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INTERVIEW

2025.03.05

想像していたスケールを超えて、豊田市美術館を貫いたFLOOR/現代アーティスト・玉山拓郎の集大成

Edit & Text / Eisuke Onda
Photo / Shin Hamada

「何か」は現れた。目撃したのは建築家・谷口吉生が設計した豊田市美術館。

それは、日の光の移ろいにより表情を変える美術館の2-3階にある5つの展示室を貫く、カーペットで覆われた一つの作品だという。展覧会のイントロダクションにはこう書かれている。

「建築とも彫刻ともつかない巨大な「何か」がある」

ミステリアスなこの作品を制作したのは現代アーティストの玉山拓郎さん。以前、ARToVILLAのインタビューでも「思い出の場所」と語っていた豊田市美術館で、なぜこのような作品を生み出したのか、制作背景に迫る。

「何か」は展示室1-5を貫きながら、巨大な壁、天井、梁、彫刻のような姿で現れる

憧れの豊田市美術館

━━玉山さんにとって豊田市美術館は思い出の場所だとお聞きしました。

そうですね。地元が近くてよく子供の頃に父に連れられて訪れていました。幼いながらに展示空間のスケールに圧倒されたことは今でも覚えています。それから愛知県立芸術大学に進学したのですが、在学中に足繁く通う特別な場所でもありました。

でも、おそらく僕だけじゃなくて、この近くの美大に通う人にとっても同じように特別なんですよね。近くにある、ものすごく美しくて、いい美術館。自然と「いつかここで展示をしてみたい」と誰もが一度は考えた場所だと思います。

━━美術館で印象に残っている展示についても教えてください。

学部生の頃に観た村瀬恭子さんの個展「Fluttering far away / 遠くの羽音」(2010)です。特に白い壁に黒いメディウムで絵を描いたインスタレーションのような作品がすごく記憶に残っていて。洞窟みたいで、きっと作家が何日も滞在して描いたんだろうなという気配を感じました。これだけ大きな展示会場を作品で埋め尽くすという作家の器量を体感した初めての機会でしたね。後から知ったことですけど、僕の展示も担当してくださった学芸員の鈴木俊晴さんの企画なんですよ。

「村瀬恭子 Fluttering far away / 遠くの羽音」(2010)

━━それはまた運命的な巡り合わせですね。幼い頃に「空間のスケールに圧倒された」という話もありましたが、谷口吉生が設計した建物の魅力はどのように受け止めていたのでしょうか?

空間の美しさや自然光と作品の反応、展示のダイナミズムを感じていました。でも、建築的な視点で面白いと思ったのは、ひょっとしたら最近の出来事なんです。自分の作品のスケールが大きくなるにつれて、建築家との協働制作が増えて、建築的視点で美術館を見るようになってからで。

印象的だったのは建築家の青木淳さんと、画家の杉戸洋さんがコラボレーションした「こっぱとあまつぶ」(2016)。いつもなら展示室1から5まで順に観ていく寄り道のない動線なんですけど、それを逆にしていたんです。そうすることで普段の動線をより強く感じて、美術館は作家がストーリーを組み立てやすいように“一つだけの道のり”を用意していたのだと気が付きました。

「杉戸洋 こっぱとあまつぶ」(2016)

また、広い視点でみたら全ての空間がすごく繋がっているなとも思えたんです。具体的には展示室1の吹き抜けは展示室3の壁面になっていたり、展示室4の窓と展示室1が見下ろせたり、シームレスに繋がった大きな空間でもある。だから、どの部屋にいても同じ空気がちゃんと流れていて、それが面白いと感じました。

展示室1の吹き抜け空間。天井左側の隙間は展示室3と繋がる

展示室1の真ん中にあけれた窓は展示室4と繋がる

INTERVIEW

玉山拓郎が語る思い出の場所・豊田市美術館の記事はこちら

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INTERVIEW

「日常の中にある違和感を、ただ作品化している感覚なんです」 / アーティスト・玉山拓郎が語る風景とアート

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一発勝負の作品制作と想定外の出来事

展示空間4から1を覗く

━━憧れの場所でもある豊田市美術館での個展、お話が来た時はどんな心境でしたか?

