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INTERVIEW

2023.03.10

書店「スノウショベリング」中村秀一の、アートに学んだ自己決定の哲学

Interview&Text / Yuka Akashi
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Ryo Tsuchida

ARToVILLAでは2022年10月から、音楽やファッションや映画など、さまざまな入り口からアートを手にする楽しさへといざなう特集「アートを観たら、そのつぎは」を実施しています。

アパレル、カフェ、本屋、インテリアショップ……。さまざまな魅力的なお店の店員さんたちは、普段どのようにアートを楽しみ、どのように影響を受けているのでしょうか。今回は、気になるショップの店員さんに、お店づくりとアートの関係性や、アートを生活に取り入れるヒントを聞いていきます。

お話を伺うのは、東京・駒沢エリアで書店「SNOW SHOVELING(スノウショベリング)」を営む中村秀一さん。まるで物語の世界に迷い込んだような空間には魅力的な本がずらりと並び、一風変わった読書会や展示なども企画するスノウショベリング。中村さんから生み出されるものは「本屋」の域を超えていて、そこにはきっと彼の哲学が潜まれているはず。自他共に認めるアート好きだという中村さんの、お店づくりとアートの関係性とは、一体どのようなものなのでしょうか。

 

オノ・ヨーコに出会い、アートの世界が広がった

──中村さんはスノウショベリングを始める前に、本屋ではなく「ギャラリスト」として生きていく選択肢もあったと伺っています。一度は職業として考えるほどアートがお好きだと思いますが、最初のアートとの出会いはいつだったのでしょうか。

中学生のころ、僕はスポーツとカルチャーの「ハイブリッド型」な少年で、サッカーに夢中になりながら、音楽やファッションにも興味がありました。音楽で特に好きだったのはビートルズ。ジョン・レノンのことを知るために読んだ彼の本の中でオノ・ヨーコの存在を知り、さらにその作品を知って「なんだこれ!?」と思ったんです。それがアートに触れた最初の記憶ですね。

僕がオノ・ヨーコの中で特に衝撃を受けた作品は、『釘を打つための絵』。壁に白いキャンバスが貼ってあって、そばには金槌と釘が置いてあり、鑑賞者が自由に釘を打ちつけられるという作品です。ヨーコがジョンに「あなたも5シリング払ったら釘を一本打てるわよ」と言ったら、ジョンが「じゃあ、僕が想像の中で君に5シリング払うから、想像の釘を打っていいかい?」と返したというエピソードを知ったときには震撼しましたね。

それまでは、「アート=壁にかかった絵」のように思っていたけれど、もっと次元の違うものなんだと。ヨーコの作品に出会い、自分の中のアートの「概念」が壊されました。

──そこからどんどんアートにのめり込んでいったのですか?

すぐにアートに夢中になったというよりは、音楽への興味がどんどん裾野を広げていって、次はレコードジャケットとグラフィックの関係性がおもしろくなっていったんです。60年代の音楽が好きだったので、アンディ・ウォーホルなどのポップアートとも親和性が高く、次第に60年代のカウンターカルチャー全般が好きになっていきました。

何かに意見をする。でも、直接意見するのではなくて、作品の中に意味を込めてそれを通して人に解釈させて伝えていく。そういう、意味を考えさせられたり妄想を促すものへの興味が、少しずつアートへの興味につながっていったのだと思います。

──これまでさまざまなアートに触れられてきた中で、特に好きなアーティストがいれば教えてください。

僕はジャンルとしては現代アートが一番好きなのですが、その中でも特に好きなのは、アルゼンチンの現代美術家のレアンドロ・エルリッヒです。エルリッヒは、馬鹿馬鹿しいことを大真面目にやっていて一番好きですね。たとえばこの『建物』なんかも、わざわざ錯覚を起こすために実物大のビルの鏡をつくっている。どんなことも、やりきるとアートになるんだということを教えてもらいました。

 

アートは「妄想装置」。描かれないものにタッチする

──中村さんが好きになるアートに共通点はありますか?

