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INTERVIEW

2023.09.22

自分を掘り起こす「道具」として、アートを使ってほしい。ロジャー・マクドナルド×雨のパレード・大澤実音穂

Text / Yuka Akashi
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Naohiro Kobayashi

飛び交う情報の慌ただしさに慣れ、ものごとの効率の良さを求めるようになって久しい現代。目の前の人やモノ、自分の心や体、それらとゆっくり深く向き合う時間をつくることがつい後回しになってしまっている人は、少なくない気がします。そんな慌ただしい日常から私たちを連れ出してくれるものが、アートなのかもしれません。

ロジャー・マクドナルドさんの提唱する「深い観察(ディープ・ルッキング)」というアートの鑑賞方法は、ひとつひとつの作品にたっぷり時間をかけ、できるかぎり深く観察するというもの。そういった鑑賞をすることで、まるで瞑想のような「特別な意識状態」に私たちを連れていってくれると言います。

今回は、「雨のパレード」のドラマーであり、日頃からアート観賞やヨガなどを趣味として楽しむ大澤実音穂(おおさわ・みねほ)さんと、深い観察力を磨くことや、日常に余白を取り入れることの必要性について対談していただきました。

ディープ・ルッキングは、「意識の変化」を引き起こす

──ロジャーさんは、著書『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』の中で、アートを深く観察すると、非日常的な意識状態になり「遊びに没頭している子どもや瞑想しているときの感覚」になると書かれています。

ロジャー:「非日常な意識状態」と聞くと、怪しく感じますね(笑)。でもこれって実は、今も昔もよく言われていることなんです。ビジネス業界では最近「ゾーンに入る」「フロー状態」といった言葉がよく使われていますよね。宗教でも、昔から「悟り」「解脱」という言葉があります。

私が言う「非日常な意識状態」とは、普段の私たちに起きている意識状態が、なんらかの引き金によって根本的に質が変わること。人間の意識が常に変わっていることは、きっと日常でみなさん感じているはずです。寝るときと仕事しているときでは全然違う意識状態でしょう。ディープ・ルッキングは、その意識の変化を、アートを深く観察することで引き起こす行為なんです

大澤:おもしろいです。私にとっては「音楽を聴く」ことがそうなのかもしれません。音楽って、移動しながらとか仕事をしながらとか、何かをやりながら聴く聴き方もあると思うのですが、私はしっかり細かいところまで聴こうとするとものすごく集中するので動きが止まってしまい、家の中でソファに座ってなど、落ち着いた状態でしか聴けないんです。でもそうやって聴いたあとは、それこそ瞑想のように、頭も体もかなりリラックスした状態になります。

ロジャー:演奏する時はどうですか?

大澤:演奏中も、ゾーンに入る感覚がすごくあります! 音楽が進んでいて、自分がどこの部分を叩いているかは分かるけど、頭で考えずに体が勝手に動いていく感覚です。

──「ディープ・ルッキング」は、音楽の「ディープ・リスニング」という鑑賞方法からヒントを得て作られたんですよね。

ロジャー:そうなんですよ。ポーリン・オリヴェロスという前衛的な音楽家がいて、彼女が1980年代にリリースしたアルバムに「ディープ・リスニング」という言葉が書かれていました。まさに、音楽を一音一音まで深く微妙なところまで聞くことで意識を変えることができる、心が穏やかになる効果があると提唱されていて。それを読んで、私のアート観賞と通ずるところを感じて「ディープ・ルッキング」という言葉を作ったんです。

大澤:わあ、音楽が起源だったんですね。

 

奪われた「余白」を取り戻す

──そもそも、どうして今の時代に「深い観察(ディープ・ルッキング)」が必要なのでしょうか。

ロジャー:近代になって、無数の刺激が私たちに入り込んでくるようになりました。24時間永遠に続く刺激の中では、集中力や観察力が失われるんです。英語でいうと「attention」の筋肉が衰えていく。

