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INTERVIEW

2022.06.17

場所に依存しないコミュニティがアートを自由に。
キュレーター・丹原健翔がフィジカルとバーチャルの狭間で考えた「居場所のかたち」

Interview&Text / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda

美術館や画廊ではなく商業施設や学校、ストリートなど、オルタナティヴな場所に展示空間をつくること、はたまたNFTアートやVRなど技術革新を経てオンラインで展示を行うことなど、ここ数年で、アートを発表する場所はダイナミックに変化を遂げている。

その変化の波を見極めて、斬新な場所を作り続けるのが、キュレーターの丹原健翔だ。ハーバード大学を卒業し、自身もアーティストとして活動し、アートの展覧会やイベントの企画を行うアマトリウム株式会社代表も務めている。そんな多彩な彼の活動で一環としているのは、アーティストのために「居場所」をつくること。

その根底にある思想は、これまでに手掛けてきたオルタナティブスペース「新大久保UGO」、NFTを活用しながらフィジカルとバーチャルの展示空間をつくった「Meta Fair #01」にも色濃く反映されている。いったい彼は、目まぐるしく変化するアート・シーンをどのように見つめ、そして新しいアクションを起こしてきたのか? 

集まって支え合う、アートの居場所

丹原が立ち上げに関わった「新大久保UGO」は多様な人々が集まる新大久保の町で、アーティストが集まりアトリエ、ギャラリー、バーを運営した。写真:UGO

――丹原さんはアーティスト / キュレーターでありながら、2020年から東京・新大久保のアートスペース / コミュニティーセンターの「新大久保UGO」立ち上げ・運営に携わってきました。今年の2月に惜しまれつつもクローズしましたが、UGOは日本のアート業界の一つのトピックとしても重要な意味を持つスペースであったと思います。オルタナティブなアートスペースの必要性をどのように感じていますか?

美術・社会に向き合う議論を安全に行える場が日本にはあまりないと感じていたことがUGOを立ち上げたきっかけです。ほかにもコロナ禍で人々の交流が難しくなっていくなかで、特に若いアーティスト(僕たち含めですが)や高校卒業後すぐに上京して作家をめざしている人たちにとって、仲間と出会えてつながりができる場の必要性も感じていました。僕自身、学生時代に似た考え方や問題意識をもつ仲間のいる「居場所」というものに救われた部分が多かったので、それを提供できる場をつくりたかったのです。イベントなども行うことでUGOは多くの人たちにアートスペースとして認知をされましたが、その軸にあるのは「みんなで集まって支え合える場」でした。

施設内には展示スペースがあり、その中央に大きなテーブルが設けられる。ここでメンバーが打ち合わせをすることもあれば、町住民のコミュニティとして機能することも。また、室内に設置されていた冷蔵庫は中に入っている食材などを自由に誰でも受け取れる「コミュニティフレッジ」が導入されていた。写真:UGO

――アーティストが支え合える場を、多様な背景を持つ方々がいる多文化共生の街・新大久保につくったということも大きかったのではないでしょうか。

図らずともそれはあったかもしれません。ちょうど我々がスペースを検討し始めた2019年夏ごろから、新大久保が若い人にとても人気になっているというニュースが多かったと記憶しています。それは、多様性が生み出す文化のうねりみたいなものを受容するだけでなく、面白いと思うことがより一般化した現れのようで、僕たちにとってとても喜ばしいことでした。ある意味そういった流れの渦中にUGOはいることができたので、結果として他の場所やスペースでは居心地の悪かった人たちが集まり“自分らしくいられる”スペースをつくる要因になったと思います。

UGOの建物の前でイベントが行われたときの様子。以前は暗い道だった場所に賑わいをみせる。写真:UGO

――逆にUGOが新大久保にあることで、街に与えた影響もあったのではないでしょうか。

それもあったと思います。UGOの目の前の私道はかつて外部から訪れた酔っぱらいなどが喧嘩をする姿も見られる危ない通りだったのですが、UGOができたことで安全な場所になったと地元の方から感謝されたこともあり、アートはその地域に暮らす人々のためのツールであるべきだと強く感じました。都市でスペースを維持する上では、アートが都市の急激な富裕化と、もともとの住民の排除を促進してきたジェントリフィケーション(*1)の問題も考え、実践してきたこはありましたね。

*1……ある地域の住民階級が上位化することで、土地の物価が上昇すること。街がきれいになる一方で、貧困層や既存のカルチャーが排除されるといったネガティブな面もある。

とはいえ、リアルなアートスペース運営は課題も多い。一番大きいところでいうと、毎月払う家賃です。イベント等を行うときに、維持費がなければもっと予算を使っておもしろいことができるわけです。また、場所が結果として生み出す排他性も留意しないといけないと考えます。どこにいようと自分がコミュニティの一員であることを感じてもらえたら、と考えることも昨年増えました。そういう意味でも、ある程度コミュニティとしての強度がもてるようになったら、「場所」は必要条件ではなくなっていくのだと思います。今はUGOとして築き上げたものを、場所に依存しない形でどう成立させていくか話し合いをしている最中です。クローズするにあたって「残念だ」という声をたくさんいただきましたが、私たちはコミュニティとして次のステップにいくために場所に依存しない形を模索し続けようと考えます。

 

技術としてNFTをアートに活用するには?

