けとのパイプアートが織りなす空間を見て「これはもう現代アートに振り切ってしまおう」という気持ちになりました。実は、アートについては当初、レセプションやラウンジに置くことは考えていましたが、客室はリトグラフを飾ればいい、というぐらいに思っていたんです。でも、アートについては一つも手を抜かずに、本物にこだわろうという気持ちに至りました。

宮島達男『Life (le corps sans organes)- no.17』 2013、『Life (le corps sans organes)- no.10』2014©Shinya Kigure

それから、リアム・ギリックさん、ライアン・ガンダーさん、白川昌生さん、宮島達男さん、杉本博司さん、安東陽子さんなどのアーティストにも作品を通して参加していただき、それぞれ場所を担当していただくことで、ホテルが形づくられていったのです。

 


カフェラウンジや八百屋さんで楽しめるアートを

杉本博司『ガリラヤ湖、ゴラン / Sea of Galilee, Golan』1992©Katsumasa Tanaka

新井:ある意味、レアンドロさんがきっかけとなり、白井屋ホテルの指針が定まっていったんですね。アートホテルの可能性については、どのように感じていらっしゃいますか?

田中:プラスとマイナスがあると思います。アートが好きな人にとってはもちろん吸引力になりますが、特別アートに興味を持たない人からすれば、自分の泊まるホテルではないと認識されてしまう可能性もあります。本当はそんなことはないのでしょうが、アートはまだまだ敷居が高い部分があるのかもしれません。

新井:そうですね。私も敷居が高いと思われがちなアートを、もっとカジュアルに楽しめるようにという想いで、アート専門webマガジン「ARTalk」を立ち上げてから、早いもので9年目になりました。

ただ、以前は「アート?」と見向きもされないことが多かったのですが、ここ数年は何かとアートが話題にのぼったり、気軽におうちにアート作品を飾る人も増えてきましたよね。ARToVILLAも今年ローンチしました。少しずつですが盛り上がりを感じています。

田中:最近はアートを購入する人も増えてきているそうですね。白井屋ホテルもそう考えますが、アートはもっと日頃の生活動線上にあっていいと思います。一般的には、入場料を払ってわざわざ鑑賞するアートが多いじゃないですか。

たとえばこのラウンジでは、コーヒー一杯で現代アートに触れられます。宿泊者でなくとも、ラウンジに来ればレアンドロ、レセプションに来れば杉本博司、外からはいつも宮島達男の作品がみられます。

そんな風に、人の自然と目に入る位置に現代アートが増えれば、もっと身近になるんじゃないかと思うんです。これは白井屋ホテルだけでなく、前橋全体の開発においても同様の想いです。

街中にある岡本太郎のパブリックアート『太陽の鐘』

新井:昨日は、ホテル周辺にある岡本太郎のパブリックアート『太陽の鐘』を拝見しました。あの作品は、白井屋ホテルのプロジェクトが進行中の2018年、前橋の街づくりのビジョンのシンボルとして披露されたと聞きます。これからさらに、街中で現代アートに触れられるようになるのでしょうか?

田中:えぇ、今後の開発の中で、街の中にギャラリーコンプレックスができる予定もあります。極端な話、野菜を買いに行った先の八百屋さんや、パスタを食べに行った先のイタリアンに、心弾ませるアートコレクションが置いてあるというような、それぐらいのことができないかと模索しています。

たとえば、50号線に面したローレンス・ウィナーのタイポグラフィ。あれを目にした人からは当然、色々な反響が寄せられるわけです。「あの国道からみえる看板は、何かのポップアップですか?」とかね。でも私だって、アートの世界に足を突っ込んでいなかったら、「なんだあれ?」と感じるのかもしれません。

そのような違和感も含めて、アートに興味がない人も巻き込んでいることだと思うんですよ。そういう仕掛けがこの地域全体でできればいいと考えています。

群馬県前橋市の中心部を貫く国道50号線沿いに、意表を突いたように現れるポップな看板。現代美術家・ローレンス・ウィナーのタイポグラフィを皮切りに、訪れる人々を出迎えるのが「白井屋ホテル」だ。

 

「開発されていないからこそ、新しい価値が育める」という勝ち筋

新井:街づくりにおいて、アートにはどのような可能性を感じていらっしゃいますか?