作者がいて、作品があって、その「間」が見えるものが好きです。「こういうものがつくりたいんです!」って、視覚的にも意味が置かれてしまうと興味がなくなってしまうんだけど、そこにちゃんと裏があるものだと、描かれていないものに自分でタッチできてすごく気持ちがいいんですよね。自分にとってアートは妄想装置。昔から、とにかくいろいろと考えることが好きなので、そのきっかけになってくれるものに惹かれます。

あとは、直感で「すごい!」と思えるものも好きになるアートの共通点かもしれないですね。それこそエルリッヒの代表的な「スイミング・プール」という作品も、やっていることは単純に目の錯覚なんだけど、「すごい、どうなってるの?」という直感が子供の好奇心をくすぐるじゃないですか。

レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》2004 金沢21世紀美術館蔵 撮影:渡邉修 写真提供:金沢21世紀美術館

アートは、人間ができるトップオブトップの「遊び」。高尚な純度の高いエネルギーでつくられていて、だからこそ人の心を動かすんだろうなと思っています。

──中村さんは、ご自身でもアートを収集されていると思いますが、どんなアートを「所有したい」と思うのでしょうか。

その場の空気感を思い出すために買うものが多いです。お土産を買うように買っている気がしますね。「ああ、これは誰と見に行ったな」とか、そのアートを見た記憶とともに思い出せるのがとてもいい。

たとえばこのバインダーは、7、8年前、かつて鹿児島にあった現代美術のギャラリーで大竹伸朗さんの展示をやっていた時に買ったものです。そこでは100個ほど、一点もののバインダーを売っていた。バインダーは大竹さんの象徴みたいなものなので、その中で一番好きだと思ったものを買いました。

もうひとつの「SAFETY FIRST」という絵は、友人の舞木和哉さんというアーティストのもの。僕はこの何年か、「心理的安全性」や「安心・安全」という言葉を大事にしているので、目のつくところにこれがあったらいいなと思って買いました。お店に置くことも多いですね。

 

「自己決定」を大切にする店づくり

──中村さんの人生を形づくってきたアートは、きっとお店づくりにも影響を与えているのではないかと思います。スノウショべリングは、ただ本を売るだけではなく、さまざまな取り組み(選書サービスやお話し会、展示など)をされていますよね。そういったものは、どういった発想から始まるのでしょう?

まず、「〇〇をやろう」といった「目的」から始めることはありません。たとえば普通の会社では、「いつまでにキャンペーンの企画を考えて」というように、目的が先に降ってくる仕事ってたくさんあるじゃないですか。もちろん目的と締め切りがあるのはいいことだとは思いますが、ちょっと不自然だなとも思っていて。何も考えていないところからパッと降りてきたものが一番おもしろいんじゃないかと思うんです。

目的から始めると、まず世の中を見てしまう。たとえば「お話会を開催したい」という目的から始めると、世の中にある既存のお話会と照らしあわせて、誰もやっていないこと、自分にできることで落とし込んでしまう。真っ当なメソッドだと思うんですけど、僕自身はそういうのがつまらないと感じます。

だからなるべく外は見ないで、誰かがやっていても仕方がない、被ったらもういいやと思いながら、全部内側から出すようにしていますね。スノウショベリングには「HR(エイチアール)」という、年齢や性別、職業も様々な人たちがひとつのテーマについて話し合う会があるのですが、それも、お客さんを見ていて「ああ、人って自分の話を聞いてほしいんだ。安心安全なしゃべり場をつくりたいな」と感じた瞬間から始めたことです。

──たしかに目的から始めると、「誰かと被ったらどうしよう」と必要以上に心配してしまったり、つい外を見てしまいがちな気がします。

僕が「内から出るものを大切にする」のは、アートから影響を受けているのかもしれません。作品を世に出しているアーティストというのは、他者の決定じゃなくて自己決定が圧倒的に強いはずです。アートは自尊心を大切にする。お店づくりにおいて、それを僕も大切にしたいのだと思います。

