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INTERVIEW
2023.06.30
好奇心を原動力に楽しみながらはじめる / GASBON METABOLISM、Gallery Trax、0site 鼎談 後編
Photo / Tatsumi Okaguchi
Edit / Yoshiko Kurata
移住してから街や人々の魅力に刺激を受けて活動を始めたという 「GASBON METABOLISM」の西野、「Gallery Trax」三好、キャンプ場体験施設「0site」の古山。前編では、それぞれ活動を始めるまでのストーリーを中心に北杜の魅力を紐解いた。
後編では、北杜で生活する中で感じる、忙しなく時間が流れる都会とは違う時間の豊かさについて話を伺った。デジタルネイティブな世代である0siteの古山と、DIYから学んできた世代であるGASBON METABOLISMの西野とGallery Traxの三好。3者ともバックグラウンドは違えど、「はじめる」ことへの原動力は共通しているようだ。
北杜の中と外を繋ぎながらみんなで新たな思い出を紡ぐ
前半で話を聞いたように、北杜周辺にはこれまで広がってきた多様なカルチャースポットが存在する。自分が運営する場所以外にも、自ずと他の場所も紹介したくなる程にあたたかい魅力が漂う北杜では、コロナ禍の影響でしばらく会えなかった人々ともゆったりとした時間をともにできるという。都会のように時間の流れが加速化する社会の中で、意図的にイベントを仕掛けるのではなく、余白のある時間の中に生まれる偶然的な出会いを、大切にかたちにしていける場所なのだと西野は語る。
西野:都会で忙しなくコミュニケーションするのとは異なる体験の質が生まれたのは、北杜にスペースを作ってよかったことの一つです。最近では、私が25年前に音源の制作をプロデュースさせていただいた音楽家の夏秋文彦さんにGASBON METABOLISMで再会できたことが印象的でした。彼は10年以上前に長野に移住し、北杜市に住む共通の友人のミュージシャンがGASBONで音楽イベントを企画してくれたことで実現しました。
キャンプ場体験施設「0site」では高齢化が進む地域の住人から寄せられた農作業が体力的に難しいという相談から、若い層を対象にした梅取りの会を2年続けているという。梅の収穫を経て梅干しやうめシロップを作る体験は季節を味わいながら村の問題も解決する、お客様も村の人たちも喜べるイベントとなった。
古山:ただ労働力として若い人を連れて来るのではなく、そこに体験価値や イベントとしてのパッケージを加えることで全員が楽しめる機会が生まれている。みんなが喜ぶ姿を見て、企画してよかったと思えました。
Traxでも移住した当初は、周辺に紹介できるお店もなかったことから三好が手料理を振る舞っていたそうだ。周辺に飲食店が増えて以降引退はしているが、今でも展示のオープニングで振る舞う大皿料理の食卓が印象的だと西野が教えてくれた。
西野:三好さんが作る料理はとにかく切り出し方が格好いいんですよ。アーティストのみんなで食卓を囲み、大皿にいっぱい乗せられた料理を三好さんがギャラリーの奥から運んできて、二郎さんのつくった大きなテーブルに並べる姿は圧巻です!
