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2026.01.21

五十嵐威暢はどうして立体に魅せられたのか。麻布十番のKUMOを眺める / 連載「街中アート探訪記」Vol.48

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは麻布十番と六本木の中間にある五十嵐威暢の彫刻作品。グラフィックデザイナーから立体表現に魅せられて彫刻家となった五十嵐。純粋な形を追い求めた五十嵐のキャリアとデザイン・美術におけるモダニズムを作品に観る。

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

麻布十番の雲を観る

大北:さあ五十嵐威暢(たけのぶ)さんの作品です。麻布十番コミュニティストアズプロジェクトと案内にありますが、商店街のようなものでしょうか。パブリックアートを置けるのはすごい。
塚田:近くには六本木ヒルズのパブリックアートもありますね。六本木のもう1つのKUMOだ。
大北:確かに。これは明確に空に浮かぶ方の雲ですよね。
塚田:ルイーズ・ブルジョワは蜘蛛だけどお母さんですからね。
大北:このKUMOは金属っぽい素材で、鉄ですかね。
塚田:そうですね。五十嵐自身は鉄だけじゃなくて木もやるし、陶も。いろんな素材を使っています。
大北:へえ! 陶もあるんですか。多才ですね。

五十嵐威暢《KUMO》1996年

大北:おもしろい形だなあ。あ、でもわかってきましたよ。
塚田:お、わかってきましたか。
大北:雲自体が立体ですごい複雑な形してますよね。そんな複雑な立体を面でとらえるとこうなるんじゃないか、って作品なんじゃないですかね。
塚田:確かになんか雲の骨組みって感じがしますね。
大北:いや、違うかな。…どういう理屈でこうなってるのかがよくわからない構造物ですね。考えがいがありますね。
塚田:五十嵐威暢は3次元性というものをめちゃめちゃ気にする人なんですよ。
大北:お、3次元性ですか。
塚田:でも実は元々グラフィックデザイナーなんです。
大北:へえ!? グラフィックデザイナーは平面的な仕事ですよね。
塚田:そうですね。五十嵐はグラフィックデザインから出発して、並行してプロダクトデザインなども手掛けていたんですが、40歳ぐらいの時にやはり自分は彫刻家になりたいと思い至ったそうです。それでここから10年かけて計画的に事務所を小さくしていったんです。
大北:意図的に事務所を小さくする?
塚田:そうです。事務所となるとみんなを雇用してるじゃないですか。俺は彫刻家になると急に言い出すんじゃなくて、10年計画でじっくり彫刻的なプロジェクトなどに移行していって、50歳、1994年から彫刻家として活動するんです。
大北:みんなを路頭に迷わせることなく。えらいなあ。

製図的な手法を使う五十嵐の表現

塚田:グラフィックデザインからプロダクトデザインに展開していって、そこから彫刻的なものをやりたくなって彫刻家に。作家としての連続性をフィールドを変えながら一貫させた稀有な存在です。
大北:自分のやりたい表現を突き詰めてったら場所が変わっていったんだ。
塚田:そうです。グラフィックデザインやってる時に、立体的なものを描くことへの欲求が高まってきたんだと思います。当時の五十嵐は、ドラフターという製図台を使ってグラフィックデザインをやり始めたんですね。
大北:あれだ、物差しがくっついた大掛かりな机が建築事務所にありますよね。
塚田:五十嵐はインテリアデザイナーの事務所でドラフターに出会ったそうです。それを使ってどういうのをやってたかっていうと、斜め上から見たような感じに立体的に描かれた文字の表現ってありますよね。
大北:あー、なんか思い浮かびます。
塚田:アクソノメトリック図法(※)という描き方でそんな立体的な文字の表現を五十嵐さんはずっとやってたんです。検索したら出ますけども。
大北:(検索しました)あ、めちゃくちゃ立体的ですね。ほぼ立体だ。
塚田:そうです。ここから彫刻に行くんすね。
大北:おもしろい。立体的な文字表現にハマってほんとの立体にいくんだ。

