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2022.01.20

銀座の地下、これほど人気のパブリックアートがあるのか / 連載「街中アート探訪記」Vol.1

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
そう考えて若手美術評論家の塚田優さんに解説してもらうことにした。専門家である塚田さんに作品の見方や作品の背景を教えてもらって街のアートと今一度向き合うのがこのシリーズ「街中アート探訪記」である。

まずはじめに見に行ったのは銀座駅に置いてあるパブリックアートである。

街のアートをちゃんと見て話そう

遠くからでも分かるきらめき。比喩でなく光り輝いている

銀座駅のB6出口付近には吉岡徳仁『光の結晶』という作品が置いてあるそうだ。行ってみると……遠くからでも明らかに光っているものがある。それも殺風景な地下鉄の通路の中で、シール付チョコやゲームカードでレアものが出てきたときくらい明らかに光っているのだ。

「あれですね」「明らかに光ってますね」と光に吸い寄せられていく私たち。私たちは今、砂漠にオアシスを発見した旅人であり、身も蓋もなく言うと誘蛾灯に向かう蛾である。

吉岡徳仁『光の結晶』(2020年、協賛:株式会社資生堂 東京メトロ銀座駅B6出口付近)写真で撮るとアルミホイルのようであるのだが…現場はもうビッカビカのギランギランである

光りすぎて原始的な喜びがある

大北:うわ、すご~。これはすごいですね、めっちゃ光ってる……。

塚田:(笑)普通に驚いてますね。

大北:原始的にウホウホ言ってしまいました……すごくキャッチーじゃないですか?

塚田:そうですね。作者の吉岡さんは他のお仕事でもキャッチーな空間を作っています。ただキャッチーと言ってしまうと単純化しすぎている気もしなくもないので、アイコニックと形容したほうが個人的にはしっくりきます。

大北:みんなが「ああ、吉岡徳仁だね」って言えるような感じってことですね。

こういうホログラム素材シートが東急ハンズに売っている! 写真で見るとそうでもないですが現場はかなりギャンギャンに光り輝いてました(写真左が筆者大北、右が塚田さん)

六角形のガラスが蜂の巣のように並んでいる。これが一つ一つギャンギャンに光っている

六角形の中心点がどれも微妙にずれている。これで均一でない光が出るそうだ

クリスタルが自然光を表現

塚田:クリスタルは切子面(宝石のような立体を作るときの面)の中心をずらしながらはめ込まれていて、それによって光の波長をコントロールしているそうです。

大北:え? それはどういう意図で?

塚田:ずらすことによって一番光ってる面が不均一になっているように見えます。どうしてこうなっているかと言うと、自然光の波長に近くなるようにするためだそうです。

大北:自然界の光、太陽のことですか。

塚田:直接的に太陽光を指しているかは断言できませんが、自然界の光って(方向が)不均一だそうなんです。だからこういうふうにクリスタルを微妙にずらしながら構成することによって自然の光っぽい不均一さを出している。

大北:へえ~! でも太陽とか自然の光を目指すのはなぜなんですかね?

光っている面がどれもちがう

塚田:そこで思い出したのは、谷崎潤一郎が『陰影礼賛』で、金の屏風について書いてる一節です。昔は電気がないから、明かりを部屋に回すために金の屏風を作ったんじゃないかって谷崎は推測してるんですよね。

大北:なるほど! 屏風も角度がたくさんあってそれで拡散するし……

塚田:昔はそういう光を反射させて明るくさせるものがあったんですけど、今って電気があるから、いらないじゃないですか。でも電気があるからこそ、地下鉄っていう全く自然光がない空間が生まれるわけですよね。

大北:電気で便利だけど自然光がなくなった。

塚田:そういうところに置くパブリックアートとして、吉岡さんはあえて自然界の光を持ってきた。

大北:なるほど、腑に落ちました。電気ができてこんなとこにある地下鉄めっちゃ便利だけど、自然っぽい光がないんだなーと吉岡さんが考えた可能性も。屏風も角度が色々で拡散するし、これもめっちゃ強い光あたってますね。

