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2026.08.26

【前編】社会の正しさからこぼれ落ちたものに視線を注ぐ。噫!私は版画のできる女スパイになりたい! / 連載「作家のB面」 Vol.45 風間サチコ

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。

取材のために集合したのは青森県弘前市。さっきから街中でサングラスをかけ、気配を殺している女性を見かけるが、いったい……。それはさておき、今回のゲストは版画家の風間サチコさん。鋭い社会批判とユーモアを織り交ぜた黒一色の木版画を制作する風間さんのB面は「諜報活動」。個展「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」を開催中の弘前れんが倉庫美術館の近辺で話を聞いた。

四十五人目の作家

風間サチコ

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黒一色の木版画を中心に、日本社会の矛盾や違和感を描き続けるアーティスト。オリンピックや原子力、学校など、近代化のなかで生まれたさまざまな出来事や身近な風景をモチーフに作品を制作してきた。独自のユーモアと鋭い批評性を交えながら、私たちの日常と地続きにある社会のありようを浮かび上がらせている。

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風間サチコ《人外交差点》2013年 撮影:QAGOMA © Sachiko Kazama Courtesy of Queensland Art Gallery | Gallery of Modern Art

004-sideb-45_sachiko-kazama風間サチコ《FLOW(袖の渡り/涙川)》2023年 撮影:森田兼次 © Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

 

人畜無害な一般人のふりをして潜入

美術館に行く道中の神社から視線.......

ーー今回、風間さんのB面として「諜報活動」というテーマをお聞きしたとき、作品が持つ鋭い視点やリサーチの深さと合致して強い納得感がありました。そもそも「スパイ」という言葉や存在を意識し始めたきっかけは何だったのでしょうか。

具体的に「諜報活動」を作家活動のスタイルとして意識したのは制作を始めてからですが、「スパイ」という言葉自体に憧れのようなものを抱いたのは学生時代ですね。武蔵野美術学園の3年生くらいの時、急に満州で暗躍した男装の女スパイ・川島芳子みたいになりたいと思い立って、ネクタイを締めてスーツを着て通学したりしていました。当時は版画科にいたのですが、とてもアットホームな雰囲気で、地下教室の廊下に七夕の笹を飾ってみんなで短冊に願い事を書く行事があったんです。その時に私が書いたのが「版画のできる女スパイになりたい」でした。それがすべての始まりですね。

ーーまさにその短冊の言葉が、現在の表現活動の原点になっているわけですね。風間さんにとっての「諜報活動」とは、具体的にどのような行為を指すのでしょうか。

後付けの表現ではありますが、要するに自分が「ここが匂うぞ」「面白そうだ」という直感や嗅覚を働かせて物事を掘り下げていく行為そのものですね。後から振り返ると「あれはまさにスパイ活動だったな」と感じることが多いんです。例えば、《噫(ああ)!怒涛(どとう)の閉塞艦(へいそくかん)》という作品の背景には、東日本大震災の前から定期的に通っていた原子力発電所のPRセンターでの体験があります。そこではチラシが配られ、きらびやかなPR映像が流れ、まるで未来の科学館のように「原子力は安全で便利な電気なんだよ」というメッセージが発信されていました。万博のパビリオンのような明るいイメージでリスキーな部分を隠蔽し、いわゆる「安全神話」を作り上げている空間だったんです。実際にその場に身を置くと、「こんなものに騙されてはいけない」という警戒心と同時に、半分は嘲笑い、半分はスリルを感じている自分もいて、その構造に対する猛烈な面白さを感じました。パビリオンのコンパニオンのお姉さんと会話を交わす時間もスリリングで。「自分は人畜無害な一般市民のフリをして潜入しているけれど、これを作品に昇華しようとしている。これはまさにスパイ活動だな」という実感が湧いてきたんです。

風間サチコ《噫(ああ)!怒涛(どとう)の閉塞艦(へいそくかん)》2012年 東京都現代美術館蔵 撮影:宮島径 ©︎Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production 

