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2026.08.26
【後編】正義を叫ぶのではなく、ユーモアと暗号を忍ばせた「呪物」を残したい / 連載「作家のB面」 Vol.45 風間サチコ
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回のゲストは版画家の風間サチコさん。前編では「諜報活動」をしながら弘前市内を巡り、後編では弘前れんが倉庫美術館で開催中の「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」の会場へ。作品に込めた社会批評やユーモア、そして「呪物になりたい(?)」という作品の未来について話を聞いた。
方丈ルームに集められた機密(?)資料


弘前市内の小山古書店に「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」のきっかけとなる作家の本が置いてあるという情報を察知。さっそく女性は潜入した
──弘前れんが倉庫美術館で開催中の「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」では、展示会場の中央に設置されたコレクションルーム(《私の方丈ルーム》)も印象的でした。日常的に集められた資料が作品のモチーフへと連鎖していく様子が見えて興味深いです。
あそこに展示してあるものはコレクションのごく一部ですが、偶然手に入ったものが次の作品の契機になっていることを感じてもらえたらと思って設置しました。例えば本やCDに付箋をつけて「この本があの作品の元になっている」「この曲が反映されている」とわかるように解説しています。特に今回の展示は、現地・弘前の「小山古書店」という古本屋でたまたま買ったヴィリエ・ド・リラダンの短編連作集『トリビュラ・ボノメ』が出発点になっているんです。


方丈ルームを案内する風間さん
──1冊の古書との出合いが、展覧会全体の骨格を作ったということでしょうか。
はい、まさに運命的な出会いでした。19世紀末の近代性に対する危機感や不安、20世紀手前の没落貴族や退廃的な文化人たちが花開かせたオカルトやスピリチュアルな要素。それらは、私が中二病で引きこもりだった時期の心の拠り所でもあったんです。

それは、科学や合理主義、成果主義、お金の世界といった現実的なものに対して、亡霊や非合理的な存在を通して原始的な感覚を蘇らせるというアンチテーゼでもありました。青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)の山にこもりながらその本を読む中で、「自分はなぜ集団ではなく個人の世界から物事を見つめ、作品を作っているのか」という原点を再確認できたんです。そして、それを改めて掘り下げて視覚化してみたいという思いが、今回の展示へと繋がっていきました。
新たな挑戦とモットー

——作品制作の背景にある哲学や、ご自身のスローガンについても伺いたいです。展示資料の中にも「創造的虚無」という言葉がありましたね。
そうですね、「創造的虚無」は今の私の大きなモットーなんです。これはマックス・シュティルナーというドイツの哲学者の思想から受け取っている言葉です。周りがどう動いているかよりも、「自分が何をクリエイトしていくか」を最優先にするという考え方だと私は受け止めています。SNSや世間の情報に流されそうになっても、「周りが無だと思っているものを、自分にとっての有にしていく」という強い軸を持つことで、自分がやるべき制作に集中できるんです。

展覧会入り口には挑戦した油彩画を展示
――その軸があるからこそ、白黒表現だけでなく、新たなメディアへの挑戦にも繋がっているのですね。展覧会では油彩画も披露されていました。
普段は頭の中で形や情報をすべて白黒に変換して考えるクセがついているので、色選びは本当に苦労しました。油彩画《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》を描いた時も、混色する感覚というよりは「プラモデルの塗装」をするみたいな感覚で色を選んでいて。真ん中に描いた大好きなテノール歌手ペーター・ホフマンの顔や舞台衣装の色はすぐ決まったのですが、左右の人物で悩んでしまって。何日も悩んだ末に「もういいや、戦車の色にしよう」と決めました。味方側の津軽軍にはドイツ軍の灰色の戦車色「パンツァーグラウ」、敵側の南部軍にはイギリス軍の迷彩柄の色を塗ることにしたんです。多色刷りの版画でもそうですが、複雑な色分解の計算に時間をかけるより、ひらめいたアイデアをスピーディーに表現へ落とし込める白黒の木版画が、やっぱり自分には一番合っていると痛感しましたね。

風間サチコ《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》2026年 撮影:宮島径 ©︎Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production
――青森という土地には棟方志功をはじめ版画文化の蓄積がありますが、この地で発表することに個人的な巡り合わせも感じられますか?
実は身内の話になるのですが、同居していた私の祖父が、東京・日本橋にある「有便堂」という老舗画材店の大番頭をしていたんです。画壇の有名な先生方に贔屓にされていて、祖父は風呂敷に筆や顔彩、和紙を包んで納品しに行っていました。その客人の一人に棟方志功がいて、東京のアトリエにも何度も通っていたらしいんです。でも、祖父は江戸っ子気質で、地方出身の人や文化人をどこか下に見ているところがあって(笑)。家に戻ると小言をよく吐き捨てていたんです。当時はツケ払いの集金も大変だったらしく、祖父のせいで私はかなり大きくなるまで「東北のケチで嫌なおじいさん」という偏見を棟方志功に対して抱かされていたんです。
ところが学生になって日本民芸館で本物の作品を見たら、「大天才じゃん! 神様みたいな作品作ってるじゃん!」と圧倒されて。祖父の文化に対する眼の無さに呆れると同時に、自分の偏見を猛省しました。青森という版画の深い歴史を持つ土地で展示をすることには、そうした個人的な巡り合わせや因縁のようなものも感じますね。
地底人に評価される作家になりたい


