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INTERVIEW

2025.11.05

マンガの魅力を1000年先へ──伝統技術で未来へ挑む「集英社マンガアートヘリテージ」

Photo / Kyouhei Yamamoto
Text / Kaori Komatsu

「マンガを、受け継がれていくべきアートに」というビジョンのもと、2021年3月にスタートした集英社マンガアートヘリテージ。10年以上にわたるマンガ原稿のデジタルアーカイブ資産を活かし、最良の印刷技術とマテリアルでマンガ原画を再構築する「マンガアート」をベースに、さまざまな形でマンガ作品の可能性を提示し続けています。

集英社マンガアートヘリテージによる作品が、11月12日から大丸京都店に展示されます。11月14日からは国内アートフェア初参加となる、Art Collaboration Kyoto(ACK)へ出展。あわせて、京都アンプリチュード、便利堂コロタイプギャラリー、東本願寺・白書院、など京都各所で展示されます。集英社マンガアートヘリテージのディレクター・岡本正史さんに秋の京都で展開されるプロジェクトの全貌を伺いました。

マンガを、受け継がれていくべきアートに。集英社マンガアートヘリテージの挑戦

――集英社マンガアートヘリテージは2021年3月にウェブでサービスをスタートし、2023年11月に麻布台ヒルズにフラッグシップギャラリーをオープンしました。今では海外での展覧会も行っていますが、どういう経緯があったのでしょう?

集英社では2000年代の半ばからマンガデータのデジタル化は進めていましたが、2010年代に入り、スマホが広く普及する中で、これまでのデータを使ってコミックス1冊まるごと配信することが可能になりました。2010年代後半くらいから、出版社によってはデジタルコミックの売り上げが紙の売り上げを超える状況になっていきます。デジタルコミックの営業と販売が軌道に乗ったので、新たな事業を立ち上げることになり、「マンガを、受け継がれていくべきアートに」というビジョンのもと、集英社マンガアートヘリテージの構想が生まれました。そもそもは2020年中にローンチする予定だったのですが、コロナ禍になってしまったことで、リアルに拠点を構えて作品を展示したり、販売することができなくなりました。その代わりにウェブエキシビションという形で、いろいろな場所で作品紹介ムービーを撮影して公開しています。最初にアップしたムービーは、森の中や別荘内に『ONE PIECE』のマンガアートを置き、4人のチェリストにクラシックの楽曲をアレンジして演奏してもらうというものでした。コロナ禍が落ち着いた頃、2021年に新しくオープンする麻布台ヒルズのカルチャーゾーンへの出店の話をいただき、ギャラリーを構えることになりました。

――ギャラリーを構えるにあたり、どんなことにこだわりましたか?

空間設計、照明、音響には相当こだわりました。ギャラリースペースの入口に設置した円筒は印刷機のシリンダーのイメージで、壁は曲面になっています。紙が印刷機を通っていくイメージの設計になっています。スポットライトは自動調光によって光が変わるようになっていて、午前中〜夕方は白い光、夕方〜夜は赤っぽい光になります。作品を買っていただいた後、ご自宅などで鑑賞した時のことを思い描いていただきやすいよう、さまざまな光の中で作品を見ていただくことができます。

また商談を行うラウンジスペースの部屋は、白い光のバーライトが付いています。色がもっとも適切に見える照明を探した際、照明デザイナーから「紫色励起LED」のことを教えてもらいました。外科のオペ室や化粧品の路面店などで使われている照明で、目が疲れにくく、太陽光スペクトルと近い波長で色を正確に判断できる。しかしLEDなのに電気の消費量が大きいことなどもあって、あまり普及していないそうなんです(笑)。マンガ作品の鮮やかな色彩や、紙の質感をきちんと見ていただくために、ケース〜回路から特注して作ってもらいました。

――マンガを軸にしたアートを見る上で一番良い環境にされたわけですね。

そうですね。集英社もさまざまな原画展を開催していますが、マンガ家の方は原画をそのまま見られるものとして描いているわけではありません。印刷されて本になる段階で見られることを前提として描いてらっしゃいます。多くの人に読んでいただけるよう、雑誌やコミックスはできるだけ廉価で販売できるよう工夫しています。その逆で、考えうる最良のマテリアル〜印刷技法を用い、絵の良さをできる限り引き出そうという目的を持っているのが集英社マンガアートヘリテージです。

