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INTERVIEW

2023.07.07

「素直に好きだと思えることを大切に」Out of museum 小林 眞さんから紐解くアートの推し活道​​

Text by Hiroaki Nagahata
Photo by Takako Noel
Edit by Yoshiko Kurata

2021年の流行語大賞に選ばれた「推し活」。言葉の意味を紐解けば、それは夢中になれることを持つことの楽しさ・喜び・面白さである。メンタル面での負荷の多い現代社会で、ストレスから解放されて熱中できる推しを見つけることはウェルビーイングのひとつの手立てになるかもしれない。そうであれば、人生を豊かに過ごすためにアートな推し活をはじめてはどうだろうか。

今回は、“推しのもの”をコレクションし続けた結果、2018年に世田谷区の羽根木にアトリエ兼ギャラリーショップ『Out of museum』をオープンしたオーナーの小林 眞さんに話を聞いた。

小林さんのパーソナルスペースとショップが混在する店内は、絵を描くこと、劇団の美術の仕事、内装デザインなど、常にアートやデザイン周辺の「つくる仕事」をしながらも、夢中になれなくなったら潔く次のステップへいくというスタンスで活動してきた彼が、出会ってきた古今東西のアーティスティックなモノが溢れんばかりの、さながら“推しのワンダーランド”。ヒトから決められた価値ではない「美しさ」を見抜く小林さんの話から、推し活動をはじめるコツを紐解く。

 

推し活のルーツは「虫」から

ーー『Out of museum』というお店は、オープン当初からクリエイターやアーティスト界隈で話題になっていました。数え切れないほどの物量に囲まれた店内ですが、小林さんの推しはなにから始まりましたか?

子どもの頃から「虫」をよく見てましたね。実際に捕まえて標本にして集めたりしていて。息子も虫にハマっていて、最近ではお互いに集めた蝶のコレクションでなにか展示を出来ないか話しています。

ー 虫の中でもどの種類が好きですか?

昔は蝶が好きだったのですが、最近では蛾の方が惹かれていますね。蝶は美しいけれど、蛾は止まっていると哲学者ぽいのに、電気の周りを飛ぶ姿はサイケデリックに見える奥深さがあって面白いんです。

ー そうして自身も年齢を重ねる中で、魅力の感じ方も変わってくるんですね。店内にも昆虫標本はありますが、ほかにも世界各国から様々なモノが集まってきているように感じます。どのようなものに惹かれることが多いですか?

店内に集まってきた服にせよオブジェにせよ、おそらくずっと虫を通してみてきました。人為的に作ったものって、やっぱり虫の絶妙なカラーリングや細かい造形には敵わないんですが、その中でまだ自然に近いものを買っていたらここまでモノが集まりましたね。

 

肩書きはなく始まった「つくる」ことに関わる仕事

ー そもそもこれだけのコレクションで溢れるまで、お店としてオープンするまでの小林さんの道のりについて伺いたいです。自身でも作り手として活動していた期間があると噂に聞いたことがありますが、一番最初のキャリアは何でしたか?

高校生の時、遊び仲間がロックンロールバーみたいなものをやろうということになったんですが、店を作るためにいろいろ材料を集める役割を僕が振られたんですね。それが人からお金をもらって最初にやったことです。潰れたボーリング場に転がっていたピンボールの台を使ってテーブルを作ったり、ネオン管のデザインをやったりしていました。

ーー小林さんは元々手先が器用だったんですか?

子供の頃から趣味で絵を描いていたんですよ。70年代は暴走族のカルチャーが盛り上がっていたので、そのステッカーのデザインやバイクのカラーリング、あとはヘルメットを改造したり。あくまで趣味ですが。そこから「あいつはものをいじくることが得意だ」というのが伝わったんでしょう。当時は、いろんなものをカスタムする人がいなかったんです。

ーー小林さんも暴走族……?

いやいや、僕は違います(笑)。実家が商売をやっていて、そこのアルバイトで色んな子が働いていたんです。父は、本屋、レストラン、アートギャラリー、新聞屋……いろんなことをやっていました。だから僕がいない時でも自分の部屋にはいつも誰かが出入りしていましたね。

ーーご実家は長野ですよね。上京するきっかけはどこにあったんですか?

