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2023.02.17
放送作家・小山薫堂が風呂に浸かり考えたこと「湯もアートも正解なんてない」
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda
あるときは脚本家として映画『おくりびと』、放送作家として『料理の鉄人』などのヒット番組を手掛けた映像業界の人であり、またあるときは、熊本県のPRキャラクター「くまモン」を生み出すなど日本の地域を盛り上げるプロジェクトアドバイザーでもある、小山薫堂さん。
さまざまな領域で活動する彼が2015年から提唱しているのが「湯道」だ。そもそも日本には茶道、華道、書道などさまざまな「道」が存在する中で、「入浴」の精神と様式も突き詰めることで新たな「道」になるのではないか。そんな考えのもと生まれた。
これまでに「湯道」にまつわる展示や講演会、雑誌連載など積極的に啓蒙活動を行い、今年の2月23日には小山さん自身が脚本を執筆した映画『湯道』の公開も控えるなど、じわじわと新しい文化として広がりつつある。
「湯道」の精神にはこんな言葉がある。
“「湯道は作法にあらず、湯に向かう姿勢なり」という結論を得た。形ではなく心。湯に浸かり何を思い、何を得るかが、大切なのだ。”(小山薫堂「湯道百選」)
その心の有り様は、もしかしたらアートを観る私たちにも通ずる何かがあるのかもしれない──。今回は小山さんに湯とアート、2つの心得を聞いてきた。
湯とアートの心得、其の一
「自分次第で、新しい価値が生まれる」
小山薫堂さんの事務所で取材。オフィスには至るところに小山さんが生みの親である「くまモン」やアート作品などが置かれていた
ーーまずは湯道の活動を始めた経緯からお伺いしてもよろしいでしょうか。
最初のきっかけは、「東京スマートドライバー」という首都高速道路の交通事故減少を啓蒙するキャンペーンの発起人を僕が務めたことです。まず首都高での交通事故の原因を調べ始めてみたら、ほとんどの事故は料金所の付近で起きていることがわかりました。つまり、車線が合流するところで譲り合わないことが接触の原因。だから、普通のドライバーなら持っている「事故を起こしたくない」という感情を、他のドライバーへの「思いやり」へとシフトできれば、事故は減ると思ったんです。それを訴求する活動だったのですが、 自分が発起人をやる以上は、僕が事故を起こすわけにはいかない。そこで以後は首都高に乗るたびに優しくなるよう心がけました。すると、優しい運転を心がけるだけで幸福感を得られるようになってきたのです。そしてそれを続けていくうちに、首都高に乗ると優しい自分になれるようになった。社会は何も変わらないし、人も変わらない。でも、自分がどう考えるかによって新たな価値が生まれる。これは素晴らしいなと思いました。
ーー誰かのためを思って行動をすると、不思議と温かい気持ちになる。それが自分の幸福感につながるというのはまさに素敵な循環作用ですね。
それから数年後、「下鴨茶寮」という京都の料亭を引き受けて、 茶道に通じている茶人の方々とお付き合いをしていたときにもある気づきがありました。お茶もただ美味しいから飲む、喉が渇いてるから飲むということではなく、これを「道」として捉えて向かい合ったときに価値が生まれていますよね。これは自分が首都高で感じていたことと似ているなと感じました。そして「道」という形は、自分の中にある新しい考えを開いてのめり込むフレームのようなものなのだと理解しました。茶だけでなく花や書にも「道」はありますが、まだ「道」となっていないものも、新しく「道」として拓ける可能性はあるのではないか。そう思った時に、自分は幼い頃からお風呂が大好きだったことを思い出しました。思えばお風呂は日本独特の入浴様式があり、温泉大国で、国の観光資源にもなり得ている。そこから湯道というものを立ち上げたいと考えました。
