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2026.07.22
インダストリアルな空間で、陶芸の可能性を探る。中井波花のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.7
Edit & Text / Eisuke Onda
制作途中の作品や散らばった画材、机や棚から、その作家の個性が滲む。アトリエに訪れると、作品の奥にある思考の一端を垣間見ることができる。連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」では、現代作家たちの創作空間を紹介していく。
第7回は陶芸の生成過程を探りながら、有機的な造形を生み出すアーティスト・中井波花のアトリエを訪れた。
前回は菅原玄奨のアトリエに訪問!
大きな窯があるアトリエ





都心から少し離れた湖の近くの住宅街。そこに大きなガレージを備えた一軒家がある。屋根からは煙突が突き出ているようだ。ガラガラと音を立て、シャッターが開く。
元気よく出迎えてくれたのは、アーティストの中井波花さん。北海道に生まれ育ち、オーストラリアやデンマーク、東京、多治見など、さまざまな土地を移りながら生活や制作を続け、つい最近、初めて自身の窯を備えたこの場所に拠点を構えたという。
「引っ越してきたのはちょうど1年くらい前です。窯を入れるために壁を抜いたり、いろんな業者さんに相談したりして。窯なんて人生で1回くらいしか買わないじゃないですか(笑)。何も知らないところから、どこに何を入れるのか、一つずつ決めていきました。最近ようやく落ち着いてきたところです」
中に入ると、まず目に飛び込んできたのは大きなガス窯。周囲には道具や素材が整然と並び、金属や剥き出しの壁がインダストリアルな雰囲気をつくっている。いわゆる陶芸工房というより、どこか工場に近い印象だ。空間の随所に、有機的な形をした中井さんの作品が置かれている。
なぜこの場所に拠点を構えたのか。アトリエづくりから独自の制作工程、作品の背景まで、話を聞いていった。
七軒目の作家
中井波花

1993年北海道生まれ。2016年北海道教育大学卒業。オーストラリアやデンマークでの体験に触発され、2019年多治見市陶磁器意匠研究所、2022年金沢卯辰山工芸工房修了。手びねりで薄く伸ばされた土をリボン状に巻いて成型する独特の手法で知られる。 主な展覧会に2025年「Evidence of Time, Record of Action」(PUBLIC RECORD、オークランド)、2023年「海に潜る」(THE BRIDGE – Le Ponde Ciel、大阪)、「浮かぶ」(TARO NASU、東京)などがある。

Ⓒ Namika Nakai Courtesy of TARO NASU Photo by Keizo Kioku

Ⓒ Namika Nakai Courtesy of TARO NASU Photo by Keizo Kioku
前回は菅原玄奨のアトリエに訪問!
移動を重ねて、はじめて拠点を持つ

拠点には自分で自由に使える窯を入れることは決めていたという中井さん。アトリエには、1メートル四方ほどの作品を焼ける大きなガス窯と、それよりも小さな電気窯が置かれている。ガス窯からは青いガス管と排気口が延び、その大きさだけではない存在感を放っている。
「物件を探していたときに、大きな窯を入れるとなると賃貸では難しくて。倉庫物件も探したんですけど、ちょっと手が届かない。そんなときにこの物件に出会って、ここだったらガレージに置けそうだなと。アルミの壁と鉄骨が剥き出しになった、ちょっと変なつくりの家だったのも決め手でした。都心からもそこまで離れていないし、思い切って買ってみようと思ったんです。
でも、いざ窯を入れようと思うと大変で。これまでいろんな作家さんのアトリエに遊びに行って、『この窯、かっこいいですね』とか憧れて言っていたけど、皆さん本当に苦労されていたんだなって実感しました」

写真左がガス窯、右が電気窯。「焼ける作品のサイズが違うだけじゃないんです。ガス窯は還元焼成といって、酸素を少なくした状態で焼くことができる。同じ釉薬を使っていても、ガスと電気で色合いが変わることがあります」

「以前住んでいた方がガレージの屋根をDIYしていて、光が差し込むんです。ここも気に入ったポイントです」


剥き出しのアルミの壁や鉄骨の表情をさらに際立たせるように、工事現場の足場などに使われる単管で組んだ棚が置かれている。
「インダストリアルな感じのアトリエにしたくて、単管を切って棚の骨組みをつくりました。そこに板を差し込んで、差し棚にしています。陶芸家のアトリエにはよくあるんですけど、作品をつくったら板の上に置いて、そのまま窯まで運ぶことができるので。何も考えずに板を差しときゃいいので、楽なんですよね」