――ご自身のキャラクターや別人格を作り上げて、潜入取材のようなフィールドワークを行っていく、ということですね。

そうなんです。特に緊張感があったのは約20年前に訪れた青森県の六ヶ所村でした。あそこは言わずと知れた「原子力村」ですので、部外者に対する警戒感が非常に強いんです。施設の見学も完全予約制で、職業や個人情報をアンケートに詳細に記入しなければ入れません。当時は一人ではなく元夫と一緒に訪れたのですが、予約時に見学理由をシートに書いて提出すると、敷地内をドライブできるように電気自動車の鍵が無料で貸し出されました。現地では、電気がいかに便利かを体験させるパッケージとして電気自動車が用意されていたんです。

――「反対派ではないか」と警戒されると動きづらくなりそうですね。

まさに潜入です。核融合炉の施設を見学するにあたって、事前に猛勉強をして「スパイノート」を作成して臨みました。通常の原子炉と核融合炉の違いすら最初は知らなかったのですが、知識ゼロで行くと「冷やかし」だと思われてしまうので、適切な質問ができるように万全の準備を整えました。当日は夫婦で訪れたこともあり、観光客のように見えて怪しまれにくかったと思います。「主婦なんですけど、発電に興味があって」と笑顔で話しかけると、相手も警戒を解いてくれて。PRセンターのお土産のメモ帳やシール、絵葉書をもらってホクホクしながら話を聞いていました(笑)。ちょっと騙しているようで後ろめたい気持ちもありましたけれどね。

暗号のようなアルファベットに反応しとっさにカメラを向ける女性。手にはスパイノートらしきものが

――相手の懐に入り込むことで、表向きのPR資料には載らない本音や裏話を引き出すことができそうですね。

そうなんです。当時、核融合炉開発の主導権争いで日本はフランスのアレバ社に敗れてしまい、日本には研究施設の「箱」はあっても炉自体の研究権限がない状態でした。「すみません、聞きづらいのですが、ここは核融合炉の研究施設なのに、研究の権利はフランスに持って行かれてしまいましたよね。ここでは何を研究しているんですか?」と思い切って尋ねてみたんです。すると、「部品です」と。炉の周りにつくパイプやダクト、送風施設などの部品を研究していると教えてくれました。さらに「自分たちはこの原子力村の中でも肩身が狭く、予算も削られている」といった生々しい愚痴までこぼしてくれて。相手も仕事でやっているわけで、そういう人間臭い裏側が見えてくるのが潜入の面白いところですね。


裏町街道を進む人間にしか見えない風景

女性の嗅覚はまた別の方へ(「版画の資料によく建設中の建物を撮影したりします」と風間さん)

――国家規模の巨大なテーマと個人の潜入取材という対比が非常にスリリングです。学生時代の「女スパイ」への憧れは、具体的にどのような映画やカルチャーから影響を受けたのでしょうか。

実は『007』のような王道のジェームズ・ボンドシリーズはあまり通っていないんです。当時流行っていた映画音楽や、アメリカン・ニューシネマ、ヌーヴェルヴァーグといったレトロでかっこいい映画のビジュアルや雰囲気に惹かれて、ファッションに取り入れたりしていました。そこから「スパイをする」という行為と自分の表現が合体して、「版画のできる女スパイになりたい」という具体的な目標へと確立していったんです。

風間サチコ《登/下》2016年 撮影:宮島径 © Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

当時、木版画の持つかっこよさや叙情的な魅力に惹かれて勉強していましたが、同時にどこか物足りなさも感じていました。自分自身、日向を堂々と大威張りで歩いてきたタイプではなく、日陰の「裏町人生」を歩んできたという感覚があって。だからこそ、裏町街道を進む人間にしか見えない風景や、その視点から生み出される違和感を作品にしたいという気持ちが芽生えました。日向にいる人々が疑問を持たないような物事、深掘りすると前に進みづらくなるような「つまずき」に、あえて一つひとつ引っかかっていく。ぐんぐん前に進むのには適していなくても、最初から斜め方向に行っちゃっているので、あえてそこを掘っていく、いやらしく生きるというのが、自分の方向性としてすごく合致してきたんです。

