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REPORT

2022.06.24

アートマガジン代表・新井まるが訪ねるアートデスティネーション、白井屋ホテル滞在レポート「居場所のかたち」

Text / Rui Minamoto
Photo / Ayaka Oi & Maru Arai

「シャッター商店街」の代表例として教科書に掲載されるほど、衰退の危機に瀕していた群馬県・前橋。そんな街が今、官民協業で都市をデザインすることにより、地域活性化を試みる“前橋モデル”で変わりつつあるのを知っていますか?

起爆剤となったのは、2020年12月に開業した「白井屋ホテル」。もともとこの地にあった、取り壊しの危機にさらされていた歴史ある宿泊施設を地元出身の起業家・田中仁が代表を務める財団が継承。世界的建築家の藤本壮介が6年半もの歳月をかけリノベーションし、再生したホテルです。

白井屋ホテルは、杉本博司をはじめとする美術館クラスの作品や、ジャスパー・モリソンがデザインした客室など、五感を刺激する“アートデスティネーション”でありながら、食文化の発信などを通して、地域の人々のコミュニティプレイスとしても機能していて、訪れる人々に新鮮な驚きを与え続けています。
その唯一無二の魅力を、DOORSでアートマガジン「ARTalk」代表の新井まるの滞在レポートとしてお届けします。(以下、敬称略)

INTERVIEW

白井屋と居場所について伺った記事はこちらのインタビューをご覧ください。

白井屋と居場所について伺った記事はこちらのインタビューをご覧ください。

INTERVIEW

居場所としてのアートホテルが地域にもたらすものとは?/ 「居場所のかたち」田中仁×新井まる対談

  • #田中仁 #新井まる #特集

アートで“ととのう”こともできるホテル

2021年に亡くなったコンセプチュアル・アーティストの旗手・ローレンス・ウィナーのタイポグラフィ作品。訪れる人々を招き入れるようなランドマークとしての役割を担います。 ©ShinyaKigure

東京から新幹線で約1時間半で到着する群馬県・前橋の中心部。オフィスビルが立ち並ぶ国道50号沿いに現れるのが、「白井屋ホテル」のヘリテージタワーです。

この建物は、300年以上の歴史を誇った白井屋旅館をリノベーションして作られていて、隣には、利根川の旧河川の土手をイメージして新築したグリーンタワーが並びます。いずれも世界的建築家・藤本壮介の設計による独創的な2棟の建物。その至るところで、様々な現代アートを体感できるのが特徴です。 

国道50号線と並走する馬場川通り沿いに面したグリーンタワー

ちなみに、グリーンタワーの土手の上にたたずむ小屋はフィンランドサウナで、貸切利用が可能でロウリュウ(*1)もし放題!サウナ好きには最高。近くにあったら毎日通いたいくらいです。

*1……ロウリュウとは、サウナストーンにアロマ水をかけたときに発生する蒸気を指す

宮島達男 『Time Neon – 02』 2020 ©ShinyaKigure

グリーンタワー頂上には、宮島達男によるデジタルカウンター作品も収蔵(小屋の内部は宿泊者もしくはフィンランドサウナ利用者のみ鑑賞可能)。サウナの後は、作品を眺めながらこの場所で内気浴も可能。移り変わる数字たちに囲まれての内気浴は、ある意味、瞑想体験にも近いように感じます。

 

場や人へのリスペクトが感じられる、アートの“居場所”

Liam Gillick(左) 『Inverted Discussion』 2020 , (右) 『Unity Channelled』 2019 エントランス脇にあるリアム・ギリック作品。 ©ShinyaKigure

フロントでは杉本博司の海景シリーズが出迎えてくれます。“海なし県”である群馬にちなんで、湖の作品が選ばれました。

ヘリテージタワーに入ると、建物内部が吹き抜けであることに驚かされます。もとの4階建ての建物をすべてぶち抜くというアプローチは、部屋数を大幅に減らすことになるはず。もとの建物を壊し、ゼロから建造した方が経済効率はむしろ高かったことでしょう。