拠点を構えて1年。現在の暮らしについて尋ねると、中井さんは「安心感があります」と話す。
「いつでもつくれるのは、やっぱり安心しますね。私は特殊な窯の使い方をするので、共同アトリエだとどうしても気を使わないといけなかったんですけど、ここだったら好きなときに好きなように焼ける。それに空港や駅も近いので移動もしやすいし、どこかに行って戻ってきても制作できる。そういう意味で、一度拠点を固めてよかったと思います」
ただし、この場所にずっと留まるつもりはないという。
「陶芸家って、一つの産地に住んで制作を続けるイメージもあると思うんですけど、私は行きたいところに行きたい。私自身、昔から移動が多かったし、同じコミュニティにいるより、いろんな場所で新しい経験や出会いがある方が、新鮮で風通しが良いなって。いきなり来月引っ越すとかは無理だけど、窯だって、どうしても動かしたくなったらお金を工面すれば動かせますから。単管もどこでも同じものが売っているので、場所が広くなったら買い足せばいいので」
手びねりで、形を重ねる


ガレージから室内に入ると、そこは作品の成形を行うスペースになっていた。壁に貼られたスケッチと大きな木の机があるくらいで、ものは意外なほど少ない。板の上に作品の図面のようなスケッチに重心などを簡単にメモする。そこに手びねりで棒状に伸ばした土を一段ずつ積み重ねていく。
「スケッチは軽く描くくらいです。つくっていても結局は土の厚みとかでその通りにはならないし、どんどん変わっちゃうので。基本的には手を使って、たまにヘラを使うくらい。道具って、たまにどっかにいくじゃないですか? そういうときは、その辺にあるそれっぽいものを代わりに使ったりもします(笑)。この作業はだいたい1週間くらい。地道に積み上げています」


「よく音楽を聴きながら手を動かしていますね。爆音で青葉市子とか聴きます(笑)」

積み上げ、その間には釉薬を挟み込む

すべてを偶然に委ねているわけではない

成形を終えると、作品は窯の中へ。周囲を耐火レンガで囲い、その中にアルミナと呼ばれる粉を敷き詰め、作品を埋めるようにして焼成する。
「そもそもアルミナは、焼成するときに作品と窯がくっつくのを防ぐ耐火素材です。料理でいう打ち粉みたいなものなんですけど、窯の中で作品が倒れるのを防ぐ方法を考えていたときに思いついたんです。アルミナがたくさんあったので、全部使ってみようって(笑)。
既存の使い方からずらして使うのがすごく好きなんです。釉薬を手びねりした土の間に入れて、ヒビみたいな現象を起こしたり。九谷焼に使われる真っ白に焼き上がる土を、あえて炭化焼成(*)したらどうなるんだろうとか。焼き物を始めた頃からそういう実験をしていて、そこから“埋める”という発想も出てきたんだと思います。
焼き物の素材に対して、本来とは違うアプローチをして、何か新しいものができないか━━というのが制作の出発点でした。例えば、土と釉薬って中に入っている成分はほとんど一緒なんです。ただ割合が違うだけ。そう考えると、土も釉薬と同じように使っていいんじゃないか、とか」
*……木炭や籾殻などとともに密閉した状態で焼くことで、炭素を作品の表面にまとわせる技法。

焼成する際に使用する耐火レンガ

白く山形に残る部分まで、アルミナに埋まっていたという。埋めた箇所と露出していた箇所の差が、作品の表面にコントラストを生む

窯の焼成などを逐一記録している
有機的で自由なフォルムを持つ中井さんの作品。しかし、すべてを偶然に委ねているわけではない。中井さんが特に考えるのは、窯の中で変化が起きるための「環境設定」だという。
「考える部分は環境設定だと思っています。特に今の作品は、間に入れた釉薬が溶けて形が変わるのを狙っているので。形状や重力の方向を考えて、どんな変化が起こりうるのかを考える。そのための環境を設定してあげるんです。アルミナをどこまで入れるのかも考えて。そこまでやったら、あとは自由に窯の中で動いてください、という感じでつくることが多いですね」


そして、窯から出てきたものをすべて作品として採用するわけでもない。
「昔はどれも面白いなと思っていたんですけど、最近はそうじゃなくて。いつもいいものができるとは限らない。後からよく見えることもあるので捨てるわけではないんですけど、“違うかな”と思ったら一度保留にしています。
俳句を書いている友人がいて、たくさん書いた中からいい一句を選べるのが、いい俳人だって話していたんです。つくることと同じくらい、そこから選ぶことが大事。私もそうできたらいいなと思っています」
分からないことを、見つめてみる

