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2024.04.26

【後編】アートも人生も、下描きは必要ない。大切なのは楽しむこと / 連載「作家のB面」Vol.21 はしもとみお

Photo / Kyouhei Yamamoto
Text / Shiho Nakamura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。

今回登場するのは木彫作家のはしもとみおさん。前編では2拠点生活や読書、料理、音楽などはしもとさんの暮らしにまつわる話を聞いてきた。後編では彫刻という表現にまつわる話や、今後の話を伺った。

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前編はこちら!

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【前編】都会と自然を行き来する木彫作家の心豊かな暮らし / 連載「作家のB面」Vol.21 はしもとみお

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音楽の道から、彫刻に導かれて

――音楽の話になりますが、はしもとさんはバイオリンを演奏されるんですよね。

4歳から15歳までバイオリンを習っていたのですが、子どもの時から楽譜を見ずに耳コピで音を覚えていくタイプでした。レッスンに通うのをやめてからは独学で練習して、20年近くあまり触っていなかったんですが、この数年でまた弾き始めました。最近は、打ち込みで遊びながら音をつくったりもするんですよ。音楽をやるのはめちゃくちゃ楽しいですね。

――音楽の道へ進もうと考えたことは?

小さい頃から、私にとって音楽は簡単にできる楽しいことという感覚に近いんですよね。反対に、美術に関しては、17歳の時にこの道に入ったのですが、それまではまったくの素人で、もともと絵を描いていたわけでも絵が好きだったわけでもないんです。

はしもとさんの机の上に置かれた彫刻刀とMIDIコントローラー

取材には月くんも同席

――絵が好きだったわけでもないというのは意外ですが、どうして描き始めたんですか?

犬を飼っていたこともあるのですが、子どもの時からとにかく動物が好きで、もともとは動物の研究者か獣医になりたいと思ってたんです。動物がとにかく好きだったのは、裏を返すと、とにかく人間が苦手だったということでもあって、動物だけが私の気持ちをわかってくれると思って過ごしてきました。先ほど(前編でも)お話ししたように、だから長年私もコミュ障だったんだと思います。まあ、とにかく、いろいろと調べたり見たりする過程で出会ったのが、レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図でした。自分が興味を抱いていたサイエンスと、彫刻という美術がつながって。そこから美術に夢中になって入り込んでいくことになったんですよね。

動物のスケッチ

絵画作品

――最初はいきなり彫刻からスタートしたわけではないですよね。

はい、やっぱり美大を目指すには絵から始まることが多いですよね。それで私も動物の絵を描き出したら、もう止まらない感じでした。これは向いてるだろうと思ってやっていたんですけど、ちょうどその頃に阪神・淡路大震災(1995年)に遭っているんです。その経験を通じて、「なくなってしまったものに、もう一度、触りたいな」と思い始めて、なんだか絵だけじゃ納得いかなくなってきて。それで、触れることができるようなものと言ったら、彫刻しかなかったという感じですね。

彫刻作品

――彫刻は、震災での体験がきっかけになっているんですね。

そうやって立体にすごく興味が出てきて、19歳の頃にたまたま読んだのが彫刻家の本だったこともあったりして。『ジャコメッティとともに』という、アルベルト・ジャコメッティの作品のモデルを務めた哲学者の矢内原伊作という人が、ジャコメッティとの対話を書いた本です。そこに、ジャコメッティから矢内原に宛てた遺言のような手紙が載っていて、「私たちの旅は終わっていない」ということが書いてあるんですよね。肖像画を描いたりつくったりすることをジャコメッティは「旅」と呼んでいて、すごくいいなあと思ったのを覚えています。そしてまた私も導かれているんだ、と。

――はしもとさんの努力と才能もあって、彫刻の道へ導かれていったのですね。

いえ、本当に自分ではあまりそういうふうに思っていなくて……。自分が彫刻を選んだというよりも、選んでもらった感じがするんです。彫刻界という大きなものから引っ張ってもらった、見つけ出してもらったというか。だから、自分のやりたいことをやっているというよりも、与えられたものだからやるのが当たり前で、休みが必要と思ったこともないんです。料理と同じで、生きるために自分にできることをしているという感じ。

 

下描きに縛られないこと

――はしもとさんは、いつも動物の彫刻をつくる前に一枚の絵を描くんですよね。

そう、でも下描きはしません。それで描けるんですよ。彫刻も、つくる工程のなかで、最初の印象が持つ曖昧さを、一瞬一瞬、楽しんでいくほうがいい方向に導かれている気がするんですよね。

はしもとさんが描いた音楽家の坂本美雨さんの愛猫・サバ美

――下描きをせずに、動物の一瞬の特徴を捉えて制作をするのですね。

人生においても、みんな下描きをしすぎているんじゃないかな……。例えば、美大に行ったら美術を仕事にしなければならないと思いますよね。でも、そうじゃなくていいと思うんです。自分の本心に従って行動するのが一番だから。自分の幸福感を大事に、喜びを感じながらできることは何か、と若いうちからちゃんと自分で目を凝らしていないと、下描きのある人生を歩んでしまうことになる。それは自分の下描きだったり、親の下描きだったりするかもしれないけれど、その下描きが自分で自分を縛ることにもなってしまう。だから私は、絵を描く時も、下描きをしないんです。

三鷹のアトリエ、リビングに飾られた月くんの絵

――ほかにも生活や制作のなかで大事にしていることはありますか?