「湯道」とは湯に向かう心の姿勢、すなわち「感謝の念を抱く」「慮る心を培う」「自己を磨く」という三つの精神を核としながら、日本の入浴文化を世界に発信することである(写真は映画『湯道』で角野卓造が演じる湯道会館・家元による入浴シーン)
ーーお風呂と言うと生活の一部になりすぎていて、それが「道」だという発想はたしかに今までありませんでした。
お茶の世界には茶室という場所があり、作法があり、 炭手前やお軸、茶杓、お茶碗、つくばい……といろいろな道具や装飾があるじゃないですか。一方でお風呂にも、風呂桶があるし、手ぬぐいがあるし、銭湯に行けば絵がある。お風呂を構成するものは実はもっと芸術的に評価されてもいいものだと思っています。たとえば、木製の風呂桶で1万円と言われると高いと思いますよね。もっと安いプラスチックの桶はたくさんあり、それで代用できるからわざわざ高額なものを買う必要はないと思ってしまいがちです。しかし、これが「お道具」と言われた瞬間に、1万円出して買ってもいいと思う人は出てくるのではないでしょうか。茶碗も1万円の湯呑み茶碗は高いと感じますが、1万円のお抹茶茶碗って言われると、まあ別にそれくらいするかと思える。これは材料が高級になるわけでもなければ、作る手間が格段に変わるわけでもありません。やはりそこには「道」のための「お道具」として人々がちゃんと納得して、それを購入してもいいと思わせる何かがあるからです。
ーーそれまで誰も価値を認めていなかったものに新しい美的価値を見出すまなざしは「民藝」(*1)に近いものを感じました。現在、湯道の活動を通しての反響や手応えを教えてください。
*1…….1926年に柳宗悦らによって提唱された言葉である。一般民衆の生活の中から生まれた、素朴で郷土色の強い実用的な工芸品は、美術品に負けない美しさがあると唱えた。
今は湯道文化振興会 という団体を通して、湯の魅力を伝える活動をしています。その先に、湯道というものが日本の「お風呂」「銭湯」「温泉」「家庭の風呂」を含めた総称となり、世界の人たちから日本の風呂文化の価値が認められたらいいなと思っているところです。手応えとしては、今は映画『湯道』 の公開により知名度が上がってきたと感じています。また、お風呂屋さんと話して知ったのは、湯道という言葉を発信すると、海外の人にも魅力が伝わりやすいと感じてくれている方が多いということです。
ーーやはり、外から発見されるということも必要であると。
そうですね。外に発信するときは、「道」がついてる方が海外の人に興味を持ってもらいやすいのだと思います。
映画『湯道』では家庭の風呂から温泉施設、大衆浴場などさまざまな場所における湯の魅力と人情が描かれる(写真は生田斗真演じる主人公・三浦史朗が実家の銭湯に数年ぶりに入浴するシーン)
湯道とアートの心得、其の二
「美を感じる心は湿らせておくこと」
体と心を温めることで広がる世界があるのかもしれない。ちなみに小山さんは企画のアイディアを練るときもお風呂に入る
ーー湯道を通して何を社会に伝えたいですか?
お風呂に浸かっているときにしかめっ面をしてる人はいないじゃないですか。風呂場で時々ケンカをする人はいるかもしれないですが、それでも「あいつ本当に頭にくるな」「どうやって復讐しよう」みたいなことを考える人はほとんどいないと思います。むしろ「幸せ」「気持ちいい」など、決して負の感情ではないものが沸き立っている。お風呂は人の心を温める装置です。僕が首都高に乗ったときに優しくなったように、お風呂が心を穏やかにする自己暗示をかけられる場所になるといいなと思っています。大きな話ですが、お風呂で世界が平和になったら素敵ですよね。
ーーたしかに「水に流す」ではないですが、何かしらの浄化作用もあるように感じます。小山さんは湯道の活動で全国各地に行かれていると思いますが、足を運ばれた先で美的なインスピレーションを得ることはありますか?
