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- 【前編】彫刻家の創作に息を吹き込む、北海道白老町の虎杖浜アヨロ海岸 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
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2026.04.28
【前編】彫刻家の創作に息を吹き込む、北海道白老町の虎杖浜アヨロ海岸 / 連載「作家のB面」 Vol.41 国松希根太
Photo/Yuki Nasuno
Edit/Eisuke Onda
Illustration/sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回訪れたのは北海道の太平洋沿いの町・白老(しらおい)だ。白老町の小さな集落「飛生(とびう)」を制作拠点とする国松希根太さんは、大阪・関西万博のパブリックアートでも話題を集めた彫刻家。そんな国松さんのB面は、ちょっと怖いほど雄大な景色が広がる虎杖浜のアヨロ海岸。ここで過ごす時間は、制作に何をもたらすのか。
四十一人目の作家
国松希根太

北海道白老町の集落・飛生にある共同アトリエ「飛生アートコミュニティー」を制作拠点とする彫刻家。地平線や水平線、山脈、洞窟などの風景に存在する境界を題材に、彫刻や絵画、インスタレーションなどの作品を手がける。地元密着型のイベント「飛生芸術祭」や「飛生の森づくりプロジェクト」など、地域のコミュニティづくりにも力を入れている。
《WORMHOLE》(2024)、木(ミズナラ、イチイ)©札幌国際芸術祭2024 撮影:藤倉 翼

《WORMHOLE》(2025) 、木(ミズナラ) 撮影:忽那光⼀郎
《GLACIER MOUNTAIN》(2022) 、木(カツラ)にアクリル絵具
海岸で太古に思いを馳せる


北海道・白老町は新千歳空港から車で一時間ほど。すぐ近くには登別温泉があり、「ウポポイ(民族共生象徴空間)」でも知られている

ドーン! 太平洋沿岸、虎杖浜(こじょうはま)のアヨロ海岸。高さ10数メートルの巨大断崖が波打ち際ギリギリまで突出し、巨大遺跡のような、あるいは要塞のような、大迫力の風景を作っている
――国松さんのB面は、登別温泉やウポポイ(民族共生象徴空間)の近くにある虎杖浜。断崖が怖いくらいに大きくて圧倒されますが、ここはどういう場所なのでしょうか?
すごいですよね。この断崖は、何万年も前に俱多楽火山が噴火し、流れてきた溶岩や火山灰が作った地形だそうです。色や質感の違う層が積み重なっていて、それが剥き出しになっているのが面白い。こういう景色を見ていると、直線の亀裂は溶岩が冷えた時に入ったんだろうなとか、昔はここまで海水面があったんだろうなとか、とてつもない時間の積み重ねを感じます。このあたりはかつて「アヨロ」と呼ばれていた地域で、縄文時代の土器や遺跡も発掘されているんですよ。


そそりたつ断崖は、約7万年前~4万年前に噴火した倶多楽火山の噴出物が堆積してできたもの。溶岩や軽石や火山灰が層になった荒々しい断面には、いくつもの亀裂が入り、巨大な現代アートにも見えてくる
初めて来たのは17年くらい前。写真家の石川直樹さんに初めて会った時に、ここの写真を見せてもらったんです。虎杖浜は、アイヌ語で「イタドリが密生しているところ」という意味。イタドリは植物で、アイヌ語だと「クッタㇻ」です。

崖の上から落ちた岩塊が砂地に埋まり、新たな景色を作っている
断崖には「アフンルパル」と呼ばれる、奥行き3、4mほどの横穴もあります。アイヌ語で「あの世への入り口」という意味で、近寄ってはいけない場所とされてきたそうです。自分がアフンルパルを知って考えたのは、「洞窟の暗闇に、人は何を想像するのか」ということ。そこから〈WORMHOLE〉という作品シリーズが生まれました。

あの世とこの世の境界である「アフンルパㇽ」を知ったことから生まれた作品シリーズ『WORMHOLE』。直訳すると虫食い穴だが、時空を越えた場所とのつながりも意味する。木塊のコブや虫食い穴を活かし、木の表面や空洞の内部を焼くことで暗闇のイメージを与えている
——国松さんがこの海岸を訪れるのはどんな時ですか?
ふと行きたくなった時に足を運ぶ。海の少し先に見える大きな岩が好きで、なんだろう……あの岩に会いに来る、みたいな感覚でしょうか。夕焼けがきれいな日は空の色に目が奪われるけれど、曇っている時は岩の形やボリューム感がくっきりと見えてくる。すぐそこにあるように感じる時もあれば、波が満ちている日などは、ものすごく遠くに存在しているように感じます。

海岸線から離れたところにある大きな岩は、断崖の一部が崩れ落ちて運ばれたもの? それとも周りが崩れてここだけが残ったもの? この岩に会いに来るのだと国松さんは言う
普段制作をしているアトリエは、白老町内陸の「飛生」という小さな集落にあるのですが、そこからこの海岸までは車で15分ほど。表の道路はしょっちゅう車で通っていたのに、ちょっと入っただけでこんな風景が広がっていることを、まったく知らなかったんですよね。
だから絶景を見たくて来るというよりは、自分の日常の隣に、実はこんなにも魅力的な風景があったんだということが面白くて。砂浜を歩き、昔の人が暮らしていたことを想像すると、風景がまた違って見えるんです。