塚田:ちゃんとライティングもしてるってことですね。

作品には専用のライトが設置されている

強いライトが当たっているため私たちがスタジオ撮影のように盛れた

デザイン界のスターでもある吉岡徳仁

塚田:あとこの六角形とか蜂の巣状の形状は、吉岡さんのトレードマークとも言えます。彼の代表作の一つに『Honey-pop』という紙のイスがあります。それは最初厚みが1センチぐらいの紙なんですが、蛇腹みたいに拡げることができて、そこに座ると自然に形づくられてイスになるんですよ。蜂の巣という自然の構造をイスに応用したものです。

大北:美術というよりインテリアの領域ですかね?

塚田:それに関してはそうですね。でも吉岡さんは美術館での発表も行っていますし、アートとデザインの中間の立ち位置お仕事をされている印象です。キャリアで言うと、インテリアデザイナーの倉俣史朗さんと、イッセイミヤケの三宅一生さんに師事した後に独立しています。

大北:バリバリのデザイナーでもあるんですね。

塚田:そうですね。デザイン全般ができて、さらにコンセプトも強いものを作れるのでアートの領域でも注目されています。もう10年近く前になりますが東京都現代美術館での大きな展示も経験しています。2000年代後半からデザイン界のトップスターみたいな感じで、僕は当時美大生だったんですけど、デザインを専攻している同級生から人気のあるデザイナーとして名前を教わったような記憶があります。

大北:たしかに、さっきからどんどん人が吸い寄せられていくのを見ると納得です……。

「あら、素敵」と足を止めた高齢のお二人。実際にそう発言させてしまう作品の”素敵”力よ…

パブリックアートってこんなに人気があるのか

塚田:吉岡さんの特徴としては、コンセプトはシンプルで、誰でも理解できることが多いことが挙げられると思います。先ほど話した紙のイスにしてもそうで、木材や骨組みがなくても自立し、座れるというシンプルかつ驚きがあるものです。

大北:これもう「めっちゃ光る」としか言いようがないですもんね。

塚田:タイトルも『光の結晶』ですし。

大北:でもたとえば、よくできたミラーボールを眺めているのと何が違うんでしょうね。

塚田:とはいえやっぱり綺麗に映ってますね。風景が反射して迷宮みたいに見えてくるし……吉岡さんは良いものを作るために職人さんともコミュニケーションをすごくとるようにしているとインタビューで言ってました。事前にもある程度勉強して、ちゃんと知ってるってことをアピールするとだんだん職人さんが工房の奥へと案内してくれるそうです。この作品も、そういう地道なコミュニケーションの賜物なのかもしれません。

大北:光る作品と一口に言っても、光る/そんなに光らないの差はそんな工房でのふるまいで……。

塚田:それだけ妥協のない仕事なんじゃないかなと。

子供でもぐいぐい引き寄せるこの力。人はキラキラしたものに吸い寄せられるのだ…!!

砂漠で水を求めるように人々が吸い寄せられていく

大北:さっきから写真を撮る人が本当にたくさん。パブリックアートがこんなに人気があるなんてと思わなかった。今年オリンピックで金メダルもらってるときに、なぜ人はキラキラしたものを好むのかって調べたんですよ。答えは水でした。人類の水辺への欲求だそうです。

塚田:生存本能みたいな?

大北:キラッとした水辺に吸い寄せられるそう。ベルギーの大学の人が研究してました。

塚田:なるほど。貴金属とかキラキラしてるものはステータスにもなりますしね。

大北:じっと見てると……あの世っぽく見えてきました。

塚田:でもそれこそ、いろんな絵画でキリストの昇天ってあるじゃないですか。光が降り注いできて、それで昇天しますからね。美術の歴史において光は、そういう人生の終わりをほのめかすような意味を持たされたりしています。

大北:たしかに。一方、めちゃめちゃ俗っぽくも見えて宝石とかアイドルのコンサートみたいにも見えるし。銀座という場所にも合ってますよね。

塚田:そうですね、銀座っぽいですよね。協賛にある資生堂も銀座で創業した企業でもありますし、山名文夫をはじめ多くの有名デザイナーを輩出したデザインの名門でもあるので、こうやってデザイナーを支援してるのは素晴らしいことです。

初めて通りがかって、素敵だったから、と自撮りをされていた方。写真には映らない美しさとリンダリンダで歌われていたのは光の芸術作品のことであるのだろう

「あら素敵」と人が吸い寄せられていく

すぐ隣で写真を撮られている方がいたのでお話を聞いてみた。

 

大北:この作品ご存知でしたこれ?

