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INTERVIEW

2023.10.12

「複数の遠近法」で世界を観測する。 / アーティスト・浦川大志が考える風景

Interview&Text / Takahiko Arai
Edit / Eri Ujita
Photo / Daiki Suga

ARToVILLAでは2023年10月27日(金)から30日(月)まで京都にて、エキシビション/アートフェア「ARToVILLA MARKET」を開催。キュレーター・山峰潤也氏による「Paradoxical Landscape」というテーマのもと、7人の作家の作品の展示・販売を行います。

Paradoxical Landscapeを直訳すれば、「矛盾した風景」。自然と都市、アナログとデジタル、過去と未来、現実と虚構……などの一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在する現在的な風景のユニークさと、そんな風景への新しい感性のまなざしを探るための特集「交差する風景」にも通じます。今回は、出展作家の方々に共通の質問をし、風景と作品についてのインタビューを行いました。

出展作家のひとりである、福岡を拠点に活動するアーティスト・浦川 大志さんは、スマートフォン画面の比率「16:9」をもとに風景画を描いています。 風景画について「世界を図式化するものである」と考える浦川さんは、なぜ風景画を描き、どのようにモチーフを選んでいるのでしょうか。その思考や、具体的な作品をもとにした制作過程についてお話しいただきました。

# あなたの原風景は?
「菊畑茂久馬の回顧展に行ったこと」

僕の原風景は、高校2年生の夏に、福岡市美術館で開催されていた菊畑茂久馬(※)の回顧展に行ったことです。それまでは考古学が好きで、将来は学芸員資格を取って博物館や埋蔵文化財センターに勤めてみたいなと思っていました。この展示自体はなんとなく見に行っただけなのですが、そこで九州派という福岡の前衛美術集団を知り、もっと調べてみたいと思ったんです。

(※)菊畑茂久馬(きくはた・もくま 1935 - 2020)......「九州派」の一員として日本の前衛美術に大きな足跡を残した美術家。戦争画や炭鉱画家である山本作兵衛の研究者としても知られる。

「菊畑茂久馬回顧展」図録と「九州派展」図録

その経験をきっかけに、ギャラリーや貸画廊、カフェ、イベントスペースなど、福岡のアートシーンをしらみつぶしにまわり、九州派の中核メンバーである桜井孝身さんやオチオサムさんをはじめとする作家の話も聞きに行きました。学校でも、当時は卓球部に所属していましたが、美術部への転部を決めました。美術部の先生には、70年代や80年代の「みずゑ」や「芸術新潮」などの美術雑誌のアーカイブを見せてもらい、そこから知りたいことがさらに増えて、また作家に会いに行くことを繰り返し、どんどん美術にのめり込んでいきました。

金沢在住の作家、堀江たくみさんのコーヒーカップ。堀江さんは展覧会をきっかけに交流するようになり、よくアニメや漫画の話をしています。たまに「こういった器が欲しい」と話して、堀江さんにつくってもらいます。普段使いしているものも合わせると家には50点くらい彼の作品があります

オチ・オサムさんの油彩画「小宇宙」。オチさんの作品は、たまたまオークションで見つけて落札しました。おそらく70年代の作品だと思います。生前にアトリエにお邪魔した際、作品をたくさん見せていただいたこともあり、個人的にも好きな作品だったので、手元に置かせていただきました

小幡英資さんのオブジェ作品。九州派にも参加していた作家さんで、僕が高校生の時にギャラリーで個展をされていました。本人も在廊されていて、当時の話を色々と伺うことができ、大変貴重な経験をさせていただきました。このオブジェ作品はその際にいただいたもので、今も自宅に飾っています

僕は内向的な人間で、学校では授業で当てられると、どもっちゃって何も言えなくなったり、休み時間はずっと寝たふりをしたりするような高校生でした。今思えば他人からの眼差しに過敏になりすぎていたのだと思います。だから他人とちゃんと交流できる自信がなかったのですが、学校の外にあるアトリエやギャラリーには、自分よりひと回りもふた回りも年上の人たちが集まり、年齢などを気にせず対等に意見を交換できる場所がありました。それは僕にとって救いであり、これまで所属していた集団から離れてその人たちと交流していく中で、内向的な性格が徐々に解きほぐされていくのを感じました。同時に「他人の評価に依存していた自分」がいることにも気づいたんです。これまで良くも悪くも全ての価値基準を狭いコミュニティで、且つ他人の評価に依存していたため、学校とは関係のない、異なる価値観が与えられたときに、自分自身が適応できるだけのスキルというか、自分自身のための「定規」がもっと必要だと気づいて。それが原動力となって美術を勉強していったのだと思います。

