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- 1点購入すると、広がる世界がある。東孝彦の「アートを観たら、そのつぎは」を紐解く作品たち
INTERVIEW
2022.12.09
1点購入すると、広がる世界がある。東孝彦の「アートを観たら、そのつぎは」を紐解く作品たち
Edit / Quishin
Photo / Takuya Ikawa
ARToVILLAでは10月から、音楽やファッションや映画など、さまざまな入り口からアートを手にする楽しさへといざなう特集「アートを観たら、そのつぎは」を実施しています。
今回お話を伺ったのは、会社員でありながら美術館やギャラリーでガイドもする、東孝彦さん。妻の友美さんと夫婦で40点ほど所有するアートコレクターの顔も持つ東さんが、10月にパークホテル東京で実施した「まなざしの中へ展」へ伺い、作品紹介だけでなく「アートを購入することから広がっていく世界」についても教えてもらいました。
ワークショップやボランティアなど、購入前に重ねたアートに近づく体験
──東さんは、10月いっぱい開催された「まなざしの中へ展」しかり、アートを購入する、他者に紹介する、作家と交流するなど、アートを見たあとさまざまなアクションを体現していますが、そもそもどういう経緯でアートを好きになっていったのでしょう?
僕はもともと理系の人間で、中学の頃にマウリッツ・エッシャーやサルバドール・ダリが描くようなだまし絵が好きだった記憶はありますが、アートに特別に関心が高かった子どもではありませんでした。
アートと近づいていく大きなきっかけになったのは、2001年、ジョルジュ・デ・キリコというイタリアの作家の絵画を観たことです。形而上学的な絵を観て、何かダリにも通じるところを当時は感じたんです。あとからふたりはまったく文脈の異なる作品を手がけていることを知るのですけど、僕がそのとき思ったのは、「ああ、自分はやっぱりシュルレアリスムの感覚が好きなんだ」ということ。
もうひとつは同年、職場が変わり、慣れない仕事の中でちょっと気晴らしに東京都現代美術館に行ったんです。そこにLEDを用いて1から9までの数字が変化するデジタルカウンターを使った宮島達男さんの作品があって。僕は数字にすごい偏愛があったので、それをいつまでも眺めていられたんですね。こういった体験から少しずつ、美術館に通うようになりました。
──東さんが、アートを所持するようになるまでにどんなステップがあったのでしょうか。
僕の場合はいわゆるアートを所持する前、つまり1点の油絵だったり額装されて飾るような作品を買う前に、アーティストに対する体験やお金を払う行為がありました。
例えば2001年9月に、美術館を巡るとTシャツがもらえる横浜トリエンナーレ2001のスタンプラリーに参加し、ワタリウム美術館に行きました。そのワタリウム美術館で、参加費有料のワークショップに参加した結果、現代フランスのアーティスト、ファブリス・イベールから作品をもらったんです。その機会からワタリウムの美術館の学芸員やスタッフと顔見知りになり、必然的に次のバックミンスター・フラーの展示でもワークショップに参加して、そこでアートディレクターの芹沢高志さんと出会いました。
それから、芹沢さんが総合ディレクターを担当したとかち国際現代アート展デメーテルにも足を運び、今度はそこでガイドスタッフの楽しそうな様子を見て、2005年には僕自身が横浜トリエンナーレにボランティアで参加したんです。
ボランティアで参加した横浜トリエンナーレでの一枚
アートを購入するまではいろんな過程があったし、たしかに振り返ってみれば僕自身も、妻から「この作品を購入したい」と持ちかけられて初めてアートを買うことになったときは、それなりの値段がするということで気持ちは揺らぎました。ただね、1点買うと、とめどなくなる。それは1点買うことで、また素敵な縁と、素敵な作品に出会うから。そうして2点、3点と購入していった我が家の作品たちを、「まなざしの中へ展」で展示しました。
東孝彦さんが「アートを観たそのつぎ」にセレクトした4つの作品
①『lepin』/蓜島伸彦
家族で初めて購入したアート作品。妻は大学時代にコラージュ作品を作ってたことがあったんです。それもあって、シュルレアリスム、コラージュ、モノクロの作品が、うちにあるアートの特徴です。この作品を妻が購入したいと相談してきたとき、はじめてちゃんと絵画を買うことになるんだな、と感慨深くなった記憶があります。
②Hyacinthus/海老原靖
「まなざしの中へ展」のDMに使用したアート。『ホームアローン』で映画スターに仲間入りしたマコーレ・カルキンの絵が、夫婦の好みでした。このほかに「Kevin#1-#8」というノイズを描く作品も所有しています。海老原さん自身のカルキンへの偏愛ぶりに愛おしさを感じる一方で、銀幕スターの表情にノイズを描きこむ表現方法も魅力です。以前は作家の傍ら、新宿二丁目のバーで月1店長もされてました。
③『いきている』/佐内正史
佐内さんの写真集『いきている』(青幻舎)がもともと好きで、家では写真集を面見せで飾っていたんです。現代アートを販売する「tagboat」というサイトがあるのですが、ある日そこで写真集の表紙が画鋲を貼ってかけるだけの形で売り出されていたのを知り、思わず購入しました。額装って、アート購入のハードルの高さにつながっていると思うんです。「tagboat」は額装のハードルを下げる素晴らしい取り組みをしているなと思いましたね。
④『怠惰な恋人』/岡上淑子
岡上さんは、1950年代に7年間だけ活動した作家。作品はコラージュが多く1点ものしかなかったので、これはミュージアムに所蔵されている作品の写真製版によるシルクスクリーン作品です。2006年に美術館で岡上作品を観てからずっと欲しかった作品。再評価が高まる中、仲良くしているギャラリーが作家と企画した作品を、購入しました。他の作品でもそうですが、部屋に飾るにはやっぱり大きかったり、1点もので手に入らないアートというのは、美術館などでちゃんと品質を管理して、次世代に残していくべきかなと僕は思っていて。その上で、複製でも自宅に飾って楽しみたいという思いで購入しました。
1点購入することで、新しい人との縁、作品、世界に出会える
──東さんの言う、「1点買うことで、また素敵な縁と、素敵な作品に出会う」とは、どういうことなのでしょう?
