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- 塩谷舞が送るアートとの日々。内なる美意識に立ち戻るために / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.4
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2022.08.26
塩谷舞が送るアートとの日々。内なる美意識に立ち戻るために / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.4
Edit / Moe Ishizawa
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を伺うのは、文筆家の塩谷舞さん。自身が編集長を務めるメディア「milieu」や書籍『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)、noteなど、多様なプラットフォームで独自の視点を発信し続け、幼い頃からコミュニケーション手段として表現を行い、学生時代はアートマガジンの創刊に携わるなど、長年アートに慣れ親しんできました。そんな塩谷さんは現在、どのようにアートと向き合っているのでしょうか。
はじめてのアートは、親しい人のために
――京都の芸大に通い、在学中にアートマガジン「SHAKE ART!」を創刊するなど、かねてよりアートとの関わりが深かった塩谷さん。いつ頃からアートに興味を持っていたのでしょう?
「アート」という言葉を広義に捉えるのであれば、子どもの頃からずっとです。当時、運動も人と喋ることも苦手だった私は、絵を描いたり、ピアノを弾いたり、舞台で演じたりして、表現をすることで周囲と関わるきっかけをつくっていました。私にとって表現をすることは、感情を伝えるコミュニケーション手段であり、自分の居場所を守る生存のための術でもありました。
アートとの関係性が変化したのは、高校3年生の頃。美術のクラスで出会った同級生が描くドローイングを見て、自分の絵と比べ物にならないほど線に迷いがなく、素晴らしいと感じて。他者に認めてもらいたい、と他者の顔色を伺いながら描いていた自分との絵とはまるで違ったんですよね。でも、多くの同級生は彼の才能を知らない。そのことにもどかしさを感じていたら、美術の先生に「アートティストのことを伝えたり、展覧会を企画したりするような学科が京都市立芸術大学にもあるんやで」と教えてもらい、進路を変更して芸大進学を志しました。京都芸大入学後は、アートマガジン「SHAKE ART!」を創刊し、イベントや展示などを仲間と一緒につくりながら、いろいろな場所でアーティストや作品を紹介していくといった活動に奔走していました。
塩谷舞さん
――塩谷さんがはじめてアートを購入したのも、学生時代だったそうですね。
友人や家族への贈り物、といった形で大学時代から、周囲の作家の作品を購入していました。自分自身のために購入したのは、社会人になってからです。大学時代に、大阪の「DMO ARTS」というギャラリーで販売員として働いていたのですが、社会人になって久々に帰阪した際にそのギャラリーを訪れて北村美紀さんの作品を購入しました。
社会人になり、アートが癒しになった
―卒業後は、Webディレクターとして働いておられましたが、なぜアート関係の道へと進まなかったのでしょうか?
単純に、会社からの辞令です。アート情報も発信するメディアを運営している、ということが魅力で入社した会社だったのですが、上司に「一度アート以外の仕事もやったほうが伸び代が大きくなるから」と言われて、別部署の制作事業部で働いていました。
入社して3年間はWebディレクターとして働いていて、Webの基礎を叩き込まれました。どうやって一人でも多くWebサイトに訪れてもらうか、また訪れてくれた人をいかに離脱させないようにするか、正解を集合知の中から選び取る仕事は、これまでの「好き」ベースで動いてきた活動とはまるで違って、知見はかなり広がりました。
けれども一方で、自分の感性に蓋をしているような感覚もあり、心身の調子を崩してしまうこともままありました。「自分がやっていることは、ビジネスとしては正しいことなのかもしれない。でも、それが本当の幸せなのか?」という疑念も徐々に育っていきました。
――そのような葛藤があった時期、塩谷さんにとってアートとはどのような存在でしたか?
当時の私にとってのアートは、自分を保つための命綱のようなものだったのかもしれません。正解・不正解がはっきりした仕事の時間から離れて、宙ぶらりんになれる世界へ行くためにときどき展覧会へ足を運んでいました。アートにどっぷりだった学生時代は「自分はこの作品にどう関わっていけるか?」と、とても現実的な視点で見ていましたが、社会人になってからは、自分の頭をじゃぶじゃぶと洗うような感覚で作品を観るようになりました。その結果、アートに対する捉え方が大きく変わったように思います。
ルーヴル・アブダビにて
――現在の塩谷さんは、どのようなものを美しいと感じていますか?