丹原が2022年4月に開催した日本初のNFTアートフェア「Meta Fair #01」。フィジカルの展示を有楽町のソノ アイダで行い、会場に置かれたVRゴーグルを使えばバーチャル空間の展示も飛べる。会場では展示されたNFTアートを購入することも可能。写真:Takuro Hayashi

――リアルな場所に依存せずともコミュニティを存続する手立てはある、ということですね。その後、丹原さんは新たな活動として、今年の3月に日本初のNFTアートフェア「Meta Fair #01」を開催されていました。ブロックチェーンによってアート業界は新たな展開を見せており、特に今は市場においても「NFTバブル」と呼ばれる状況にあると思います。丹原さん自身はNFTの可能性をどのように捉えていますか?

「Meta Fair #01」は3日間で1,000人くらいの来場者があり、かなり手応えを感じました。NFTは技術としてのポテンシャルがあり、すごく魅力的なツールであると思っています。一方で、今話題になっているような「NFTアート」という仕組みについては、いわゆる「NFTを媒体として活用したアート」ではなく、デジタル商材を「技術を使って販売するツール」であると思っています。市場が盛り上がるのは成功例があるのだから当然で、たとえばプロジェクトが開始された2017年には無料で配布されていた「クリプトパンク」(*2)が、所有者たちが市場を盛り上げることで現在は何十億円などで取引されているのもそのいい例です。それをみて、「自分もお金が欲しい」「投資としてよさそう」「新しい技術でおもしろそう」などの思いを持ったさまざまな人や企業が参入した流れが現在のブームを引き起こしている。

そのような状況で、「NFTアート」と呼ばれる市場価値で測られるコンテンツと、いわゆるファインアート(*3)のシーンの間には乖離が生じてしまっており、NFTという技術媒体だからこそできる表現やファインアートにとっての意義が問われている感じました。「Meta Fair #01」では、NFTの専門家たちと手を組み、ファインアートとしてNFTと向き合うために開催しました。先に話したとおり、NFTは技術として優れています。僕が興味を持っているのはお金儲けのツールとしてではなく、技術としてアートにどう活用していくか。

*2……Larva Labsが2017年にはじめて発表したピクセルで作成されたNFT作品シリーズ。
*3……純粋芸術と訳される言葉で、商業芸術や装飾的なものと区別して、専門的な美術のことを指す。

Meta Fair #01で展示された東城信之介の『失題』(2022)。©A-TOM Co., LTD.

――いまのNFTの盛り上がりを一歩引いて見つつ、この技術をどのように作品に活用できるのかを考えて行ったのがMeta Fairだったと。

そうですね。たとえばMeta Fairで展示した東城信之介さんの新作『失題』(2022)は、銅でできた半球の立体作品なのですが、球体の上部にサビと顔料でQRコードが書かれています。こちらのQRコードを読み取るとこの立体作品のNFTとしたの作品証明書にアクセスができるのですが、時間と共に上部のサビが侵食していくといずれQRコードが読み取れなくなり、物理的な作品とそのデジタルでの証明書を結びつける手段が消えてしまいます。その時に作品というものの価値がそのモノに宿るのか、またはその作品の証明に宿るのかを問うことになる、という大変面白い作品があります。
 
ダミアン・ハーストも過去に似たコンセプトを扱っていますが、自然現象として価値が分断されていく、という要素が加わることによって、我々にはどうしようもない、そんな自然摂理のルールに価値という概念が晒されるような印象のある作品だと思います。こういった問題提起がNFT技術を使えばできる、ということをアーティストが紹介することがMeta Fairの一つの目的でありました。

そういう意味ではMeta FairではNFTをちゃんと活用するアートを展示したからアート関係の方々に人気があったのかもしれないと思いますね。

丹原が「Meta Fair #01」で発表した『Representation of a Heart』(2022)は、自分自身の心臓の表象をNFTにし、その取り扱いや法的な取引について弁護士や医者の見解を書面にまとめた。©A-TOM Co., LTD.

――今回の「Meta Fair #01」では丹原さんご自身の作品も発表されていましたが、その制作過程において、NFTとアートの向き合い方をどのように考えていましたか?

