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INTERVIEW

2025.02.05

忙しい日々であっても、アートには触れていたい / 文芸評論家・三宅香帆が選ぶ「忙しい社会人でもアートを楽しめる」ブックリスト4冊

Interview&Text / Mai Miyajima
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Takuya Ikawa(Booklist only)

平日は仕事に追われてギャラリーや美術館に行けない、観たい展覧会があっても休日は混んでいる場所に行く元気がない……。そんな悩みを持つアート好きの社会人は多いのではないでしょうか?

そこでおすすめしたいのが、読書を通じてアートに触れること。今回は、著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で働く大人たちの共感を集めている文芸評論家の三宅香帆さんに「忙しい社会人でもアートを楽しめるような本」を4冊選んでもらいました。

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「社会人になってからは、旅先での美術館めぐりを楽しんでいます」

「仕事と趣味の両立はなぜできないのか?」という悩みに向き合い、日本人の労働史と読書史を紐解きながら答えを導いた新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大ヒットとなっている文芸評論家の三宅香帆さん。

読書をこよなく愛する三宅さんですが、京都で過ごした大学時代には西洋・日本のものを問わず、さまざまな美術展をめぐるなど、アートに触れ合う時間も多かったそう。

「なかでも細見美術館は大好きな場所。コンパクトだけど、素晴らしい日本美術の展覧会を多く開催しているんです。文学部で古典文学を専攻していたこともあり、源氏物語の蒔絵の展覧会に行ったり、江戸時代の絵画などをそこで勉強しました。

私にとってアートは、非言語的に感動して楽しむというよりも、知識を得てから観たほうが楽しい分野。せっかく現地へ行くなら理解できることが多いほうがうれしいし、体験として厚みが出ると思います。ただ、展覧会のためにいろいろ本を読んで調べるというよりも、本を読んでいる中で興味を持った美術作品を観に行くという順番。私にとってのアートの入り口はやっぱり本なんです」

アートに親しむ大学生だった三宅さんも、社会人になると環境は一変。読書時間が取れないのと同様にアートに触れる時間も少なくなっていったといいます。

「就職したばかりの頃は、気になる展覧会があっても平日は仕事で行けないし、休日も疲れているから人混みを避けたい気持ちがあって、美術館から足が遠のいているのを感じていました。今は、旅行先で美術館をめぐることが多いです。

旅先で特に印象に残っているのは、ウィーンの分離派会館(セセッシオン)にあるクリムトの《ベートーヴェン・フリーズ》という作品。これはベートーヴェンの交響曲第9番を解釈して描かれたもので、壁3面にわたる大きな壁画が描かれた部屋で第九の第四楽章を聴けるんです。空間自体がこの絵のためにあるという感じで、経験したことがないアート体験でした」

 

三宅香帆さんが選ぶ「忙しい社会人でもアートを楽しめる」4冊の本

今回は三宅さんに、アートに触れる時間がめっきり減ってしまった社会人におすすめの4冊を挙げてもらいました。

芸術鑑賞の気分を味わえるような本から、身近なもののアート性に気づけるような本までバリエーション豊かなセレクト。隙間時間でも読みやすいものばかりなので、通勤のお供にもぜひ。

 

“絵画のモチーフの意味を学びながら、美術館に行った気分にも浸れる”

①『西洋絵画のお約束』中野京子(中央公論新社)

「ベストセラーの『怖い絵』シリーズなど、西洋絵画についてたくさんの著作がある中野京子さんの本。私自身、中野先生の本に出会ってから西洋絵画の見方がわかって鑑賞がとても楽しくなったのでおすすめしたいです。

『西洋絵画のお約束』は、薔薇やリンゴなど、絵に描かれたモチーフの意味をひとつひとつ解説している辞書のような本。植物などの自然物だけでなく、武器や窓や梯子などの建物といった人工物にもそれぞれ意味があるのを知り、絵画を改めて観てみたい気持ちが高まりました。モチーフの意味を知った上で自分の感性で好きな絵を見つけたり、読み解いていく作業もおもしろいのではないでしょうか。