2022年の年末、ちょうど「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」で展示していた《Something Black》を観にきてくれた学芸員の鈴木さんと夕飯がてら近況をやり取りをしていたら、急にA4の封筒を差し出されたんです。開けると、僕の個展の企画書でした。

鈴木さんは僕の作品をよく観てくれている一人で、いつかは豊田市美術館で展示したいという思いも伝えていました。鈴木さんからも「玉山くんだったらこの空間をどう使う?」という大喜利を振られたことがあったけど.......ついに。夢にみていたことだったので、企画書を見た瞬間は身ぶるいしました。

それから「展示空間全体を貫く展示にしたい」と鈴木さんからお話がありました。ちょうどその頃、次の作品のアプローチとして同じようなことを考えていた時期だったので、そこからの流れは本当に早くて。1週間後に展示のプランが出来上がって鈴木さんからもすぐにOKもらえました。

展示空間1から4を貫く何か。壁や椅子、非常誘導灯すらも作品のメディウムのように見えてくる

━━玉山さんも「貫く」ような作品の構想を考えていた、と。

思い返すと《Something Black》では、身近な家具や建築など異なるスケールの彫刻を並べることで都市空間のような規模感になる作品を目指しました。そうすると、次に作りたい作品のスケールが自分の中でもどんどん大きくなって。かといって巨大な空間で展示する機会がもらえるわけでもない。だから、区切られた部屋ごとの空間を貫くことで結果的に巨大な空間を内包する作品について考えていたタイミングでした。

《Something Black》(2022-2023,森美術館 ,東京)/Photo : 大町晃平 Kohei Omachi/Photo courtesy : ANOMALY

あと、これは感覚的な話なんですけど、何かが突き刺さって貫通している状態に、もともとすごく興味があって。作品でも試してきたことなんですけど、区切られた部屋の壁に何かを突き刺すことで、その奥を意識するようになったり、あるいは壁自体が作品のメディウムになったりすることがあるなって。それは、単純に壁や天井、床で仕切られている状態=空間、という捉え方への違和感が動機なのかもしれません。窓や扉があれば、その空間はどこかへ繋がっているわけですから。

━━その後の制作期間についても教えてください。

最初に提出したプランから大きな変更はなく、2年間は単純に現実化させるために構造や素材を検討していました。建築面ではGROUPの井上岳さんに、構造計算は円酒構造設計、施工は名古屋のミラクルファクトリーが入ってくれました。

自分も含めてあれだけ巨大な作品を美術館に設置するということは初めてで、想定外の事態がいくつも発生しました。本来の建築現場だったら、スムーズに進むことが、美術館に設置するということでいくつも問題が生じたり......、本当にこれを立ち上げるにはどうすべきかを考えた期間でしたね。

展示室3

━━作品の形態に関しては検討を重ねたのでしょうか?

僕の作家としての強みだと思うんですけど、絶対にマケット(*1)は作らないようにしているんです。スケールは違えど、一度でも形にしてしまうと作品の鮮度が落ちる気がしていて。見えすぎてしまうといいますか。まずは展示会場に行って、空間の持つスケールを体感して、あとは作品の平面図を書いたら、自分の中では作品のスケール感覚は決まっているんです。

*1……彫刻などを制作する際の雛形、模型など

━━プロトタイプなしの一発勝負なんですね。

ドローイングも作らないので本当に一発。作品制作を重ねて培われた空間に対して把握する能力だと思うんですけど、これまでの作品ではインストールする前に想像していたスケール感通りに作品は出来上がっていました。

玉山さんが制作したFLOORのプラン

━━では、今回の豊田市美術館に設置した巨大な作品も想像通りだったと。

いえ、今回に関しては正直......思っていたよりも大きかったです(笑)。自分としても衝撃で。表面の素材を張る前の作品が立ち上がった瞬間、作品のスケール感が想定をはるかに超えてきました。制作をしてきて初めての事態で、ものすごく嬉しくなりました。

作品にこそ主体性が宿っていて欲しい

━━こうして完成した玉山さん史上最大規模の作品《FLOOR》は豊田市美術館の展示室1-5、さらには外壁まで貫く、カーペットで覆われた立体でした。作品名から推察すると、この塊は「床」なのでしょうか?

はい、作品が持つそれぞれの面は床だと想定していました。じゃあ床だとしてどんな素材であるべきかと考えた時、当初は美術館で使われているフローリングの板材や展示室に使われている石板タイルなどを検討しました。でも角の処理が気になったんですよね。板同士が勝ち負け状態になったり、エッジの立った状態の処理になったり、僕の中で目指しているものと違って見えたんです。それぞれの境界線が際立つよりも、今回はシームレスに繋がっていくべきだと考えていたので。カーペットを試したとき、ちょうどいい丸みが生まれたので即決しました。

━━玉山さんの作品にはいつも音を効果的に取り入れていますが、今回のポイントも教えてください。

《Something Black》では空間に質量を与えるために重低音のドローンのようなBGMを起用していて、当初はそれに近い音を想定して会場で流したら、少しイメージと違ったんですよね。空間の質量は既に目の前の作品が持っていたので、むしろ質量を軽くするような方向の音を選定しました。抽象的な言い方にはなりますが、見えない部分の奥行きに目がいくような音。展示室1から鳴っていて、そこから空間全体に流れていく状態を目指しました。

展示室1と3の間

━━これらのディティールの調整についてお聞きしていると、冒頭の建物の話とも重なります。玉山さんが面白いと感じた「展示会場1-5のシームレスな繋がり」、それをより強調させる作品だったと。展示室3と展示室4を繋ぐ廊下の窓にも乳白色のシートを張っていたのも同じ理由なのでしょうか?