湯道に関していえば、2つあると思っています。ひとつは自然の素晴らしさで、もうひとつは人の温もりです。自然については特に温泉の場合が多いのですが、こんなにも気持ちのいい湯を地球からいただいているんだという偉大さを感じます。もちろん、湯船から見られる風景、そよぐ風、鳥のさえずりなどから自然の恵みやありがたみを感じることもあり、それらによって自分の感受性が磨かれることもあるように思います。やはり美を感じる心は常に湿らせておかなくてはいけない。私はそんな風に思っているのですが、湯はちゃんと心を湿らせてくれる効能があるんですよね。そして人との出会いであるとか、人の優しさとか、そういうものに触れたときにも美を感じます。形のある美しさではない、何か泣けてくるみたいな感情。それもひとつの美ではないかと思います。
ーー気持ちがほぐれるからこそ、感受性が開くということもあるのでしょうか。
ありますね。「風呂は人を詩人にする」ではないですが、以前とある箱根の露天風呂に浸かっているときに、桜の花びらがひとひらだけ落ちてきたんです。それを見たときに、歌が詠みたくなりました。そういう感覚って日常ではあまり得られないですよね。
湯とアートの心得、其の三
「大事なのは“ゆるさ”である」
小山さんのオフィスに飾られた西垣肇也樹さんの作品。石川五右衛門の釜茹でをモチーフに子供を持ち上げた小山さんが描かれる
ーー小山さんのお話を聞いて、湯に浸かっているときの状態とアートを鑑賞するときの姿勢は、少し通ずるものがあると感じました。
結局価値を決めるのは、自分の心じゃないかと思います。アートはどうしても「有名な人の絵がよく見える」「希少だから欲しくなる」など、邪念によってマーケットが成り立ってる側面もあるかもしれません。しかし本来はそういうのもではなく、誰がなんと言おうと自分がいいと思う作品が1番なはずです。きっとお風呂も同じなんですよね。映画『湯道』に出演されている厚切りジェイソンさんに雑誌『Pen』の「湯道」特集 で「あなたの好きな湯を教えてください」と伺った際に「妻の実家にある風呂」と答えてくださっていて、すごくいいなぁと思いました。自分にとっていいと思うものが、価値になる。だからアートも、自分が本当にそばに置いておきたい、 これがあることによって自分はこういう感情になるというものを求めなくてはいけない。その点は似てると思いました。
ーーたしかに価値は本来はその人の感じ方次第であるはずなのに、他人から強要されたり、世間から思い込まされてる部分がとてもあります。
本来その人なりの哲学があればそれでいいものですよね。そういう意味では、アートとの出会いはやはりセレンディピティ(予想外の発見)で、何にもないピュアな自分の感覚だけで好きになったり、のめり込むことができるのは幸せだなと思います。
ーーご自身がアートとのセレンディピティを感じた瞬間はありますか?
大学生の頃にとある百貨店で、一人のアーティストがポスターサイズの紙にクレヨンで花の絵を描いていたのを見かけました。30秒ぐらいでぱぱぱっと即興で。それを1枚2,500円ぐらいで販売していました。その絵がとても良かったんですよ。当時はお金もそこまで持っていませんでしたが、2,500円なら買えると思い購入しました。その方は黒田征太郎さんで、その後額縁も買って、今でも大切に保管しています。それから約40年後の今、僕は黒田さんと文通をしているんです。定期的に黒田さんからハガキが送られてくるんですけど、それも僕にとってはアートなんですよね。
小山さん宛に届くイラストレーターの黒田征太郎さんの絵葉書。「毎回、すごいクオリティでなんて返そうか悩みます(笑)」と小山さん
「返事の代わりに僕がプロデュースした焼酎《百》を贈った事もあったんです。そしたら焼酎の桐箱にドローイングを描いて返送してくれたんです。これも嬉しかったです」と小山さん
ーー学生の頃の作品購入が現在の親交につながったとは。何か運命めいたものを感じますね。では湯道に通ずるアート作品といえば何が思い浮かぶでしょうか。
やはり銭湯壁画ではないでしょうか。銭湯の富士山の絵は独特ですよね。どこにでもあり、それを誰も嫌だと思わない。むしろ馴染んでいて、見た人はほっとする。そんなアートは他になかなかないと思います。そして思い出したのですが、学生の頃に行っていた高田馬場のとある銭湯(現在は廃業)は、ペンキ絵が自分のふるさとの天草五橋の風景だったんです。東京の銭湯のほぼ90%は富士山だと思いますが、あそこがなぜ天草五橋だったのか。昔の話なので調べようもないのですが、当時それをみて郷愁に浸った記憶があります。自分のふるさとが銭湯に描かれているだけで、ちょっと舞い上がりました。