この本は新書なので小さく持ち運びにも便利。さらに全編フルカラーで作品もたくさん掲載されているので、パラパラめくるだけでも美術鑑賞したような気分に浸れますよ」

 

“生活と芸術をつなぐ視点の、例えのおもしろさ”

②『センスの哲学』千葉雅也(文藝春秋)

「哲学者の千葉雅也さんが、芸術と生活をつなげる感覚について書いた本です。“センス”という、ふんわりしていて捉えにくいものを教科書的に定義するのではなく、自分だけのリズムで自分だけのセンスをつくることの大切さについて語られています。

本を読んで特にグッときたのが、例えのおもしろさ。たとえば、音楽的なリズムと同様に形や味にもリズムがあると書かれていて、その例で出てくるのが餃子だったりするんです。餃子は音楽。こういった視点を持てるのも、千葉さん自身が生活と芸術の体現者であるからこそ、だと思います。なかなか美術鑑賞に行く時間がないという人も、この本を読むと『生活することも芸術になる』ということに気づけるはずです」

 

“「服を着る」ことは、いちばん身近なアート”

③『ちぐはぐな身体 -ファッションって何?-』鷲田清一(筑摩書房)

「忙しい社会人にとって、いちばん身近にアート的なものを感じられる手段は服なのかも、と思っています。

2005年に発行されたこの本は、三宅一成や山本耀司、川久保玲などの日本のファッションデザイナーたちが登場した時代をふり返り、彼らが何を表現しようとしていたかを言語化しています。

今となっては、彼らのブランドはモードでありながらメジャーなものにもなっていますが、メジャーになっているその感覚がなぜ日本で生まれたのか、そもそも服を着るとはどういうことなのか?などについても捉え直しがされていて、服を着ることひとつとってもアートにできるということを教えてくれます」

 

“画家のエッセイを読むと、また絵画が観たくなる”

④『泉に聴く』東山魁夷(講談社)

「最後に、実際にアートを生み出す側の声として、画家の方のエッセイをひとつセレクトしてみました。

私は色使いが美しい作品に惹かれるのですが、東山魁夷さんは展覧会があったら足を運ぶ画家のひとり。湖に浮かぶ月を描いた《月唱》など、青やエメラルドグリーンの表現が素晴らしく、その美しい色の世界に引き込まれます。

彼の文章を読むのも好きです。この本では、西洋絵画が日本に数多く入ってくるようになった時代において、彼がどうやって自身が手がける芸術を確立していったのかを記しています。画家のエッセイを読むと、改めて作品を観たいという気持ちが湧いてきますし、それまでとはまた違った感覚で絵を観ることができると思います」

 

忙しい日々とアートとの間をつないでくれる“本”を手にとって

「時間がなくて美術館に行けないと悩んでいる人は、アートにまつわる本を読んで『今はいったん知識を入れるフェーズにする』と捉えてみるのはどうでしょうか? アートに触れる機会が少ないからこそ、いざそのチャンスが訪れたときには、作品から多くのものを受け取れるように準備しておく。同じ時間とお金をかけるならば、より濃く楽しい体験にしたいですよね。

また、日々の仕事で本当に疲れてしまって、休日であっても美術館に行く気力が湧かないということもあると思います。そういうときは本を通じてアートの世界に触れ続けていることで、『この作品を観てみたい!』というポジティブなパワーが生まれてくるような気がしています」

忙しい日々であっても、アートには触れていたい。今回三宅さんが紹介してくれた本はどれも、その間をつないでくれるような本ばかり。仕事と好きを心地よく持続していくための読書の時間を、ぜひ楽しんでみてください。

DOORS

三宅香帆

文芸評論家

1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立し、主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。京都市立芸術大学非常勤講師も務める。著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)、『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

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