あそこは何度来ても不思議な気持ちになる場所なんですよね。綿密に設計された空間から廊下に出た瞬間、豊田市という郊外都市の風景が広がって現実に引き戻されてしまう。今回の展示の残光を消すような印象もあったのであえて閉じました。この建物の展示室独特のすりガラスに差し込む柔らかな光で空間を完結させたかったので。

展示室3と4を繋ぐ廊下

展示室5

━━一方で今作は玉山さんのこれまでの作品にもあった「日常の中の違和感」を感じさせる集大成のような印象を受けました。

先ほどもお話したように、今回の展示について考えたのは2022年末でした。まず考えたのは2年後の展示で、どうすれば作品の鮮度が保たれるんだろうということです。開催までのスパンが長くなると最初に考えたことの鮮度が落ちてプランを変えてしまうことも多々ありました。

だから、2年後にこの作品が最新の状態になるための作品が必要だと考えました。この期間の作品は、もちろん作家として責任をもって発表した独立した作品ではありますが、豊田を意識したアプローチもありました。だから2年前に決めたプランなんだけど最新であり、間の作品があったからこそ、自分の知っているスケールを超えてきたんだと思います。

僕がずっと目指していたのは、作品の主体性が、作家から作品に移ることです。作家は作品にとっては神のような存在ではないと思っているんです。僕が想像できることはたかがしれているので、どうしたら作品自体が主体性を持てるかをずっと考えてきました。

━━では、鑑賞者には自由に作品を観てもらいたいと。

そうあって欲しいですね。

━━今作は自然の光の変化で大きく印象を変えるのも特徴だと思います。時間帯や天候に左右されますが、玉山さんご自身はどんな時に観るのが好きですか?

(即答で)全部です。光に作用されながら、毎日表情を変えて展示室に存在し続けるわけじゃないですか。自分が想定しきれてない瞬間もたくさんある、その状態がいいなって思います。

Information

玉山拓郎:FLOOR

今回の展覧会で展示されるのはただ一つのインスタレーションのみ。豊田市美術館の特徴的な展示空間に、建築とも、構造物とも、あるいは立体作品や彫刻ともつかない巨大な物体を貫入させます。日の光の移ろいによって刻々と変化する展示室に、ひとつのインスタレーションがさまざまなかたちであらわれる。日常的なさまざまなスケール=基準がいったん保留され、ずらされる、この未知なる領域(territory)において、わたしたちは空間と時間のなかでなにかを体験することそのものをあらためて見つめ直すことになるでしょう。

会期:2025年1月18日(土)〜5月18日(日) 
会場:豊田市美術館
住所:愛知県豊田市小坂本町8丁目5−1
公式サイトはこちら 

玉山拓郎 個展「PAST WORKS FLOORS」

会期:2025年2月28日(金)~ 5月5日(月・祝)
会場:GASBON METABOLISM
住所:山梨県北杜市明野町浅尾新田12
⁠開館日:毎週金~月曜日 11:00 - 17:00 ※他曜日はアポイントメント制
協力:ANOMALY
※施設前に10台ほど駐車可能な駐車場あり
※天候による影響で営業時間が変わる可能性あり
公式サイトはこちら 

玉山拓郎個展「Intervenes / Light and Table / Sound as Time / Hole」

会期:2025年3月15日(土)~ 4月12日(土)
会場:ANOMALY
住所:東京品川区東品川1-33-10 Terrada Art Complex 4F
公式サイトはこちら

 

ARTIST

玉山拓郎

アーティスト

1990年岐阜県生まれ。愛知県立芸術大学卒業後、東京藝術大学大学院修了。身近にあるイメージを参照し生み出された家具や日用品のようなオブジェクト、室内空間をモチーフに、鮮やかな照明や映像、音響を組み合わせたインスタレーションを制作。主な展覧会に、「Something Black」(ANOMALY、東京、2023)、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、東京、2022-2023)、「NACT View 01:玉山拓郎」(国立新美術館、東京、2022)、「ART IN THE PARK(工事中)」(Ginza Sony Park、2024)、「SENSE ISLAND/LAND 感覚の島と感覚の地 2024」(横須賀市猿島、2024)など。

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