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ESSAY

2023.09.15

「歌舞伎の“間”と日本画の“余白”に思いを馳せる」 / わたしの余白時間。#2 歌舞伎役者・尾上右近

Text / Shiho Nakamura
Illustration / Kahoko Sodeyama
Edit / Eisuke Onda

慌ただしい日々を過ごす現代人。仕事や家事から解放された、「余白」のある時間を皆さんはどうお過ごしだろうか?

なにか美しいものを観たり、素敵な物語に感動したり、美味しいものを食べたり。過ごし方はいろいろある。今回は様々な人たちにアートにまつわる「余白時間」を聞いてきた。

第二回は若手実力派歌舞伎役者の尾上右近さん。伝統芸能の担い手であり、最近では現代アーティストのアトリエで行った対談集『右近vs8人』(PARCO出版)を上梓するなどアートシーンでも活躍をみせている。そんな右近さんに余白を感じるアート体験について伺ったところ、ご自身が表現をする上で多大な影響を受けた日本画について語ってくれた。

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「ときめきを探しに街へ」 / わたしの余白時間。#1 文筆家・甲斐みのり

  • #甲斐みのり #特集

大切なことは「何をやらないか」

僕たちは今、情報で埋め尽くされ、「余白」が一度潰れてしまった時代にいるのではないでしょうか。ただ、そういった時代を経験してみて、やっぱり想像力が大切なのではないか、そのために余白があることって大事なんじゃないか、ということに気づき始めた過渡期でもあるのではないかと思うんです。

歌舞伎では余白のことを「間」とも言いますが、役者として表現するうえでも余白がないのは一番困っちゃう状況なんです。とは言っても、舞台に立っていると、間のある状態というのはすごく不安で怖くもある。

例えば、ある演目で、僕が手を打つタイミングで三味線の演奏が始まるとしますよね。手を打つまでのあいだ、言ってしまえばどれだけ余白を伸ばしてもいいわけです。間とは、「まだやらないの?」「次、どうするの?」という、演者やお客さんの緊迫した空気の中で作るもの。さらに言えば、不安になった分、それを取り返した瞬間に気持ち良さを持てることが、間を使える人ということになる。そのために、不安と仲良くする作業が稽古でもあるのですが。

お客さんが見入っている状態を意地悪するわけですから、間はかなり精神的なものです。そのうえで、意地悪されて良かったと思わせるだけのものを取り返さなきゃならない。舞台の上の緊張かつ興奮状態のなかで的確なものをつかむというのは、「この導線、切って大丈夫かな」と、爆弾処理をするみたいです。切る導線を誤れば間を違えることになって、お客さんの空気も台無しになってしまうから。僕のひいおじいちゃんでもある六代目尾上菊五郎が「間は魔に通じる」という言葉を残しているのですが、すごく納得します。

演じることに関しては、足し算ではなく引き算で、「何をやらないか」という表現をいつも考えなければなりません。僕が昔から日本画が好きなのも、その引き算の美学によって生まれる余白のためなんだと思います。日本の伝統的な絵画というのは、白く塗るのではなく、紙の白を生かして残す。「何を描かないか」ということですよね。

明治末期から昭和初期にかけて活躍した日本画家・速水御舟。日本画の表現の可能性を試行錯誤しながら追求し、新境地を開拓した。 / 【重要文化財】速水御舟《炎舞》(1925年)  / 絹本・彩色 / 山種美術館 所蔵

なかでも、速水御舟(1894-1935)という画家がめちゃくちゃ好き。十代の頃に図録をたまたま手にして「なんだこれ!」と衝撃を受けたのが、炎の中に飛んでいく蛾を描いた《炎舞》(重要文化財)という絵です。炎は不動明王の仏画で後ろに描かれる火炎の伝統的な描き方を踏襲しながら、立ち昇る煙は彼自身の観察眼を活かしてリアルに描くなど、いろんな要素が融合されているんです。そこに、蛾が真上から見たようにペタン、ペタンと描かれているのですが、四方に飛んでいるようにも見えるのが不思議。もっとたくさん蛾が飛んでいてもいいし、もっと炎が大きくてもいいはずなのに、どこに何を持ってきて余白を残すかという、バランスの凄み。ちょっと狂ってる、いや、緻密な狂い方というべきか。これぞ余白だと思ったのを覚えています。

