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- すべての人にアートのある暮らしの魅力を伝える。京都〈KAGANHOTEL〉のアーティストとコレクターのためのアクション
INTERVIEW
2024.05.31
すべての人にアートのある暮らしの魅力を伝える。京都〈KAGANHOTEL〉のアーティストとコレクターのためのアクション
Text / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda
近年、さまざまな現代アートの大型展示や国際的なアートフェアで盛り上がる京都。この町でアートホテルとして2019年にオープンしたのが〈KAGANHOTEL〉だ。
アーティストが滞在制作、発表をする場所であり、同時に旅行者が気軽に泊まれるホテルとなっており、コレクターはもちろん一般の滞在客にとってもアートと出会える接点が仕掛けられている。
今回は共同代表のひとりである扇沢友樹さんにホテルを開業した経緯や、今後の展望について聞いた。
KAGANHOTEL-河岸ホテル-
photo by Atsushi Shiotani
京都市下京区に2019年11月にオープンしたアートホテルであり、アーティストが滞在制作を行えるレジデンスとアトリエ、完成した作品を発表できるギャラリーも併設した複合施設。世界中から集まるアートファン、コレクターと若手現代アーティストをつなぐカルチャースポット。
住所:京都府京都市下京区朱雀宝蔵町99
公式HP:https://kaganhotel.com/
アートホテルというより、アーティストホテル
扇沢友樹(株式会社めい ファウンダー)。大学で不動産とファイナンスについて学び、卒業後に不動産企画会社「株式会社めい」を起業。パートナ ーの日下部淑世とKAGANHOTELを創業する。「不動産脚本家」を自称し、あらゆる物件の可能性を引き出しながらより良い街づくりを目指す
──〈KAGANHOTEL〉ができた経緯から教えてください。
2011年に共同パートナーの日下部と不動産企画会社である株式会社めいを立ち上げ、最初は京町家を借りてクリエイターや起業家が集まるシェアハウス事業を起こしました。僕らは大学を卒業してすぐに起業をしたので、そういう人たちの居場所みたいなものを作りたいと思ったんです。その後、ご縁があり木工や鉄工ができるスペース付きのアトリエのような、オフィス兼シェアハウスを手掛けます。
しばらくしたあるとき、ファインアートの作家から制作をしながら住める場所がほしいと問い合わせがありました。条件としては大きな間口で作品の搬入搬出ができること。きっと同様の要望を持つ作家は多いだろうなと思いました。そんなときに、京都中央卸売市場エリアに位置する今の物件に出会います。もとは野菜・果物の卸売会社の社員寮。ここであれば天井高もあるし、大きな間口は取れる。周りは市場なので、制作時の音や臭いには寛容。ファインアートの作家が住めるアトリエ付きの住居ができると思いました。
アーティスト住居
アトリエ photo by Tatsuki Katayama
──最初はホテルではなくアトリエ付き住居の構想だったんですね。
その後、ちょうど近くに梅小路京都西駅が開設することもわかり、アクセスも楽になることから、若手現代アーティストが住む制作スタジオだけでなく、観光客も利用できるアートホテルを併設したKAGANHOTELを開業するに至りました。
ホテル入り口。扉を開けると扇沢さんお気に入りのレイ・ハラカミの名盤『[lust]』がながれる。「この建物の水平垂直のラインとこの音楽がマッチしている気がしてオープン当初からずっとこのホテルのBGMです」
客室
1階にアートに関連する本がずらりと並ぶ。気になった本は客室に持ち帰ってもOK
B1Fから3Fまではアーティストが主体の空間になっていて、それぞれの階にシェアスタジオやギャラリー、シェアハウスなどを設けています。4F・5Fは一般の方でも泊まれるホテルになります。5Fの各個室は入居する若手作家たちの作品を自由に選んで部屋に飾れるつくりになっていて、アーティストと宿泊する方との接点をデザインしています。
ロビーにずらりと並ぶ作品。左側に並ぶ作品は好きなものを1点、客室に持ち帰り飾ることもできる
客室の白壁のスペースに簡単に飾ることができる
──近年、客室や施設内で美術作品を楽しめたり、本格的なギャラリーが併設されているようなアートホテルに注目が集まっています。そんな中で、作家のアトリエ兼ホテルというのは面白い試みですね。
KAGANHOTELはアートホテルというより、アーティストホテル。住居者もコレクション作品もどんどん変わっていきます。僕はアートの面白さの一つに「時間と物語の蓄積」があると思っています。作家たちも今と5年後では状況が変わっているはずじゃないですか。作品ではなく生き方というか、生きた作家に出会えることと、彼らの状況がどんどん更新されていくことに現代アートの面白さがあると思っているんです。一晩で作家たちに出会い、それぞれの活躍を発見してもらえるホテルにしたいなと思いました。
若手作家と滞在者がアートによって交流できる場所を作る
──2019年の開業後、すぐコロナ禍で大変だったのでは?
