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2023.12.22

アートを買うことで、作家の人生の参加者になれる。へラルボニー・松田崇弥の日々を彩る作品たち / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.19

Interview&Text / Yuka Akashi
Edit / Quishin & Miki Osanai
Photo / Madoka Akiyama

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

今回お話を伺うのは、株式会社ヘラルボニー代表取締役Co-CEOの松田崇弥さん。へラルボニーは、知的障害のある作家とライセンス契約を結び、アートデータの著作権IPを軸にさまざまな事業を展開。ディズニーとコラボレーションしたプロダクトの販売や、建設現場の仮囲いにアートを転用する「全日本仮囲いアートミュージアム」を手がけるなど、社会の「障害」に対するイメージの変革に取り組んでいる会社です。

中高時代、ヒップホップとの出会いをきっかけにアートに心惹かれるようになったという松田さん。会社としても個人としてもアートに触れ続けている松田さんの、はじめて手にしたアート、そして作家や作品に対する思いを伺うと、「巨石信仰に近い感覚を抱く」「アーティストの人生に参加させてもらった気持ちになる」など、アートがもたらす体験価値が見えてきました。

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石村航 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.18はこちら!

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「アートは、映画のワンシーンのような非日常を叶えてくれる」FADE&LINE・石村航 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.18

  • #石村航 #連載

# はじめて手にしたアート
「障害のある方が描くアートには、巨石信仰にも近い気持ちを感じます」

小さな作品はそれまでもいろいろと買っていたのですが、はじめて「アートを購入した」と心から実感したのは、2022年の夏、31歳の時のこと。京都にある福祉施設「アトリエやっほぅ!!」の国保幸宏さんの作品『赤と青のグラス』を購入しました。

国保さんはオイルパステルをつぶしながら描くことが特徴の作家です。そのデフォルメされた世界観は圧倒的で、作品を見ていると巨石信仰にも近い気持ちを感じます

巨石信仰とは、文字がなく宗教も存在しない時代に、自然をよりどころとして巨大な岩石を信仰した文化のこと。知的障害のある人は一般社会で通ずるような文字や言葉を持たないことも多く、中にはさまざまな背景を抜きにした独自の解釈のみで作品を描く人もいます。その表現は無垢で力強く、私は彼らの作品に畏怖にも近い気持ちを感じるんです。「なんだかわからないけれど、すごい」。そういう言語化できない感覚をそばに置いておきたくて購入を決意しました

また、国保さんは「ポコラート全国公募展」で奈良美智賞を受賞したり世界的なギャラリストの方に一目置かれたりと、これから世界に羽ばたいていかれるという確信に近い思いもあります。

ヘラルボニーがやりたいことは、障害のある方々が描くアートを価値あるものとして市場に届け、社会の「障害」に対するイメージを変容していくこと。国保さんはへラルボニーとも契約していて、これは2022年7月に六本木で開催した展覧会「The Colours!」で展示した作品なんです。金沢21世紀美術館のキュレーターを務める黒澤浩美さんにキュレーションしていただいています。

我々が実現したい世界の第一歩を踏み出せたと実感させてくれた方でもあったので、そういった思い入れの深さからもアートを購入しました。

 

# アートに興味をもったきっかけ
「カウンターカルチャーに救われていました」

アートに興味を持つようになったのは、中高時代に双子の兄の文登と一緒にヒップホップにハマったことがきっかけです。夢中になったのは、今思うと中高時代に抱えていた思いをぶつける矛先が必要だったからなのかもしれません。

私たち双子には知的障害のある兄がいます。兄とはすごく仲がよかったのですが、中学時代に障害のある人を揶揄する言葉が同級生の間で流行ったとき、私は何も言えなかったんですね。兄が大好きなのに抵抗するのではなく迎合してしまう自分のことも、障害のある人をバカにする世間のことも、すべてが嫌でした。だからこそヒップホップが心の支えだったのだと思います。

カウンターカルチャーに対して憧れがあったんでしょうね。ヒップホップは黒人が社会的に認められていない時代の表現から始まっているので、そういった部分にすごく共感していました。ヘラルボニーもカウンターカルチャーでありたいと今でも思っています

ヒップホップには「ラップ」「ブレイクダンス」「グラフィティ」の3つの分野があって、私が兄と一緒に夢中になったのは「グラフィティ」、いわゆる「スプレーアート」と呼ばれるものでした。有名なグラフィティアーティストにDMをして教えを乞うくらい好きだったんです。双子の文登は見ているだけでしたけど(笑)。

そのあたりから、いつかはデザイナーやアーティストになりたいなと漠然と思うようになって芸大を目指しましたが、結局は大学のオープンキャンパスで後の私の師となる小山薫堂さんと出会い、企画の道に進むことになりました。でも、あのときのヒップホップとの出会いがすべての始まりだったように思います

 

# 思い入れの強いアート
「思い入れのある作品の価値基準はバラバラですね」

私のアートの買い方に、特に共通点はありません。ヘラルボニーとしては、金沢21世紀美術館のキュレーターの黒澤浩美さんを企画アドバイザーにお迎えして明確な「アートとしての基準」を設けていますが、私個人としてはもう少し幅広く、解釈次第でアートだと捉えて作品を楽しんでいますね