観察力が衰えていくと、いろんなものが失われていきます。たとえば、物事に対して距離を取って批評的に読んだり分析する力。何かを深く観察して自分自身の肉体を感じ、観察対象とある程度の距離を感じないと、そういった力は発揮されません。インスタグラムやTikTokのフィードのように、流れていくものばかりを見ていては絶対に不可能です。

──著書では、想像力やクリエイティビティにも影響があると書かれていました。

ロジャー:影響があると思います。深い観察は、自分の主体性に戻る、自分の呼吸に立ち戻る時間でもあります。そういった時間から余裕が生まれ、想像力やファンタジー、クリエイティブな要素が生まれてくると思います

大澤:たしかに、自分の感情が穏やかじゃないと作品に影響が出てしまうと感じます。ノイズがあると純粋に考えられなくなってしまうので、余裕や余白を持つことで、私たち作り手側も、本当に純粋なもの、自分がいいと思ったものを作ることができるのかなと思います。

ロジャー:インドや中国に残っているいろんな古典の文献には、「よい作品を作るために、作家たちはこういう準備をしなさい」といったガイダンスが残っているんですよ。服を緩める。窓を開ける。北側の風を入れる。そして瞑想する。心を落ち着かせてからはじめて筆をとる──といったような具体的な「自分に立ち返る」ためのテクニックが、代々伝わっていたんです。

大澤:へえー!

ロジャー:ミュージシャンのデヴィッド・ボウイなどのプロデューサーとしても知られるブライアン・イーノも、そういった方法論を意識しています。ランダムな命令が書いてあるカードを作り、創作に行き詰まった時に一枚引いてそこに書いてある通りにやることで、思ってもみなかった方向に思考をジャンプできるなど、意識を変えるためのシステマティックな方法論をクリエイションの中に入れようとしています。現代のクリエイターたちも、もっと「意識を変化させる」要素を入れていいのかなと思いますね。

大澤:おもしろいです。東京に帰ったらメンバーに伝えようっと(笑)。

 

アートは自分に戻るための存在

──大澤さんは、ふだんアート観賞をどのように楽しまれていますか?

大澤:「特別な行為」として味わうことが多いですね。アートは、日常から離れて自分に余白をもたらしてくれる存在です。ヨガも同じような感覚かもしれません。

アート観賞やヨガに対して、習慣として「日常」に取り入れることにずっと憧れがあるんですけど、私は「特別感のあるもの」として自分の中に持っておくことで、逃げ道を作っているんだと思います。家にいると、仕事をしなきゃとか、飼っている猫は大丈夫かなとか、常に何かを考えてしまって集中力がブレてしまったり、ネガティブな気持ちに支配されたりしてしまうので、すべてを忘れて自分に立ち戻る時間としてあるのだなと思います。

ロジャー:好きな美術館などはありますか?

大澤:前に行った箱根のポーラ美術館は、自然に囲まれていてとても好きな空間でした。あとは、祖母が徳島に住んでいるのですが、前に行った大塚美術館がすばらしくて。

ロジャー:大塚美術館! とても行ってみたいところです。レプリカの絵画がたくさんあるところですよね。

大澤:そうなんです。しかも歴史に沿って再現してあるので、アートのことをよく知らなくても「こういう風に絵が変わっていくんだ」と勉強になりました。今まであまり美術館をリピートしたことはなかったのですが、大塚美術館はまた行きたい場所ですね。

ロジャー:いいですね。私は東京だったら、東京国立博物館の東洋館や、日本民藝館などが大好きです。どちらもディープ・ルッキングにとてもいい場所ですよ。

 

アートを日常の価値を掘り起こす「道具」にしてほしい

大澤:ロジャーさんとお話していて、もっとアート作品を「深く」観賞してみたいなと感じました。アートは好きですが、そこまでじっくりと見たことがなかったんです。

ロジャー:ぜひ! 私はアートを、日常の価値を掘り起こすひとつの「道具」として捉えてほしいとずっと思っているんです。道具は積極的に使わないと意味がないもの。ただ道具箱の中に置いたまま、ガラスケースから眺めるだけでは生きてきません。