私は、一つひとつの作品やものが同じ空間に居合わせたときの調和や、ほんの少しの意外性に美しさを感じます。料理でいうと、おばんざいみたいなものでしょうか。どれがメインディッシュ、というわけじゃないけれど、突出して味の濃いものがなくて、トータルで満足感が得られる。胃腸がもたれないから、次の日も元気(笑)。私は子どもの頃に演劇をやっていたのですが、そこでは小声で喋ることで、喧騒の中でもみんなに耳を傾けてもらうことができると学びました。おばんざいもまさに、小さな声の集合体ですよね。
ちょうど今、国立新美術館で個展を開催されている李禹煥(リ・ウファン)の作品には、調和や、もしくは心地よい違和感のある美しさを感じます。美術館で現代アートの作品をたくさん観ていると、それぞれの主張が強すぎて疲れてしまうこともありますが、そんな中でも李禹煥の作品には周囲に静謐な空気が流れていて、あぁ助かった、と一息つくような気持ちになります。
Dia:Beaconに展示されている、李禹煥の作品
自分の持つ美意識へと立ち返っていく
――塩谷さんの自宅にあるお気に入りの作品を教えてください。
昨年まで暮らしていたニューヨークから日本へ帰るとき、現地に住む台湾系アメリカ人のアーティスト・Aesther Changからプレゼントしてもらった水彩画です。彼女はアメリカで生まれ育ちましたが、自分のルーツでもある東アジアの思想を探求しているところがあり、日本の文学作品を翻訳版でたくさん読んだり、侘び寂び的な美意識に強く惹かれながら、繊細で内向的な作品を生み出しています。最初は私の英語力も低かったのですが、美意識が近いことはお互い一目瞭然で、何度も会うに従って次第に深い話をできる、大切な姉妹のような存在になりました。この作品をもらったときは、自分にとって辛い時期でもあったので、彼女の気持ちが本当にありがたかったです。
Aesther Chang / 水彩作品
もうひとつはippo-plus(イッポプリュス)という大阪・千里の住宅街の中にあるギャラリーで、1年半前に購入した、二見光宇馬さんの小さな仏さま。私は土であったり、石であったり、素材そのものの表情が残っている作品が好きなようで。自然による造形が半分、人による造形が半分……くらいで出来上がっているような作品は、その力関係が心地いいように感じるのかもしれません。小さい作品を眺めていると、その後しばらく、世の中の景色に対する解像度が高くなるのも面白いところです。
二見光宇馬 / 陶仏(撮影:塩谷舞さん)
陶物とともに、茶器などが飾られている。壁にかかっているのは、榊麻美植物研究所の石飾り
――これらの作品はどのように楽しんでいますか?
空間に調和するように、自分がリラックスしながら眺められるように作品を配置しています。職業上、どうしても言語に依存してロジカルな頭の使い方をしすぎてしまうのですが、そういうときこそお茶を淹れて、一息いれつつ作品を眺めています。それに、批判を受けて血が上りそうになってしまったときなんかにも、まずは部屋を片付けて、一息つきながら空間を眺めたり。そうすることで、「あぁ、偏った考えを持ちすぎていたかもしれないな」と頭がほぐれていくこともあるし、置き去りにしていた感覚的なものを取り戻せるときもありますね。
――アートとともに暮らすことで、暮らしはどのように豊かになっていくと思いますか?
例えば食事をするとき、緊張する相手に気を遣いながら食べると、味がわからなくなることがありますよね。一方で同じ料理でも、好きな人と気楽な会話をしつつ、リラックスしながら食べると、おいしさがまるで違う。アートも、公共空間である美術館で鑑賞するのと、プライベートな自宅の中で共に過ごすのとでは、味わい方が変わってくる。もちろん美術館ならではの緊張感も好きなのですが。ただ、自分が本当に力を抜いたときになにを好むのか……という感覚を知っておくことは、憂鬱な社会の中で生きる上での助けになってくれるように思っています。
塩谷さんのご自宅の様子
――最後に、おすすめしたいアートの選び方について教えてください。
私にとっての「贅沢」とは、すでに価値が決まっている豪華なものをたくさん買い集めることではなく、五感を磨いて、自分の直感をちゃんと見つめてあげることだと思っています。自分の強さを示すためではなく、自分が軽やかに呼吸するためにアートを取り入れる、というのが私のやり方かもしれません。そうすると、必ずしも市場で評価された作品を選ぶ必要はなくなります。まずは自分自身の五感に素直でいることで、大切な作品に巡り合う機会も増えていくように思います。
information
『ここじゃない世界に行きたかった』
著者:塩谷舞
発売日:2021年2月25日発売
発行:文藝春秋
価格:1,760円(税込)
詳細はこちら
DOORS
塩谷舞
文筆家
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊。 会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。
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