- ARTICLES
- 【後編】一人で向き合う彫刻と、「飛生」だからこそ広がるアート活動と。 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
SERIES
2026.04.28
【後編】一人で向き合う彫刻と、「飛生」だからこそ広がるアート活動と。 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
Text / Masae Wako
Photo / Yuki Nasuno
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回の作家は、北海道白老町で活動する彫刻家の国松希根太さん。前編では、日課のように訪れるという虎杖浜の海辺へ向かい、大自然を舞台にしたフィールドワークの話も聞いた。後編では、内陸部の小さな集落「飛生(とびう)」のアトリエを訪ね、制作に対する想いや、「飛生芸術祭」などの活動についてうかがった。
木の存在感と一対一で向き合う


国松さんの拠点「飛生アートコミュニティー」の隣には、制作スタジオ「BLACKBIIRD STUDIO」も。1年半ほど前に古い整備工場を譲り受け、大型の彫刻制作などに使っている
――国松さんの彫刻は、倒木や中が朽ちた木や割れのある木など、あるがままの木を活かしたものが多いですね。
彫刻を作る時に使うのは、主にチェーンソー。大きな丸太を断裁するだけでなく、丸みを出したり凹凸を均したりする時も、チェーンソーを細かく動かして形づくります。その上に金属ヤスリをかけて仕上げたり、バーナーで焼くことも。木のフシやコブや割れは、造形として面白いからというのもありますが、「ここに割れがあるから活かそう」とか「このコブがあるからこんな形にしよう」とか、表現が浮かんでくるんです。

チェーンソーで形づくった後、断面をバーナーで焼いて変色させ、その後、再び削ることもある
たとえば、真っ白いコピー用紙を渡されて、自由に何か書いてと言われたら、ものすごく考えてしまう。でも、その紙に小さなシミがあったり折れていたりすれば、そこから発想が浮かんできます。そういう感覚で作っています。


ペンギンのようにも見える巨大な彫刻は、神話に出てくるラオコーンをイメージしたもの。「最初から狙ったのではなく、作っているうちに、作品の中に西洋彫刻のような筋肉のねじれみたいなものが感じられ、人の存在が見えてきた」と国松さん
――そもそも、木で彫刻を作るようになったのはどうしてですか?
東京の美術大学で、粘土や石や金属の彫刻をひと通り試した後、金属を専攻したんです。そのころはシャープな感じの彫刻を作りたかったんですね。東京にいると、建築を筆頭に、人が計算しデザインして作ったものに囲まれているので、その影響が大きかった気がします。
彫刻を制作する時も、まずスケッチを描いて模型を作ってそれを何倍かに拡大して実際に作る……ということを当たり前のようにやっていた。でもなにかしっくりこなかったんです。スケッチを描いたり模型を作ったりする時は楽しみでワクワクするんだけれど、それを拡大して彫刻にした時に改めて感動するということが僕にはあまりなくて。
卒業して北海道に戻り、ここで制作するようになってからも、しばらくは同じような感じでした。ただ、周囲にこれだけ木や石があるのに、わざわざ鉄工所から金属を取り寄せて作るのってどうなのかな、と。そんなことを思い始めていた時、ダム ダン ライというベトナムの彫刻家がここに滞在し、制作場をともにする機会があったんです。彼はその辺に落ちているものを「これ使っていい?」って言いながら、1日に2つも3つも作品を作っちゃう人で。「その場にあるもので作品を作る」っていうことを、僕もしてみたいと思いました。

――実際にトライしてみて、どうでしたか?
思い立ってパッと手にとったのが木の塊。父がアトリエに残していた材料なのか、家具作家さんが使った木の端材なのか、定かではないんですけど、それに金属用のグラインダーを押し当ててみたら丸く削れたのが面白くて、ワーッと夢中で作れたんですよね。スケッチも模型作りも一切せず、その場でどんどん削っていって、子供の頃の、ただただ楽しくて無我夢中でものを作っていた感覚に戻れたというか。大学で習ったことを取っ払って、「作る」ということを体感できた瞬間でした。
実際、出来たものはヘンテコだったのですが、自分を出せた気がしたんです。これが本当の自分なのかな、みたいな感覚だったと思います。カッコいいものを作りたいとか、この作り方はしっくりこないとか、試行錯誤していた時と違って、気づいたらできていた。頭で考えるというより、体を通して表現できていた。最初から何かをイメージするんじゃなくて、作りながら変化させ、その時々の発見を取り入れていくやり方が自分にあってるんだな、と感じました。そういう、とても大きな変化が起きたのが、飛生に住み始めて1年ほどたった時だったんです。