東京の先輩がよく長野へ来ていたし、自分も彼らを訪ねてちょくちょく東京に足を運ぶようになりました。自分のまわりではちゃんと働いている人が少なくて。道端で拾ったものを売って暮らしている、みたいな(笑)。ちゃんと働くのがダサい、お金を持っているのもダサい、という風潮があったんです。僕らはヒッピーの成れの果てみたいな感じだったから、新宿とかの街中をウロウロしていました。でもね、やっぱりそういう子は実家がお金持ちでした。

ーーないものねだりだといいますか、ある種の反動なんでしょうね。

そうそう。ただ22〜23歳になると、まわりが徐々にちゃんとお金を稼ぐようになってきて、いよいよ自分たちも何かしなきゃいけないよなと。そこで、劇団の美術をやったりしながら小銭を稼ぐようになりました。

ーー小林さんもさすがに劇団の美術だけでは暮らしていけないですよね?どうやって食い扶持を稼いでいたんですか?

70年代後半からまわりがアメリカに行き始めたんですね。当時は「スウェットパンツ?何それ?」という時代。ステテコしかないから、ただ向こうから持ってくるだけで飛ぶように売れるんです。とはいえ当時は1ドル360円の時代なので、飛行機代がロス40万、ニューヨーク70万、パリ90万みたいな感じで、お金持ちの子しか行けないんですけど。で、帰国したら知ってる限りの人に電話をして、そうすると1日か2日でなくなっちゃう。そうこうしているうちにみんなお金がたまってきて、今度は店をやろうと。彼らが竹下通りのあたりに店舗を構えるようになり、そこで僕は内装やウインドウを任せられるわけです。それが生業になりました。

ーー専門的な知識はどこで身につけられたんですか?

いやいや、身近にいるそういうのが得意な人がたまたま僕だったというだけ。当時は今と違って、デザイナーというとわりと堅い職業で、友達の仕事を安く受けるなんてことは一般的じゃなかった。そもそもお店の内装デザインなんてジャンル自体がなかったし、じゃあ自分がやろうかと。

ーーご自身の肩書きはどのように名乗っていたんですか?

何も名乗っていないです(笑)。

 

情報よりも自分の直感を信じて好きなものを選ぶ

ーー Out of museumの活動に繋がるような海外からものを仕入れて売るというようなことはやっていなかったんですか?

僕も親にお金をかりてアメリカ中を旅して、家具や雑貨を中心に買ってはいたんですけど、あんまり売れなかったですね。当時は、わかりやすくアメリカっぽい服以外は受け入れられなかった。しかも、アメリカで買ったから当然アメリカのものだと思っていたら、インドとか北欧のものが混ざっていて。結局アメリカ製のものは1割くらいだったかな(笑)。

ーー今のお話から、小林さんはお店を構える前の当時から独自の感性でものを選んでいたことが窺えますが、ものの良し悪しを決めるポイントはどこにあるんでしょう?

時代柄、自分の中に情報が何も入ってこないから、直感でハッと思ったら買う。それだけです。感覚的に、変な色だなとか、造形的に見たこともないし面白いなとか。で、そのルーツは潜在的に、子供の頃によく見ていた「虫」につながってきます。

 

Midorikawaとの偶然的な出会いからコラボレーションに至るまで

ーー Out of museum ともコラボレーションを行い、アートシーンでも注目されるメンズファッションブランド「Midorikawa」との出会いもそうした小林さんの審美眼に光るものがあったのでしょうか?

裏原宿が盛り上がっていた90年代に、僕が『Eats』というレストランを運営していたんです。毎日、その周辺の子が溜まっていました。みんな稼いでいたんで、お金を落としてくれるんです。で、その中の一人が今でも付き合いがある緑川卓くん(メンズブランド・Midorikawaのデザイナー)でした。当時はまだ文化服装学院の学生で、だいたいカレーを食べていましたね。うちで働いている子もみんなつながっていてね。でも当時は、若くてお金がない、他にもたくさんいる中の一人、という印象でしたよ。

ーーMidorikawaといえば、メンズファッションの中で異端ともいえる存在で、熱狂的なファンが多くついている、でも決してセルアウトしないという印象があるので意外ですね。それでも、コラボレーションをするまでに至ったきっかけとはなんだったのでしょうか?

何となくずーっと、近くにいたんですよ。別に影が濃いタイプでもないし、本人もそんなに主張しないし、かといって人より頑張る感じでもないんだけど(笑)。ただ気がつくと、ずーっとそこにいたっていう。正直、彼のブランドがどんな立ち位置なのかもよく知らないんですよね。数年前、彼の方から「自立して食えるようになったので、何か一緒にやりたいです」と話を持ってきてくれて。(お店にあるコラボアイテムを見せながら)これですね。実は彼がいつも座っていたカウンターの目の前の壁にかかっていたのが、この絵だったんですよ。それで、彼が「自分の青春だからこれでいきたい」と。

当時のお店の様子。壁に作品がずらっと並んでいる。

 

小林さんが推したくなる瞬間の鋭い目線

ーーこのコラボは、本当に両者の相性の良さといいますか、お二人の好きなものがどこかで交差している感じが強く伝わってきます。他に、同時代のアーティストで注目されている方はいらっしゃいますか?