もともと僕はパフォーマンスアートをアメリカで制作していました。パフォーマンスを軸に作られる作品たちは絵のように売ることもなかなかできない。また、参加費をもらうというやり方をしてしまうと、急に客と演者の関係性を空間に生み出してしまう。パフォーマンスアーティストが陥りやすいジレンマですが、お金をいただくことがとても難しいと感じていました。そのなかで、なぜNFTに興味をもったかというと、その本質が「無形的なものに資産価値をつける」ということだからです。それはアートとかアートじゃないとか関係なくです。

今回Meta Fairを主催して、一番関心あるこの領域を表現するのに適したかたちはなんだろうと考えた結果、僕は自身の心臓の表象自体をNFT作品として取り扱い、その取引にまつわる法的な環境構築のプロセスそのものをパフォーマティブに作品化することにしました。NFTは唯一のアイテムの所有権をデジタルデータで表現したものですが、自分の心臓なんてそもそも所有権云々の話ではないですよね。むしろ生きている自分という存在は、心臓というものに依存しているともいえる。心臓を認識すること自体、メタな行動だと思いました。心臓そのものの概念・表象をNFTとして売りますということを作家として主張することこそ、無形の極みであるNFT的である。そう考え、国際弁護士と医療従事者と議論を重ねながら定義書をつくり、「NFTアート」として販売しました。有識者と、概念的な価値の扱い方について真面目に議論をし、定義書を作る。そういった一種の滑稽さみたいなものをパフォーマンスとして理解しましたし、その活動を販売するというところでNFTを活用しました。

 

バーチャルとフィジカルの狭間で

丹原が現在関わる有楽町のソノ アイダは、アーティストの藤元 明が主催する「借し物件や空き物件、建て直しまでの占有権のないその間を、空間メディアとして活用する」アートプロジェクト。 写真提供=ソノ アイダ実行委員会

――「Meta Fair #01」は有楽町にあるリアルな空間とバーチャル空間の両方で、同時に作品が展示・販売されていました。これはアートに限らずですが、リアルとバーチャル、居場所をどう区別していますか? 

僕は中学の頃、インターネットのコミュニティに救われた経験があります。当時はオーストラリア・タスマニア島の田舎に住んでいました。車がないと隣の家にもいけないくらいの環境だったので、友達と頻繁に遊ぶこともできなかった。そうなるとインターネットに頼るしかなくて、ネット上のコミュニティによく参加していました。僕の実体験としてもそうですし、みなさんもすでに感じていることだと思いますが、もはやバーチャルコミュニティは居場所になるし、人に大きな影響を与える存在になっています。

一方でバーチャルな世界ではできないコミュニティのあり方や人の集め方、ものの見せ方がフィジカル空間にはある。だから今も人々はリアルな場を求めるわけです。コロナ禍ではみんなが試行錯誤しながら、フィジカルで存在していたさまざまな価値を、どうバーチャルに変換していくかという試みをしていたと思います。たとえば、ZOOM飲み会もそういった試みの一つですが、結局は普及しなかった。フィジカルでの価値をバーチャルで実現しようとすることは難易度が高く、これは居場所やコミュニティの在り方にも関係します。バーチャルやリモートだから生まれるコミュニティの価値に注力しなければいけなかったのだと思います。

――では、そういったバーチャルとフィジカルの状況下で、それぞれの居場所が融合することで生まれる可能性をお聞きしたいです。

フィジカルなコミュニティがすでにできているUGOのような場においては、それをバーチャル上に移行することは難易度が高いですが可能だとも思っています。それはフィジカルな空間がもたらした恩恵を手放し、バーチャル空間の恩恵を活かし弱点をカバーすることを意味するのだと思います。テクノロジーの活用はリテラシーを前提にしている以上、ある意味排他性を持つしかない状況でもあったり、バーチャルがこれからの居場所の在り方に対する万能薬になることは当分ないと思います。さまざまなバーチャルの弱点については技術が解決するのを待つしかない時期でもあると思っているので、今後のメタバースの進化に期待しています。

Meta Fairのバーチャル展示空間には建築家の永山祐子が過去のコンペ用にし制作した建築の3Dデータを再利用した。写真奥の建物の3Dがその外観。写真:Takuro Hayashi

徐々に社会もリアルに依存しないバーチャルやデジタルな価値と向き合うようになってきているなか、僕が気になっているのは、我々が当然のように扱ってきたコミュニティや居場所がその時代の流れとともにどう変化していくか。その一つのアンサーとしてMeta Fairで実験的に行ったのが、建築家の永⼭祐⼦さんがかつてコンペ用につくった建築物をMeta Fairのバーチャル会場にし、そこでしか観れない作品などを会期中は世界中からアクセスできるようにしました。展示という空間の使い方だけをとっても、フィジカルとバーチャルでは全然違う。同じ作品を閲覧するにしても、足を使って作品に近づくという向き合い方と、クリックしてそこに飛ぶという向き合い方の間で、作品の捉え方に変化が生じます。超高画質VRヘッドセットを装着しようと、その違いがなくなることは無いと思いますし、重要なのはそれをバーチャルの遅れと捉えるのではなく違いだと認識すること。永山裕子さんの作品は今後メタバース上で販売される予定です。場所を買う、土地を持つ、空間を所有・占領するという意味もフィジカルとは違う中、空間の役割はどうなっていくのか。そういったことを考えるきっかけにもなればと思っています。