※……アクソノメトリック図法…立体を平面上に表現する平行投影図法の一種。高さ・幅・奥行きを等倍で示しつつ軸のいずれかの角を直角に保って立体的に描画する手法。

塚田:最初は自主制作でアルファベットを立体にしたみたいなことをやっていて、そこからパブリックアートとか1点物の彫刻作品に向かっていくんですね。
大北:純粋な表現欲みたいなものですかね。
塚田:うーん。そのあたりは難しいですね。出発点として五十嵐の場合はデザインじゃないですか。だから仕事で文字という所与のものを使っていくうちに、表現としての可能性とか欲求が高まってきたんだと思います。
大北:「これを使ってやってね」を作っていくうちに。
塚田:なので、与えられたものを使うデザイン的な行為を出発点として、より純粋な方に向かっていったんですね。
大北:なるほど、そういうパターンがあるんですね。
塚田:それこそ横尾忠則とかデザイナーからアーティストになっていく方は何人かいますけれども。五十嵐の場合はキャリアの転換が相当うまくいってるケースです。実際、彫刻家としても多くの場所にパブリックアートを作ってますから。
大北:すでに評価されてるとなおさら移行が難しそうですね。
塚田:五十嵐はニューヨーク近代美術館(MoMA)のカレンダーをアクソノメトリック図法のスタイルで1984年から1991年までずっと担当してたんですよ。
大北:じゃあ先程の立体的な文字は五十嵐さんならではの表現だったわけですね。

日本ではなく海外のデザインの潮流に

塚田:でもこれが日本のグラフィックデザイン史の中ではメインストリームに語れられてないというのがちょっとかわいそうなところでもあるんですね。
大北:MoMAで評価されてても?
塚田:日本のグラフィックデザインのメインストリームは日本語。つまり漢字、ひらがな、カタカナをどういう風に工夫してレイアウトするかが腕の見せどころというところがあります。五十嵐は基本的にはアルファベット、つまり欧文書体の扱いが目立つ仕事が多かったので。日本のグラフィックデザイン史の大スターというわけでもない。ニューヨーク近代美術館など海外の仕事による評価が先行している面もあるかもしれません。
大北:アルファベットの本場ではちゃんと評価されてるけれども。
塚田:実際、当時のカレンダーなどがニューヨーク近代美術館には収蔵されてますからね。
大北:五十嵐さんの作風はどんなところが特徴だったんですかね?
塚田:五十嵐が使ってたドラフターは建築設計用の道具で、縦横の軸を固定して、同じ角度で線を楽に引けるツールなんですね。純粋な直線が簡単にたくさん引けるんですよね。
大北:純粋な直線かあ…、うーむ。
塚田:そういう純粋な直線を多くのグラフィックデザイナーが発見したのは、パソコンが入ってからなんですね。
大北:ああー、なるほど! 今では当たり前だけどそれをやってたんだ。
塚田:分かりやすくするために単純化して話しますが、デスクトップパブリッシングが普及し始める時代にデザイナーにとって衝撃だったのは、線がうまく引けることだったわけです。そんな機械的な直線や曲線を、普通のデザイナーたちはパソコンの導入で知りました。でも、五十嵐はそれよりも10年以上先駆けていた。その先駆性は相当大きいです。
大北:いやー、すごい。直線の価値みたいなのも変わったんですね。バンバン入れてくのは大変だったんだなあ。
塚田:それを製図台ですでにやっていた。五十嵐さんはパソコンの導入も早くて、80年代前半にはすでに仕事で使っていたそうです。ここでもかなりパイオニア感がある。

五十嵐のデザイナー的感性とは

大北:そんなことを踏まえてみると、この雲というモチーフも、アルファベットから離れてるものですけど、世の中にあるものでもありますね。
塚田:そうですね。完全に抽象っていうわけではないですね。でも他の作品には抽象的な形を組み上げたものもありますし。これもある種の形の組み合わせ感があると思うんですけど、その辺りはデザイナー的な雰囲気があります。
大北:たしかに組み上がったもののような印象がありますね。その割にはどういう理屈なのかよくわからなくなる不思議な形ですね。

塚田:よく見るとあんまり直線的でもないんですよね。絶妙にカーブしている。
大北:こういった面を組み上げる立体構造自体にも馴染みがありますよね。恐竜の骨のおもちゃとか。
塚田:ありますよね。これは重たい素材だけれども、軽やかになるように意図して作ったそうですね。
大北:なるほど。雲なんで確かに軽くないとおかしいし。そういえば鉄なんですよね。考えてみれば鉄の塊みたいなものがドーンと高いところにあると怖いんですけど、そんな印象はなかったです。いや、面白いなあ。考えてみれば鉄なのかこれ。
塚田:造形による工夫でそういう印象を与えているんでしょうね。
大北:横に直線だと思いきや、そうじゃなかったり。面なのかと思いきや面でもないってこともあるし。するするっと理解から逃げていきますね。いい作品だなあ。