──体制側のスパイというわけではなく、どこか反骨精神やアウトロー的な雰囲気が漂っていますね。

そこまで深く立ち位置を考えていたわけではないですけれどね。川島芳子に憧れたのも謀略に関わる悪人という部分まで深く考えていたわけではなくて、どちらかというと忍者や、あるいは表舞台で生きられない、『緋牡丹博徒』に出てくる渡世人のような、影の存在のヒーロー/ヒロインに惹かれていたのかもしれません。社会の「正しさ」や巨大なシステムからこぼれ落ちてしまうものに視線を注ぐこと。それが私にとっての「諜報活動」の真意なのだと思います。

 

戦前の資料を収集するのも諜報活動

──風間さんは普段、膨大な量の古い書籍や資料を集められるそうですね。収集の基準や惹かれる要素について教えてください。

基準は驚くほどシンプルで、パッと見で「欲しい」と思ったら買うだけです。装丁のデザインや、本が醸し出している怪しい雰囲気、どこか「見てはいけないもの」の匂いがするものに強く惹かれますね。ヤフオクなどのネットオークションを見ていると、怪しくて面白い本が次々に出てきてしまうんです。制作のテーマをひとつ決めると「この資料も必要だ」と買う口実が無限にできてしまって。「これは今考えているビジュアルに合いそうなことが書いてあるはずだ」と自分に理由づけをして買ってしまうので、一時期は家のキャパシティを超えてしまい、自制するのが大変でした(笑)。

──特に惹かれる時代やジャンルはあるのでしょうか。

やっぱり戦前のものですね。美意識の高さやデザインのクオリティが格段に素晴らしいんです。当時は大量生産の時代ではないからこそ、ブルジョワ層だけでなく庶民が使う日常品に至るまで丁寧に作られていて、プロダクトとしての水準が高い。一時期、戦前の着物をたくさん買っちゃったりしたこともありました。ただ、戦前の資料であっても、例えばプロレタリアートに関わるものはあまり好まないんです。

ダダイズムのような無目的で不条理なものは大好きですが、明確な政治目的や正義を掲げたプロレタリア美術にはあまり惹かれない。集団行動で「正義」という大義名分を訴える中で、「個」の思考や人間一人の考える能力が削がれ、ひとつの塊になっていく感覚に恐怖を抱くからです。正義という容器に入って細胞になることで、一瞬自分が強くなったような錯覚を覚えるかもしれません。でも、その正義の養分として働くことで、自分一人の思考力や判断力が削ぎ落とされていくことの方が、私にとっては遥かに恐ろしい。結局、集団で同じ方向に向かって争う「革命」という言葉自体、権力の争奪戦にすり替わっていくだけのように感じてしまうんです。

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【後編】正義を叫ぶのではなく、ユーモアと暗号を忍ばせた「呪物」を残したい / 連載「作家のB面」 Vol.45 風間サチコ

  • #風間サチコ #連載

Information

風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼

■会期
2026年6月5日 (金)  〜 11月15日 (日)

■休館日
火曜日(ただし9月22日、11月3日は開館)、9月24日(木)、11月4日(水)

■開館時間
9:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで

■会場
弘前れんが倉庫美術館 
青森県弘前市吉野町2−1

詳細はこちら

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ARTIST

風間サチコ

アーティスト

1972年東京都生まれ、東京都在住。一つの画面に様々なモチーフが盛り込まれ構成された黒い木版画を中心に制作する。主な個展に、「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展:風間サチコ ‘Magic Mountain’」(東京都現代美術館、東京、2021年)、「風間サチコ展 ―コンクリート組曲―」(黒部市美術館、富山、2019年)、「ディスリンピア2680」(原爆の図丸木美術館、埼玉、2018年)などがある。シドニービエンナーレ(オーストラリア、2024年)、横浜トリエンナーレ(神奈川、2017年)、光州ビエンナーレ (韓国、2016年)などの国際展をはじめ、国内外で数多くの展覧会に参加。

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