風景が彫刻にもたらすもの

自然に流れてきた流木がちょうどいいベンチに
――そもそも、飛生にアトリエを構えたきっかけを教えてください。
生まれたのは札幌ですが、小学校の頃に2年間だけ飛生で暮らしたことがありました。廃校になった小学校の校舎を活用するために、彫刻家だった父(國松明日香さん)と作家仲間が、共同アトリエ「飛生アートコミュニティー」を始めたんです。自分は東京の美大で彫刻を学びましたが、卒業後は北海道へ戻り、2002年から「飛生アートコミュニティー」を拠点に制作を続けています。仲間の作家数名で使う時もあれば、芸術祭などイベントの前はここで寝泊まりして制作する人もいます。

白老町内陸の小さな集落、飛生にある「飛生アートコミュニティー」。廃校となった小学校の旧校舎をアーティストの共同アトリエとして町から借り受け、制作拠点にしている
2015年には、土地のことをもっと知りたいという気持ちから、「アヨロラボラトリー」という活動も始めました。相棒は、〈国立アイヌ民族博物館〉に勤め、土地の歴史や地理に詳しい文筆家の立石信一くん。2人で海や川をひたすら歩き、土地の人に話を訊くというフィールドワークのプロジェクトです。
雪山を登ったり、船に乗って海上から海岸の地形を見たり、太平洋の河口からずーっと川を遡って、倶多楽湖畔の地面から水がちょろちょろ浸み出ているのを探して見つけたり。歴史や文化に詳しい立石くんに、アイヌの人がつけた地名や由来を聞くと、時間を超えてこの土地を感じることができます。


10年ほど愛用しているカメラで断崖の亀裂面や流木の写真を撮る国松さん
――自然の中に没入する時間は、アトリエでの制作にどんな影響をもたらすのでしょう?
昔から特に自然だけが大好きだったわけではないんです。でも、土地のことを調べたり、山や砂浜を歩いたりということが日常になってくると、どんどん引き込まれるし、作品も変わってきますよね。
自然の造形や風景を見て、「うわっ、すごい!」と受けた衝撃が作品につながることもあるけれど、それがすべてではない。むしろ、日課のように山や砂浜を歩いている中で、時間によって海の色が変わるとか、砂を踏む音が季節によって違うとか、少しずつ受け取っている感覚が大きいのかな。そういうものが、作品を作っている時にふっと出てきたりします。木を彫っている時に“この彫り跡、砂浜を歩いている時に見た形に似てる”なんて思い出したりして。森を歩き、砂浜を歩き、日常の中で感覚の底に溜まっていったものが、自然とにじみ出てきているという感じです。

海岸をさらに歩くと断崖絶壁の地層も変化していた。このエリアも国松さんのお気に入りスポット


断崖が砕けて砂上に落ち、三角形に体積している。長い時間をかけてできた天然の砂時計のよう


気になる流木を発見! 虫に食い尽くされることで生まれた穴が独特な造形をしていた
ようやくリズムが整ってきた

――もはやB面が、制作にとって欠かせない時間になっているのですね。
すごく大切です。煮詰まった時やイヤなことがあった時に海に来て浄化される、みたいなことは以前からあったんです。制作はアウトプットというか、息を吐き出すことですよね。あまりに忙しくて「吐き出してばかりで息継ぎができない、これはダメだ」となったこともありました。そういう時は強制的に時間を作って海を見に来て、大きく深呼吸する……ということをやっていた。

でも今は、もっと日常的になったんでしょうね。アトリエで制作して、ひと区切りついたら車で出かけて温泉に入って——白老町には温泉も多いんですよ。すぐ近くには登別温泉もあるし——帰りに海を見ながらクールダウンして、アトリエに帰る。気晴らしにもなるし、ちょっとした発見を制作に持ち帰ることもできます。この土地にしかない風景を大きく吸い込んで、制作として吐き出す。自分がこの土地で確かに呼吸していることを、実感できるようになりました。
飛生に戻ってきてから24年になりますが、そういう‶呼吸〟のリズムが整ってきたのは、この4、5年くらい。制作がA面で、海を歩くことがB面だとしたら、それを行き来することで、自分の息遣いやリズムがよい状態になっていく。自分には両方の循環が必要なんだということを知るまで約20年……うーん、結構時間がかかりましたね(笑)。

ARTIST

国松希根太
彫刻家
1977年生まれ。北海道出身。多摩美術大学美術学部彫刻学科を卒業後、2002年より北海道、白老町の「飛生アートコミュニティー」を拠点に制作活動を行なう。作品は木を素材にした大型の彫刻から平面作品まで。大阪・関西万博2025では、樹齢300年のミズナラを使った高さ4mの大型木彫がパブリックアートとして展示された。アヨロと呼ばれる地域を中心としたフィールドワークプロジェクト「アヨロラボラトリー」の一員としても活動。現在〈十和田市現代美術館〉で開催中の個展「国松希根太 連鎖する息吹」展は、来場者数が1万人を超えるなど大きな注目を集めている。
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