女性:いや知らないんだけど、ここ通ってきて「あら素敵じゃない?」って気になって思わず写真撮ってしまって。

大北:ここは普段通られるんですか?

女性:銀座の地下はよく通るけど、初めて知りました~。この映り込みとか、これすごい綺麗じゃない?

大北:僕らも初めて見て驚きました。

女性:ねえ。なんかこう、色んなことを考えられるし、単純に出てくる光が綺麗だから、反射している光とか、色味のこととかね。

大北:コンセプトをいろいろ考えたりってことですね。

女性:でもこれ写真撮るのむずかしいね。

塚田:確かにそうですね、カメラ向けるとアルミホイルみたいになっちゃいます。

女性:もったいない。この感じうまく出してあげないとかわいそう。

大北:徳仁さんがかわいそうだと。

塚田:でもそれは写真には写せない部分があるということなので、それは作品にとってはプラスに作用することもあると思います。

すいませんね~、と清掃の方。人気なので人はよく集まっている

隠された意味はTwitterで言いたくならないのか

大北:さっきの方は考えるって言ってましたけど、こういう作品にもなんか隠された意味みたいなものあったりするんですかね……。

塚田:これ実はよく見ると輝きが世界地図に見えるよう設計されているらしくて、その光が世界を統合して、今はコロナで大変だけど世界が一つになって頑張っていきたいんです、みたいなことを去年のインタビューで読んだんですけど……。

大北:えっ!? 世界地図が? 何も言われないと気づかなさそうですけど、今は地図からだいぶ離れたものですよね……。

塚田:例えばガラスのパブリックアートとして一般的なのってステンドグラスですよね。ステンドグラスは線で描き分けられて絵画的な感じ。だけどこれは乱反射することによって、クリスタルという物質自体を認識することで「彫刻的な作品」としても見れるんじゃないかなと。

大北:これ自体が世界地図の彫刻としても考えられると、なるほど!

塚田:なかなか世界地図には見えないですけどね。

大北:これはそうなんでしょうけど、こういうのってウソを言っててもバレないんじゃないですか?

塚田:自ら進んではコンセプトを言わないって人は結構いますけどあまりあえてウソはつきませんよね……あ、でも架空の画家を自ら演じているユアサエボシさんという方がいますね。

大北:でも世界地図に見えるよう設計したんだったら……絶対言いたいですよね。Twitterにも書きたい。

全体では世界地図に見えるよう輝いているというが……

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今回の大人気パブリックアート銀座駅吉岡徳仁作『光の結晶』に続いて訪れたのは……
vol.2もぜひご覧ください。

今回の大人気パブリックアート銀座駅吉岡徳仁作『光の結晶』に続いて訪れたのは……
vol.2もぜひご覧ください。

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街にあるアートには素材を楽しむタイプもある / 連載「街中アート探訪記」Vol.2

  • #大北栄人・塚田優 #連載

鑑賞のやめどきとはいつか

大北:そろそろいきますか……こういった作品の鑑賞時間って物によってだいぶ違うんですかね。コンセプト一発! みたいなやつは、短い?

塚田:一概には言えないと思いますけど……この後の予定があって、こういうことなんだろうなってある程度把握できると次行かなきゃなっていうふうに思ったりする。(コンセプトが伝わったかは)鑑賞をストップする判断材料にはなりますよね。

大北:しかし、一発目からすごいものを引き当ててしまった。これほど人気だとは……!

 

人々が次々と吸い寄せられる光のパブリックアートが銀座駅にある。こんなに人気のあるパブリックアートがあるなんて知らなかった。続いて光をテーマにしたパブリックアートを訪れたのだが、次回ご紹介する予定である。

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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