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- カトレヤのアートが松坂屋名古屋店をジャック。春を感じる展示を和田彩花がレポート / 現代美術家・藤原更
INTERVIEW
2025.03.19
カトレヤのアートが松坂屋名古屋店をジャック。春を感じる展示を和田彩花がレポート / 現代美術家・藤原更
Photo / Kyouhei Yamamoto(Portrait)
現在松坂屋名古屋店は、春の訪れに合わせて、館内全体が愛知県出身の現代美術家・藤原更さんのアートで彩られています。撮影からプリントまでのタイムラグに着目し、曖昧な記憶を表現する抽象的な写真作品で知られる藤原さん。今回の展示では、「洋蘭の女王」とも称される名花のカトレヤをモチーフに、カトレヤがもつ歴史や儚い美しさをさまざまな形で表現しているとのこと。
雑誌やコマーシャルでのフォトグラファーを経て、アーティストに転身した藤原さんの作家人生や、今回の展示の見どころとは? アートをこよなく愛する和田彩花さんと、展示初日の藤原さんにお話を聞きました。
和田彩花さん×京藍アーティストのインタビューも

Ⓒ Saloje
表現の源泉は、出身地である津島市と
実家の茶室で過ごした豊かな時間
和田:藤原さんは愛知出身なんですね! 愛知の環境は、作家としてのルーツにどのように影響しましたか?
藤原:私は、岐阜県や三重県にも近い愛知県西部の津島市という小さな町で生まれました。津島市は、600年以上の歴史を持つ日本三大川祭りの一つ「尾張津島天王祭」で有名な町です。全国有数の抹茶の消費地としても知られているので、私が生まれ育った家にも茶室があり、子どもの頃から生活の中でお茶を身近に楽しめる環境にありました。茶室では、障子に庭の草木の影が映ったり、日が差し込んで畳の上で光が揺れていたり。そういう空間と時間が、私の美意識の芽生えだと思います。

和田:私も日本庭園や茶室が好きなので、聞くだけでうっとりするようなお話です。その茶室ではお茶会などもされていたんですか?
藤原:かしこまったお茶会ではないですが、祖父の兄が京都画壇の日本画家だったので、お茶の関係以外にも芸術家や写真家の人もよく遊びにいらしていました。狩野派や琳派といった日本美術に触れられる環境で育ったので、「アーティストになりたい」と思うようになるずっと前から、絵を描いたり、詩を書いたりすることが私にとっては自然な日常でした。
狩野派や琳派、ファッション、
欧米の写真表現に親しんでいた
和田:子どもの頃から色々な表現に触れて育ったんですね。さまざまな表現の選択肢がある中で、そこから写真の道を選んだきっかけを教えてください。
藤原:子どもの頃から祖父の二眼レフに触れたり、フォトグラファーに家族の記録写真を撮ってもらったりしていたことが、写真に目覚めるきっかけだったと思います。
また家業がファッション関係だったので、よく実家にニューヨークやパリ、ロンドンなどからバイヤーが打ち合わせに来ていて、物心ついたときから不要になった雑誌をもらっては夢中で読んでいました。欧米のファッションフォトやコマーシャルフォトは子供ながらに新しく感じられる表現も多く、小中学生の頃は、好きなページを切り抜いてコラージュしたものを部屋に飾っていました。のちに私もフランスを活動の拠点にしますが、当時からフランスの写真が好きなことが多かったです。
和田:まさに芸術一家ですね……! 欧米各国の写真を見る中で、特にフランスの写真のどういった点に惹かれたのでしょうか?


Ⓒ Saloje
藤原:中学生のときから好きだったのが、アンリ・カルティエ=ブレッソンというフランスを代表する写真家でした。彼はパリの街を中心に、世界中の人々の日常を撮りおさめる写真家なのですが、二度と来ない「決定的瞬間」を捉える技術が素晴らしく、人々の日常を整然と美しい構図で収めているんです。
コマーシャルフォトでの活躍を経て
現代アートで独自の表現を追求
和田:藤原さんは、雑誌やコマーシャルのフォトグラファーを経て、アーティストに転身したとのことですが、どのような作風の変化がありましたか?
藤原:日本とフランスを行き来しながら経験した雑誌撮影の仕事を経て、スタジオに入り3年間の修行の後にコマーシャルフォトグラファーになりました。さまざまな写真の仕事を通じてフランスの感性に深く触れたあとで、日本のドキュメンタリーフォトが持つ哲学に惹かれるようになり、1999年頃からアートの世界に踏み出し、自分自身もそういう写真を撮り始めました。
例えば、谷崎潤一郎などの日本文学が好きなので、彼の代表作の一つである『刺青』の世界観にも影響を受け、刺青を入れているカップルと共同生活をしながら撮影を行うなど、社会の周縁にいる人々を記録したり。過去に大病を患った際に、病院での闘病生活のセルフドキュメントを撮ったり。どちらも作家として大きなターニングポイントになった作品です。
和田:ありのままの日常でありながら、まるで映画のような作品ですね。そういうドキュメンタリーフォトから、現在はライティングの技術によって色を操作したり、薬品を使って写真の表面を剥離させたり、ぼかしを加えたり、絵画的で抽象的な作風に変わっていますが、表現の大きな変化にはどのようなきっかけがありましたか?
藤原:コマーシャルフォトの仕事を評価してくださる人もたくさんいるなかで、それを手放すのには覚悟が必要でしたが、3.11の東日本大震災を機に「本当にやりたいことに集中するべきだ」と思うようになり、アートに専念する決意をしました。
光や色彩、構図にこだわっていた従来の表現を軸に、撮影からプリントまでのタイムラグに着目し、曖昧な記憶を表現した抽象的な作風にたどり着きました。その代表作が、記憶に残る蓮・薔薇・芥子をモチーフにした「花三部作」です。

