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- 儲けるために買うわけじゃない。映画「ハーブ&ドロシー」と、VOILLD主宰伊勢春日に共通するウェル・コレクターのあたたかさ。
INTERVIEW
2022.10.28
儲けるために買うわけじゃない。映画「ハーブ&ドロシー」と、VOILLD主宰伊勢春日に共通するウェル・コレクターのあたたかさ。
Photo / Miyu Terasawa
Edit / Yoshiko Kurata
アートとの付き合い方は人それぞれ。 特集「アートを観たら、そのつぎは」では、アートと人の豊かで多様な関係を考えます。
そこに一つの道標をもたらすのが、映画「ハーブ&ドロシー」です。彼ら夫妻は、ただ情熱のままにアートをコレクションし、アーティストたちと公私を超えて交流を深め、最終的に膨大なコレクションを美術館へと寄贈しました。収集した作品の市場価値は、購入時に比べてとてつもなく高くなっていたそうですが、彼らは金銭的な基準で作品をジャッジすることはありません。「アート作品と猫、亀、熱帯魚に囲まれながら、何でも2人で一緒にやってきたわ」と妻のドロシーが語る通り、牧歌的な生活を送ってきました。
今回は、中目黒のアートギャラリー・VOILLDの主宰である伊勢春日さんに、同映画の魅力と、アートをコレクションすることの楽しみ、考え方などを尋ねました。ハーブ&ドロシー夫妻と伊勢氏の間に共有するのは、徹底して「人間を重んじること」。あたたかい人の心こそが、ウェル・コレクターの資質たり得るものなのかもしれません。
言葉にできないものを捉えるということ
──伊勢さんは、アートギャラリーVOILLDの主宰として、さまざまな企画展を行っています。まずは一番最初にアートに目覚めたきっかけを教えてください。
最も幼い頃の記憶は、上野の美術館に行って、「飾られてるものが作品なんだな」という認識をしたことですかね。 小学生でした。入口でお金を取られるし、大人たちが額に入ったそれをまじまじと見ている。「ほえ〜すごいんだ〜」みたいな。
──作品を鑑賞するという構造は理解できたけど、その中身はよくわからないという。
今も時々よくわからないですよ。「これ、お金取るんだ!」みたいに思うこともあります。それが悪いというわけではなく、線引きが曖昧なんですよね。
──アートに強く心惹かれるきっかけとなった体験は?
2つあります。ひとつは、中学生の頃、恵比寿の東京都写真美術館でやっていたマリオテスティーノの展示を見に行ったこと。彼が撮るケイト・モスが観たくて。すごくダイナミックな展示で、とにかく面白かった。淡々と飾ってあるのではなく、巨大な作品があったりして、今見ても楽しめると思いますね。作品を見て感動するという体験はそれが初めて。よく覚えています。

撮影協力:KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS
──もうひとつの経験についても教えてください。
タワーブックスで、五木田智央さんの『ランジェリー・レスリング』を立ち読みした瞬間ですかね。衝撃を受けました。すごく分厚くて、藁半紙のような紙にいろんなスケッチが描かれているんです。全部白黒なのに引き込まれてしまって、当時は五木田さんのことを知らなかったけどその場で買いました。2000円くらい。それが高校生のときですかね。一番最初に買ったアートブックです。

──アートブックを直感で買う高校生、決して多くないような気もします。2000円って学生にとっては気軽に払える金額でもない。どういった思いで購入したのでしょう。
当時は、その場で逃したらもう買えないかもって思って、とにかく衝動買いをしましたね。そういう姿勢が結果的に良かったのかも。今も衝動は大事にしています。直近だと、ペインターの坂口隼人くんの作品を買いました。個展の期間ギリギリに、無理矢理スケジュールを調整して。
──面白い作品ですね。コラージュなんですか?
全部手書きなんですよ。キャンバスを一回剥がして裏返して貼り直して描いている。点描もあって、スクリーントーンみたいな質感の絵とかも全部点で描いていたり。訳わかんないけど衝撃的っていう感覚は久々でした。