オープンして3か月でコロナだったんですよ。サッカーの試合だったらロスタイムが最初にあるみたいな状況で、全然試合が始まらない。ただ、作戦会議の時間が多かったという意味では、作家たちと実験的な展示(オンラインでのワークショップなど)ができて、実りのある期間だったと思います。
──4年目を迎え、変化はありましたか?
振り返ればオープン当初はまだ僕と日下部には、アートやアーティストに関するリテラシーが足りていなかった。一緒に過ごしながら、作家たちが普段どういう思考・思想で生活をしているのかなどを徐々に理解していき、今ではお互いコンフォートにコミュニケーションできていると思います。施設の変化としては、コロナ禍を経て、今は10室中の3室が海外アーティスト向けの部屋になっています。たとえばアジア圏の作家が旅行ビザで2か月ホテルに泊まるのではなく、うちのレジデンスに住むという使い方ができる。日本人の作家にとっても海外のレジデンスプログラムに参加しているような状態になり、コミュニティを世界に拡張できるという意味でもメリットになります。
──これまでに何人の作家がレジデンスを利用してきましたか?
4年で140名ほどの問い合わせがあり、現在のべ30名ほどが住んできました。滞在期間は平均で1年ぐらいです。
──全国各地にアーティスト・イン・レジデンスがありますが、それとの差はどう認識されていますか?
アーティスト・イン・レジデンスはプログラム。行政や財団が予算を用意し、数か月作家に根付いてもらって、作品制作やリサーチ活動を行うものです。僕がやっているのは、アーティストのためのレジデンスの提供。制作場所と効率の良い住空間を渡すのが基本なので、どちらかというと賃貸住居の範囲なんです。文化活動というより、賃貸住宅の範囲で文化的な施設を作ろうとしているので、目的がちょっと違う。僕らの目的はまだ何者でもない作家の第一歩目をフォローすること。そして、若手作家と一般の方がアートによって交流できる場所を作ること。一般の宿泊ゲストから長期滞在の作家まで多様なバックグラウンドの滞在者が交差することにより、新たな文化の因子が生まれるのではないかと考えています。
──日夜アーティストが制作と発表をして、様々な人がアートに触れる機会があるこの場所では、多様な文化やコミュニティが生まれているのではと推察します。経営していて、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
ある宿泊ゲストがホテルの部屋に飾った作品の作家の名前を覚えていて、翌日にギャラリー巡りをした際に偶然その作家に出会い、仲良くなったそうです。まずは作品に出会って、その後作家本人と出会うという体験がすごくいいなと思いませんか? しかもホテルの外で。実はいろんな作家から同様の話を聞くんです。嬉しいですよね。同時代的に今を生きている作家に直接会えるのって現代アートの一つの醍醐味だと思うんです。そして若手作家だから偶然の重なりで会うことができる、ということもあると思います。その体験ができるのもKAGANHOTELならではなのかなと思っています。
京都でつくる、アートのいい循環
──文化庁の京都移転、京都市立芸術大学の崇仁地区移転、チームラボのミュージアム誘致と、京都市は現在、文化芸術政策に力を入れているように感じます。京都でアートの盛り上がりを感じますか?
