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INTERVIEW

2022.05.06

誰かの心の扉を叩くために、アートと福祉にできることは? / 「居場所のかたち」藝大DOORプロジェクトインタビュー

Interview&Text / Emi Fukushima
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda

心も身体も健やかな日々を送るために欠かせないのが「居場所」。それは、性別や国籍、年齢、境遇を問わず、どんな人にとっても同じことだ。しかし、その誰もが持つ権利のある「居場所」は、パンデミックやますます広がる経済格差、埋まらない差別意識などにより、揺らいでいる。

これからの時代、社会課題に対してアートは何ができるのか。先頭に立って考え続けているのが、東京藝術大学が2017年にスタートさせた、Diversity on the Arts Project(通称DOOR)。アートと福祉、分野を横断して活躍できる人材の育成を目指し、社会人と学生が共に学ぶことができる学習プログラムだ。

今回話を聞いたのは、教員の田中一平さん、スタッフの齊藤圭介さん、髙橋美苗さん、そして社会人受講生としてプロジェクトを修了した南田美紅さん、東京藝術大学の学生として参加した儲靚雯(チョセイブン)さんの5人。彼らと共に、居場所のかたちを考えてみた。

社会人と学生がともに考える、新たな学び場

写真左から、南田美紅、儲靚雯 / チョセイブン、田中一平、髙橋美苗、齊藤圭介

障害、貧困、ジェンダー、心の病、虐待、引きこもり、老い……。DOORが取り上げるのは、今の私たちを取り巻くありとあらゆるテーマ。多様な人々が、それぞれ“居場所”を見つけ、自分らしく生きることのできる社会をつくるために何ができるか。アートと福祉を切り口に、それを自ら考え、ケアを実践していく人材を育むことこそが、このプロジェクトの狙いだ。

はじまりは2016年。きっかけは、社会課題に対するアートの可能性を考え続けていたアーティストで、東京藝術大学長の日比野克彦さんが、当時東京都の文化事業としてはじまっていたアートプロジェクト・TURNに関わる中で抱いた問題意識だった。担当教員としてDOORに携わる田中一平さんは次のように話す。

「TURNとは、2015年にスタートした、性別や世代、国籍、障害の有無などのあらゆる違いを超えた『人と人との繋がり』をテーマにしたアートプロジェクトです。その中に、アーティストが福祉施設などに出向いて滞在制作をするというプログラムがあるんですが、施設へ外部からの人を受け入れる体制を整えていく必要があり、日比野先生は作家と施設を繋ぐような、ハブになってくれる人材の必要性を感じ、そこから立ち上がったのがDOORというプロジェクトなのです」(田中)

DOORの授業には、年齢や肩書きも異なる多様な人々が集まる

2021年2月に刊行された『ケアとアートの教室』(左右社刊)では、DOORプロジェクトの講義内容、実習のドキュメントを収録。アーティストの坂口恭平や、刑務所のドキュメンタリーを撮影する映画監督の坂上香、ホームレス支援を行う奥田知志、当事者としてあらゆるセクシャリティの人が健やかに生きるための活動をする松岡宗嗣など、講義の出演者にはさまざまな人が並ぶ

カリキュラムは1年間。授業では福祉の専門家や、生きづらさを抱える当事者を講師に招いたり、福祉の現場に実際に赴いたり、多様な人々の営みと事情を学ぶと共に、その結果感じたことや得られたことを作品としてかたちにしていく。
受講生は、下は20代から上は80代まで。会社員、デザイナー、アーティスト、医療・福祉関係者など、さまざまなバックグラウンドを持つ100名ほどが、さまざまな動機で集う。もともとは映像の仕事に携わっていた南田美紅さんも受講生の一人。2021年度にプロジェクトに参加した。

「10代の頃、孤独だった自分を唯一救ってくれた映画に魅せられ、それから映画監督を志して映像の業界で働いていました。でも、忙しく働く中で少しずつ自分の仕事が誰のためになっているのか、分からなくなってしまったんです。転機になったのは、たまたまあるコミュニティカフェの読書会に参加したこと。多様な職業の人が、お酒を酌み交わしながら自由に語らう様子を見て、生の言葉で人と人とが繋がるってすごくいいなって思ったんですよね。漠然と、いつか自分も、誰かの声をつなぎ合わせるような場所をつくりたいなと思うようになりました。DOORを知ったのは、知り合いのアーティストの方のSNS投稿を見て。まさにやりたいことが学べる場だと感じて、参加を決めました」(南田)