三好:みんなと一緒に囲んで楽しみたいから一斉に出せる大皿料理は好きです。昔はみんなお金がなかったので、ギャラリーに来る。 若いアーティストがお酒を飲んで大騒ぎして語らえる、そういうゆっくりとした時間がたっぷりあったんです。
生活とともに少しずつ実践を続けていく中で、自然とスペースの形が作られていく。計画されたものではなく、偶然の出会いによって変わり続けながらtraxを続けてきたと三好はいう。
三好:ある時取材を受けていたら、二郎さんが『traxが一人歩きするんだよ』と述べて、まさにそうだと思いました。いろんな人と出会うことで違う展開が起こり、明日は何があるかわからないからこそ、すごくスリリングな体験が生まれ、いまだにみんなtraxを慕ってくれる意味がそこにあるという。
実践を実験できる土壌と時間
そうしてみんなで食卓を囲みながらフラットに会話する中で、新たに面白いことを始めようという能動的な姿勢は、日々の生活における眼差しにも変化をもたらす。いまや日常生活で使い方や始め方がわからないことのほとんどは、ネットを調べれば知ることはできる。しかし、いざそれを忙しい毎日の中で実行に移すにはハードルがあり、自分のやりやすいタイミングや方法を探るにも一苦労するのではないだろうか。都会の外と中を行き来する3者だからこそ、自分らしく実践に試みることの大切さを感じるという。
西野:東京の西麻布で17年ギャラリーをやり続けて、経営者として経済合理性を考えてきました。都会の中と外では根本的に思想のプライオリティが変わってくるけれど、たくさんの無駄から風通しの良い余白が生まれることで経済合理性の呪縛から外れることができるのは都会の外ならでは。もちろん僕が経営者という立場から資本主義の新しい形を求めていくことも可能ではあるが、ポジションを武装する必要はここではない。そういう意味で北杜は落ち着いて数字に縛られることなく、社会の前提にある「合理性」の意味を整理する作業にシフトすることができる安らかな場所でもあると思います。
古山:自分で作り上げることで友人に教えることもできるし、仕事につながるかもしれない。今の時代ネットやyoutubeでなんでも情報にアクセスすることができるので、ツールやアイデアがあればなんでも作り上げることができる。現代社会のテクノロジーも否定せず上手く付き合っていくことで、長く生きていく術を得られるのではないかと感じています。
選択の精度を高めていきながら、社会性と自身の心地よさに上手く付き合っていくこと。社会で抱えるストレスに対して悩みながら向き合う方法を考える生き方は、M-Z世代(*1)に広く浸透した価値観であるともいえよう。全ての情報はすぐにアクセス可能であるからこそ、偏らないように生きていくことが必要とされる中で、それぞれの幸せのかたちをデザインしていくことが、世代を超えて必要とされている。
*1 1980~90年代に生まれたミレニアム世代と、1990年後半~2000年初頭に生まれたゼット世代の総称
三好:若い子は何かを作るときにyoutubeなどでマニュアルを確認しながら作るので、結果的に早いし完成度の高さにびっくりします。羨ましいと思うと共にこれは人類が時間を速めている要因でもあるなと思います。ゆったりと長い時間をかけて作り上げた体験やミスした時の教訓もいい思い出ではありますね。
西野:結局はマニュアルを得ても、実行や実践に移れるかどうかにかかっていると思います。プランするだけではなくて実践の肌触りを持っている人の話は面白い。Traxを見ても、DIYという言葉がない時代に作り上げられた空間からは築きあげられた手垢が伝わって来ます。まさに膝に泥やペンキがついているような生活の姿が残されていますよね。
見せるための設えではなく、楽しさや生きるために実践と行動を起こしていくこと。Traxという場所は、いろんな経験とふれあいの連続の中で形作られた無邪気な場そのものである。
三好:刺激を求めてギャラリーを始めてみましたが、それは予期せぬことの連続で刺激に溢れすぎていました(笑)。忙しいことに後悔したことや経済的に大変な時はあったけど、これまでに「やめる」という選択肢はなかったです。
どんな環境においても好奇心が原動力につながる
三好は最近、次世代にどのように文化を託すかを考えながら過ごしているという。
三好:GASBONや0siteのような同じ志を持った人との繋がりが、地域を通して生まれていることに喜びを感じます。誰かにこの価値観を託すとしても、私だけのネットワークに完結しないことが大切であると思っています。