速水御舟《京の舞妓》(1920年) / 東京国立博物館 所蔵 / 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

御舟の画風が生涯を通じて様々に変遷していくのも興味深いです。とことん突き詰めたスーパーリアルな作品を描いたかと思えば、抽象画みたいなものも描くし、いわゆる花鳥画のような絵も描いてしまう。日本画では舞妓さんの美人画を描くのが常識とされていて御舟も描いているんですが、面白いのが、それがとんでもなく疲れている舞妓さんなんですよ。目の下にクマはあるし、仕事に疲れ切っているような生気がない姿で、それを見た横山大観が「あれはなんだ!」と怒ったという逸話があるほどで。御舟は40歳という若さで亡くなっているのですが、家族からは、針を真綿でくるんだような人だと言われていたそうです。優しくてふわっと柔らかな人なんだけど、深く立ち入るとちくりと刺すものがある、と。

「梯子の頂上まで登ることを人は勇気と呼ぶけれど、一度登った梯子を降りて、そしてまた違う梯子を登ることこそが勇気」と御舟が言っていたと聞きます。静かで優しいパンク精神のような。それって、歌舞伎にも似てるんですよね。

山種美術館の内観 / 『速水御舟展』(2009年)より / 撮影:小池宣夫

《炎舞》を所蔵している山種美術館は、季節ごとに展示が変わるのですが、桜の絵があったり、川の絵があったり、すごく落ち着く空間なんです。歳を重ねるなかでいろいろなものに触れると、感覚が変化していくことも多いですが、ここに来ると変わらないものの良さを再確認できる。仕事に慌ただしく追われてしまいがちな日々ではありますが、速水御舟の絵にも、美術館の空間自体にも、変わらないものがあるというのはやっぱり、嬉しいな、幸せだなと改めて思います。

〈山種美術館〉

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山種美術館 展示室

開館時間:10:00 - 17:00 *入館は開館の30分前まで
休館日:毎週月曜日(祝日は開館、翌日火曜日は休館)、展示替え期間、年末年始
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36

2023年7月29日(土)-9月24日(日)の間は明治時代から現代にいたるまで、日本画の創造に挑み続けた精鋭たちの力作を揃え、その軌跡をたどる展覧会『【特別展】日本画に挑んだ精鋭たち ―菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へ―』が開催。
公式HPはこちら

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「“ちゃんとしなきゃ”の呪縛から解放させてくれた家のアート」 / わたしの余白時間。#3 クリエイティブディレクター・辻愛沙子

  • #辻愛沙子 #特集

DOORS

尾上右近

歌舞伎役者

1992年5月28日生まれ。清元宗家七代目 清元延寿太夫の次男。曾祖父は六代目尾上菊五郎、母方の祖父には俳優 鶴田浩二。 7歳で歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で本名の岡村研佑で初舞台。12歳で新橋演舞場「人情噺文七元結」の長兵衛娘お久役ほかで、二代目尾上右近を襲名。2018年1月清元栄寿太夫を襲名。

volume 06

「余白」から見えるもの

どこか遠くに行きたくなったり、
いつもと違うことがしてみたくなったり。
自然がいきいきと輝き、長い休みがとりやすい夏は
そんな季節かもしれません。
飛び交う情報の慌ただしさに慣れ、
ものごとの効率の良さを求められるようになって久しい日常ですが、
視点を少しだけずらせば、別の時間軸や空間の広さが存在しています。
いつもより少しだけ速度を落として、
自分の心やからだの声に耳を澄ませるアートに触れる 。
喧騒から離れて、自然のなかに身を置く。
リトリートを体験してみる。
自然がもつリズムに心やからだを委ねてみる……。
「余白」を取り入れた先に、自分や世界にとっての
自然なあり方が見つかるかもしれません。

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