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INTERVIEW
2023.06.30
山梨・北杜からはじまる新たな試み / GASBON METABOLISM、Gallery Trax、0site 鼎談 前編
Photo / Tatsumi Okaguchi
Edit / Yoshiko Kurata
山梨県の北西部に位置する北杜市は、八ヶ岳や南アルプスなどの広大な山に囲まれた、豊かな自然と文化資源に溢れる土地。この土地で、いま移住者による新しいアート、カルチャー、食の交差がはじまっている。その「はじまり」の中心にあるのが2022年8月にオープンした多目的施設「GASBON METABOLISM(ガスボン メタボリズム)」だ。運営代表の西野氏によると、北杜周辺でさまざまなスポットが活発化しているということだが、その中でもお互いに感化されているというギャラリー「Gallery Trax」の三好氏とキャンプ場体験施設「0site」の古山氏を招いて鼎談を刊行。都会から移住して独自の実践的な活動を模索している3者に、北杜での「はじまり」の実践を聞いた。
都会を離れて北杜でのリスタート
『GASBON METABOLISM (以下 GASBON)』は、2022年の8月に完成したアーティストが滞在しながら制作できる施設で、アーティスト・イン・レジデンスと倉庫として機能している。1000平米以上の敷地内には骨董屋、ビオトープなど様々なカルチャースポットも有しており、開けた倉庫/スタジオとして週末には来客を迎えている。隣接する別施設には、クラフトビール醸造所、ボトルショップ&タップルーム、ビール食堂の3つのスペースを持つ『MANGOSTEEN HOKUTO』でお腹も満たせる。
GASBONの母体であるガスアズインターフェイス株式会社は、西麻布にあるギャラリー『CALM & PUNK GALLERY』の運営やクリエイティブに関わる業務を幅広く行い、クリエイターと社会を結びつけるプラットフォーム作りを手がけてきた。オーナーの西野慎二郎は、同会社の代表取締役を務める経営者としての顔を持ち合わせている。
西野:会社で長く共にしている仲間が10年ほど前に山梨に移住したことをきっかけに、この辺りは数年来遊びに来ており、豊かな自然が気に入っていました。その後、コロナ禍で活動スタイルを見直す中で本当にいいタイミングでこのスペースに巡り会えました。
GASBONが建っているこの倉庫は、もともと三脚メーカーの巨大な工場跡地であり、多い時には100人ほどが勤務していたそうだ。地域の方々にとっても生活や家族の仕事に密接な場所だったこの土地で西野は、新たなコミュニケーションを循環させようとしている。
西野:スペース名にある"METABOLISM”には、効率性を求めて何でも更地にしてしまうグローバルな経済性がある中で、必要十分を求めてアーティストと共に新陳代謝を生んでいくことをビジョンを込めて命名しました。
北杜という街に眠っていた生活の土壌をカルチャーの交差点として再建することで、新たな交流と流動性が生まれつつあるようだ。GASBONの思想に共鳴する訪問者は多く、近隣には新たなスペースも誕生している。
「0site」は、旧比志小学校富里分校という廃校を活用したキャンプ場体験施設である。
古山:グランドオープンは2023年の4月ですが、それまで1年間ほどプレオープンという形で1日人1組限定のキャンプ場と季節ごとのイベントを開催してきました。畑でホーリーバジルを収穫してチャイを作るワークショップや草木を集めた染物体験、最近ではカカオセレモニーというカカオを通した瞑想イベントを行っています。
そう話してくれたオーナーの古山憲正は、豊かな自然を通してリラックスしたり落ち着ける時間と場所作りを行っている。
古山:社会で生きていると悩んだり、見栄を張ってしまう瞬間が人ぞれぞれあると思います。キャンプ場体験施設「0site」では自分自身の良さに気づくヒントを与えられる場所を提供したいという想いから、ありのままの姿である"0"に立ち返ることをコンセプトにしています。
0siteが位置する標高1000m地帯では母親の母胎と同じ気圧がかかるという一説もあり、どこか安心感を感じられるホッとした時間が流れているようだ。
