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- “アート” “ケア” “つながり” を臨床心理士・東畑開人と建築家・金野千恵が考える / 「居場所のかたち」対談 ―後編―
INTERVIEW
2022.07.01
“アート” “ケア” “つながり” を臨床心理士・東畑開人と建築家・金野千恵が考える / 「居場所のかたち」対談 ―後編―
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
世代も背景も異なる人たちが、自然体で「ともに居る」ことのできる空間とはどのようなものなのか? 前編では建築家の金野千恵さんが手掛けた、ケアと地域の複合施設「春日台センターセンター」(社会福祉法人愛川舜寿会運営)を臨床心理士の東畑開人さんと巡り、さまざまな人が「ともに居る」ためのデザインを紐解いていきました。
後編では、『居るのはつらいよ』や『心はどこへ消えた?』などの著作を手掛けてきた東畑さんと、様々なケア施設を手掛けてきた金野さんの二人に、ケアの持つクリエイティビティの話をしていただきました。いまなぜケアなのか? ケアについて考えていくと、そこにはアートにも繋がる考え方が見えてきました。
前編はこちらから:臨床心理士の東畑開人が巡る、建築家・金野千恵が手掛ける「春日台センターセンター」 / 「居場所のかたち」対談 ―前編―
「遊び」が起こりやすい空間
後編では縁側に座り対談をスタート。写真左が東畑さん、右が金野さん。
――東畑さんは『居るのはつらいよ』の中で、「居場所」の原義を辿ると「とりあえず座っていられる場所」という意味があると指摘されています。いまお二人が座っているベンチもそうですが、金野さんも建物に頻繁に座れる場所を作られていますよね。
金野:私、めちゃくちゃベンチが好きなんです(笑)。
東畑:素晴らしい。
金野:愛川舜寿会と最初にやった仕事が「ミノワ座ガーデン」という特別養護老人ホームでした。庭に多く座る場所を設けたのですが、印象的だったのは、そこに初めて座ってくれたのが徘徊するおじいさんだったんです。そのとき、都市にそうした座れる場所が少ないことに意識的になり、以降、たくさんの座れる場所をつくっています。しかも、横並びがいいと思っていて。
金野さんが設計した「ミノワ座ガーデン」は庭に様々な座れる場所が用意されている。
東畑:この前、ある霊長類学者と対談した際、類人猿とそれ以外の猿の違いとは、同じ物を一緒に見られることだと聞きました。「共同注視」と言い、いわば2人で並んで1個の物を見る三角関係です。僕らの目に白目が多いのは、相手に何を見ているかを知らせる役割があるそうで、そうしたコミュニケーションが親密さにつながっているんですよね。
金野:面白い! 横並びだと、対面とは異なる他者の意識の仕方が生まれるんですよね。それが三角関係という何かを介した関係性と読めるのはとても面白いです。
ベンチのほかに、この建物の肝として考えたのが、私たちがいま座っている建物の正面にあるプロムナード(遊歩道)と、それと平行して建物内部を貫く通路です。以前、この場所には近所の人が集まるスーパーマーケットがあったのですが、プロムナードの上部にかかっている庇は、当時の記憶を継承するものなんです。じつは、建物の敷地は実際にはこのベンチまでなのですが、街との連続性を重視して庇を町有地へと広げる交渉を重ねました。
プロムナードにかかる大きな庇。
金野:また、先ほども少しお話にありましたが、春日台センターセンターに含まれる高齢者介護や就労支援、放課後等デイサービスなどの機能は、行政的には別の部署が担当するものなんです。ただ、馬場(拓也)さんをはじめここの運営者はそれらを串刺しにして、相互に口出しできる環境こそ重要だと考えていました。内部を貫く通路は、その建築的な体現です。そこに出ると、みんなが見える。自分がいろんなものの一部だと感じられる場所として、こだわりました。
内部を貫く通路を二階から望む。左が土間で、右が高齢者介護スペース。
東畑:こうした施設の場合、ここに来ると単純に気持ち良いとか、綺麗だといった要素も重要ですよね。つまり、ある程度万人に共通する「快適さ」がないと、人はなかなか安心感や親密さを空間に抱くことが難しい。その辺りはどのように考えたんですか?