「複数のパース(視点)」
税込価格:2,750,000円

「複数のパース(視点)」
税込価格:2,750,000円

複数のパース(視点)

 

# 風景とはどのようなもの?
「自分と外部の関係性の中で、常に立ちあらわれるもの」

風景とは自分と外部の関係性の中で、常に立ちあらわれるものだと思います。たとえば、一般に思い描く風景は、大地や青空があり、木や人がいて、まさに窓から見た世界という感じがありますよね。でも風景ってそれだけではないと思っていて。たとえばスマートフォンが表示する画面だってひとつの風景だと言えます。そう考えると、風景画というのは、「ただ目の前の光景」という、自分と世界との関係性がまずあって、その世界を観測する方法をどのように図式化するか、考えていったものだと思うんです。

とはいえ、絵を描き始めた当初は、環境に左右されていたこともあり、確立した自己というか、アイデンティティみたいなものを過剰に意識しつつも、自己が未成熟なので、何を表現したいのかいまいち掴めていませんでした。それでも高校時代から風景をテーマに据えていたのは、自分自身と外部の関係性に対して、感覚的に思うところがあったのだと思います。その感覚が今の作風や価値観につながっているので、当時の迷走も意味があったのかもしれないですね。

いまの時代って、ある意味ではアイデンティティや自我が、過剰に肥大化させられてしまう環境だと思います。それはSNSや学校教育など、さまざまな背景があるとも考えていて、個人的にはその環境が少し生きづらく感じています。常に何者かであることを要請されると感じる状況はストレスフルだなと。そこで、その環境から距離を置いて世界について考えるためにも風景画が重要になってくるのではないかと考えました。自分がどこにいるのかわからなくなる状況が現代社会で多く存在するならば、自分自身の立ち位置を把握するためにそれぞれの風景を獲得しないといけない。ここで話している風景は一種の比喩であり、現実の風景ではありません。自分と、ある対象との関係性や距離感、価値などを何が近くにあり、何が遠くにあるのか、そのマッピングのことを話しています。同時に、そもそも自分自身が見ている風景だっていくつもあるはずです。会社員としての自分、家族といるときの自分、一人でいるときの自分というように、自己は使い分けられている。そして、それらをひとつに統合するのは不可能だと考えています。当たり前ですが、同じものごとでも自分自身の立場によって大切だったりそうでなかったりするでしょう。僕はこれを「複数の遠近法」と表現していて、立場によってバラバラに存在する尺度や距離感をひとつの絵画空間に落とし込むことで「あべこべ」の風景画を制作しています。そういった感覚で制作された風景こそ、今の時代の実感に近いのではないかと考えています。

 

# どんな作品の考え方・アプローチをしている?
「展示はある意味で一方向的なコミュニケーションになってしまう。そこから脱出できないか」

横浜美術館の大規模改修工事にあたり、仮囲いのために描いた壁画作品《掲示:智能手机ヨリ横浜仮囲之図》(2022)では、「ある種の不真面目さを、真面目に引き受けてみる」ということを目指しました

横浜美術館の周辺は、商業や観光の盛んなエリアなうえ、クリスマスシーズンはライトアップされてカップルやファミリーが写真を撮ったり子どもたちが遊んだりする様子が見られます。制作にあたっては、風景に溶け込みすぎず、それでいて阻害しすぎない作品にしたいと漠然と考えていました。

作品が展示されていた横浜美術館前の様子。全長約52mとなる全5点の作品が仮囲いを彩った

そこでまず、土地の歴史を調べたのですが、僕自身も横浜で生まれ育ったわけではないため、その土地の歴史の表層を掠め取って作品を作ることに違和感がありました。そんな中、横浜の該当エリアが埋立地でできていて、美術館の周りに建てられている仮設壁という要素が、「軽薄さ」という点でつながっている気がしたんです。そこで、僕自身が軽薄な観光客となって絵を描いてみようと思いました。