たとえば、大竹利絵子さんという作家の作品を購入してから10年ほど経ったある日、六本木にある小山登美夫さんのギャラリーで大竹さんの個展に行きました。そのとき初めて、ご本人にお会いすることになったのですが、それまで僕は大竹さんに会ったことがなかった。たまたま僕が大竹さんの作品を紹介しているインタビュー記事を読んでくれていたみたいで、「作家のほうが覚えててくれることもあるんだな」と感動しましたね。
そういうふうに、作品をひとつ購入することで、その作家やギャラリーなど周辺の人たちとの新しい関係性が生まれたり、知らなかった素敵な作品、自分が経験してこなかった世界と出会えたりします。それは映画館にひとつの映画作品を観に行ったことで、ポスターや予告を観て、「これも面白いかも、観に行ってみよう」と世界が広がっていく感覚と一緒だと思います。
──一方で、東さんも最初は「揺らいだ」と言うように、アートを「観ること」と「購入すること」の間には精神的なハードルもあるように思います。「アートを1点購入することで広がる世界がある」からこそ、その感覚を知ってもらうために東さんが伝えられることはありますか?
たしかに、近代以前の作品だと高すぎて買えないことが一番の購入のハードルになりますよね。でも、先日、「まなざしの中へ展」に来てくれた元上司から、20代の頃に7万円ほどでジャン・ジャンセンの作品を購入した話を聞いてこんなことを思いました。
「カシミヤのセーターもそのくらいの値段がするけど、何回か着ると崩れる消耗品。でもジャンセンの絵は、毎日ずっと観ていられるよな」と。同じ値段の何ならお金を払うのか?と考えてみたら、アートを購入する感覚が自分の中で、変わるかもしれないですよね。
「まなざしの中へ展」の作品を紹介してくれた東さん
あとは、美術館などで観た作品や作家を心からいいなと思ったら、どこの画廊が扱ってるかを調べて、足を運んでみてほしいなと思います。気になる作家を扱う画廊に行ってみると、だいたいその作家とラインナップが似通った作品があったりするんです。そうすると、今まで知らなかった素晴らしい作品に出会えるかもしれないし、手が届く値段のものもあるかもしれない。
美術館に行って図録を買ったり、ポストカードを額装することは珍しくないと思うんです。でも学芸員や作家と関係性を築くことまではできない。だから僕は、現代の作品を扱うギャラリーまでぜひ足を運んでほしいなと思います。ギャラリーの人や作家との会話、そういうところからアートの世界は広がっていくと思います。
DOORS
東孝彦
アートプラクティショナー
2005年の横浜トリエンナーレでのボランティアをきっかけに、会社員をしながら、美術館でボランティアを開始する。2008年に美術検定一級を取得し、現在は、東京都現代美術館で常設展示ガイドを始め、現代アートから近代美術まで幅広く展覧会のガイドを務め、ワークショップのサポートもする。アートナビゲーターとして情報発信も行っている。
volume 04
アートを観たら、そのつぎは
アートを観るのが好き。
気になる作家がいる。
画集を眺めていると心が落ち着く。
どうしてアートが好きですか?
どんなふうに楽しんでいますか?
観る、きく、触れる、感じる、考える。
紹介する、つくる、買う、一緒に暮らす。
アートの楽しみ方は、人の数だけ豊かに存在しています。
だからこそ、アートが好きな一人ひとりに
「アートとの出会い」や「どんなふうに楽しんでいるのか」を
あらためて聞いてみたいと思います。
誰かにとってのアートの楽しみ方が、他の誰かに手渡される。
アートを楽しむための選択肢が、もっと広く、深く、身近になる。
そんなことを願いながら、アートを観るのが好きなあなたと一緒に
その先の楽しみ方を見つけるための特集です。
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