DOORを受講した儲靚雯 / チョセイブン(写真左)、南田美紅(写真右)

一方、DOORには、社会人だけではなく、東京藝術大学に在籍する学生たちも参加。学生と社会人が共に学ぶのも、プロジェクトの特徴のひとつだ。中国からの留学生として油画科修士課程に入学して間もなかったアーティストのチョセイブンさんも、自らの幅を広げたいという思いで門を叩いた。

「もともとアーティストとして尊敬していた日比野先生が手がけるプロジェクトだということで、気軽な気持ちで授業を履修してみたのがきっかけです。でもいざ参加してみると、新しい発見の連続で、自分も実は社会問題に興味があったのだと実感しましたね」(チョ)

 

生の声を聞き、ひたすら考え、かたちにする

DOORの授業が大切にしているのは、生の声を聞くこと。そしてとにかく仲間と話し合い、考え尽くし、実践の一歩を踏み出してみること。それを象徴する授業のひとつが『ケア実践場面分析演習』。「現場を伝えるをつくる」をコンセプトにした選択制の授業だ。

「建築家の金野千恵さんを講師に迎えた授業です。受講生同士でチームを組み、毎年設定されるテーマに沿って、実際の福祉の現場を取材し、当事者や現場のスタッフと対話したり、支援のお手伝いなどを体験させてもらいます。そうすることで、ケアの現場をより社会に開かれた場にする方法を考えるという内容です。最終的には受講生たちに、対話を通して得た成果を作品としてアウトプットしてもらいます」(田中)

ケア実践場面分析演習(2019年度)の展覧会風景。会場に在廊していた受講生と実習先でもあった、ALS当事者・訪問介護事業所「たかのわ」代表の真下貴久が展覧会に来場して談笑する

この授業で訪れる現場はさまざま。これまでに、高齢者、障害当事者、生活保護を受ける方々やその支援者と、受講生たちは出会ってきた。2020年、2021年度のテーマは「子どもたちが生きる環境」。児童相談所、児童養護施設、養育里親の家庭、養育里親の体験者、若者支援など、チームごとにそれぞれ異なる現場におもむくなかで、じっくりと対話や体験を重ねていく。かつて、自らも複雑な家庭環境に苦しんだという南田さんにとっては、特に思い入れのある授業となったのだそう。

「社会的養護に置かれている子どもたちの話を聞き、その実情を知れば知るほど、『あれ、自分もあまり恵まれていなかったんだな』と過去の自分と共通点を見出して、その苦しみに深く共感をしていきました。言葉に出せず、辛い思いをして、取りこぼされている子どもたちがたくさんいるはず。そう思い、子どもたちの心の奥にある悲しさや、目には見えない複雑な心の声を、作品として表したい、届けたいと思いました」(南田)

カリキュラムも中盤になったある時、別のチームとランチミーティングをした南田さん。授業を通じて、それぞれの感じていること、モヤモヤして悩んでいることを共有し合う中で、ある受講生の話が、彼女にひとつの気づきを与えてくれた。

「ある女性が、子どもの頃に体験したキラキラした思い出を話してくれたんです。それは、幼い頃、ハイキングに行った時のエピソード。彼女は気に入って拾った石をずっと大切に手に持って歩いていたのだそうですが、周りにいた大人が『あなた、綺麗なもの持ってるね!』と声をかけてくれたらしいんです。誰に見せたいわけでもなかったものに、思いがけず、声に出さずとも気づいてくれたことがすごく嬉しかったのだ、と。それを聞いた時、子どもたちの明るい心に目を向ける大切さに気づきました。私は必死で子どもたちの辛い思いを外に表現しようとしていたんですが、明るい部分を見つけて掘り起こしてあげることで、初めてその人が輪郭を帯びる瞬間があることに気がつけたんですよね」(南田)

最終的に南田さんが作ったのは、子どもたちから聞きとった言葉に着想を得た、文章とイラスト。それを、段ボールで作った額縁にはめて仕上げた。そこには、苦しい言葉だけではなく、キラキラした言葉、希望に満ちた言葉の両方が収められている。「それでも、いまだに消化しきれない部分もあります。作品をつくったからといって終わらない。課題の根深さと、考え続けることの大切さを、身に染みて感じた授業でしたね」と南田さんは振り返った。

南田美紅が制作した言葉とイラストと額縁。抑えきれない感情を綴った「爆弾処理」と、苦手なことも含めて肯定する「苦手なこと」

彼女のように、授業を通じてそれぞれの受講生側が多くの学びを得る一方、その奮闘はわずかに、でも着実に、実習先にも変化をもたらしている。スタッフとして『ケア実践場面分析演習』を担当した高橋美苗さんは次のように話す。