小山さんが手掛ける湯道具のひとつ風呂画「湯道富士」。ご自宅の浴槽に貼ることができる銭湯絵師の丸山 清人さんが描いた富士山のポスター
大丸東京店で開催する湯道展にて富士山のポスターを販売します。詳しくは文末のinformationよりご確認。
ーーでは他に、湯をとりまく「湯道具」で小山さん自身がアートを感じるものはありますか?。
一番わかりやすいのは手ぬぐいです。京都の細辻伊兵衛美術館には江⼾・明治・⼤正・昭和・平成・令和と6つの時代に渡っての芸術性の⾼い手ぬぐい作品がたくさんあります。美的センスやユーモアに優れた手ぬぐいは、眺めているだけで楽しい気持ちになりますよね。そういうものをお風呂で日常使いするのもいいですよね。僕が敬愛する脚本家の倉本聰さんは点描画を描かれることでも有名ですが、倉本さんの作品を手ぬぐいにしてサプライズでご本人にプレゼントしたこともあります。使い込むとまた味が出ていいんですよ。
テレビ番組『妄想ふたり旅-京都編-』企画で倉本聰さんへのサプライズで制作した手ぬぐい
ーーたしかに手ぬぐいは身近な日用品であり、作品でもあるかもしれません。最後に改めて、湯道やアートに共通する、小山さんの哲学をお聞きしたいです。
ゆるくあることです。こうでなくてはいけないということはなく、 それぞれが自分なりに楽しめればいいと思います。僕の友人で、ピエロマンゾーニの《Artists’ Shit》という作品を所有しているギャラリストがいるんです。ピエロ・マンゾーニが缶詰に自身の排泄物を詰めて、当時の金のレートと同じ値段で販売したものなのですが、友人はそれを3000万円で購入しました。それを聞くとこの人バカじゃないか?と思う人もいると思います。でも、本人はそれが宝物でしょうがないわけです。大切に所有して時々眺めてはにっこりするらしいです。たしかに自分がいいと思えばそれでいいですよね。お風呂も同様に正解はなくて、自分がいいように浸かればいいと僕は思っています。
いいお湯でした
Information
映画『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開
企画・脚本: 小山薫堂(『おくりびと』)
監督: 鈴木雅之(『HERO』シリーズ、『マスカレード』シリーズ)
音楽: 佐藤直紀
出演: 生田斗真、濱田岳、橋本環奈 ほか
©2023映画「湯道」製作委員会
■~お風呂場に銭湯絵でアートを~大湯道展
「日常にあるアート」としても注目されている銭湯絵。銭湯絵師の丸山清人さん指導の下、お風呂場に飾れる画材で、若手アーティスト26人が書き下ろした作品26点をチャリティ販売いたします。また、温泉や銭湯で使うことを念頭にデザインされた「湯道具」も合わせて展示即売します。
詳しくはこちら
■会期
2月22日(水)~2月28日(火)
■会場
大丸東京店1階 婦人洋品側イベントスペース
〒100-6701 東京都千代田区丸の内1丁目9−1
■入場料
無料
GUEST
小山薫堂
放送作家
放送作家/脚本家。京都芸術大学副学長。京都の料亭「下鴨茶寮」主人。1964年6月23日熊本県天草市生まれ。日本大学芸術学部放送学科在籍中に放送作家としての活動を開始。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など斬新なテレビ番組を数多く企画。脚本を担当した映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得。執筆活動の他、地域・企業のプロジェクトアドバイザーなどを務める。熊本県のPRキャラクター「くまモン」の生みの親でもある。2015年より、現代に生きる日本人が日常の習慣として疑わない「入浴」行為を突き詰め、日本文化へと昇華させるべく「湯道」を提唱。2020年10月「一般社団法人湯道文化振興会」を創設した。現在、雑誌PenおよびWebsiteにて、「湯道百選」を連載中。
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