間違いなくあると思います。2019年がその元年だったと思います。まず、京都市京セラ美術館ができたこと。これは僕の見立てなのですが、京都では伝統文化を重んじるがゆえにこれまで現代アートは少し蔑ろにされていたところがあったように思います。その地に、現代アートの要素も強い美術館として生まれ変わったことは大きいです。そして、京都芸術大学(旧・京都造形芸術大学)の卒展をアートフェア化させて作品を販売できるようになったこと。これはもう10年ほど前ですが、現代美術家でもある椿昇先生の旗の下、“食えるアーティスト”を生み出すという教育に力を入れるようになった。実際に卒展で200万、300万を売り上げるような作家も出てきています。行政がアート事業にノリノリになったり、さまざまな商業施設でアートのスペースができるようになったのはこの10年ですよね。これらの背景がなかったら、KAGANHOTELは存在できていなかったです。
前身の1933年開館の京都市美術館から大規模なリニューアルを行い、2020年春にオープンした京都市京セラ美術館。現代アートに対応した新館「東山キューブ」では現在、「村上隆 もののけ 京都」展が開催中(撮影:ARToVILLA編集部)
──今では京都でも現代アートは受け入れられつつある印象ですか?
マーケットとしては東京の方が強いでしょうね。一方で、京都で現代アートを受け入れている人の多くは、僕の印象では20代、30代の若い人たちだと思っています。彼らは情報をディグる能力がとても高い。よくわからないけど面白そうだと思ってくれる。それはホテルのチェックインの作業をしているときにすごく感じます。その人達が20年後、30年後、お金をちゃんと持てるようになったときにまた面白いことが起きればいいなと思いますね。アートバブルとは言われていますが、まだまだ黎明期。これからもっと良くなっていくといいなと思っています。
──現在、ほかに取り組んでいることはありますか?
アートをフックにした新たなプロジェクトを進行中です。当ホテルでは部屋にアートを自由に選べて飾れるスペースを設けていますが、それを住宅レベルでできないかと考えていました。賃貸物件では規制があり、自由に作品を飾るスペースを設けづらいですが、最初からスポットがありビス打ちができる、アートを飾る専用の白壁が部屋にあれば自由に作品を飾ることができます。これまでアート作品を据えた家というと、オーダーメイドの注文住宅でないと難しかったですが、すべての人にアートのための生活を僕たちは提供したいと考えています。居住者にはKAGANHOTELのコレクションの中から輸送費だけでアート作品をレンタルできるサービスも検討中です。コレクターの疑似体験にもなるので、アートを所有する楽しさも知ってもらえるのではないかと思っています。そうなれば、作家もギャラリーもますます仕事がしやすくなる。そんないい循環がアートでできれば嬉しいですね。
──最後に、扇沢さんイチオシの作家を教えてください。
ペイントではバーチャルと現実、両方を行き来して作ったAR版画を発表している松田ハルさん。彫刻では可愛いフォルムのオブジェと映像や機構の連動性が見ていて癖になる小林椋さんです。どちらも東洋的な思想や身体性をデジタルの手法を使って表現していて、伝統と革新が融合する観光都市・京都らしい作品だと思います。
1Fのロビーには扇沢さんが所有する小林椋さんの作品《ローのためのパス(一部)》が飾られているので利用者も鑑賞可能
GUEST
扇沢友樹
株式会社めい ファウンダー・株式会社ゆい 代表取締役
1988年、京都府生まれ。2011年、京都産業大学法学部卒。人口減少社会の不動産のあり方に興味をもち、大学時に宅地建物取引主任者の資格を取得。大学で不動産と企業のファイナンスを学び、大学卒業と同時に日下部淑世とめいを創業。コンセプトやマーケティングを軸に場所の物語を構想する不動産脚本家を自称し、21世紀型の不動産や街の価値づくりに邁進している。
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