《仮囲い》2022年 パネルに綿布、ジェッソ、アクリル 75×322cm 撮影:山中慎太郎

この数枚からなる作品は、左から右の絵に向かうにつれ、雲の上の視点から徐々に地上に降りていき、最終的には海中になるという流れで、その途中ではさまざまな「横浜的」なモチーフを取り入れています。

《窓と壁》2022年 パネルに綿布、ジェッソ、アクリル 75×322cm 撮影:山中慎太郎

特に軽薄さを表現したものでいうと中華街ですね。中華街って舞台の背景に使われる書割と呼ばれる大道具のようであり、テーマパークのアトラクションのような感じだなと思っていて。現実世界を再現するためにあらゆる部分のディテールが細かく設定されているせいで、リアリティが過剰に演出されるみたいな。その嘘っぽさが中華街にも感じられると思い、盛り込みました。

《中華風》2022年 パネルに綿布、ジェッソ、アクリル 75×322cm 撮影:山中慎太郎

また、絵全体はプリントしたものを掲示していますが、この作品のQRコードの部分は、その上から手描きしています。ここに描かれているQRコードは、能動的に読み取っても無意味な情報しか得られないのですが、ただの背景として映り込んだときも、カメラが勝手にQRコードを認識して一旦アラートが出てしまいます。偶然飛び出してくるみたいな、悪意というか悪戯心みたいなものとして作品に取り込みました

美術展では、多くの人がカメラで作品を撮ってはSNSにアップして、作品を消費していきます。今回観光客というある種不誠実に思える態度で作品を制作しているため、鑑賞者がそのある種の軽薄さを自覚する瞬間を作りたいと思い、その行動をメタ的に捉えることができるように、QRコードを描くことで、語りかけないものが語りかけてくるという仕掛けを作りました

この作品は、写真をSNS上へアップしたとしても、SNS上では「一旦アラートが出る」といった干渉は起きず、実際にその場所に行き、能動的にカメラを向けた人だけがその侵入を受け入れざるを得ない状況になります。絵画の展示というのは、ある意味で一方向的なコミュニケーションになりやすいものなので、そこからの脱出を絵画の方から投げかけてみるということをしてみました。その結果、自分が肉眼で見ている風景とスマートフォン越しに見ている風景がいかに違っているか、ということも感じられる作品になりました。

 

# 影響を受けたアート / カルチャー
「おそらく僕は『自分のいる世界を俯瞰して見てみたい』といった欲望を持っていると思います」

もともとアニメやマンガが好きで、特に高校受験のタイミングは深夜アニメをよく見ていましたね。当時ハマっていた作品は、『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』や『魔法少女まどか☆マギカ』などでしょうか。あと、地図を見るのもすごく好きでした。紙の地図だけでなく、Google Earthでひたすら地球上を散策するみたいなこともしていました。ほかには『ニッポンのあそこで』というゲームもマニアックですが、すごく好きでしたね。最初は歯抜けの地図なのですが、「ギョ」と呼ばれる魚型の調査用生物に飲み込んでしまったランドマークを吐き出させることで、日本地図を完成させていくといった内容で、気に入っていたのはフィールドとなる日本地図上を俯瞰できる点なんですよね。自分が住んでいる場所もわかるし、電車や高速道路なども再現されていて、手の込んだゲームでした。

地図以外にも、鉄道模型やジオラマが好きでしたし、おそらく僕は「自分のいる世界を俯瞰して見てみたい」といった欲望を持っていると思います。世界を一旦俯瞰して、世の中を抽象化して考えることで、自分の中で受容し、世界のパノラマをつくっていく。なんとなく箱庭療法にも近いことをしているのかもしれません。

 

# 今後、描いていきたい風景
「もっと先鋭化させた作品を作っていきたい」

今後の展望や描きたい風景について具体的に定まっているわけではありません。しかし、いままで自分が見てきた風景や、風景について考えたあれこれについて、もっと先鋭化させた作品を作っていきたいと思っています。