 

アート的な「値付け」の感覚を学べたら、何を買うときも間違わない

──「お店」というものを考える上では、「お金」は切っても切り離せません。お店独自の価値観が表れるのは、企画だけでなく「値付け」もかなと思っています。スノウショベリングの値付けの哲学についてもお伺いしたいです。

スノウショベリングは、新刊や雑貨もあるけど古本の割合が一番多いです。古本の値付けはおもしろいですね。極端な話で言うと、古本の世界は中古書店で100円で買ったものを1万円で売ってもいい世界ですから。値付けにはお店の価値観が表れると思います。

今の世の中、ネットで古本の価格は調べられるし、いくらで仕入れられるかはお客さんからもわかってしまいますが、スノウショベリングでは市場の価格はまったく無視して値付けをしています。市場価格は社会の物差しでしかない。市場に合わせるのではなく、自分で価値を考えて、聞かれたときに「うちはこういう物差しでやってるんですよ」と説明できたらそれでいいと思っています。

「この本はネットで適当に買った」という本と、「この本はスノウショべリングで買った」という本は、まったく同じ本でも違うものだと思いたい。わざわざ駒沢大学の駅から20分くらい歩いて辿り着いた本屋で買った本に、少しでも価値を乗っけたいなと僕は思っています。

──自分で感じている価値を価格にする。それは、アートにも共通するところがあるように感じます。 

ゼロの数が違うだけで、本もアートも「自分で価値をつくりだす」という値付けの構造は同じだと思います。ものの値段に対する感覚はすごく大事ですよね。それは消費側としてもそう。普段から、「なぜそのものをその価格で買うのか?」という購買者としての訓練ができている人は、アートを買うときも家を買うときも間違わないのではないでしょうか。

逆に、普段の買い物で考えることを放棄してズルをしていると、大切な買い物のときに間違いを起こしやすい気がします。大量生産された安価な商品を購入することに慣れて、ものを買って「失敗してもいい」というマインドセットができていると、とても危険。

値段ひとつとっても、「常識を疑う」ことは大切ですよね。セットされた一般知識や情報に対して、本当にこれでいいのだろうか?と常に考えていたい。アートもまさに、「常識を疑う」もの。そういった考えも、アートから影響を受けているのかもしれません。

──ひとつひとつの常識を疑いながら、自己決定を大切にしてお店をつくっていく。スノウショベリングが人を惹きつける理由には、まちがいなく、中村さんがアートから吸収されてきたものがあるのだと感じました。本日はありがとうございました!

DOORS

中村秀一

ブックストア兼ギャラリー店主

東京・駒沢にあるブックストア兼ギャラリー・スノウショベリングの店主。世界中を旅し、グラフィックデザイナーとしての仕事を経たあと、「中村屋」として生きるため2012年にブックストアを駒沢に開業。自称「出会い系本屋」 。

volume 04

アートを観たら、そのつぎは

アートを観るのが好き。
気になる作家がいる。
画集を眺めていると心が落ち着く。

どうしてアートが好きですか?
どんなふうに楽しんでいますか?

観る、きく、触れる、感じる、考える。
紹介する、つくる、買う、一緒に暮らす。

アートの楽しみ方は、人の数だけ豊かに存在しています。
だからこそ、アートが好きな一人ひとりに
「アートとの出会い」や「どんなふうに楽しんでいるのか」を
あらためて聞いてみたいと思います。

誰かにとってのアートの楽しみ方が、他の誰かに手渡される。
アートを楽しむための選択肢が、もっと広く、深く、身近になる。

そんなことを願いながら、アートを観るのが好きなあなたと一緒に
その先の楽しみ方を見つけるための特集です。

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