──その興奮の基準、言語化することはできますか?
言語化したことがないので難しいですね。ただ自分が好きだっていうところだと思います。言葉にできないものを捉えるということなのかな。説明できないというのも大切ですよね。ただ、自分の好きなものは経験の中でより解像度高く理解できるようになっていくし、いいなと思う作家さんと話したり、一緒にご飯を食べたりすると、芯があったり、やっぱりそっか、みたいに納得することも多いですね。
アートは価値観のポートフォリオ
──映画、「ハーブ&ドロシー」はアートをコレクションしている夫婦に密着したドキュメンタリーです。作家の人間性や生活も含めて、深く関わっていく姿勢は、今の伊勢さんのお話と共通する部分かと思います。
20年以上前の映画なんですよね。今回、インタビューのテーマとして事前に聞いていて、改めて観たんですけど、共感するポイントが多かったです。特に作家の初期作品から最近の作品まで全て見た上でこれがいいとかこれは微妙とかって話をして買っているところ。どういう道筋を辿ってきて今こうなっているか、っていうところを見たいんです。作品ってレイヤーだと思っているので。
──それは、人間への興味というか人間を理解すること、深く関わることと近いような気がします。
そうですね。VOILLDでご一緒している作家さんとは、作品と全然関係ない話もします。当たり前ですが、そういうところから人となりが見えて、「あ、だからこういう作品なんだ」って、勝手に理解を深めていたり。人間への興味がないとなかなかできないかもしれないですね。

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──「ハーブ&ドロシー」の夫婦二人も、アートによって分かち難く結ばれています。アートを媒介として人と繋がるということについては、どう考えますか。
同じバンドが好きだったりすると仲良くなったりするじゃないですか。それに近いと思います。「この作品、このアーティスト、かっこいいよね」みたいなところで感性が被るから、話が速かったりする。 もちろん純粋に好き嫌いの話だけでもいいんですけど、例えば美術史がすごい詳しかったら、その歴史の話もできるし、そしたら、あの時代のあの人も好き?みたいな話とかも派生していく。延々話が広がっていくんですよね。そうやって友達になっていくの、いいなって思いますね。
──アートとの初めての接点をどういうふうに作るのがおすすめですか。
興味そのものは、その人がもともと持っているかどうかだと思うので、ある前提として。まず実物を足を運んで見てみて、なんでその作品ができてるのかとか、その作家さんがどういうことをやってきたのかとかそういうディグってみるっていうかそういうことが第一歩ですかね。そしたら近くにこういう作家さんがいるんだ、とか色々みてたらこの作家さんも好きかも、とかこっち追ってみようとかってそれぞれを掘っていくと色々面白さが広がってくる。作品は買えないけど、作品集買おうとか。キーホルダーだったら買えるとか。 ちょっとずつできることをやっていくのが地道ですけどいいのかな。というか、それが楽しいですよね。