金野:人がふと近寄ってみたくなる空気感って重要ですよね。馬場さんから最初に声をかけていただくきっかけになった、『福祉楽団 地域ケアよしかわ』(2014)という訪問介護事業者の改修の仕事があったんです。これは団地内にある長屋のような場所なのですが、外に座れるベンチを作って外に開けた開放的な空間にしたら、子どもがたくさん寄って来たんです。子どもって先入観がないので、興味を持つと入ってくるんですよね。
この経験で感じたのは、先入観がない人たちが寄りつきたくなる空気感があることの重要性でした。春日台センターセンターの設計でも、とにかく子どもが来てくれる施設になれば間違いない、そして子どもが来ればその親世代が来て、警戒心が薄れた高齢者も入ってくる、と考えていました。
そのような、人がつい寄り付きたくなる心地よさは、単純な「綺麗さ」でもあり得ますし、もう少し細かいことを言うと、素材感が人に与える感覚的な安心感や、空間が呼び起こす行動の余地だったりもします。例えば、さきほどのつい座りたくなるベンチもそう。ほかにも、ぐるぐると回遊できることとか、雨でも安心して遊んでいられることとか、単純に明るいとか、多様な温度感があるとか、そういう要素も大切にしましたね。
東畑:そんな工夫もされているんですか!
金野:例えば、ここは木のベンチですが、いくつかは冷んやりしたコンクリートベンチもあったり。少しずつ違う設えにしています。ほかにも床を同じ素材でつなげることで、人が空間を自然に越境できるようにしたり。素材感が行動に働きかける力を意識的に使っていますね。
東畑:たしかに思ったのは、この場所は「遊び」が起こりやすい空間にもなっていますね。高齢者が子どもと遊んだり、夜にこっそり若者が集まったりする空間にも、自然になっている。でも、じつは人ってなかなか遊び出さないものなんです。
子どもの抱えている不安や悩みを、遊びを通して表現する「プレイセラピー」という方法がありますが、子どもも不安が極度に強い時には、目の前におもちゃがあっても遊ばないんです。人が遊び始めるには、安心感が必要なんですね。いわば、心のスペースに広がりが必要になる。近隣の人々が日々顔を合わせるこの場所には、そうした要素が発生しやすい空気も感じますね。
ケアのクリエイティビティ
取材中、ふと周りを見てみると、春日台センターセンターでスタッフと利用者が周囲を散歩する場面に遭遇する。
――金野さんはケア施設の設計が多いとのことでしたが、東畑さんの著書が注目を集めていることも含め、お二人は近年の「ケア」という分野への注目の高まりの背景に何があると感じますか?
金野:ひとつには、事業者の世代交代と東日本大震災があるかもしれません。私が関わる事業者のほとんどは家族から経営を引き継いだ方たちですが、前の世代に対して自分たちはどう生きるかという意識を強く持っていました。そうした人たちがパラダイムシフトを起こそうと動いた結果、いまの状況があります。私も独立が2011年で、やはりこれからの仕事のあり方を考えるところから始まりました。若いケアの事業者の方たちとはその問題意識を共有していると思います。
東畑:見学中、馬場さんが「超気合いを入れてここを作った」と言ってましたよね。「面白いでしょう?」と、すごく楽しそうに案内されていた。僕、彼に、それこそ遊びの感性を感じたんです。アイデアを出し、それが面白く結実することへの喜びがあった。同時にそれは、ケアというものに難問があるからだと思うんです。
前編で建物を案内してくれた馬場拓也さんは社会福祉法人愛川舜寿会の常務理事であり2代目経営者。春日台センターセンターの他にも愛川町でミノワホーム、カミヤト凸凹保育園などを運営する。ちなみに馬場さんの経歴も非常にユニークで、大学卒業後にアルマーニジャパンに入社、トップセールとして活躍したのち、2010年に福祉業界に転身している。
東畑:最近のケアの活況の背景には、ネオリベラリズム(新自由主義)があって。つまり、あらゆることがお金という一元的な価値に回収される時代のなかで、そうではない質感の価値の多様性もあるだろうという関心がその隆盛につながっている。お金稼ぎとケアなら、後者の方が問いとして面白いし、問題の切実さとは別にクリエイティブだという感覚があるんだと思うんです。
金野:たしかに。収益事業と言えば価値基準は「お金」に向いてしまうけど、「ケアの現場で起きている一つひとつの現象をどう評価するか」という見方は、じつはすごく多様なんですよね。そこでは、ときに自分の常識や世界観を拡張して、評価の仕方自体を発見していかないといけない場合もある。でも、その発見や拡張の喜びに気づくと、すごく楽しくなるんですよね。
東畑:実際、馬場さんの話には、「この施設は(アート)作品だ」という感じがありましたね。
――アーティストに作品の話を聞いているときの感覚に近かったですね。