しかし、採算を度外視したこの決断によって、天井から差し込む自然光と、オールデイダイニングに置かれたグリーンが醸し出す、屋内でありながら屋外のような空間となりました。開放感あふれる雰囲気の中で、目線の先にアート作品が自然と入ってくる環境は、美術館における鑑賞とはまた異なる体験です。
 
特に象徴的なのは、吹き抜け空間を縦横無尽に走るレアンドロ・エルリッヒによるインスタレーション『ライティング・パイプ』。この作品は、藤本壮介の「歴史を維持しながら、そこに新しい何かを創りあげる」という発想に共感したレアンドロが、この場所のために制作した作品なんだとか!空間とパイプ作品が、ピタリと融合しているのがなんとも素晴らしいです。

ザ・ラウンジから見上げるレアンドロ・エルリッヒの《ライティング・パイプ》 ©ShinyaKigure

階段や通路などが宙に浮いてあるような興趣がある、ヘリテージタワー

時間帯によってその色を変化させるパイプアートは幻想的でありながら、吹き抜け空間とも調和。客室や予約が別途必要な部分以外に点在するアートは、地域の人々に日常的にひらかれていて、コーヒーを飲んだり、ランチを食べたりしながら気軽に触れることができるようになっています。

白井屋ホテルを象徴する圧巻の吹き抜けの下にある「the LOUNGE」。宿泊者以外にも開放するラウンジ兼オールデイダイニングとなっていて、土日は行列ができるほど賑わいます。

気分を変えて仕事や書き物をするにもいい、コンフォートな空気が流れる白井屋ホテル。電源設備のある席もあり、企業向けワーケーションの宿泊プランで利用されたり、居心地のよさからジャーナリストが記事を書くのにも使われたりしています。

 

食を通して、群馬の魅力を全身で体感!

旅には欠かせない、食の楽しみ。予約制のメインダイニング「the RESTAURANT」で味わうディナーも、アートのようなインスピレーションで満ちていました。同レストランは、ミシュラン2星を獲得したフレンチレストラン「フロリレージュ」の川手寛康が監修を務めています。

シェフは、国内外の名店で研鑽を経て、地域に根ざした料理の大切さを学んだ群馬出身の片山ひろ。彼が腕をふるうのは、地域の食材と食文化や郷土料理を独自に再構築した“上州キュイジーヌ”。地産地消を意識し、地域の野菜や山菜、果物、肉類、近年地域で養殖に成功し注目されている「まえばしヒラメ」などを、食材として積極的に採用しているんだそう。

なんでも、シェフはこれらの食材を自ら生産者のところまで足を運んで吟味することもしばしば。そうお話してくれたシェフをはじめ、スタッフの方々が生き生きと働いている姿も印象的でした。

地域の人も「あの懐かしい郷土料理が、こんな洗練されたフレンチに」というような新鮮な感動をおぼえるというプレゼンテーションがとっても楽しい!! こちらは群馬の郷土料理「海老大根」をアレンジした一皿です。

やよいひめという群馬のブランド苺と、トマト、バジル、ジャスミンを使ったノンアルコールドリンク。

こちらのお店は、ソムリエが提案するドリンクペアリングも見逃せません。群馬のブランド苺を使ったドリンクは一口飲むと、口の中で色彩が広がるような感覚になりました。食事の体験をさらに魅力的にしてくれます。

 

再訪必至の、“泊まれるアート作品”体験

レアンドロ・エルリッヒ ルーム。『ライティング・パイプ』と呼応して水道管が天井にまで張り巡らされています。

ヘリテージタワーの客室は全17室。先に述べた藤本壮介、レアンドロ・エルリッヒの他に、イギリスの著名デザイナーのジャスパー・モリソン、イタリア建築界の巨匠ミケーレ・ デ・ルッキの4人のクリエイターが手がけたスペシャルルームをはじめ、各部屋ではそれぞれ異なるアート作品が楽しめます。「他の部屋も見てみたい」「また訪れたい」という思いが喚起される部屋揃い!