試行錯誤がすべて形に現れる

――「自分を出せた気がした」という感覚は、今も続いてますか?
そうですね……たくさん作り続けると、前に作った作品を意識してしまったりすることが、どうしても出てきます。“これはうまくできた”と思うものが頭のどこかに残っていて、それをなぞってしまうというか。だれにでも起こり得ることだと思いますが、ただ、それでいい作品ができるっていうことは、ほぼないと思うんです。
たとえば絵でいうと、白と黄色を使った良い絵ができた。それはたぶん、白も黄色も赤も青も黒も使って、消したり重ねたりを繰り返した結果、最終的に黄色と白が残った絵なんです。最初から黄色と白だけで描いても同じ地点にはたどり着けない。そういう違いが立体にもあると思います。
普通に考えたら、木を削って磨いてツヤが出て……というふうに段階的に良くなっていくものなのですが、ファインアートはそれがすべてじゃない。調子がいい時とダメな時の繰り返しの中から、最終的に辿り着くところがある、と言ったらよいんでしょうか。全然ダメな時もあって、でも翌日気持ちを切り替えて臨んだことで生まれる良さがあったりするんですね。最終的にできた形には、その試行錯誤や紆余曲折が全部入っている、そこが面白いところです。

アトリエで制作途中の作品は代表作のひとつ、『GLACIER MOUNTAIN』シリーズ。温度や風化によって変化する雪山や氷山などの、ある一瞬をとどめた彫刻。具体的な山をモチーフにしたのではなく、木の形状や材質と向き合った時間から生まれる新たな風景だ

——ところで、素材となる木はどんな基準で選んでいるのでしょう。
作品を作る時は、最初から何かをイメージするんじゃなくて、木を見て浮かんでくる感覚を大事にしたい。なので、木を選ぶ段階から、形の面白さや存在感の強さみたいなものは意識しています。そういう木と向き合ううちに、「この部分を落としたら、形がいっそう際立って面白いんじゃないかな」と思い、やってみる。すると次の段階が見えてきて、また手を加える。そんな感じです。


スタジオには、制作前の丸太や木塊も。木材は製材所で選んだり、旭川の銘木市に行って購入したりする。樹齢数百年という大木や、川底に長い間埋まって緑色っぽく変色した埋もれ木も。割れやフシがあるため家具にはできず、砕いてチップや紙にされるはずだった、というような木も多い
だから、自分を信じていないとできないですね。自然の木がもつ存在感や力強さは生かしたいけれど、木だけに頼っていてはダメなんです。思い切ってバシッと削ったことで良くなる時もあるし、さらにダメになる時もある。いったん削ってしまったら戻せないけれど、でもやってみないと分からない。
そういえば少し前に、木の端材を燃やして焚き火をしながら制作していたんです。そしたらいつのまにか、横に置いてあった制作中の木に火種が移っていたらしく、翌朝見たら黒く焦げていた(笑)。“ああ、やっちゃった。後でぜんぶ燃やしてしまおう”とボーッと見ていたのですが、“いや、これ面白いかも”と急に思いついたんです。黒く焦げた断面が、浜辺の断崖の地層にも見えてきて、少しだけ手を加えて新たな作品にしました。こういう「たまたま」から広がることも、大事にしたいですね。

——作品を作っていて「これで完成」となるのはどういうタイミングですか?
ずっと向き合って手を入れ続けているうち、木に見えていたものが、何か別のものに見える瞬間があって、それが来たらそろそろ終わりだな、と思います。それは‶崖っぽいな〟というような、単に何かに似てるということではなくて……言葉にするのは難しいですね、作っているうちに見えてきたものが入り口になって、全くスケールの違うものが立ち現れた、という感覚。そういうところまで持っていきたい。僕自身がそれを感じて初めて、作品を見た人も何かを感じると思うんです。作品は見る人とのコミュニケーションでもあると思うので。

黒く横たわっているのは大阪・関西万博のパブリックアートとして展示された作品。苔なども共生している樹齢300年のミズナラの巨木を使い、表面を金属ヤスリで仕上げている


屋外に飾るための作品を依頼された時の原型。シラカバで原型となる彫刻を作り、そこから型を取って金属を流し込み、ブロンズのオブジェを作った。これはその原型に。少し手を加えて別の作品にしようかと思っているそう

スタジオで。雨風をしのぐ屋根はあるけれど、閉じているわけではなく、なんとなく外と繋がっている。ふと目を向けた視界の先には、窟太郎山などのいつもの山や森の風景が
土地への感謝から始めた「飛生芸術祭」


国松さんが幼少期の2年間を過ごした白老町の小さな集落「飛生」。廃校になった旧〈飛生小学校〉の校舎を活用した「飛生アートコミュニティー」は、希根太さんの父で北海道を代表する彫刻家でもあった國松明日香さんを含め、数人の作家たちが、1986年に始めた場所だ

飛生小学校は、鳥の鳴き声の研究などを行う‶愛鳥モデル校〟としても知られていた。教室内には鳥の工作もたくさん残っている

——「飛生アートコミュニティー」の代表に加えて、芸術祭や森づくりプロジェクトなど、活動を拡げていますね。
父が共同アトリエにしていた頃、年に一回ジャズのコンサートを体育館で開いていたんですね。普段は人があまりいない旧校舎に、その時だけは人がワーッと集まっていたのを、面白いなと思いながら見ていました。自分も2002年にここへ来て、父がしていたようなことを、木造校舎の雰囲気や環境を活かしながら、自分のやり方でできたらと思い始めたんです。この校舎は町から借りているものですし、町に還元する活動をしたいという気持ちもありました。