ディープ・ルッキングとは、「アート」という道具を積極的に使おうという提案なんですよね。そうすることで、美術館も作品も生きてくる。よりアートが生活に意味あるものとして響いてほしいと願っています。

ロジャー:それはアートに関わる人たちだけではなく、ビジネスマンや学生、子育てをする方など、さまざまな人にも伝えたいことです。作品観賞からちょっとしたヒントや余白を得て、自分の仕事や生活、子育てなどに役に立ててもらえれば素晴らしいなと思っています。

大澤:たしかにアートは、自分でも気づいていない、言葉にできない感情や思想を掘り起こしてくれるものですよね。ふつうに生活していると、なかなか辿り着けない場所まで連れていってくれる。生きていく上で絶対に必要ではないかもしれないけど、自分を豊かにしてくれるものだと思います。私ももっと、自分を掘り起こす道具としてアートを使っていきたいです。

今回の取材をきっかけにディープルッキングに興味を持った大澤さんは、その場でロジャーさんから『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』を購入した

INTERVIEW

INTERVIEW

雨のパレード・大澤実音穂がディープ・ルッキングを体験。長野県の【フェンバーガーハウス】に行ってみた

  • #ロジャー・マクドナルド #大澤実音穂 #特集

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東京国立博物館 東洋館(東京都台東区上野公園13-9)

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営業時間:9:30~17:00(最終入館は16:30まで)
休み:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌平日に休館)、年末年始、その他臨時休館あり

「国立博物館の東洋館には、中国の宋時代の山水画のいいコレクションがあります。人があまり多くないので、ディープ・ルッキングや瞑想をするのにもってこいな場所。私は時間をかけてアートを見るときによく行きますね」(ロジャー・マクドナルド)

 

日本民藝館(東京都目黒区駒場4丁目3番33号)

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営業時間:10:00~17:00(最終入館は16:30まで)
休み:毎週月曜日

「壺や籠などの民芸品には、アートとはまた違う良さがあって大好きです。日本民藝館は靴を脱いで館内を回れるのもいいですよね。リラックスした状態でアートを見ることも、ディープ・ルッキングで大切にしていることのひとつなので、とてもおすすめです」(ロジャー・マクドナルド)

DOORS

ロジャー・マクドナルド

フェンバーガーハウス館長

東京都生まれ。幼少期からイギリスで教育を受ける。『アウトサイダー・アート』の執筆者ロジャー・カーディナルに師事し美術史を学ぶ。1998年より、インディペンデント・キュレーターとして活動、2001年よりNPO法人AITのファウンディングメンバーとして国内外で様々な展覧会を企画・開催。長野県佐久市に移住後、2014年に実験的なハウスミュージアム「フェンバーガーハウス」をオープン、館長を務める。

DOORS

大澤実音穂

ミュージシャン

1991年鹿児島県生まれ。新感覚のメロディを奏でる3人組ロックバンド「雨のパレード」でドラムを担当し、ビートを織り交ぜた型にハマらないスタイルが持ち味。アートやヨガ、コスメなど趣味も幅広く、ミュージシャンとしてはもちろん、そのライフスタイルにも注目が集まる。

volume 06

「余白」から見えるもの

どこか遠くに行きたくなったり、
いつもと違うことがしてみたくなったり。
自然がいきいきと輝き、長い休みがとりやすい夏は
そんな季節かもしれません。
飛び交う情報の慌ただしさに慣れ、
ものごとの効率の良さを求められるようになって久しい日常ですが、
視点を少しだけずらせば、別の時間軸や空間の広さが存在しています。
いつもより少しだけ速度を落として、
自分の心やからだの声に耳を澄ませるアートに触れる 。
喧騒から離れて、自然のなかに身を置く。
リトリートを体験してみる。
自然がもつリズムに心やからだを委ねてみる……。
「余白」を取り入れた先に、自分や世界にとっての
自然なあり方が見つかるかもしれません。

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