例えばモノクロの本文ページ。現在のマンガ製作は、デジタル組版〜製版になっていて、マンガ原画には吹き出しの中に「写植」が貼られていない状態です。マンガが絵だけでは無く、書かれた文字やフォントデザインを含めて楽しむものだとすると、文字を含めて作品化しなければならないはずです。活版印刷作品は、こうした考えから生まれました。

また、染料系のマーカーで紙に描かれたカラー原画は褪色しやすく、原画をそのまま飾っていると、環境によっては数ヶ月後には色が変わってしまいます。保存性の高い用紙を用いて、耐光性のあるインクでプリントし、鑑賞に適したプリント作品を作りました。

もうひとつ、活版平台印刷やコロタイプ印刷など、さまざまな技術を伝え、残していきたいという意識もあります。印刷技術の中には、あまり使われなくなり、失われてゆく技術となってしまっているものも少なくはありませんが、そういったオールドなものとNFTブロックチェーン連携証明書というような新しい技術がマンガを通して繋がることで、新たな価値が生まれるのではないかと思っています。

活版印刷で再現された『ONE PIECE』(部分)

マンガと伝統技術が織りなす新たな試み、京都各所での展覧会が開幕

――11月12日から大丸京都店、11月14日から便利堂コロタイプギャラリー、京都アンプリチュード、など、京都の複数の箇所で集英社マンガアートヘリテージの作品が展示されます。印刷にこだわった作品も多数展示されるそうですね。

手漉き和紙にコロタイプでプリントした「The Millennium」シリーズは、「1000年先にマンガを伝える」ことをコンセプトにしています。久保帯人先生の「BLEACH/黒衣少年図」に続いて発表したのが「BLEACH/月牙領身図」です。1300年以上の伝統を持つ美濃の和紙を使っているのですが、この和紙は、岐阜県の職人の方が1枚ずつ手すきで作業し、1ヵ月に約60枚しか作れないというペースで制作されました。コロタイプ印刷は、ガラス板にゼラチンを塗布し、顔料インクを用いてプリントします。100年以上色が持つことが歴史的に実証されている技法でありながら、現在は世界で唯一、京都の便利堂だけがカラーのコロタイプ印刷を行なっています。

通常の商業印刷ではCMYKの4色が使われますが、この作品は重層的な黒を表現するため、全9版を使用。黒を表現するためにこれだけの版を用いたのは「コロタイプ史上初めて」だろう、と便利堂さんが話されていました。最終的に墨で描いたような深みのある黒の表現となりました。久保先生も『週刊少年ジャンプ』誌上でできるだけ黒く見えるために、何度も黒を繰り返し塗っていたそうですが、そのニュアンスもしっかりと出ています。

今回、大丸京都店で展示する、尾田栄一郎先生の「ONE PIECE/The Scroll 壱」という作品も、コロタイプによるプリントです。豊かな色彩を表現するため50版を用い、手漉きの和紙にプリントしています。横長の絵ということもあり、巻物状にしたてる「巻子装」のオプションも用意しています。

コロタイプ印刷は写真技術が生まれた頃に発明されたプリントの技法です。京都市では、寺社仏閣など文化財の修復を記録する際に、ビフォア/アフターの写真をコロタイプでプリントして保存するそうです。より確実に後世に記録を引き継ぐためだと思いますが、その技法の素晴らしさを知って、マンガアートを作る際に活用させていただいています。

コロタイプ印刷で再現された『BLEACH』の黒の表現

──他にはどんな展示が行われるのでしょう?

国立京都国際会館のACKの会場には、いろいろな印刷技法の版を展示し、他の会場ではそれらの版で刷られた作品を展示します。

70年代前半頃までは、金属版にマンガの絵を腐食製版し、吹き出し部分を糸のこでくり抜いて、そこに活字を組むという作業が行われていました。金属版をまとめて印刷所に送るので、当時の入稿は物理的に「重かった」と言います。そうした話は先輩から聞いていたものの、使い終わった金属版は再利用するため溶かしてしまうため、現物がどこにも残っていませんでした。

集英社マンガアートヘリテージでは、その金属版と活字によるプリントを再現するプロジェクトを行いました。永井豪先生の「マジンガーZ/戦え!マジンガーゴー」は、プリント作品を大丸京都店、国立京都国際会館のACK会場では、活字を組み込んだ金属版を展示します。両方見ていただくことで、より印刷の面白味が伝わるのではないでしょうか。