学生の頃に俳優として活動していた古山は、芸能という社会のなかでマネジメントされることに窮屈さを覚え、自由を見つけるために2020年ごろにバックパッカーとして国内外を旅行。その体験を通して様々な人の価値観に触れたことが、現在の原動力になっているという。パンデミックの影響で帰国してからは福島で農業を学んだのち、知人の紹介でたまたま北杜市の増富地区に移住することになった。自宅近所にあるこの廃校を活用したいという思いから最初は地主さんに交渉するところから始めたという。
古山:地主さんや村の方々の気持ちを尊重しながら続けていきたいです。そのためには少しずつ土着的な関係性を作りながら、活動の幅を広げていくことが重要だと思い、日々コミュニケーションをとって生活しています。
移住者に受け継がれるGallery Traxの実践
風土に根ざした歳時の流れをいただく原初的な暮らしの体験は、日常のささいな移り変わりの大切さを気づかせてくれる。
この数年の間に移住した西野、古山は揃って、自分らしいスペースを作り上げられたのには、この土地に長く居場所として存在するギャラリーがあったからこそであると述べる。
『Gallery Trax(以下 Trax)』は名水百選に認定されるほど透き通った湧水が流れる田んぼ道を抜けた自然に囲まれている現代美術ギャラリーである。ギャラリストの三好悦子は「故木村二郎と二人で立ち上げたこのギャラリーは1993年にオープンして、今年でなんと30周年を迎えました」と教えてくれた。
元々はグラフィックデザイナーであった三好とインテリアデザイナーの木村は、関西を拠点に活動しており、バブル経済の中で毎週徹夜が続くほど多忙を極めた生活を過ごしていたという。商業的なサイクルへの限界を感じたため田舎暮らしへの憧れが再燃し移住を決心した。
三好:土の上を歩いていないのはおかしいという思いが強くなり、この土地で生活することに決めました。最初の3年は穏やかに遊んでいましたが、暫く経ったころに少しずつ退屈を覚えてしまって(笑)。もっと刺激的なことに挑戦してみたくなり、かっこいいスペースが作りたいと二郎さんにけしかけたことがギャラリーの始まりですね。
誰も知り合いがいない土地で、ギャラリー経験のないところからスタートした二人に対して立ち上げ当初は周りから無謀だと言われたが、年月をかけてアーティストとともにみんなで居心地のいい形を作っていった。
三好:立ち上げ当初は知り合いの陶芸家に地域の情報やギャラリーのやり方について聞いたり、もとより親友だったデザイナー/作家の角田純さんにアーティストの友達を紹介してもらい(*1)、県内作家の工芸と美術作品を混ぜながら展示を開催していました。そうした間にここで幾度も個展を発表した作家の五木田智央さんやロッカクアヤコさんなどが世界的に有名になりましたが、現在も友好な関係を築きながらアーティストから多くの刺激をもらっています。
*1 現在も親交が深いデザイナー/画家・伊藤桂司さんや写真家・高橋恭司さんとは彼のおかげで出会うことができたという。また今年5月21日まで個展を開催していた作家の坂口恭平も繋げてくれたそうだ。
また、北杜に移住したことをきっかけに故木村二郎が自らが工作をする機会が増え、気づけばTraxの内装は彼がすべて手がけた棚やテーブル、椅子などの家具で溢れていたという。そうしていつの間にかその家具が評判を呼び、家具デザイナーとしても仕事が来るようになったと続ける。(*2)
三好:身近なパートナーでしたが本人が嬉々として家具を作る姿は新鮮な発見でした。ある時には外に行ったきり帰ってこないかと思えば、森の中で巨大なオブジェを作っていて驚かせてくれました。
*2 長坂にかつてあった『峠のギャラリー・歩”ら里(ぶらり)』などは二郎が手を加えた空間であったそう。
思わずお互いに紹介したくなるそれぞれの活動の魅力
3者はそれぞれ異なる形で場所作りを実践しながら、独自の方法論で居心地の良さをデザインしている。またそれと同時に、外からの客と時間や空間を共にすることに大切さを見い出している。そうした歓迎の精神は、北杜という街自体が魅力にあふれているから出来ることであるという。
西野:北杜市に来てくれると自ずとコミュニケーションの時間も長くなるので、ついでに近隣のスポットもご案内したくなります。オススメしたいところが困ってしまうほど多いので、ぜひ訪れる際は二泊ほど滞在して楽しんでもらいたいですね。