「実習先は子どもを支援する立場にある施設やそこで暮らす子どもたち、家族全員が当事者である養育里親の家庭なので、プロジェクトの当初は、社会に発信することに対して慎重なところもあったんです。でも2年間同じテーマで関わり続けていくと、取り組みに対して少しずつ前向きになってくれて、1年目は子どもに会うことが難しかった実習先も、2年目は『子どものために作品をつくってください』と仰ってくれるところもありました。DOORの取り組みが、受講生だけではなくて、実習先側も魅力を感じるものになったのかなと思うと、続けていてよかったなと感じますね」(高橋)

DOORにスタッフとして関わる齊藤圭介(写真左)、髙橋美苗(写真右)

また他にも、DOORの授業における社会への実践は、少しずつ広がっている。例えば、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)と連携して行っているのが、「センサリールームプロジェクト」。センサリールームとは、大きな音を遮る防音設備を整えたり、照明の光量を落としたりという工夫をすることで、発達障害や感覚過敏などの特徴があり、大きな音や非日常が苦手な子どもとその家族などが、安心してスポーツ観戦を楽しめる部屋のこと。「プログラム実践演習」という授業の一環で、2021年の12月には国立競技場に設置し、2組の家族にその部屋で天皇杯 JFA 第101回全日本サッカー選手権大会決勝を観戦してもらったという。

「参加したご家族には、すごく楽しんでもらえた姿が印象に残っていますね。感覚過敏といっても、人それぞれ状況は全然違って、基本的に一般化するのは難しい。本来はその人に合わせてつくるのが一番なんですが、様々な種類から好みの場所を選べるというかたちを提示することができました。まずは取り組みとして一歩を踏み出せたと感じましたね」。担当スタッフの齊藤圭介さんはそう話してくれた。

サッカーボールのようなデザインのドームやロッカールーム型風のリラックスボックス(入ると選手と同じように気持ちを落ち着かせることができる)、ピッチを模したクッションなど、受講生たちが企画・発案したプロダクトアイテムが設置

 

DOORそのものが、誰かの居場所にもなる

社会の中で、生きづらさを抱える人々の居場所のつくり方を、共に考え、時に実践していくDOORだが、受講生同士で繰り広げられる世代や職業を越えた関わりや交流が、彼ら自身の居場所をつくることにも繋がっている。2020年度受講生のチョさんは、DOORに参加したことで自らの内面に変化があったという。

「社会人と学生が混合チームでひとつの映像作品を作る『ハンディ ムービー プラクティス』という授業に参加した時に、一緒に組んだ社会人の方たちとの交流が何より心に残っています。細かくやりとりをして進めていったんですが、すごく私を尊重してくれたし、プロジェクトに向き合う姿勢もすごく勉強になりました。私自身、来日する前からどこにも自分の居場所がないように感じていたんですが、DOORには今まで経験したことのないような温かい世界があって、自分らしくいられたんですよね」(チョ)

儲靚雯 / チョセイブンが『ハンディ ムービー プラクティス(2020年/藝大×JFA連携授業)』で発表した映像作品《○○○》では、自らが制作した大きなボールを使用した映像が展開する

それは、チョさん自身を投影する油絵作品にも、大きな影響をもたらした。藝大修士課程の入学直後の2020年に描かれた絵と、2022年3月の卒業時に描かれた絵(写真下)を見比べれば、その差は一目瞭然。どちらも、自らの居場所を模索する中で描いた作品だ。

「入学した直後は、身の回りの全てに対して拳を向ける、ファイティングポーズを取るような気持ちがあったんですが、卒業する時には全てを抱きしめたいような、柔らかな気持ちに変わりました。DOORを通じて、自分の居場所が見つかったことが関係しているのかもしれません。そしてそれは、故郷の中国にいる家族に対する感情とも繋がっていて。もともと私は、家族、特に母と向き合うことからずっと逃げてきたところがあったんですが、日本で居場所を見つけられたことで、自分のことを見直す機会ができて、自分の過去や家族に向き合う勇気が出た。卒業時の絵に、母に対する感情を果物に置き換えて、テーマとして盛り込めたことは、大きな変化でしたね」(チョ)

儲靚雯 / チョセイブンの作品。写真右の『居場所』(2020年)は抽象的で荒々しいのに対して、左の『卒業式』(2022年制作)では輪郭が生まれ色使いも変わった

 

