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2023.08.25

日米の「ポップ」が出会う2人のアーティストによる共作作品 / 連載「街中アート探訪記」Vol.21

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は東京メトロ溜池山王駅にある福田美蘭とグレッチェン・ベンダーによる共作『あみだくじ』である。シリーズ初のパブリックアートらしいパブリックアートを、どのような背景でここにあるのかからじっくり考えてみる。

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

福田美蘭、グレッチェン・ベンダー『あみだくじ “Amidakuji”』溜池山王駅改札前

パブリックアートらしい感じ

大北:ジャンルとしてはポップアートと言われるものになるんでしょうか。
塚田:そうですね。ポップアートの方法論が使われていることは確かです。
大北:絵を味わいましょうという感じではないですよね。
塚田:そうそう、コンセプトを味わうタイプですよ。
大北:面白がったり。
塚田:そこからいろんなことを考えたりとか。

大北:実は第一印象があんまりよくなくて。駅とかでこういうパブリックアートあるよなーという既視感が強くあり。でもこういうものこそちゃんとわかるようになりたい。
塚田:確かに、この連載21回目にしてようやくパブリックアートっぽいものが出てきましたね。
大北:そうしたパブリックアートらしさってこの場合はなんですかね。ちょっと時間が経ってる感じですかね。
塚田:素材が陶器だからじゃないですか。日本では20世紀の初頭から伊奈製陶(現・LIXIL)がタイルの製造、販売を始めて、業者が増えたんです。だからそれも関係してモザイク壁画を設置した建物も増えたんですよね。そういうことで陶によるパブリックアートがいっぱいあるという印象になって、既視感につながってるんじゃないでしょうか。
大北:そうですね。このツルツルした感じ…よく見ます。

大北:やっぱり写真というものを使うと時代性を帯びませんか。
塚田:確かにそれもあるかもしれませんね。今ってこういうエッジが甘い感じの写真って、そんな見ないですもんね。
大北:そっか、今全部デジタルだから。とはいえこの古い感じが悪いことでもないですしね。

 

リキテンスタイン以降のポップアートとは

塚田:他に既視感を感じさせてしまう要因としては、紋切型のイメージが並んでるところがあるのかなと。
大北:確かに。高層ビルとかね。80年代90年代のこれぞNY的なイメージ。
塚田:鶴とか東京タワーもありますね。
大北:そうだそうだ。ハートが真ん中に来ているのがなにかもう、危険なんじゃないかと。
塚田:(笑)。危険って、そんなわけはないでしょう。
大北:本当にハートフルな人が真ん中にハート置いたりするじゃないですか。心が全くひねくれてないまっすぐな人が作ったのかもしれないと。
塚田:ハートというあからさまに分かりやすいイメージを使うことが大北さんには危険に感じられてしまったということでしょうか?
大北:そうですね、真ん中にハート、地球、高層ビル。これは信用してよいのかしらと心配です。でも、こっちの見たことない食べ物が来ると急になんだこれは!?っていう感覚もあり。
塚田:以前リキテンスタインを取り上げましたが、今回扱う2人の作家は彼のようなポップアート第一世代を踏まえて、後続世代としてやり方を模索してきた作家たちなんです。リキテンスタインも紋切型の、日常に溢れているイメージを作品に使って絵画にすることをしていましたよね。
大北:なるほど。日常にありふれてるものを作品に使うやり方ですね。

 

通じ合う特徴がある作家による共作

塚田:この作品は福田美蘭さんとグレッチェン・ベンダーさんの共作なんです。この連載でそういった作品を取り上げるのは初めてですよね。2人は既存のイメージを作品に使用しているっていうところが共通してます。
大北:どちらも同じような作家さんの共作なんだ。
塚田:グレッチェン・ベンダーはメディアアート寄りの作家で、テレビをたくさん置いてその中に美術史のイメージとテレビCMだとか日常的なイメージを併置する、みたいな感じの作品を作ってる人です。福田未蘭は、西洋の名画をパロディにしたりしてる人で。例えば、マネの『草原の昼食』という作品があるんですけど、その作品に出ている人物の視点から絵を描いた《帽子を被った男性から見た草上の二人》という作品を1992年に制作しています。
大北:あー、絵の登場人物の視点に立って。今でいう二次創作だ。
塚田:2人とも既存のイメージをどう変わったものに変換しようかとやっている人ですね。リキテンスタインは絵画というものに強いこだわりを持ってた作家なんですけれども、それ以降の作家としてのやり方として、グレッチェン・ベンダーはもっといろんなメディアを使ってみようというアプローチで、福田は絵がメインなんですけれども、日本の土着的なイメージを使ってそういったことを積極的にやってる人なんです。例えば、掛け軸の作品に現代の渋谷の街並みを水墨画風に描いて、そこにグラフティーをサインのように入れたりだとか。つまり現代のカルチャーを昔の形式でやってみたりという置き換えですね。そういうことをそれぞれ実践している作家なんで。僕は取り合わせ的には結構いけてると思いました。
大北:お、いいじゃんって。
塚田:そう、いいじゃんっていう2人のはずなんですけど、そういう作風だからこそ、わかりやすいイメージを積極的に使うと凡庸にも見えてしまうというのは難しいところですね。
大北:なめられがちなんだ。「真ん中にハートがある」とかでぼくもなめてましたね。