窓からは吹き抜けや共有スペースの景観も味わえるジャスパー・モリソン ルームは、大きな“木箱”をイメージ。アート作品を運搬するための梱包用の箱になぞらえて、箱の中の大切な中身はゲスト自身という、なんともチャーミングなメッセージが込められています。

「板葺き」の技術を取り入れた、ミケーレ・デ・ルッキ ルーム。約3000枚の木片によって、部屋全体が幻想的で静謐なムードに包まれます。

備品やアメニティのセレクトにもこだわりつつ、余計なビニール袋を使用しなかったり、バンブー素材の歯ブラシを採用するなど環境への配慮もgood!

全室に用意があるスピーカーは真空管をつかったものもあり、好きな音楽をいい音で聴けるのが音楽好きとしてはとても嬉しいです。緑茶やドリップコーヒーもこだわりのセレクトで、サウナ後に好きなドリンクを部屋まで運んでくれるサービスがあったりと、細やかな配慮が随所に散りばめられていて、滞在時間が一層心地よくなりました。

 

人を惹きつけてやまない、土地の記憶 

小野田賢三 『nothing but flowers』 ライトは気分にあわせて調光可能。

館内には、地元出身のアーティストの作品も多数見受けられます。その一つが、エレベーターを見上げたところにも所蔵されている小野田賢三の作品。ちなみに、客室にある小野田の作品は、同地にあった白井屋旅館が廃業したとき、オーナーの母にあたる人が多数所持していた絵画を譲り受けたものが素材になったそう。

そして、その上からリキテックスでペイントされたものを、新オーナーとなった田中が気に入って購入し、同地に戻ってきたというユニークな経緯があるそうです。作品の下には、まるでかつての白井屋旅館の記憶が刻まれているようですね。

全8室の客室が設けられている、グリーンタワー側の様子。 ©ShinyaKigure

土地の記憶をモチーフにしているのは、グリーンタワー沿いに2021年9月にオープンした「ブルーボトルコーヒー白井屋カフェ」も同様です。ブルーボトルコーヒーの日本における初の地方出店となったこのお店の空間デザインは、「ブルーボトル コーヒー みなとみらいカフェ」「ブルーボトルコーヒー 渋谷カフェ」を手がけてきた建築家・芦沢啓治が担当しました。

かつては生糸産業で栄えた前橋には、レンガ造りの建物が多くあります。芦沢は同店のデザインにおいて、レンガをキーマテリアルとして採用し、床の素材として使用。さらに、机の素材などのインテリアのポイントに銅が使われているのは、お隣の栃木県・足尾銅山から採掘された銅が、群馬県の発展を支えたものであるのを意識してのことだといいます。

グリーンタワー側にはブルーボトルコーヒーの他にも、人気のパティスリーやベーカリーが並んでいます。宿泊者だけでなく多くの街の人々を集め、憩いの場として機能しているのが伝わってきました。

ホテルからすぐの商店街には、中村竜治さん、長坂常さん、高濱史子さんらが手掛けたおしゃれなレンガ造りの建物も。

建築、デザイン、食など様々なアプローチで、ゲストと地域の人々の五感に刺激を与える「白井屋ホテル」。この場所に流れる、心地いい空気感の中でのアート体験は、アートと人との距離をぐんと縮め、地域を超えて多くの人の居場所になりそう。その多面的な魅力で“アートホテル”という枠組みすらアップデートしている白井屋ホテルから今後も目が離せません。

DOORS

新井まる

話したくなるアートマガジン「ARTalk(アートーク)」代表 / 株式会社maru styling office CEO

イラストレーターの両親のもと幼い頃からアートに触れて育つ。大学では文化人類学、経営経済学を学ぶ。在学中からバックパッカーで世界約50カ国を巡る旅好き。広告代理店勤務の後、人の心が豊かになることがしたいという想いから独立。2013年にアートをカジュアルに楽しめるwebマガジン「girls Artalk」を立ち上げる。現在は「ARTalk(アートーク)」と改称し、ジェンダーニュートラルなメディアとして運営。メディア運営に加え、アートコンサルティング、企画・PR、教育プログラム開発などを通じて、豊かな社会をめざして活動中。 ●話したくなるアートマガジン「ARTalk(アートーク)」http://girlsartalk.com/

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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