 

初音ミク的なコミュニティの可能性

――これまで意欲的にコミュティづくりに向き合ってこられたと思います。その経験を踏まえ、コミュニティ運営で大切だと感じることは何でしょうか。

コミュニティというものは勢いとノリでつくることは簡単ですが持続性をもたせることが難しいものです。コミュニティというものはみんなが一点や一方向をみていることで仲間意識を醸成することが多いですが、そういった目線の共有を持続することは簡単ではないと思います。いかに個人の思惑が全体の思惑に繋がるか、どうやったらそのようなインセンティブでまわるエコシステムが作り出せるか、というところが鍵だと思います。

たとえば文化祭やバンドやプロジェクトチームなどでは、一つの事象の成功に向けて個人と全体の目的が合致し、一丸になって活動をするからコミュニティが生まれやすいですが、そのイベントやプロジェクトが終わると自然と解散します。既存のコミュニティの多くはそのシステムに目標を与え続けることで維持している印象です。Zeppのあとは武道館、武道館のあとは紅白、など。それは成功するモデルだと思いますが、手放しに成り立たせることが難しく、現代のような個人のアイデンティティを尊重する社会では不適切なこともあります。

僕個人としては違うコミュニティの続け方に興味があります。たとえば初音ミクのようなボーカロイドのコミュニティは、個人それぞれが「自分が評価されたい」という至極自己中心的な思いをインセンティブとして動いたことによって、コミュニティ全体として盛り上がるという目標が達成された大変美しいモデルです。曲をつくってみたり、歌ってみたり、踊ってみたり、アニメーションをつくってみたり。みんなそれぞれ自分の承認欲求、顕示欲を満たすための活動をしていることが、結果としてコミュニティを醸成させている。そういった形のコミュニティが、これからはある意味では一番持続性をもちながらオーガニック(本来的)な存在になっていくのかなとも思っています。そういった手法をファインアートの文脈の中で実現できないか考えることが最近は多いです。

――なるほど、では改めて丹原さんにとって、居場所ってどんなものでしょう?

人はコミュニティなしでは生活できない存在です。それはリアルな場だけでなく、バーチャルな場でも同じこと。むしろ人と人のつながりがフィジカルに依存せず、バーチャルで生まれる機会が一般的になる状況になればなるほど、なおさらコミュニティという居場所が大事になるだろうと思います。個性を尊重すればするだけ、個々にとっての居場所は細分化し、増え続けています。だからこそ、これからは改めて「コミュニティの意義」を考える、向き合うことが重要になってくるでしょう。どんなにお洒落でもコーヒーを淹れられる人がいないカフェは成り立たないです。結局人は、コーヒーを飲みにカフェに行くように、コミュニティに何かを求めて所属をするのだと思います。一人一人が本質的に所属したい場が居場所である限り、バーチャルであろうとフィジカルであろうと人は集まるものなのだと思います。コミュニティの本質は、どんな空間かではなく、どんなコミュニティかですから。

information

アートスクール「OUT SCHOOL」

8月からソノアイダ#有楽町では少人数制のアートスクール「OUT SCHOOL」を開催。著名なアーティストやキュレーターの指導のもと、実際に作品を作って発表できます。

また、そのプロセスを体験することでアートの当事者制を考えるのも目的の一つ。経営者やビジネスマン向けの非公開アートスクールを実施予定なので、興味のある人はinfo@a-tom.jp (担当:久保田)までお問い合わせください。

また、丹原さんも関わる「ソノ アイダ#新有楽町」のイベントやプロジェクトの最新情報はInstagramでチェック。

場所:東京都千代田区丸の内3丁目1-1 国際ビルヂング101

DOORS

丹原健翔

キュレーター、作家

1992年東京生まれ。キュレーター、作家。アマトリウム株式会社代表。ハーバード大学美術史卒業後に展覧会の企画、キュレーター、作家としての活動をスタートさせる。20年にアートスペース「新大久保UGO」の立ち上げに関わり、21年12月からは「ソノアイダ#新有楽町」のプログラムディレクターを務める。これまで手掛けた展覧会に、「森山大道展」(19年、kudan house)、「過剰な包装」(19年、都内某所)、「ENCOUNTERS」(20年、ANB Tokyo)、「You (We) Are Beautiful!」 (20年、新大久保UGO)など。 写真:野本ビキトル(METACRAFT)提供:e-vela.jp

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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