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- 「30代で手にした一冊の本から人生が変わった」ジュエリーデザイナー・村澤麻由美の固定観念に縛られない作品づくりの原点 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.41
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2025.11.12
「30代で手にした一冊の本から人生が変わった」ジュエリーデザイナー・村澤麻由美の固定観念に縛られない作品づくりの原点 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.41
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Madoka Akiyama
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、ジュエリーデザイナーの村澤麻由美さん。自身の名を冠したジュエリーブランド『mayumimurasawa』を手がける村澤さんの、自由な発想の原点となっているのが、ジュエリー制作を始めた頃に出会ったソニア・パークさんの本。はじめて手にしたアートも、本をきっかけに手に取った作品のひとつだと言います。
本を入り口にさまざまな良品を手に取るようになり、気になる店舗にとにかく足を運んだ村澤さんが知ったのは、「固定観念をひっくり返される楽しさ」。それは自身の作品づくりにも大きな影響を与えています。
GYUTAE / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.40はこちら!
# はじめて手にしたアート
「彫金を始めた頃に購入したチャームとバッグには、ものづくりの理想が詰まっていました」

mayumimurasawaのジュエリーを身につけて取材を受けた村澤さん
私は絵画や彫刻など、いわゆるアートと呼ばれるものにはあまり詳しくないのですが、この取材のお話をいただいて自分の持ち物を振り返ってみると、「これもアートと言えるのでは」と思ったアイテムがいくつかありました。
そのひとつで、はじめて手にしたアートとして紹介したいのが、Munoz Vrandecic(ムニョス ブランデシック)の木製チャームとレザーバッグです。

バッグは5トンの重さで革を圧縮、独自技法で着色し風合いを出している。バッグの右に置いてあるのが木製チャーム
購入したのは、彫金を始めた30代前半の頃。ジュエリーデザイナーという仕事柄、意外に思われるかもしれないですが、私はそれまでファッションへの興味が全然なかったんです。子どもの頃は親が厳しくて姉のお下がりをそのまま着させられていましたし、22歳で結婚してからは子育てに追われていたこともあって、自分のことは後回しになっていました。
そんな私が変わる転機になったのが、30代に入った頃に書店で偶然見つけたソニア・パークさんの『ソニアのショッピングマニュアル』という本。スタイリストでクリエイティブ・ディレクターのソニアさんの審美眼で選んださまざまな良品が掲載されているカタログで、この本を読んだことをきっかけにファッションの楽しさに目覚めました。
ムニョス ブランデシックのこともこの本を通じて知り、ソニア・パークさんが手がけるセレクトショップ「ARTS&SCIENCE(アーツ&サイエンス)」に足を運んで、先ほど挙げた木製チャームを購入しました。40代に入って離婚し、ほとんど身ひとつで家を出てきてしまった中で、このバッグとチャームは運良く持ってくることができた。そういう意味でも、人生のリスタートをともにすることができた特別なアイテムなんです。
# アートに興味をもったきっかけ
「偶然出会ったソニア・パークの本。掲載されていた301の品々を実際に見に行く遊びに夢中になりました」

『ソニアのショッピングマニュアル』との出会いは私の人生においてとても大きい出来事で、ページを開いたときの衝撃は忘れられません。
それまでファッションに何の興味もなく過ごしてきたのに、その本に載っているものは全部「こういうものが着たかったんだ」と思える服や「こういうものが欲しいんだ」と思える雑貨ばかりだったんです。
そこで私はなぜか、「カタログの1番目から最後まで、載っているすべてのものを実際に触るか買うかしてみよう」という遊びを思いつきました。本は全3巻で301アイテムもあるのですが、お店に出かけてひとつずつ自分の目で見て、いいなと感じたものを購入していきました。
メゾン マルジェラのタビブーツをかわいいなと眺めたり、古着屋でリーバイス501の値段が10数万円もすることに驚いたり。その遊びがすごく楽しくて、繰り返していくうちに、ファッションが大好きになっていました。手がけるクリエイターやブランドの世界観にも、どんどん興味を持っていくようになりましたね。
それが15年くらい前の話。当時はまだSNSでいろんな情報に簡単に手が届かない時代だったので、この本にしか自分が求める情報は載っていなくて。夢中になって読んだ記憶があります。
# 思い入れの強いアート
「今の家にあるものは、いいものを暮らしに取り入れたいという気持ちを大切に選んだものばかり」
ソニアさんの本をきっかけに、自分が“いいな”と感じたものを暮らしに取り入れるようになりました。
私は華奢なものよりも丈夫で長持ちするものに惹かれるのですが、いいものは使ってこそよさがわかると思っています。ムニョス ブランデシックのような武骨なアイテムに惹かれるのも、毎日のように使いたいから。そういう意味で、私がアートだと感じているアイテムも、日頃から使えるものが多いんです。
Echo Park Pottery(エコパーク ポッテリー)を主宰するピーター・シャイアーのマグカップは、3年前に今のマンションに引っ越してきてはじめて買ったもの。色がきれいで、重さがあるのに持ちやすい。毎日気兼ねなく使える丈夫さにも惹かれました。