 

日米友好のあみだくじ

塚田:この作品のテーマは、日米の交流なんですよ。
大北:作家の立ち位置や世代は似た2人なんですよね。
塚田:そうです。でもそれぞれアイデンティティやルーツが違うから。こっちが福田さんサイドだと思うんですけど。
大北:そうか、そういうことか。日本側が福田さん。
塚田:あっちがグレッチェン・ベンダーサイド。
大北:左右で分かれてるんだ。

左が米・グレッチェン側、右が日・福田側であみだくじになっている

塚田:左右が日米で分かれてるんです。
大北:そういう認識がまずされないといけないんですね。
塚田:はい。で、海を挟んで友好的な、文化的な交流がなされることを示しているのがこのハートなんです。

大北:あー、なるほど。じゃあ子供の顔は自身の写真なんですか。
塚田:ではないと思いますよ。福田美蘭さんは女性の方なので。
大北:何年ぐらいの作品ですか。
塚田:まあまあ古かったです。1997年ですね。

大北:90年代の感じだ。「あみだくじの左右にあるイメージは、日本とアメリカ合衆国それぞれの文化や日常生活を象徴したものです。」って書いてますもんね。
「中央には日本とアメリカ合衆国の友好を象徴するハートが両国間にまたがる海の上に浮かんでいます」。
塚田:だからちゃんとあみだくじにもなってるんですね。
大北:タイトルのあみだくじ。
塚田:で、それぞれのイメージが海を渡って友達を見つけることができるようになっています。

 

あみだくじをやってみる

大北:なるほど。それぞれ端にある4者はなんだろう。東京タワーと自由の女神か。男の子と女の子。おにぎりとこれは何だろう?
塚田:アップルパイの上にアイスクリーム?
大北:それがおにぎりに当たるものなんだ。みんなが好きなものって感じはありますね。

大北:あとは鶴とスペースシャトル。国を象徴する空を飛ぶものかな。
塚田:やってみますか。友達を見つけに。
大北:体感型アートでもあるんだ(笑)。
塚田:え、これがこうなって……(笑)うん、友達を見つけましたね。
大北:これが正しいのかは実際に1回はやらないといけないんですね。

大北:鶴とスペースシャトル、自由の女神と東京タワーは結びつきますが、人間は食べ物と結びつくんですね。
塚田:なんとなく対応してるかも、ぐらいな感じですかね。

塚田:レンズによるものなのか加工なのかは分かりませんが、中央部分のイメージはどれも地球の丸みを連想させるような歪みになっていますね。
大北:ビルのところまでははっきり円なんですね。
塚田:絵面としての変化はすごくついて面白いんですが、あみだくじであることをちょっとわかりづらくもしてるような気もしますね。
大北:たしかにあみだくじであることは最初分からなかったです。
塚田:でもそれは単純なあみだくじを作るわけにもいかないだろうっていう意思があったんじゃないですかね。
大北:あみだくじについてめちゃくちゃ研究しようぜって話し合いがあったわけじゃないでしょうしね。こういう形式があって、ならこれで、と。ぼくらの舞台のグラフィックを作ってくれているよシまるシンさんは最近あみだくじ専門の作品を作っていて。
塚田:大北さんはよシまるさんのあみだくじで鍛えられている!
大北:グレッチェン・ベンダーよりは数をこなしてるはず。

 

遠い日米で影響し合う芸術

大北:真ん中、地球があって、多分日米各々のビルですよね。その外側はどういうイメージ?
塚田:日本の水墨画とかですね。ちょっと日本の方はわかりづらいです。西洋のものも混ざってきてるし
大北:探偵小説の挿絵みたいな絵とか。レコードジャケットとかでこういうのありそうですね。

塚田:福田さんは日本のモチーフを扱うことが特徴的ではあるんですけれども。ご自身のインタビューを読むと、別に日本がっていうよりかは、自分の身の回りにあるものを描くっていうことの方が重要なんだと言っているので、そういうことも関係しているでしょう。
大北:なるほど。アメリカっぽいものも自分の身の周りにあるからと。福田さんが描いているんですかね。
塚田:おそらく福田さんが描いてるのではないかと思います。いろんなタッチで描けるタイプの人なので。63年生まれの方ですけども、多分倍率は30倍以上あったであろう東京藝術大学に現役で入学したという画力の持ち主です。
大北:超絶絵のうまい人コースですね。
塚田:でも、アメリカ側はアメリカってわかりやすいですね。