田中:ともすると私たちは、自分の生き方を含めて、常識に支配されてしまいがちじゃないですか。アートはそうした状況に対し、さまざまな問いを投げかけてくれるものだと感じています。もっと違った視点で物事を考えていいとか、人と同じじゃなくていいとか。

新井:ほんとうに、そうですよね。私もアートは、気づきや問いだなあと思います。

田中:JINSのビジョンは「Magnify Life(マグニファイ ライフ)」で、「アイウエアを通じて、見るものだけでなく、人々の人生をも拡大し、豊かにしたい」と想いから始まりました。これまでは人の可能性を中心に考えてきましたが、現在は、人と社会、人と地域の可能性をひらくことも企業活動に欠かせないことと捉え、店舗づくりなどに反映させています。

私個人の活動においても、人と地域の可能性を広げることに関心があり、「群馬イノベーションアワード」や「群馬イノベーションスクール」の立ち上げ、このホテルや前橋の街づくりに関わっていきました。

「Magnify Life」が会社と個人の活動に通底するもので、従来の枠組みを超え、人や地域の可能性を拡大させるために、アートの力は大きく寄与すると直感しています。

白井屋ホテルの敷地内にあるベーカリーは地元の人たちで毎日賑わうのだそう。©Shinya Kigure

新井:本業だけでもお忙しいのに、前橋の活性化にも積極的に関わっていらっしゃって、パワフルさに驚かされます。しかも、白井屋ホテルの資金は、田中さん個人の資産から拠出されているそうですね。それはやはり前橋が、田中さんにとっての地元、居場所だからでしょうか?

田中:そこは結構、難しいんですよね……。手放しに自分の地元が大好きっていう人って、実はそんなにいないと思うんです。私も決して嫌いではありませんが、「すごい地元愛、前橋愛ですね」と言われると少し違和感がありました。

ただ、かつては生糸産業で繁栄した前橋が、県庁所在地がある都市の中で路線価が最下位にランキングしていたり、前橋の商店街が「シャッター通り商店街」の代表例として社会の教科書に載ったり。そのような現実を目のあたりにするうちに、意識が変わりました。

「この開発のされなさ加減は今、一周まわってトップを走っているのではないか」と。新幹線が走る街ではたいてい、駅ビルを中心にペデストリアンデッキ(高架歩道)が連なるような20世紀型の開発が進んでいますが、私には魅力的に思えないんです。

現在の前橋は確かに寂れているけれど、“レトロな街”ともいえる。そんな街はむしろ新たな価値をつくりやすいのかもしれないと、なんとなく勝ち筋が見えたんです。中途半端な開発では他に勝てないけど、本気でやったら可能性があるんじゃないかと思って、私も本気で街づくりに関わっていくことにしました。

新井:ビハインドから勝ち筋を見出す、起業家ならではの視点に感じます。

田中:0から1、1から10と、育てていくのは好きですね。前橋の街づくりビジョンも「めぶく。」(2016年制定)です。ドイツのコンサルティング企業が前橋を分析した際、特別なものはないけれど、「Where good things grow(良いものが育つ土壌があるまち)」として英語で定義しました。それを前橋出身の糸井重里さんが日本語で解釈し直したのが、「めぶく。」。

私もこの「めぶく。」のビジョンを白井屋ホテルのプロジェクトにも反映しました。しかし、当初は期待と同時に「田中が何かふわふわしたことを言ってる」といった反発も少なからずありました。

 

アーティストのような“人真似しない”街づくりを

商店街で一際目をひくレンガ造りの人気店たち。

田中:その後、ビジョンに基づくプロジェクト(*3)の一環で、商店街にパスタ屋さんや和菓子屋さんができて、人気店に育っていく過程で徐々に風向きが変わってきました。そして、決定的だったのはこのホテルの完成です。