思い入れのある作品はいくつかあります。1点目は久保田沙耶さんの『Still life』という作品です。私はアートを買うときは、作家の顔も名前も全部知った上で買うことが多いのですが、この作品は、背景も何も知らずに直感で選んだ唯一の作品なんです。六本木にあったANB Tokyoで出会い、なぜか惹かれて。デスクの上に置いてマウスのようにずーっと触っています。だからすごく使用感があるんですよ(笑)。

「こうやって、デスクの上でマウスのようにずっと触っているんです」と松田さん。『still life』は、物質と生命、身体性をテーマとしてつくられた久保田さんによる一連の作品群。切断した石や植毛で作られている

2点目は、齋藤陽道さんの『少女』という作品です。陽道さんの展覧会を見に行ったとき、この少女と目が合った感じがして購入を決意しました。その日の午前中は、たまたま娘の初めての運動会だったんです。娘と一緒に徒競走に出て思い切り走って……。すごくいい思い出だったので、この作品を今買ったら一生忘れないだろうなと思い購入しました。

齋藤陽道「少女」大全紙(49×59cm )、2020年、発色現像方式印画 ⒸHarumichi Saito

ほかにもいろんな福祉施設で倉庫を見せてもらって、値段がついていない作品を買わせていただいたり、薫堂さんにもらったポルシェのミラーなんかも飾ったり(笑)。思い入れのある作品はたくさんあって、その価値基準は本当にバラバラですね

「思い入れのあるアートを持ってきてください」という編集部の依頼で持ってきていただいた松田さんのアートたち。ポルシェのミラーは、小山薫堂さんに「いつか乗れるように」と願掛けでもらったのだとか

 

# アートのもたらす価値
「人生の歴史に参加させてもらっている感覚です」

アートを手にすることの価値はたくさんあると思いますが、私は「アーティストの人生の歴史に参加させてもらっていると感じること」が大きな価値だと感じています

アーティストの方々は、常にその人なりの人生のマラソンを走っていますよね。そこに「購入」という形で共感を示して参加させてもらう。買うことでつながれる感覚があるんです。誰かの人生に少しだけ深く関与できる面白さ。それこそがラグジュアリーだなと最近は感じます。

ご縁があって先日、京都にある「朝日焼」という窯元の16代目・松林豊斎さんに、窯を案内していただく機会がありました。400年以上続く歴史の中で、伝統工芸を超えてアートとして市場を変えていきたいといったいろんな熱いお話を聞いて、ものすごく刺激を受けたんです。作品を一点迎えたのですが、それを買うということで、長い長い歴史にほんの少しだけ参加させてもらっている感覚になりました。

私たちもへラルボニーでアートを販売していますが、やっぱり実際に買っていただいた方には「参加してくれてありがとう」と感謝の気持ちを感じます。そして、それまで以上にその人に関与したくなることもある。購入で開かれる人間関係は、アートのもたらす価値のひとつですよね。

 

# アートと近づくために
「本物に触れてほしい。ギャラリーから始めるのもおすすめです」

ヘラルボニーは「社会の障害に対するイメージを変える」というビジョンがあるので、アートというよりはデザイン領域をメインの事業として取り組んでいます。でもプロダクトのファンの方々の中には「いつか絶対に原画を買いたい」と言ってくださる方もいて、そういうお話を聞くと、アートの入り口になっているのかなと思ってうれしくなりますね。

同時に、「デザインされたものを買う」ことと「原画を買う」ことの間にある大きな壁を感じるのも事実です。もちろんアートは安くないので購入のハードルは高いと思います。それでも私は、いつか原画、本物を手にしてほしい。本物のテクスチャーからは、作家の息遣いが見えますから

アートに近づいてみるはじめの一歩としては、ぜひギャラリーに行ってみることをおすすめしたいですね。わからなくてもプライスリストをもらってみて、話を聞くだけでもいいと思います。実際にギャラリーを運営している立場からすると、話を聞いてもらえるだけでも本当にうれしいですから。いろんな方に、アートをもっと楽しんで、その価値を感じていただきたいです。

HERALBONY GALLERY 第11回企画展「田崎 飛鳥 展」

hajimeteart

 

DOORS

松田崇弥

株式会社ヘラルボニー代表取締役Co-CEO

1991年岩手県生まれ。東北芸術工科大学卒。24歳のときに訪れた岩手県花巻市の「るんびにい美術館」で展示される障害のある方の独創的で魅力にあふれたアート作品に大きな衝撃を受ける。その後、双子で障害のある人のアートをプロダクトに落とし込み社会に提案するブランド「MUKU」を立ち上げ、2018年に社名「ヘラルボニー」とし株式会社を設立。日本全国の、主に知的な障害のある福祉施設や作家とライセンス契約を結び、2,000点以上のアートデータを軸に事業を展開。2019年に世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。東京都在住。

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