現代美術作家の加賀美健とVOILLDのコラボレーションによるクッション
──そういった素朴な関わり方がある一方で、アートバブルという言葉が象徴するように、投資的な目線でアートを買う人も増えてきました。伊勢さんはどう感じていますか。
面白いと思いますよ。特に現代アートって金額がわからないものが多いし、知らない人にとっては無価値。そういう意味では試される感じがしますよね。余談なんですけど最近、とある有名な音楽アーティストの方がアート好きという話を聞いて、インスタグラムを見てみたら、シュプリームの服を頻繁に着ていたり、アートもメジャーなものを好む印象だったんです。でもよく見たら、結構マニアックな作家の作品も購入していて。あ、この人、本当に好きなんだな、って、勝手に好感度があがっちゃいました(笑)。何のアートを持っているかっていうのは、価値観のポートフォリオなのかなと。
作家の経験や思想、時間を感じられる"かさぶた"のような存在
──作品の価値をコレクターによるコレクションがどう文脈づけて、定義していくか。そういう部分の考えも聞いてみたいです。
これは、映画を観て共感する部分でもあったんですけど、長い時間をかけて見守ることってすごく大事で。アートってやっぱりスロービジネスなんです。ぽっと出てバーって売れるものってなかなかないので。というか、それは本来間違ってる。じわじわと経歴を作ってお客さんを増やして価値を高めていくことが大事。作家さんもその中で成長していくじゃないですか。そういう中で、距離を詰めて楽しく話したりしながら、作家としての悩みをお伺いしたりして、応援していくような関係が大事だなと思っています。
──見守ってくれる親戚のような。
そんな感じですね。作品って作家さんの大事な部分がそのまま出ている。それを扱うって、特別な関係だと思っているんです。私はキュレーターですけど、コレクターとして購入することにも、そういう特別な関係を結ぶという意味合いがあるというか。作品の金額が上がってきたり、認知が広がっていったりして、早いうちから買っていたら買う側も嬉しい。長い時間見守るっていうことが大事だと思います。

KAIKA東京の1階、地下1階の共用部に用意した計9区画のスペースでは、アートギャラリーが「見せる収蔵庫」として作品を保管している。
──人間っぽいんですね。
作品というのは、その人の血肉が姿を変えたもの。その人の経験とか思想とか、時間が姿を変えて作品になると思うんです。でも、作者の元を離れたら別の意味合いも持ち始める。かさぶたみたいなものなんですかね。
──なるほど。アートはかさぶた。
それをこっちは好きで集めさせてもらってるみたいな。
──言葉から連想すると、なんだかちょっと怖いですね(笑)。
かさぶた以外の言い方が思いつかないので、そういう感じで(笑)。

information
何度でも見るぞ!『ハーブ&ドロシー』[映画鑑賞/トークイベント]
〜アートテラー・とに〜さんを通して覗く作家との関係性〜
作家から「フレンドコレクター」と呼ばれ親しまれたハーブとドロシーは、単なる作品の「購入者」ではなく、長年に渡って作家を見守り心から応援する家族のような存在でした。 夫婦の人間性はもちろん、作家との関係性が素敵に繋がっている心温まる映画です。 ぜひ、DOORSと共に映画好き・アート好きな方と『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』鑑賞をしましょう。詳細はPeatixイベントページにて。
DOORS

伊勢春日
ギャラリーディレクター、キュレーター
東京都出身。2014年、中目黒にVOILLDを設立。東京を中心に活躍する多彩なジャンルのアーティストによる展覧会の企画・ディレクションを行う。 総勢40組に及ぶクリエイター、アーティストが出店するアートイベント「TOKYO ART BAZAAR」の開催をはじめ、ラフォーレ原宿の広告制作プロデュース、作品コーディネート、アーティストマネージメントも行う他、アートフェアへの参加、絵本の企画など、アートにまつわる多岐に渡るプロジェクトを行う。
volume 04
アートを観たら、そのつぎは
アートを観るのが好き。
気になる作家がいる。
画集を眺めていると心が落ち着く。
どうしてアートが好きですか?
どんなふうに楽しんでいますか?
観る、きく、触れる、感じる、考える。
紹介する、つくる、買う、一緒に暮らす。
アートの楽しみ方は、人の数だけ豊かに存在しています。
だからこそ、アートが好きな一人ひとりに
「アートとの出会い」や「どんなふうに楽しんでいるのか」を
あらためて聞いてみたいと思います。
誰かにとってのアートの楽しみ方が、他の誰かに手渡される。
アートを楽しむための選択肢が、もっと広く、深く、身近になる。
そんなことを願いながら、アートを観るのが好きなあなたと一緒に
その先の楽しみ方を見つけるための特集です。
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