永井豪「マジンガーZ/戦え!マジンガーゴー」の金属刷版

また、京都アンプリチュードでは、岡崎京子と伊藤若冲の作品を並べて展示します。伊藤若冲の「花卉(かき)図」は、もともと京都のお寺の天井画として描かれ、明治時代に伝統的な浮世絵の技法で木版画として出版されたものです。円形のフォーマットの中に配された花々は、大きさがレコードジャケットに近いことに着目して、集英社マンガアートヘリテージのオリジナルヴァージョンとして製作しました。岡崎京子先生の作品に描かれる絵とリンクするように、若冲の花の絵を選んでいます。『pink』『わたしは貴兄のオモチャなの』『うたかたの日々』など岡崎先生の作品は集英社が版元ではないのですが、自社に限らずさまざまなマンガとの新しい試みを今後もやっていきたいと思っています。

伊藤若冲「花卉(かき)図」木版画作品

今年9月から来年1月にかけて、サンフランシスコのデ・ヤング美術館でアメリカ初の大規模マンガ展「Art of Manga」展が行われています。荒木飛呂彦先生、尾田栄一郎先生、高橋留美子先生、田亀源五郎先生、谷口ジロー先生、ヤマザキマリ先生、山下和美先生、よしながふみ先生らの原画が 700 点以上展示されていて、美術館始まって以来の入場者数を記録していると聞いています。集英社マンガアートヘリテージは同展に招聘され、最後のセクションに、先ほど紹介した「BLEACH / The Millennium」や「ONE PIECE/The Scroll 壱」も展示されています。また田名網敬一×赤塚不二夫のコラボレーション作品「TANAAMI!! AKATSUKA!!」のグラビアプリント作品や屏風、着物も並べました。

また「Art of Manga」展にあわせて、9月から10月にかけて同市にあるギャラリースペース・Minnesota Street Projectで、荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険』の新作アートプリントを展示しました。日本からわざわざこの展示のために来てくださった方もいらっしゃって、非常に盛況でした。世界初公開したリトグラフ作品やレンチキュラープリント作品は、来年、麻布台ヒルズの集英社マンガアートヘリテージ トーキョーギャラリーで展示予定です。

「Art of Manga」展が行われているデ・ヤング美術館(サンフランシスコ)の内観

――「Art of Manga」展をはじめ、これまで集英社マンガアートヘリテージは海外での出展に力を入れてきました。特に印象的だった反響というと何になりますか?

サンフランシスコの「Art of Manga」展やニューヨークのアートフェア「Art on Paper」では、作品を観ながら泣いているお客様がいらっしゃいました。マンガは手に持って、自分の生活空間のなかで読むことが多いものだけに、あるシーンやキャラクターの想いなどが、読んだときの自分自身の記憶とリンクしやすいのではないかと思います。国境を超えて、作品が多くの人に感動を与え、大切にされていることを目の当たりにすることは、貴重な体験でした。

また、ニューヨークで行われたアートフェア「Art on Paper」に田名網敬一×赤塚不二夫の作品を出展した際は、ニューヨーク公立図書館の方が作品を観て「素晴らしい」と言ってくださり、すぐに同館のコレクションに入れていただくことが決まりました。さまざまな方面の方に面白がっていただいているのが嬉しいですね。

『TANAAMI!! AKATSUKA!!/That’s All Right!!』が東京ADC賞の原弘賞を受賞したり、『ONE PIECE ONLY』展図録が第58回造本装丁コンクールで日本書籍出版協会理事長賞を受賞したりするなど、いろいろなところで評価をしていただいています。

──さまざまな試み取り組みをする中で、マンガアートの可能性をどう考えてらっしゃいますか?

マンガであることで広がっていく可能性はとても大きいと思います。日本のアートマーケットの規模はとても小さくて、2千数百億円程度 と言われます。日本のマンガの市場はデジタルコミックだけで5千億円を 超えています。関連グッズなどの売り上げを含めると、アートマーケットの売り上げの10倍では効かない規模になるのではないでしょうか。マンガというアートは、もっと広くて面白いものになる可能性がある。先ほどお話したような伝統技術や伝統工芸とご一緒することで、より多くの方に驚きを与えられるとも思っています。今回京都という場所で、歴史的な空間や伝統的な技術とも組み合わさったさまざまな展開ができることには、とても大きな意味があると考えています。

Information

集英社マンガアートヘリテージコレクション

■会期
2025年11月12日(水)~11月25日(水)

■営業時間
10:00~20:00

■会場
大丸京都店 1階案内所前特設スペース
京都市下京区四条通高倉西入立売西町79

■入場料
無料

大丸京都店のHPはこちら

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