風間サチコ《ディスリンピック2680》2018年 作家蔵(A.P.) 撮影:宮島径 ©︎Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production
――作品に対する眼差しについても伺いたいです。東日本大震災や近年のコロナ禍、あるいはオリンピックや優生思想をめぐる問題など、近・現代社会の構造的な闇に対しても風間さんは常に鋭い観察眼を注がれていますね。
東日本大震災の後に《人外交差点》を作った時も感じたのですが、大きな危機に直面した時って、ネット社会も相まって人々の相互監視や攻撃性が強まりますよね。自分の健康や安全を守りたいという切実な人情の一方で、誰かを攻撃したり排除したりすることで自分の安心を担保してしまう人間の心理的な弱さがある。ハンセン病療養所の歴史や優生思想もまさにそうで、「社会の発展のために害になる存在を排除・隔離する」という身勝手な論理が、人々の余裕のなさや心の隙間にスッと忍び込んでくる恐ろしさがあるんです。

風間サチコ《人外交差点》2013年 撮影:QAGOMA © Sachiko Kazama Courtesy of Queensland Art Gallery | Gallery of Modern Art
《ディスリンピック2680》でテーマにした優生思想も、特別で過激な考え方ではなく、実は市井のいたるところに潜在している。政治や社会の構造を観察していると、歴史上の独裁者たちが演じてきた滑稽で残酷な劇が、時代や形を変えて何度も繰り返されていることに驚かされます。人間は本当に同じような業を繰り返してしまう生き物なんですよね。
──風間さんの作品は単なる政治的メッセージやストレートなプロパガンダにならず、暗号やブラックユーモアを交えて成立しているところも魅力的です。
わかりやすいメッセージや当事者の感情的な悲劇性を前面に出しすぎると、作品が持つ「謎」や「オーラ」が削がれてしまうと思うんです。デモで拳を突き上げるような使い古された図式ではなく、もっと異彩を放つものにしたい。理想は縄文土器のような存在ですね。「こんなに一生懸命作ったけれど一体何のために作ったんだ?」という解き明かせない気味悪さを残したい。
以前、東京都現代美術館で《ディスリンピック2680》を展示した際、視察に来られた都知事を案内する機会がありました。作品の内容には触れず「一人で細かい作業をしている」点だけを説明したら、絵のテーマ(風刺)には気づかれず「細かくてすごいわね、頑張ってね」と握手をして去っていかれました(笑)。表立ったメッセージとして打ち出すのではなく、暗号化して作品の中に潜ませる。見る人によって「なんだか凄い変なものを見ちゃったな」というざわめきや違和感を持ち帰ってもらえれば、それでいいんです。

──諜報活動」を意識しつつも、プロレタリア作家のような「地下活動」的な運動とも一線を画しています。ご自身の制作スタンスはどのように位置づけられているのでしょうか。
地下活動という意識は全然ないですね。ただ、私の大きな夢の一つに、「地底人に評価される」というのがあるんです。
──地底人、ですか?(笑)。
地底人っていうのは、地球の表面に生きている私たち以外に、地底に深く潜んで暮らしている文明や存在がいるという設定です。いつか地球の表面が最後の日を迎えた時、地底人が穴から出てきて、彼らが見込んだ人間だけを地底へ連れて行ってくれる。選ばれた奴だけが生き残れるんです。だからそういう日が来た時、私は地底人に「お前は評価できる」と選ばれて、地底に連れて行かれたいなと思っていて。政治的な集団行動や運動としての「地下活動」ではなく、地下は地下でも知識人が面白がって評価してくれそうな、そういう異彩を放つものを目指したいんです。トンチやユーモアを使って、本質的な部分で権力者の教養のなさを嘲笑っていくような作風でありたいですね。
──最後に、作品が未来へと「残っていく」ことについての思いをお聞かせください。
尊敬する美術家の中村宏先生からいただいた、忘れられない言葉があります。「風間さん、僕はね、不発弾になるんだよ」と。岡本太郎のように現世で消費される芸術家になるのではなく、みんなが朽ち果てた頃に地中から掘り起こされて、後世の人々をドキドキハラハラさせる存在になるんだ、とおっしゃっていて。まさに縄文土器のように、「何かしたら祟りが起きそう」「呪われそう」という気持ち悪さや禍々しさを保持したまま、世の中に残っていく「呪物」でありたい。直線的な正義感やスローガンをぶつけるのではなく、ユーモアと暗号を忍ばせた不発弾として作品を土の中に埋めておく。いつか誰かがそれを掘り起こしたときに、心が強くざわつくような怪しい存在感を残し続けていきたいです。

Information
風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼
■会期
2026年6月5日 (金) 〜 11月15日 (日)
■休館日
火曜日(ただし9月22日、11月3日は開館)、9月24日(木)、11月4日(水)
■開館時間
9:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
■会場
弘前れんが倉庫美術館
青森県弘前市吉野町2−1
詳細はこちら
ARTIST

風間サチコ
アーティスト
1972年東京都生まれ、東京都在住。一つの画面に様々なモチーフが盛り込まれ構成された黒い木版画を中心に制作する。主な個展に、「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展:風間サチコ ‘Magic Mountain’」(東京都現代美術館、東京、2021年)、「風間サチコ展 ―コンクリート組曲―」(黒部市美術館、富山、2019年)、「ディスリンピア2680」(原爆の図丸木美術館、埼玉、2018年)などがある。シドニービエンナーレ(オーストラリア、2024年)、横浜トリエンナーレ(神奈川、2017年)、光州ビエンナーレ (韓国、2016年)などの国際展をはじめ、国内外で数多くの展覧会に参加。
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