東畑:僕、それはすごい大事だと思っていて。ケアの仕事って基本地道なもので、しんどい面が多いわけですよね。ですから、仕事のなかに何か心がアライブする面を見出さないと続けられない。心理の仕事もそうなんです。「今日よかったな」とか「面白かったな」という感覚があるから続けていられます。当然、現実には「作品」ではないんですけど、そうした面白がれる出来事の中にアートとつながる部分があるんだと思うんです。
金野:それと、この施設は本当に外から見られるので、スタッフが自分を地域の一部として認識する場にもなっているんです。馬場さんに限らず、ケア関連の若手経営者には、この仕事をもっと町のなかで見てもらいたいと話す方がとても多くて。病や死に遭遇することもあるけど、本当に日々違うことや面白いことが起きている。
そうしたケア施設で起きている、緊迫感と楽しさとが入り混じる「日常の風景」が表現される建物になったらいいなと考えていました。それを子どもたちが当たり前に目にして、この仕事の楽しさを自然に知ることのできる環境を作りたいと思ったんです。
暇でいられる場所の可能性
施設の中にあるみんなが使っていい小上がりでは子どもたちが勉強をしている。
東畑:ひとつ質問があります。見えることは見られることでもあって、監視や晒しのように侵襲的にもなりやすいですよね。ここのセンターも、すごい「見える」場所だと思うんです。見えるんだけど、侵襲的に見られるのとは違うかたちで見えるという印象を受けるのですが、それはどういう工夫で可能になっているんですか?
金野:そこはすごく気にした部分です。管理する / されるという関係をどう変えられるか。意識したのは、こうしてベンチで横並びでいるように、個人と個人がそこに一緒に「ある」という状況を作ることでした。ケアする / されるという、ある方向性を持った関係や空間を作るのではなく、まずは「一緒にいられる場を作ること」がテーマだった気がします。
東畑:たしかに、横並びであれば横目に他者を感じますね。
金野:空間も、方向性は、方法次第で強い意味を持つんです。誰かが誰かを集中して見られる空間を作ることもできるし、一点から回りを見渡せる空間も作ることはできる。でも、ここでは、極力、支配的な見る / 見られるの図式が発生しないように、つねに多方向に環境があるようにしています。視線はある方向を向いていても、違う方向の音は耳に入ってくるとか、そうした方向性のズラしのような操作ともいえるでしょうか。
東畑:一点から全体が見渡せたら、いわゆる「パノプティコン」(*1)になってしまう。
*1……イギリスの哲学者ベンサムが考案した監獄。円周上に独房があり、その中央に監修等があるので、一箇所から囚人の様子を望むことが出来る。フーコーが引用したり、近代的な社会システムの比喩として用いられることも多い
金野:そこはすごく気をつけましたね。例えばスタッフの居場所を中央に置き、そこから施設全体を見渡せる空間は効率的で、しばしば既存施設にも見られますが、ここではむしろスタッフには固定の居場所を作らず、こちらにもあちらにも居場所がある状態を作っています。一方向的な関係が空間に発生しないように、効率性に還元できないような多方向性を作っているんですよね。
介護施設の二階にあるスタッフが利用するキッチンスペース。一般的な介護施設では、キッチンは立入禁止にして区切ることが多いが、この場所には利用者も入ることが出来るので、利用者とスタッフが肩を並べて食事する場面も見られる。
東畑:先日、アフターコロナのオフィスをテーマにした経済系のシンポジウムに呼ばれたんです。そこで、コロナ禍にGAFAのような企業はむしろオフィス投資を活発化している、なぜなら優秀な人材を一箇所に集めた方が生産性が上がるからだ、という話があって。「なんと病みそうな話だ」と思うと同時に、面白かったのが、そういう会社には遊びへの配慮があるんですよ。例えば、オフィスにビリヤード台があったり、禅ルームでマインドフルネスができたり。僕、「給湯室で悪口を言える方がいいですよ」って言ってやったんですが。
金野:うんうん(笑)。
東畑:あとで考えると、これってつまり、自分の中のウェルビーイング(好調)な部分とイルビーイング(不調)な部分のうち、生産につながる前者しかいらないという話だな、と。他方、イルな部分のある人が居られる場所とはどんな場所なのかという問いがあったんですが、この施設はそれに答えている。さっきの複数の方向性って話はすごく面白くて、さまざまな角度が空間に盛り込まれることで、自分の中の違った角度の部分を置いておけるんですよね。
金野:そうですね。動きたくはないし見たくもないけど音は聞きたいとか、誰かと一緒にいたくはないけど存在は感じていたいとか、そういう自分のちぐはぐな部分にフィットする環境を探せることは重要で。「ある方向性に自分の100%を捧げます」みたいな状態ではないことも、普通にあるわけですよね。
――さきほどのGAFA的な空間では、「遊び」も結局生産性に結びついている感じがしますよね。
東畑:GAFAだけでなく日本企業もそうですが、情報や知識の生産のためには、遊びがないとアイデアが生まれないんですよね。だからこそより遊べるオフィスなんだけど、そこで求められる遊びと、この場所に生じている遊びは質が違う気がします。