世の中のことをあんまり知らないんです。そうだな……全員好きで全員嫌いみたいな感じですね(笑)。作品を見ると、最初は「なんでこんなものを作るんだろうな」という謎があるんですが、分析していくうちにだんだんネタ元がわかってくる。というか、そういうところを見ちゃうんです。もちろん、パッとみて直感的にきれいだなとかっていうのはあるんですけど、それはあくまで人それぞれの感性だから。

『Eats』のお店に飾ってあった作品を用いたコラボレーションアイテム。

ーーどちらかというと、批評家っぽいスタンスなんですね。

僕は長くいろんなものを見ているから、どうしても批評家っぽくなるんです。分類せざるをえない。だからこそ、作家本人のコンプレックスが透けて見えるようなものではなく、鑑賞する側がそういう作為を感じなくなるところまで突き抜けている作品が好きです。あと、日本では知られていないけれど海外じゃよくあるネタを使って売れている人とか多いじゃないですか(笑)。自分の力で個性を作り上げている人はすごいなと思います。

ーー何かをみて「新しい!」と感じることはありますか?

いやあ、あんまりないですね。70年代までは、初めて見るような、独立した新しい形が出てきたんですけど、80年代に入って「デザイン的に新しいものはない」ってみんなが言い出して、そこから組み合わせやクロスオーバーの時代に入っていった。要は、すでにあるものを混ぜて新しいものに見せる。そこからは、その混ぜ方がどんどん複雑になっていく。全員クミンという同じスパイスを使っているんだけど、他のものを混ぜて作ったカレーには色んな種類があるなという感じです(笑)。

 

誰かに決められた価値ではないものの魅力を見抜くこと

ー この店名にはどういう意図が込められているのでしょうか?

ミュージアムを一つの枠と捉えると、その外側にあるものの方に真実があるんじゃないか、という意味合いです。世の中にはたくさんの裾野がある中で、それを感じ取って生きていくことが大事なんじゃないかと。

ーーご自身がそれに気づいたきっかけは?

若い頃から、名前があることがすごく嫌いでした。「これが良いものだよ」と言われると、「だから何なんだ」って思う子供だったんですよ。偉そうに、って(笑)。だから、自分も人前に出ることは極力避けていました。誰がやっているか分からない、っていうのが良かった。名前ってそれ自体で一人歩きしていくじゃないですか。「この人はこの作風」ってカテゴライズされると、自分が飽きても同じものを作り続けなくちゃいけない。僕は、その時にやりたいことを食い散らかしていく方が、今を生きているという感じがして好きですね。

ーー『Out of museum』で売られている商品も、けっしてアーカイブとして高い価値がついているものが主ではないですもんね。

このお店にしても、僕が衝動で買い続けてきたものが溜まってきたというだけで、成り行きなんです。しかも、その衝動が起きる基準にムラがあるんですね。「前にこれを見たから今度はこれが欲しくなる」という流れがあるんですが、自分でも具体的な理由は把握できていません。

ーーブランド力や文脈に引っ張られないことが、アートな推し活動では大切に思えてきました。

みんな、最初から好きなものって決まっていると思うんですが、一方でそれを素直に好きと言うことが怖いんじゃないですか。だから誰かを見てタイプだな、良いなと思うように、好きな作品を見つければいいんじゃないですか。あくまで生理的なものなのに、言葉の力のせいで受け入れるのが難しくなっちゃうんですよ。最初は感覚で見てみる。言葉は後付けなので。 

DOORS

小林眞

『Out of Museum』オーナー

1960年、長野県生まれ。八ヶ岳連峰と南アルプス山系に囲まれた地域にて、虫や森や川などに触れる幼少期を過ごす。 2018年にアトリエ兼ギャラリーショップ『Out of museum』を東京・羽根木にオープン。

volume 05

はじめていい。
はじまっていい。

新しいことは、きっと誰でもいつでも、はじめていいのです。
だけど、なにからはじめたらいいかわからなかったり、
うまくできない自分を想像すると恥ずかしかったり、
続かないかもしれないと諦めてしまったり。
それでも、型や「正解」「普通」だけにとらわれずに
はじめてみる方法がきっとあるはずです。
この特集では「はじめたい」と思ったそのときの
心の膨らみを大切に育てるための方法を集めました。
それぞれの人がはじめの一歩を踏み出せますように。

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