近作《10 Rooms》の制作のために描いたスケッチを見せてくれた。この作品は、フランスの都市・リモージュに滞在した経験から生まれたという。
「去年の1月くらいに滞在していたんですけど、住んでいた小屋の下にウサギの巣があったんです。滞在期間も短いし、そんなにすぐ友達とか親しい人ができるわけでもなくて。私にとって一番身近だったのが、同じ屋根の下で暮らしているウサギ。
それで観察するようになって、何時くらいにどこにいるのかネットで生態を調べたりして。でも、どんなに知識を得て観察したところで、巣穴の中でどんな生活をしていて、何を食べて、誰といるのかは分からない。それはウサギだけじゃなくて、家族や恋人、友達もみんなそうだと思ったんです。ウサギを理解したと思うことと、身近な人を理解していると思うことは、どちらも脆弱なものなんじゃないかって。
私の作品は窯の中で形が変わったり、繊細さを帯びたりするので、その扱いづらさと一緒に表現するようにウサギの巣穴をイメージした作品をつくりました」

目の前にいる人や生き物を、私たちはどこまで理解できるのか。中井さんは、制作を始める以前に心理学を学んでいた時期もある。
「人の思考とか、ものを認識するとか。私たちの目には見えていないけど、起こっていることを研究するのが心理学だったという側面があって。私は人間の機能や、精神的なものの構造に興味があったんです。怒るってどういうことなんだろう、悲しみがあるならどうやって生まれるんだろう。何のために機能して、どういう時に起きるんだろう。
制作を始めてからもそこは一緒で、構造を理解するような作品を自分も見たいし、探していきたい。だから、表現って必ずしも主観的である必要はないと思っています。葛藤とか、そういう自分の内側にあるものだけじゃなくて、客観的で自分の外にあるものと認識がつながっていてもいいと思うんです」

焼き物の制作過程で起こる現象に興味を持ち、そこから独自の表現を探ってきた中井さん。最近では、自身の記憶をたどりながら形を考えることもあるという。アトリエの壁に貼られた実家の図面を見せてくれた。
「父が建築家だったので、ちょっと面白い形をしていますよね。家の中に変わった形状のスペースがあって、赤く塗った部分が私がよく歩いていた動線です。この形から着想を得て作品をつくったこともあります。
あと、子どもの頃にビーズ遊びをよくしていたみたいなんですけど、そのときに使っていたものを実家から持ち帰ったりして。最近は過去を回想しながら、作品について考えることが多いです」

作品の起点は、遠く離れた土地や過去の記憶だけにあるわけではない。アトリエの周囲を歩く時間にも制作のヒントがある。
「夕方、近所を散歩するんですけど、そのときに白鳥の数を数えたり、亀がいるのを確認したりしています。この辺りにいる白鳥について調べたら、1960年代に皇居から運ばれてきた個体の子孫らしい。そういう背景も面白いじゃないですか。いろんなところに作品のアイデアはあると思いますね」

Information
第20回パラミタ陶芸大賞展
■出展作家
阿曽 藍人、 打田 翠、中井 波花、林 麻依子、安永 正臣、若林 和恵
■会期
2026年6月4日(木)→7月26日(日) ※会期中無休
■開館時間
9:30~17:30(入館は17:00まで)
■会場
パラミタミュージアム2階展示室
三重県三重郡菰野町大羽根園松ケ枝町21-6
詳細はこちら
ARTIST

中井波花
アーティスト
1993年北海道生まれ。2016年北海道教育大学卒業。オーストラリアやデンマークでの体験に触発され、2019年多治見市陶磁器意匠研究所、2022年金沢卯辰山工芸工房修了。手びねりで薄く伸ばされた土をリボン状に巻いて成型する独特の手法で知られる。現象としての陶芸の生成過程に興味を持ち、融点の異なる土と釉薬を使って、「再解釈する」ことをキーワードに、力強く、繊細な美しい緊張を空間に作り出す。 主な展覧会に2025年「Evidence of Time, Record of Action」(PUBLIC RECORD、オークランド)、2023年「海に潜る」(THE BRIDGE – Le Ponde Ciel、大阪)、「浮かぶ」(TARO NASU、東京)、2022年 「第5回金沢・世界工芸トリエンナーレ 工芸が想像するもの」、「第78回金沢市工芸展」、2021年「第9回菊池ビエンナーレ」、「笠間陶芸大賞展」などがある。
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