「花三部作」の展示風景(ヤマザキマザック美術館個展より) Ⓒ Saloje
栄えては消え去る幻のような花。
カトレヤで覆い尽くして街に活気を
和田: アートに専念すると決めたときの覚悟や、その後写真にどのように自分の思考と哲学を乗せていったかのプロセスを聞けてとても嬉しいです。今回の松坂屋名古屋店での展示は、カトレヤがモチーフになっていますね。カトレヤには、どういう意味が込められているのでしょうか?
藤原:カトレヤは中南米が原産の洋蘭で、19世紀にヨーロッパへ持ち込まれました。特にイギリスでは「洋蘭の女王」と称され、ビクトリア朝時代の貴族たちに愛された名花として知られています。これまで各国でさまざまな色や大きさのカトレヤがつくられてきましたが、高級なため、国の経済状況が落ち込むと消え去ってしまう花でもあります。今回の展示は、松坂屋名古屋店と話し合い、館内全体を豊かさの象徴であるカトレヤで彩ることで、日本を活気づけていきたいという希望もサブテーマに込めています。

Ⓒ Saloje
和田:なるほど。華やかすぎるがゆえに、経済状況に翻弄されてきた花でもあるんですね。いわゆる写真展にとどまらない、布や透明な素材などを用いた立体的でエネルギッシュな展示構成に驚きました。

Ⓒ Saloje
藤原:もともと私の作品は日常の記録から始まるので、私自身にとって非日常な存在だったカトレアをモチーフとすることに最初は戸惑いましたが、実際にたくさんのカトレヤを育て、成長の過程を見守ることで愛情や親しみが生まれ、今までにない新たな視点で作品をつくることができました。
全国へカトレヤを追いかけ
多彩なバリエーションで表現
和田:今回の作品には、沖縄で撮り下ろした野生のカトレヤも含まれているみたいですね。
藤原:昨年は異常気象で温室栽培のカトレヤも開花が大幅に遅れ、例年なら9月中旬から咲き始める予定が、10月中旬になっても一向に咲かないというハプニングがありました。デッドラインが迫り焦る中で、沖縄の野生のカトレヤなら咲いているという情報を見つけてすぐに飛んでいきました。ハプニングでしたが、本来のカトレヤがもつ人工的な美しさと、沖縄のカトレヤの野生の力強さ、どちらも撮影できてよかったです。


Ⓒ Saloje
和田:育成環境によっても大きく姿を変えるということで、制作過程で「花を育てる」という行為自体が一つの表現になっているような気がしました。シャープな表情を切り取った作品もあれば、フリルのようにふわふわして見える作品もあって、作品ごとにカトレヤの印象がまったく変わりました。どちらも同じ花を抽象的に撮っているのに、それぞれ異なって見えるのが面白かったです。従来の作風である絵画的な手法と、ありのまま撮るストレートフォトの両方でカトレヤが表現されているのも、とても見応えがありました。今後は、どのような活動を予定されているんですか?
藤原:3月21日に『記憶の花』という写真集がスタンダードワークスから出版されます。2024年4月に、名古屋のヤマザキマザック美術館で開催した同名の個展のアーカイブです。
『記憶の花』の刊行記念展が目黒区のふげん社で開催されるほか、カトレヤの撮影をきっかけに沖縄の展示にもお声がけいただいています。海外ではパリ近郊のギャラリーでの展示も計画中で、今年は国内外と精力的に活動していく予定です!
Information
藤原更
「Timeless Colors MATSUZAKAYA NAGOYA x Sarah Fujiwara」
2024年11月から大規模なリニューアルを順次進めている松坂屋名古屋店開催中の、現代美術家の藤原更とのコラボレーションプロジェクト。
作品のモチーフは、1957年より松坂屋のコーポレートフラワーとなった「蘭の女王」として知られるカトレヤ。館内の12ヶ所で楽しめる。
■会期
2025年2月19日(水)~4月8日(火)
■場所
松坂屋名古屋店(愛知県名古屋市中区栄3丁目16-1)
公式サイトはこちら
ARTIST

藤原更
現代美術家
清里フォトアートミュージアムに作品所蔵後、フランスでの企画展をきっかけに、コマーシャルフォトグラフの分野からアートの世界へと転身し、流気体や液体そして植物など、うつろう被写体を中心に平面・インスタレーション・ムービーをはじめ、特に写真に特化した作品を制作する。さまざまな事象のうつろいやそれらの物理的な存在の本質を、作家に刻みこまれた記憶を辿りながらフレームに落とし込む。2011年より制作された『花三部作』は、招待作家として参加したフランスのフォトフェスティバルPhotofoliesにおいて10メートルを超えるインスタレーションがギャラリーの庭園を飾り大きな話題に。近年の個展に「記憶の花」(ヤマザキマザック美術館、愛知、2024)、「Melting Petals」出版記念展(森岡書店、東京、2022)(Margin Gallery、東京、2022)(Gallery 176、大阪2022)(Space 18、名古屋、2022)、「Sarah Fujiwara Exhibition」(Gallery Noivoi、国際芸術祭「あいち2022」 パートナーシップ事業)、「Melting Petals」(ARTIFACT, ニューヨーク, 2020)、「Melting Petals」(EMON PHOTO GALLERY、東京、2019)など。
DOORS

和田彩花
アイドル
アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。 「LOLOET」HPはこちらTwitterはこちらInstagramはこちら YouTubeはこちら 「SOEAR」YouTubeはこちら
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