好きなものをたくさん持つことじゃないかな。好きなものが自分を救ってくれると思うから。そういえば、コロナ禍では、展覧会の仕事が軒並み中止になりましたが、そのなかで新たに挑戦したのがフィギュア(カプセルトイ)の制作の仕事なんですよ。

三鷹のアトリエにも、いたる所に小さいサイズの彫刻が

――それまではやってこなかったことなんですか?

そう、決めてしまってたんですよね。プラスチックは使わないとか、彫刻は大きいものであるべきだとか、自分のなかの決めごとが多すぎて。どこかでやりたいという気持ちはあったはずなのに。でも、与えていただいたものを全力でやってみたら、自分の限界値をどんどん超えていく感じがして、やりたいのにやらないと決め込んでしまうのはやめようと思うようになりましたね。

――今は、新しい形態のお仕事も積極的に考えてみよう、と。

そうですね。すごくオープンになりました。でも、そのきっかけが音楽でもあったんです。展覧会をやるときは音楽をやっている友人に会場でライブをしてもらっていたんですが、私はずっと鑑賞が専門でした。自分も音楽はもうだいぶ前にやめているし聴くだけで十分だったんですけど、2年前のコロナ禍で、ライブ配信をするから「バイオリン弾けるなら弾いてみない?」って言ってくれたミュージシャンの方がいて、「じゃあ、やってみようかな」と。そうしたら、意外と弾けてめちゃくちゃ楽しかったんですよね。20年も触ってない楽器がこんなに応えてくれるものなのかと、驚くくらい。

――そこにあるものを、すごくポジティブに捉えていらっしゃるのですね。展覧会でライブを企画するのは、やはり見る人に楽しんでもらいたいという思いからですか?

なんだか、“画廊”というと、少し苦手意識があるんですよね。白い四角形の箱で、何もない空間でしょう? それなら、彫刻を展示するのも、本屋さんとかカフェのほうが居心地がいいし、そこに音楽も料理も一緒にあったらもっと楽しいですよね。

唐津近代図書館での展覧会の様子

ふくやま美術館で行われた山田稔明さんとのLIVE

――ここまでお話を伺って、日々の暮らしのなかで、美術も動物も読書も料理も……いろんな要素が自然と混じり合って、そのことを楽しんでいることが伝わってきました。

でも、今そうやって全てを楽しむことができているのは、やっぱり動物の存在があったからだと思います。人間と月くんは同じだと思うし、そのように人間とそれ以外の生き物の命に差はないと思っています。コミュニケーションの方法にしても、動物から学ぶことは本当に多いですね。私たちクリエイターは一人で制作することが多いから、孤独に慣れている人が多いと思うのですが、でもね、「一人ぼっちになる孤独よりも、人のなかで勉強するほうが難しい」ということを心理学者のユングが言ったように、私も人との関わりのなかで楽しんで学んでいきたいですね。

――最後に、今後やってみたいことを教えていただきたいです。

最近、趣味がどんどん増えていて、一番大きい変化は山登りを始めたこと。「精神力は信じられないぐらいあるからいけるんじゃない」と友人に誘われて、木も育たない森林限界を超える高山に登ったんですが、見たことのない景色がこんなにも人生観を変えるものかと衝撃でした。今後も山登りは続けていきたいことの一つですね。

それと、今は2拠点の暮らしをしていますが、拠点はいつでも移せる気持ちでいるんですよ。いずれ10拠点ぐらい欲しいくらい(笑)。自分の範囲を決めすぎないでいたいですね。4月には台湾での展示の縁をいただいたりしたこともあって、海外ももっと行ってみたいし、気まぐれで「あそこに行こう」と思ったら、宇宙でだって展示をしてみたいなと思っています。

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Information

『はしもとみお彫刻展 いきものたちmikke』
■会期
2024年4月5日(金)~5月6日(月)
■会場
三重県総合文化センター内mikke

『はしもとみお展 時を刻むいきものたち』
■会期
2024年4月13日(土)~6月16日(日)
■会場
小杉放菴記念美術館


『小松総一・はしもとみお二人展』
■会期
2024年5月11日(土)~6月2日(日)
■会場
 栃木県 ギャラリーmoegi


『はしもとみお展 時を刻むいきものたち』
■会期
2024年6月29日(土)~9月16日(月)
■会場
神戸ゆかりの美術館

ARTIST

はしもとみお

彫刻家

三重県北部の古い民家にアトリエを構え、動物たちのそのままの姿形を木彫りにする。材料は、クスノキ。実際にこの世界に生きている、または生きていた子をモデルにし、その子にもう一度出逢えるような彫刻を目指している。各地の美術館で、木彫りの動物たちに間近で触れ合える展覧会を開催するほか、世界各地からご依頼を受けての動物たちの肖像制作、フィギュアやオブジェの原型制作や動物たちのイラスト等も手がける。

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