このマグをたくさん取り扱う神宮前のBATHHOUSE SHIBUYAで購入。買ったときはまだコロナの影響で店舗に行けず、オンラインで購入した
最近購入したコム デ ギャルソンのスカートもすごく気に入っています。見た目の頑丈そうな感じだけでなく、どこを前にして穿いてもいいし、横のコブを出したり凹ませたりしてもいいという、自由なデザインも素敵。

脱いだあとは、そのまま部屋に立たせて置いているそう。「オブジェみたいでしょ? 見るとテンションが上がるし、ずっと眺めていられます」
コム デ ギャルソンが好きになったのもソニアさんの本がきっかけで、当時は本に掲載されていた服や、デザイナーであるジュンヤ ワタナベさんのショーツなどを購入して、よく着ていました。
最近、改めてコム デ ギャルソンの本を読む機会があり、創業者である川久保玲さんの従来的な美を問い直すデザインの考え方や、女性としてのあり方に感銘を受けて、店舗に足を運びました。2025年秋冬シーズンの商品が展開されるなか、目に留まったのがこちらのスカートです。
# アートがもたらす価値
「コム デ ギャルソン本店は美術館のような存在。固定された自分の考えをひっくり返してくれる」
コム デ ギャルソンは商品一点一点だけでなく、店舗の空間にも世界観が現れているのが、素敵だなと感じます。
特に、川久保玲さんが直接設計や什器の配置などにも携わっている青山本店は、そこにいるだけでパワーがもらえて、創作のエネルギーがみなぎってくるような場所。

村澤さんの手には、mayumimurasawaのリングが光る
川久保さんの手がける作品には、「この服はこういうものだ」と自分が固定していた考えをひっくり返してくれる楽しさがあります。袖がたくさんついているジャケットやスカートなどから、自由さを感じるんです。
そういう面でアートに通じるものがあると思うし、私にとってコム デ ギャルソン本店に行くことは、美術館に行く行為にも近いのかもしれません。
特に実店舗は、実際に作品を着てどう過ごすかまでイメージできるという点で、より日常とのつながりを感じられる場所だと言えるかな。
# ジュエリーの固定観念をひっくり返したい
「ストッキングをネックレスに。ジュエリーを通して驚きと楽しさを届けたい」

自宅のリビングの随所に日本や東南アジアの民芸品も飾られていた、網走刑務所で作られているニポポ人形は、お客さんがプレゼントしてくれたもの
固定観念をひっくり返してくれるもので言うと、mayumimurasawaに携わっているパートナーの存在も大きいです。
ジュエリーの世界にも暗黙のルールがたくさんあるのですが、「それだけが正解じゃなくない?」と彼が言ってくれることで、考え直させてくれる。mayumimurasawaで一年半くらい前から、古着のジャケットのリメイクをし始めたのも、彼に勧められたことがきっかけでした。ジュエリーブランドだからこうしないといけない、という固定観念に縛られない目線からの意見はありがたいですね。
コム デ ギャルソンやパートナーからの影響もあって、作品づくりも変化してきているように感じます。2025秋冬シーズンの新作では、ストッキングを使ったネックレスをつくったんです。

とあるブランドのコレクションで、タイツを肩からかけているルックを見て着想を得たという
以前からストッキングの色合いとシアーな素材感がかわいいと思っていたので、いろんな色のストッキングをスーパーで買ってきて、シルバーと組み合わせてネックレスにしました。足先の部分はカットしようかなと試行錯誤したのですが、パールを入れて重さをつけることできれいな落ち感が出るようにしています。
奇抜に見えるのかもしれないけど、そもそも肌馴染みのいい素材なので着けるとしっくりくるし、服とも合わせやすいんですよ。

「お客さんにも、『ストッキングなんですか⁉︎』と驚かれます(笑)」
mayumimurasawaでは、立ち上げからずっと「自分がつけたいもの」「気分が上がるもの」をつくってきました。その軸はこれからも変わりませんが、今後はもっと、固定観念を覆すような新しい作品づくりにチャレンジしていきたい。私が受け取った“ひっくり返される楽しさ”を、今度はお客さんに届けられたらいいなと思います。
DOORS

村澤麻由美
ジュエリーデザイナー
30代前半から彫金を始め、ジュエリーブランド「mayumimurasawa」を立ち上げる。毎シーズンコレクションを展開している。オリジナルのシャツの制作や古着のテーラードジャケットのリメイクなども行っており、ジュエリーを中心とした総合服飾ブランドとして進化を遂げている。
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