大北:時代的にはグラフィックデザインをやってたのはどれくらいの時代ですか?
塚田:グラフィックデザインだけってなると70年代かもしれないですね。80年代に入ると徐々に立体の仕事も増えていきますから。
大北:とすると横尾忠則さんとかの世代?
塚田:そこから10歳ぐらい年下です。
大北:どういう流れで芸術をやるとか思想的な系譜みたいなものはあるんですか。
塚田:それでいうと、わりと海外で言うところの「デザイン」な感じですね。
大北:おっ、どういうことですかね?
塚田:この人は元々アメリカの大学で修士を出て、向こうでの仕事もたくさんあったんですよ。五十嵐さんがキャリアを始めた70年代って、やっぱり横田忠則らのインパクトもあって、日本のデザインが絵画的だったり、なにをプロモーションしたいのかよく分からない、イメージ的な表現に寄っていたんです。山口はるみとか、イラストレーションも流行っていました。
大北:なるほど、グラフィックという大きな世界の中で、イラストが流行っていたと。言われてみればイラストは個々の作風の違いが大きそうだし。
塚田:だからキャリアの初期はアメリカの方が活動しやすいところもあったんじゃないかなとも思うんです。そういう流行とは別軸で、「デザイン」を追求したいという。
大北:なるほどなあ。そういう日本的なデザインって流れからちょっとはみ出てるんですね。
塚田:ドメスティックに見るとそうですね。逆に、グローバルに見るととくにはみ出しているということはないんですが。とにかく製図台を駆使した3次元的アプローチなど個性的存在であることは確かです。
大北:その立体表現が高じてここに至った。そう思って観ると面白いですね。でも本物の彫刻家になるっていうのはすごい思い切りだなあ。
塚田:やっぱりデザインって依頼仕事なので、自分の作風をキャリア通じて一貫させるのは大変だと思うんですけれど、この人は仕事の選び方も含めて徐々に自分の方に寄せていった。そして最終的に作家になるっていうのはある意味理想的なキャリアの歩み方です。
大北:そうか「思い切った」というより「徐々に寄せていった」ですね。他の世界でも通じそうないい考えです。

モダニズムを体現するような作家人生

大北:ここの場所には来たことがあったんですけど、意識したことがなかった。でもちゃんとじっと見てると考え方みたいなのがあるんですね。
塚田:五十嵐はグラフィックデザインとしてもアートとしてもまだまだ見過ごされている部分があると思います。今年の2月にお亡くなりになられたんですが、作品の資料が金沢工業大学に一括で納められたのでまた再評価とか、新しい位置づけを与えられていい作家です。同大学には五十嵐威暢アーカイブもあって、展示などが行われています。いつか僕も訪ねてみたいスポット。
大北:キャリアを追える機会がまたありそうですね。
塚田:簡単に言ってしまうと20世紀のいわゆるデザインと美術におけるモダニズムって、純粋な形態でどれぐらいできるかみたいな挑戦だったんですけれども。まさしくその美意識をグラフィックにとどまらずインテリアや彫刻、パブリックアートとありとあらゆるメディアで生涯にわたって展開し続けたんですね。
大北:……純粋な形として表現するみたいな話、ありましたね。でもまだパッと「あれね」とイメージできないな。
塚田:辰野登恵子の絵を見た時にすごい興奮してましたよ。

大北:すんません、ちょっと寄り道して、また聞いてもいいですか。「純粋な形として」というと余計なものに囚われないってことですよね。
塚田:そうですね。その余計なものの代表格が宗教とかですね。
大北:ああー、そうか、絵のもともとは。
塚田:西洋の話に限定すると、宗教のために絵っていうものが作られてきた。そういう意味付けがないところで絵そのものを組み立てるためにはどうしたらいいか。全然意味のない四角とか三角、幾何学的な形の方がいいんじゃないのっていう風な考え方も含まれてますね。もちろんその中に宗教だったり神秘性だったりを改めて再発見するという見方もありますが。
大北:それで、モダニズムなんですね。神様からちょっと距離を置いた近代的な社会。
塚田:そうです。美術が自立していくみたいなイメージですね。
大北:形としてこれ面白いよね、形で何ができるのかを考えたのがモダニズムで、ああ五十嵐さんも形面白いな、立体おもしろいな、と。
塚田:それでいろんなメディアでこういうことをやってくんですね。で、最終的に行き着いたのが、彫刻。
大北:一生涯かけて追うんですから、遊びがいがあるもんですね。
塚田:多分今後こういった人はなかなか現れないと思います。
大北:時代的なものからも。モダニズムを体現した人でもある。
塚田:モダニズム、ポストモダニズムの時代をまるっとそのキャリアの中に収めることが出来たという感じです。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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