*3..... 「前橋市アーバンデザイン」のこと。.ホテルからすぐの前橋中央通り商店街の一角に並んでいる3店舗は、いずれも注目の建築家が設計を手がけ、レンガなどの共通した素材がデザインに用いられている

地域内の方々にもホテルに来ていただく機会をつくったのですが、ビジョンを具現化したものを見てもらうことではじめて、「あぁ、田中がやりたかったのはこういうことなのか」という理解につながった気がします。今では地域にも仲間が増えました。

たとえば、ホテルのヘリテージタワーは最上階まで大きく吹き抜けにして、本来多数の客室を収容できたところを、17室まで大幅に減らしています。経営面だけ考えたらあり得ない選択でしたが、「本気で価値をつくりにきている」ことを伝えられたかもしれません。

新井:形でみせるのが大事なんですね。私も実際にホテルを訪れて、お子さん連れのお母さん達が現代アートに囲まれながらランチを楽しんでいる様子などを見ていて、この場所が地域にひらいているのを感じました。

周辺も散策してみると、商店街は確かにシャッターが閉まっているところが多かったのですが、街中には、古いものから新しいものまでレンガ造りの建物が多い印象で、川も流れていて気持ちがよかったです。デザイン性の高いお店が商店街で一際目立って行列ができていたりして、新しい流れがすでに始まっていますね。

「都市再生推進法人(一社)前橋デザインコミッション」HPより引用

田中:足を運んでいただいたゲストの方にはよく、「ホテルの話と思って来たけれど、これは街づくりの話なんですね」と言われます。ちなみに煉瓦の建物は、生糸産業で栄えた頃の名残であり象徴です。今後、ランドスケープデザイナーに依頼し、ホテル裏の馬場川沿いを緑化したり、赤煉瓦で敷き詰める予定があります。

また、シャッター商店街の状況を変えるため、有名企業の前橋発の新業態の計画も動いています。今はビフォア・アフターのビフォアです、これからどんどん盛り上がっていきますよ。

新井:ゼロイチの街づくりを行う、モデルシティになっていきそうですね。

田中:前橋はどこかの街を目指すのではなく、スタートの街でありたいと思います。アーティストって人真似しないじゃないですか。私も人真似しないで、前橋の街づくりに参加していきたいという気持ちがあります。

本業においても、アートからのインスピレーションは多く受けています。従来のアイウエア業界の範疇にとどまらず、JINSというアーティストが、社会彫刻をしているかのような先進的な店づくりをしていきたいですね。

新井:さきほどのお話にもでましたが、私はアートを気づきや問いと捉えているのですが、田中さんのようなゼロイチに挑む起業家の方と、アートには共通するものを感じます。

田中さんが接着剤のように、地域と人とアートをつないで、新しい居場所をつくられているような感覚をおぼえました。これからの前橋がどのように変わっていくかほんとうに楽しみです。今日は勇気の出るお話をありがとうございました!

ホテル入口横のリアム・ギリック作品の前にて

DOORS

田中仁

株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEO 一般財団法人田中仁財団代表理事

1963 年群馬県生まれ 1988 年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立 し、2001 年アイウエア事業「JINS」を開始。 2013 年東京証券取引所第一部に上場(2022 年 4 月から東京証券取引所プライム市 場)。 2014 年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロ ジ ェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。 現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。 慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。

DOORS

新井まる

話したくなるアートマガジン「ARTalk(アートーク)」代表 / 株式会社maru styling office CEO

イラストレーターの両親のもと幼い頃からアートに触れて育つ。大学では文化人類学、経営経済学を学ぶ。在学中からバックパッカーで世界約50カ国を巡る旅好き。広告代理店勤務の後、人の心が豊かになることがしたいという想いから独立。2013年にアートをカジュアルに楽しめるwebマガジン「girls Artalk」を立ち上げる。現在は「ARTalk(アートーク)」と改称し、ジェンダーニュートラルなメディアとして運営。メディア運営に加え、アートコンサルティング、企画・PR、教育プログラム開発などを通じて、豊かな社会をめざして活動中。https://www.instagram.com/marumaruc/ ●話したくなるアートマガジン「ARTalk(アートーク)」http://girlsartalk.com/

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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