西野:GASBONを構想した際に、Traxなど目指すべきロールモデルが地域にあったからこそ考えることができました。街全体を紹介していきたいと思えるし、それをプロデュースしている意識を持っています。
3者はそれぞれ、手を動かしながら得られる小さな発見を積み重ね、自身の感覚と触れ合うことでビジョンを思い描いている。どのような環境においても実践可能な、活動の原動力につながる楽しみ方について聞いた。
西野:山梨に先に移住した仲間は『人生が暇つぶしだから』と述べていました。暇つぶしが命題として自分に課せられているならば、なんで暇をつぶすのか真剣に考えてみるといいでしょう。生活のためにしなければならない仕事とやりたいことをどうすり合わせるかということに真剣になる。置かれた環境や組織をうまく使うことで、企て者になって実践することが重要だと思います。自己実現と自分たちの幸せのために企てを回すことができれば価値観を変えることができるでしょう。
古山:自分のイメージを1から作ることも大事だけど、真逆から与えられた条件から試してみると案外楽しかったことに気づけた。効率優先と自己実現を両方試してみて、立体的に考えることが重要だと感じています。0siteを訪れた人にも、かつて人類が行ってきた焚き火や食事、農作を新鮮なこととして捉えてもらえるので、何かを思い出して身軽になれるきっかけに巡り会えると嬉しいですね。
三好:よく焚き火をすればなんとなく何かが解決するというが、あれは即物的な理解だと長年続けていると感じます。悩み事を抱えて焚き火をしても大抵元気になったらそれ自体を忘れてしまう人の方が多いです(笑)。大切なのは装置が必要がないという姿勢のほうで、その経験が何かしらの方法になっていくことを願ってよく火を焚べています。
最後に三好は、日々の実践を通して感じたことを教えてくれた。
三好:コツは特にないけどいいものに巡り会える運は重要だったと思います。日々の中で好奇心を感じる力と、目の前にいる人に興味を持つことがそこにつながる。人生は長いからとにかく楽しんでください。今いるところに落ち着かず、もっともっと広い世界を見上げるために空を見上げましょう。
都会の喧騒から離れ、自分自身と向き合う大切さに気づくことで、新たにはじまることがみつかるかもしれない。はじまりは偶然であったとしても、そこから生まれる発見が活動的な原動力になるだろう。
DOORS
西野慎二郎
ガスアズインターフェイス株式会社 代表取締役
1996年に新しいアートとデザインのアイデアを世界中から集める媒体として「GASBOOK」創刊。2004年に国内外のクリエイターと社会・企業を接合するプラットフォームとして同社設立。2006年より東京 西麻布で「CALM & PUNK GALLERY」を運営している。アートの複合施設「GASBON METABOLISM」を2022年8月に始動させた。
DOORS
三好悦子
Gallery Trax代表
故木村二郎(2004年没) とともに1993年に「Gallery Trax」設立。八ヶ岳南麓の自然豊かな地で、空間デザイナー木村二郎が古い保育園を自らの手でリノベーション、家具や什器など多数制作したギャラリーとして活動。数々の最前線で活躍するアーティストを輩出してきた場所として、今年で30周年を迎えた。周年記念として、五木田智央 、大森克己 、中島あかねによるグループ展示を6月25日まで発表したばかり。
DOORS
古山憲正
キャンプ場体験施設「0site」代表
山梨県北杜市須玉町にあるキャンプ場体験施設「0site」を運営。セルフリノベーションした、大正時代建立の廃小学校校舎と校庭を主な拠点に、キャンプサイトの利用のほか、音楽ライブやマルシェイベントを開催する場にもなっている。四季に合わせた自主企画も実施しており、7月22日〜23日には北杜市で採取した季節の植物や野菜クズを使った染色のワークショップ「#19夏の植物染色会+種まき」を予約制で行う。
volume 05
はじめていい。
はじまっていい。
新しいことは、きっと誰でもいつでも、はじめていいのです。
だけど、なにからはじめたらいいかわからなかったり、
うまくできない自分を想像すると恥ずかしかったり、
続かないかもしれないと諦めてしまったり。
それでも、型や「正解」「普通」だけにとらわれずに
はじめてみる方法がきっとあるはずです。
この特集では「はじめたい」と思ったそのときの
心の膨らみを大切に育てるための方法を集めました。
それぞれの人がはじめの一歩を踏み出せますように。
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