金野:「何かのためにある空間」ではなくて、暇でいられる場所を作りたかったんです。暇があると、新しいことを発見したり、違う広がりを探そうとする。要するに、クリエイティブでいることができる。
昼間にこの場所にいる人たちが豊かであれば、街も豊かに見えてくるし、スタッフが働く喜びにもつながる。ここではそういう時間を過ごしている感じがします。目的やゴールは定めていないけれども、そこにいると心地よいし、ただそこに楽しみがあることをみんなで共有している。そういう状態なのかもしれません。
取材が終わりそうになった頃、地域の子供達が春日台センターセンターに集まってきた。
駄菓子を買えるスペースは子どもたちで賑わい始める。
駄菓子を片手にたむろし喋る子どもたち。
――気がついたら、放課後の子どもたちがたくさん集まっていますね(笑)。
金野:自転車に包囲されている(笑)。
東畑:集まり方がすごいですね。僕の家の近所にこんな場所はない気がする。小学校の子どもはどこに行っているんだろう。
金野:この子たちも、この数年は姿が見えなかったんです。以前のスーパーマーケットがあった時よりも、さらに子供が増えました。
東畑:そうなんですか。
金野:本当にどこから来たんだろうって思うぐらいです。
――お二人とも、今日お話されてみていかがでしたか?
東畑:僕、一番学びになったのは最後の方向性の話でした。隠れられる場所って何なんだろうという問いがあったんですけど、方向の複数性が重要なんだと。勉強になりました。
金野:この建物では、どうしても「開く」方に光が当てられることが多いんですけど、反対の角度に注目していただいて私も嬉しかったです。実際にここに来ていただくと、本当は静かな場所も、暗めの場所もあって。開くと閉じるの両輪がないといけなくて、開くことだけを参考にして実践する人が出てくると危険だなと思っています。
東畑:全部が晒されて。それは地獄ですよね。
金野:そうなんです。なので、その両輪の間を考えていくことこそが重要なんだなと今日お話を聞きながらあらためて感じました。
Information
今回訪れた春日台センターセンターの詳細はHPより
金野千恵さんが主催する建築設計事務所のtecoの情報はHPより
東畑開人さんが主宰する白金高輪カウンセリングルームの詳細はHPより
DOORS
金野千恵
建築家
神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。2005-06年 スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。2011年より神戸芸術工科大学助手。2015年一級建築士事務所tecoを設立。2018年より東京藝術大学非常勤講師、2021年より京都工芸繊維大学 特任准教授に就任。住宅や福祉施設の設計、まちづくり、アートインスタレーションを手がけるなかで、仕組みや制度を横断する空間づくりを試みている。主な作品に住宅『向陽ロッジアハウス』(平成24年東京建築士会住宅建築賞金賞、2014年日本建築学会作品選奨 新人賞ほか)、高齢者幼児複合施設『幼・老・食の堂』(SDレビュー2016 鹿島賞)、ヴェネチア ビエンナーレ建築展2016 日本館 会場デザイン(特別表彰 受賞)、『カミヤト凸凹保育園』など。主な著書に『WindowScape窓のふるまい学』(2010、フィルムアート社、共著)。
DOORS
東畑開人
臨床心理士
1983年生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。臨床心理士・公認心理師・博士(教育学)。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭をとった後、現在白金高輪カウンセリングルーム主宰。著書に『野の医者は笑う―心の治療とは何か』(誠信書房2015)『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房2017)「居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書」(医学書院 2019)「心はどこへ消えた?」(文藝春秋 2021)「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社 2022)など。訳書にDavies『心理療法家の人類学―心の専門家はいかにして作られるのか』(誠信書房 2018)。2019年、『居るのはつらいよ』で第19回大佛次郎論壇賞受賞、紀伊国屋じんぶん大賞2020受賞。
volume 02
居場所のかたち
「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。
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