大北:そうですね、こっちはコラージュっぽいことになってますか?
塚田:どういった版下が作られたのかわからないですけれども、絶妙に著作権で訴えられないようにキャラクターの目がちょっと隠されてたりという苦心が見えます。
大北:あ、そういうことなんだ(笑)
塚田:あそこのスペースシャトルは絶妙な角度で、USまでしか映ってない。
大北:Aがあったらまずいことに……。
塚田:そういう配慮もしなきゃいけないですからね。
大北:既にあるものを扱う作家さんはそういう作業もあるんですね。

 

目利きの駐日大使夫人がいた

大北:なんで共作することになったんですかね。
塚田:キャプションに書いてありましたよ。
大北:在日アメリカ大使館の後援があって……そっか。溜池山王はアメリカ大使館が近いんだ。それでここにあるのか。

塚田:駐日米国大使だったジョーン・モンデールの奥さんがアート好きだったんですね。
大北:そんな力があるのか、大使夫人には。ジョーンオブアートと呼ばれてたんだ、アートといえばのジョーンさんって感じですね。
塚田:彼女の活動の成果の一つとしてここに作られて、最近になって後の駐日米国大使であるキャロライン・ケネディさんの名前でプレートが設置されたようですね。
大北:あのケネディの娘さんが。

大北:グレッツェン・ベンダーさんは知ってました?
塚田:お恥ずかしながら知らなかったんですよ。でも調べてみると、英語でしたけども情報がしっかりと出てきました。作品の画像もたくさん出てきますし、交流があったアーティストもシンディ・シャーマンとか巨匠の名前があったので、一線で活躍してたアーティストであることは確かです。
大北:この、ジョーン・モンデール夫人が「あなたとあなたやりなさいよ」って言ったんでしょうかね。
塚田:そうかもしれませんね。でもだとしたら目利きだと思いますよ。最初に言ったように、2人のアーティストとしての姿勢には共通してる部分があるので。

 

パブリックな場所に視点のアートがある豊かさ

大北:なぜあみだくじにしたのかとかは情報出てないですかね。
塚田:福田さんが提案したんじゃないかなと個人的には思ってますけどね。というのも、さっき掛け軸の話もしましたし、額縁をテーマにした作品も作っていて、額縁って必ず平面にかけられるために設計されたものじゃないですか。でも角に設置するような変形額縁を作ったり、福田さんは「ガワ」を工夫するのに興味を持っている作家なんです。
大北:あー、枠組みから考えるのが好きなんだ。

塚田:そうそう。あみだくじも絵画や額縁と同じように平面に情報を集約する方法の一つですよね。なので福田さんらしいやり方だなっていう印象を持ったんです。いろんな平面の形があるんだよってことをこうやってパブリックアートを通じて表現していることは肯定的に受け止めたいです。
大北:そういうチャレンジとか物の見方をパブリックな場所で提示してくれてるのはたしかに。さっきやってて特徴的だなと思ったのは、あみだくじって進むんですよね。前に前に。友達を探すって言ってましたけど交流っていう感じはたしかにありましたね。
塚田:ですね。確かにありますね。
大北:説明文にも「左右両方から進めていくと、それぞれのイメージが海を渡って、友達を見つけることができるようになって…」と。
塚田:「新しい出会いや新しい友情の始まり」。
大北:じゃかなりストレートなメッセージが。
塚田:かなりストレートで、真ん中もこれもう振り切ってますよね。
大北:もうなんの皮肉もないハートが。
塚田:素直な。
大北:考えてみたら大使館が関わってるので皮肉的な目線があったら外交に関わってくるか。関ヶ原の合戦が起こったのは、釣り鐘の文字にいちゃもんをつけたかららしいです。
塚田:大使館も絡んでるといちゃもんつけようがないほうが良いですね。
大北:もう本当に心の底から交流を望んでるってところなんでしょうね。やーでもパブリックアートってそういうものですよね。

美術評論の塚田(左)とコントを書く大北(右)でお送りしました

 

ポップアートが世界に開かれる先駆けでは

塚田:でもね、異文化が海を超えて交流するという友情を表現している作品だとしばしば目にする「日米友好」のあれかーと思ってしまいたくなりますよね。
大北:なーんかよく聞くあれね、という。
塚田:でもこの作品を現代美術の歴史に置いてみるとちょっと先駆けているんじゃないかというところもあるんです。この作品は1997年の制作なんですが、このころって世界的にはポップアートってまだまだアメリカのものだと思われていたんですよね。
大北:なるほど、ウォーホルとかリキテンスタインの。ポップアートといえばアメリカだと。
塚田:それが変わるのは2010年代中盤。2015年にアメリカウォーカーアートセンターでインターナショナルポップ展が開かれてヨーロッパや南米のポップアートが見直され始める動きが生まれました。世界各国のポップアーティストたちが発見され始めるんです。そんなここ10年くらいの動きよりももっと昔の1997年に、こうして日米のアーティストがお互いの国のポップなものを認め合うような作品を作っていた。
大北:そういったことができたのは駐日大使夫人がめちゃくちゃアート好きだったおかげだと。お手柄だぞ、ジョーンくん、と。
塚田:小さいことですけどね。でも作品が制作された時代にさかのぼってみると、そういったことも考えられるので面白いです。

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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