居場所は、かたちを問わず、いくつあってもいい

改めて、DOORを通じてさまざまな人々が、あるいは自らが心地良く生きられる社会について考え続けてきた5人は、居場所のあり方についてどう考えるのだろうか。「居場所って、いくつあってもいいと思うんですよね」。そう口を開いたのは南田さんだ。

「学校や会社、コミュニティなどで、『私の居場所はここだ』と決めつけてしまう方が、どこか苦しいような気がしていて。私も映画が好きで、ファッションが好きで。好きなものはいくつもあるので、点々といろんなところに、自分のことをありのままに話せたり、興味のある話が聞ける場所を持てたらいいですよね。居場所って本当に十人十色だし、思いがけない瞬間に自分の心が動いて、そこが居場所になることもある。そのためには、世の中に、今までの枠組みに囚われず、人と人とが気軽に話せるような場所が増えたらいいなと。ここは違うなと思ったら、次を当たってみよう、でもいい。私自身、いろんな興味に偶発的に出会ってもらえるような場づくりができたらいいなと思っています」

南田さんの意見にうなづくスタッフの高橋さん。「もっと言えば、居場所って、対社会、対人の中だけに限らなくてもいいのかもしれませんね」と続ける。

「好きな音楽を聴いている時間そのものとか、ペットと過ごす時間とか、過去の自分の記憶の中とか、人と関わったり社会の中にいなくても、自分が救われる場所ってあるんじゃないかなと。もちろん、社会の中に見つけることができればベストだと思うけど、そこに辿り着けない人もたくさんいる。自分が自分らしく安心していられるのなら、それは物理的な場所ではなかったとしても、“居場所”と言えるんじゃないかなと思っています」(高橋)

2022年1月28日から2月2日に開催された「第70回 東京藝術大学卒業・修了作品展」の儲靚雯 / チョセイブン展示スペース。ここもまた、誰かの居場所になった

居場所とは、有機的で、自由なもの。必ずしも、“帰属する”“所属する”ことが求められる、従来のような肩肘を張ったものではなく、一人であろうと、誰かと過ごしていようと、心地良く、自分らしくいられる瞬間そのものがすでに居場所なのだ、と彼らは教えてくれた。では、誰かの居場所をつくるため、アートができることとはなんだろうか。チョさんが振り返ったのは、自分の作品によって観る人の心を動かすことができた経験だ。

「藝大の修了展では、絵画単体としてではなく、展示する空間も含めてひとつの作品として設計していきました。そしていざ展示が始まってみると、『ここが一番落ち着きます』『7回も来てしまいました』と声をかけてくださる方がいたり、涙を流してくれるような方までいたりして。最後の日、あるおばあちゃんが一人で来られて『どうしてもまたここに来たかった』と私に思いを語りかけてくれこともありました。自分のアートが誰かの居場所になれたような気がして、感動しましたし、すごく嬉しかったです。今後も、作品を通じて誰かの居場所をつくりたい。そう思えました」

「確かに、アートや表現って、心の扉を開けるきっかけになるのかもしれませんね。チョさんにとっては絵画がそうであったように、言葉とは違うレベルで誰かと心を通わすことができるものなのかなと思います」と答えたのは、スタッフの齊藤さん。アートがもたらすのは、小さな会話の糸口かもしれないし、引いては誰かが居場所を見出すきっかけなのかもしれない。

DOORは今年で6年目。アートを通じて垣根をなくしていく取り組みとしては、まだまだ始まったばかりだ。教員の田中さんいわく、楽しみにしたいのは、修了後の受講生たちの活動だという。

「彼らが学んだことをどうやって社会で実践していくのかを注視したいですね。実際に、すでに5期生までが卒業していますが、修了後も受講生同士が、期を超えて繋がって、新しい活動がはじまったりもしている。DOORはあくまでもスタート地点。ここを経て生まれた活動体が増えることで、一歩ずつ、着実に、多様性に気づき、互いを尊重し合える世の中に近づいていけばいいなと思っています」(田中)

ARTIST

東京藝術大学 Diversity on the Arts Project

学校

東京藝術大学が2017年に開設。文部科学省が推奨する、社会人とその大学に在学する学生を対象として大学が体系だった学習プログラム。授業では1年間にわたりさまざまな当事者の方やアーティストの講義、福祉施設に出向き、対話を重ね創作する実習などがある。https://door.geidai.ac.jp/

volume 02

居場所のかたち

「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。

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