現在は国松さんのアトリエと使用されている体育館。ここで以前はジャズコンサートも開催された
最初は2007年。「TOBIU meets OKI」というアートと音楽のイベントを開いたんです。アトリエを開放して、アイヌの伝統的な弦楽器トンコリの奏者であるミュージシャンのOKIさんを招いて、自分たちの作品も教室で展示して……。決してアクセスのいい場所ではないのに、250人くらい人が集まって、楽しんでもらえた実感がありました。
この経験をもとに2009年から始めたのが、今も続く「飛生芸術祭」です。町へ還元することに加え、土地への感謝を表すお祭りにしたいとも考えました。この頃からアトリエで共に制作する仲間も増え、2011年には森全体を会場にしてキャンプもやろうということになって。2019年には2000人が集まるイベントに成長しましたが、別に規模を大きくしたいわけではないんです。地域の方もお客さんもアーティストも「森の住人」として垣根なく過ごせる、村祭りみたいな場をつくり続けたい。今もずっとそう思っています。

——森というのは、アトリエの周り一帯のことですか?
校舎裏には鬱蒼と茂る森が残っていて、昔は子どもたちの遊び場だったそうです。長いあいだ放置されて荒れていたその森を人力で整備するため、2011年に始めたのが「飛生の森づくりプロジェクト」です。毎年10回ほど集まって、笹を刈り、散策路を作り、菜園を作り、少しずつ整備してきました。メンバーの職種はさまざま。現在までにいろんな地域から、250人ほどの人が参加しています。
「飛生」という地名の由来にはふたつ説があって、一つはアイヌ語で「ネマガリダケ(トップ)の多い(ウシ)所(イ)」という意味。もうひとつは北海道蝦夷語地名解に記されている「Tupiu 鳥の名、黒き鳥なり此鳥多きにより名く。」という説。そういえば、昔、自分が住んでいた頃は木ももっとたくさんあって、いつもいろんな鳥の鳴き声が聞こえていたんですよね。そんなこともあって、今は森づくりにも「大きな黒い鳥が見守っている場所」というストーリーを取り込んでいます。森をつくる活動そのものがこの場所を守り、コミュニティの核になれば、と。


国松さんの作品が展示されている教室
飛生での暮らしは20年を超えました。いつもは一人で木と向かい合って制作していますが、この場所があるからものづくりもできるし、人との交流も生まれ広がっている。彫刻制作に息を吹き込んでくれる‶B面〟も含め、すべての根底に飛生という土地への想いが息づいているような気がします。


Information
個展 「国松希根太 連鎖する息吹」展
■会期
2025年12月13日(土) 〜2026年5月10日(日)
■開館時間
9:00~17:00(最終入館は16:30まで)
月曜日休館(5月4日は開館)
■会場
十和田市現代美術館
青森県十和田市西二番町10-9
詳細はこちら
個展「国松希根太展 ―FUMAROLE―」
■会期
2026年4月22日(水)~4月30日(木)
■開館時間
12:00~18:00
会期中無休
詳細はこちら
■会場
t.gallery
東京都港区芝3-16-2 1F
ARTIST

国松希根太
彫刻家
1977年生まれ。北海道出身。多摩美術大学美術学部彫刻学科を卒業後、2002年より北海道、白老町の「飛生アートコミュニティー」を拠点に制作活動を行なう。作品は木を素材にした大型の彫刻から平面作品まで。大阪・関西万博2025では、樹齢300年のミズナラを使った高さ4mの大型木彫がパブリックアートとして展示された。アヨロと呼ばれる地域を中心としたフィールドワークプロジェクト「アヨロラボラトリー」の一員としても活動。現在〈十和田市現代美術館〉で開催中の個展「国松希根太 連鎖する息吹」展は、来場者数が1万人を超えるなど大きな注目を集めている。
新着記事 New articles
-
SERIES

2026.04.28
【前編】彫刻家の創作に息を吹き込む、北海道白老町の虎杖浜アヨロ海岸 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
-
SERIES

2026.04.28
【後編】一人で向き合う彫刻と、「飛生」だからこそ広がるアート活動と。 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
-
NEWS

2026.04.23
新進気鋭の作家WAKANAの展示が銀座で開催 / 風船をモチーフに目に見えない〈過程=PROGRESS〉に焦点を当て、時間と感情の交差する瞬間を表現
-
SERIES

2026.04.22
古い雑居ビルから人間の不確かさを描く。山中雪乃のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.5
-
NEWS

2026.04.22
黒田アキの展覧会が大丸東京店で開催! / 世界を舞台に駆け抜けてきた巨匠が描く、美しき「宇宙の庭」
-
NEWS

2026.04.22
大丸東京店で藤原康博の個展が開催! / 深遠な物語が広がる「往環」の世界