3者が教えてくれた観光スポットは自然や温泉(*3)だけでなく、文化施設(*4)、美味しい食事処(*5)など様々でどれも時間をかけて訪れたい場所だ。
古くは旧石器時代から中世の縄文文化が栄えた歴史もあり、ダンサーの田中泯が主催した農村芸術祭『アートキャンプ白州』、フルクサスやヨーゼフ・ボイスのコレクションを蒐集した旧清里現代美術館など、新旧様々な文化の遺伝子かこの土地には根付いている。
*3 増富のラドン温泉は県外からも足を運ぶ人が多い人気スポット
*4世界的に珍しい中村・キースへリング美術館や文芸同人誌『白樺派』にゆかり深い清春芸術村、清里開拓の父と呼ばれた牧師のポール・ラッシュが創設した清泉寮など様々な文化に触れることができる。
*5 この辺りは美味しいパンを提供するスポットにあふれているそうで、ゼルコバ、インノ、コンプレ堂、サンテリア、チェチェメニ、sandays、ひまわり市場の美味しい学校のパンなど。この数年でハイクオリティなお店がたくさん増えたという。
また北杜市から少し足を伸ばすと長野県の富士見町や原村、野辺山も楽しめるという。中央道で繋がるこの辺りの地域は、近年では若い人たちもよく訪れる観光地となり、昔と大きく街の雰囲気を変えたという。
都会の外に拠点となるスペースを作ったことで、意思を持って訪問してくれる人たちに触れることが楽しみになったと西野は笑顔で語る。
西野:東京でギャラリーを営んでいるとアートに触れるという意識に焦点が当たるが、ここでは北杜に触れる、自然に触れる、GASBONに触れるという目的が来客にも生まれます。
都会から離れ、北杜という地でそれぞれ独自の取り組みをはじめてきた3者。北杜の新しい取り組みを育む豊かな土壌と自然があったからこそ、3者の「はじめること」への一歩が後押しされてきたのだろう。後編では、新しいことを始め、それを継続していくうえでの原動力について話を聞く。
DOORS
西野慎二郎
ガスアズインターフェイス株式会社 代表取締役
1996年に新しいアートとデザインのアイデアを世界中から集める媒体として「GASBOOK」創刊。2004年に国内外のクリエイターと社会・企業を接合するプラットフォームとして同社設立。2006年より東京 西麻布で「CALM & PUNK GALLERY」を運営している。アートの複合施設「GASBON METABOLISM」を2022年8月に始動させた。
DOORS
三好悦子
Gallery Trax代表
故木村二郎(2004年没) とともに1993年に「Gallery Trax」設立。八ヶ岳南麓の自然豊かな地で、空間デザイナー木村二郎が古い保育園を自らの手でリノベーション、家具や什器など多数制作したギャラリーとして活動。数々の最前線で活躍するアーティストを輩出してきた場所として、今年で30周年を迎えた。周年記念として、五木田智央 、大森克己 、中島あかねによるグループ展示を6月25日まで発表したばかり。
DOORS
古山憲正
キャンプ場体験施設「0site」代表
山梨県北杜市須玉町にあるキャンプ場体験施設「0site」を運営。セルフリノベーションした、大正時代建立の廃小学校校舎と校庭を主な拠点に、キャンプサイトの利用のほか、音楽ライブやマルシェイベントを開催する場にもなっている。四季に合わせた自主企画も実施しており、7月22日〜23日には北杜市で採取した季節の植物や野菜クズを使った染色のワークショップ「#19夏の植物染色会+種まき」を予約制で行う。
volume 05
はじめていい。
はじまっていい。
新しいことは、きっと誰でもいつでも、はじめていいのです。
だけど、なにからはじめたらいいかわからなかったり、
うまくできない自分を想像すると恥ずかしかったり、
続かないかもしれないと諦めてしまったり。
それでも、型や「正解」「普通」だけにとらわれずに
はじめてみる方法がきっとあるはずです。
この特集では「はじめたい」と思ったそのときの
心の膨らみを大切に育てるための方法を集めました。
それぞれの人がはじめの一歩を踏み出せますように。
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