そもそも、僕の作品には16:9の縦長の作品が多いのですが、これはスマートフォンなどの画面比がもとになっています。現代を生きるなかでは、スマートフォンやパソコンの画面は日常的に視界に飛び込んできます。それは風景の一部としていつも見ているはずなのに、このようなデジタル的なものは「ないもの」のように考えられている気がして、その気づきが発端となり、16:9比率のキャンバスで作品を描くようになりました。僕自身も、作品を作ったり物を考えたりするときには、スマートフォンの画面の方がしっくりくるので、普段から「何となく気になったもの」をその都度スマートフォンで撮ったりメモを残したりして、作品のテーマを考えるときもその記録を振り返りながら制作しています。

そして絵を描きながら、「何となく気になったもの」との距離感を測り自分の中でマッピングしていく。それが僕の制作スタイルであり、今も昔も変わっていません。だから、今後もこのプロセスをたどりながら、僕なりの風景を描いていきたいですね。

INTERVIEW

ARToVILLA MARKET Vol.2出展作家 藤田クレアさんの記事はこちら!

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言葉がなくても、関係性の中で対話は生まれる。 / アーティスト・藤田クレアがなぞる風景

  • #藤田クレア #特集

 

# ARToVILLA MARKET来場者へ
「一つの結果に向かっていく。それは真の正解なのでしょうか?」

最近制作している作品ですと、16:9比率のキャンバスを8枚使った作品なのですが、とても特殊な作り方をしています。1枚目を2割くらい進めたら、それをスマートフォンで撮影し同サイズでキャンバスプリントをします。そしてプリントしたものを別のパネルに貼って、同時並行で加筆していく。その2枚が4割くらいまで進んだら、また写真を撮ってキャンバスプリントする。それを繰り返すと似たような作品が8枚できあがるわけです。

《複数の風景(歩行する絵画)》2023年 ミクストメディア サイズ可変

絵画制作というのは、初めから終わりまで一貫していて、基本的には一つの結果に向かっていく。けれどもそれは、真の正解なのでしょうか? そこで、世界線を移動し、分岐した可能性の絵画を実現できないかなと考えました。僕の作品を説明するとき、最近は「複数の遠近法」という言葉を使いますが、この作品は、その遠近法の問題を、絵画それ自身で表現してみたものです。

今回ARToVILLA MARKETに出展する作品は、そういった事を考えながら、単一画面の中で、複数の視点を入れ込もうと制作した作品です。個人的には色々と考えたり説明したい事も多くありますが、そういったこととは関係なく、絵がそこにあるだけで勇気づけられるというか、自分の中で何かが切り替わることがあるんじゃないかなと。僕自身、漠然とした不安を抱えているときに、菊畑茂久馬の作品を見て勇気づけられ、転換点のひとつにもなったので、そういうものとして自分の作品が存在するのであれば、とてもうれしいですね。

Information

「ARToVILLA MARKET Vol.2」
展示テーマ:Paradoxical Landscape

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展示アーティスト:浦川大志、河野​​未彩、GILLOCHINDOX ☆ GILLOCHINDAE、藤倉麻子、藤田クレア、藤田紗衣、Meta Flower

展示場所:FabCafe Kyoto 1F・2F (京都市下京区本塩竈町554)
展示期間:2023年10月27日(金)- 30日(月)
開催時間:11:00–19:00(最終日は17:00まで)
入場料:無料
企画監修:山峰潤也
制作:株式会社NYAW
制作進行:株式会社ロフトワーク

詳しくはこちら

ARTIST

浦川大志

アーティスト

1994年福岡県生まれ。2017年九州産業大学芸術学部美術学科卒業。ゲームやGoogleマップの空間描写の方法を参照した空間構成、Photoshopやペイントソフトなどの描画用のソフトウェアを模した筆致が特徴。インターネットやSNSの急速な普及がもたらした新世代の情報流通のありようが作品に反映されている。主な展示に、「CAMKコレクション展 Vol. 7 未来のための記憶庫」(熊本市現代美術館、熊本、2023)」、「Wall Project 浦川大志|掲示:智能手机ヨリ横浜仮囲之図」(横浜美術館、2022)、「浦川大志 × 名もなき実昌展~異景への窓~」(大川市清力美術館、福岡、2021)、「浦川大志 × 名もなき実昌 異景の窓」(contemporary HEIS、東京、2021)など。「VOCA展 2018」(上野の森美術館、東京)大原美術館賞受賞。

volume 07

交差する風景

わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。

この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。

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